最近、祐一が真琴のことをかまってくれなくなった。

 なんだかとてもつまんない。

 この気持ち、いったい何なのよ……?



真琴主眼によるSS 『せつない気持ち』
原作:Kanon (c)VisualArt's/Key




 今、真琴は部屋で肉まんを食べながら、マンガの本を読んでいる。
 真琴が頑張ってアルバイトをして買った、たくさんのマンガの本。それを一冊一冊広げて読んでいる。
 こうしてマンガを読んでいるときが、真琴の楽しみだった。
 しばらく真琴がこうしていると、コンコンと真琴の部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

「真琴…入るぞ?」
 祐一の声だ。

 がちゃっ。
 そう言うと、祐一がドアを開けて真琴の部屋に入ってきた。

「肉まん美味いか。真琴?」
「うん」
「はっはっは。そうかそうか」
 …今日の祐一。何だか妙にやさしい。

「今マンガを読んでるのか、真琴は」
「そんなの真琴の勝手じゃない」
 祐一の言葉に真琴はわざとそう言ってみせる。
 真琴のそんな態度に祐一がムッときて、真琴の脇腹をこちょこちょとくすぐったり、
 肉まんの入った袋から、ひょいっと肉まんを取って食べたり。
 そこで真琴が、祐一に「何するのよー!」って言って怒る。それで真琴と祐一はケンカになる。
 それがいつも通りのパターン。今日もきっと、そうなると思ってた。

「じゃあな真琴。俺は今から名雪と買い物に行ってくるからな?」
 でも祐一は真琴に何も悪戯しないで、名雪と一緒に買い物に出かけてしまった。

 ……あれ?

 何かいつもと違う。

 …まあいっか。

 真琴は、マンガを読み続けることにする。
 気がつくと、そのまま部屋で眠ってしまっていた。

 …………………

 …………

 起きた時間は、ちょうど夕ごはんの時間。真琴は一階に降りることにした。


 祐一と名雪さんと秋子さん、そして真琴とで食卓を囲む。
 真琴が祐一達に話しかけても、なんだか素っ気ない返事。秋子さんはずっとにこにこと笑顔のまま。
 ……………。
 ご飯を食べてる間中、なんだかなぁと思っていた。




 …その夜は眠れなかった。うっかり昼寝なんかしてたから。
 それになんだか、気分がすっきりしないから。

 真琴は、祐一の部屋に行く。
 こんな時間、祐一は部屋でぐっすり寝てるってことはわかってたけど、なんていうのかな…?
 そう、気がついたらここに足を運んでたって感じ。

 部屋のドアを静かに開ける。部屋の中はしんと静まり返っていた。
 明かりも、蛍光灯の小さな電球がついているだけ。

 部屋の奥にあるベッドで、祐一は気持ちよさそうに寝ていた。


 ………
 そんな祐一の顔を見て、なんだかムカムカしていた。
 どうしてかわからないけど…とてもムカムカしていた。

 今の真琴はきっと普通の真琴じゃないと思う。
 自分でも、それはちゃんとわかってた。
 だけど……
 この気持ちを抑えることは、できなかった。
 真琴は一階の冷蔵庫から持ってきていたトコロテンを、祐一の頭の上に乗せた。

「ぐぉ……」
 祐一が苦しんでいる声が聞こえてきた。へへ〜ん、ざま〜みろ。
 …少しだけ、真琴の気が晴れた気がした。

 気分がスッキリして、真琴は自分の部屋でぐっすりと眠ることができた。



 ――次の朝。
 祐一の顔はけろっとしていた。
「おはよう祐一。今日はお肌がツルツルだね」と訊いてみても、「何のことだ?」って返事を返すだけ。
 なんだかつまらなかった。

「ゆういふぃ…おはようございまふぅ……」
 ふらふらと、名雪さんが階段を降りてくる。

「ああ、おはよう」
 名雪さんからの挨拶には、ちゃんと答えるのね。祐一……



 朝ごはんの後、真琴は部屋に籠もってまだ読んでいないマンガを読んでいた。
 …なんだか面白く感じない。

 このマンガそのものは、面白いはずなんだけど……

 だから真琴はぴろと遊ぶことにした。
 ぴろの手に真琴の指を絡ませたり、鼻の先をくすぐったりして遊んでた。
 でもそれもすぐに飽きてしまい、ぴろを床に置く。


 …つまんない。

 …何をやっても、つまんない。

 …あいつがいないと……

 …祐一が、いてくれないと……

 …寂しい。

 …寂しいよぅ。


 …真琴って、

 …もしかしたら、

 …この家には要らない子なのかな?


 …昨日からのあの態度…どこかよそよそしかった。まるで真琴のことを避けてるみたいに……

 …真琴は、確かに水瀬家の居候だけど。今までは真琴のこと、ちゃんとかまってくれてたじゃない……



「よし、決めたっ」
 ひとりでクヨクヨ悩んでいてもしょうがない。
 思い立って真琴は、祐一の部屋に向かうことにした。

「祐一〜。今から一緒に商店街に行こっ♪」
 真琴は、祐一を買い物に誘ってみることにした。
 できるだけ笑顔で。この気持ちを外に出さないように気をつけながら。

「…悪いな真琴。今はちょっと手が放せないんだ。また今度にしてくれ」
 祐一からのそんな返事。

 …うん。手が放せないんじゃ、しょうがないか。
 真琴は、部屋に戻ることにした。

 でも廊下を歩いて、真琴の部屋のドアを開けようとしたとき、名雪さんが祐一に言ったセリフを聞いて真琴はショックを受けた。

「祐一。ちょっと買い忘れたものがあってね…」
「まったく、仕方ないヤツだな。ほら、一緒に行ってやるよ」


 うそつき…
 祐一、話が全然違うじゃない。
 なにが「手が放せない」よ。
 名雪さんのいうことはちゃんと聞いて、真琴のことなんか、ちっとも構ってくれない……
 真琴なんか……

 ずかずかと、真琴の足は自然に祐一の方に向いていた。

「……」
「ど、どうしたんだ? 真琴?」
 狼狽えたように、祐一は真琴に話しかけてくる。

 ふーん…そうだったんだ……
 そして、不意に真琴の口からでた言葉。

「真琴なんて、もう要らないの…?」
「何言ってるんだ? そんなわけないじゃないか」
「だったら何!? 真琴の言うことは無視しておいて、名雪さんが言うことはちゃんと聞いてるなんてっ!!」
「そ、それはな。真琴……」
 祐一の言葉が詰まる。やっぱりそうだったんだ……

「もういいわよっ! どうせ真琴なんて、ただのお邪魔虫なんでしょっ!!
 私はこの水瀬家の家族じゃないもの! わかったわよ、もうこの家を出て行くからっ!!」

「うわあああああ〜〜〜〜〜ん!!」

「お、おい……」

 真琴は家を飛び出し、闇雲に街を走り出した。
 他に行くあてなんてどこにもないのに……
 でも、あそこでみんなに迷惑をかけ続けるよりは、こっちの方がずっと良いもんっ……



 ――商店街。

 気が付けばここについてしまってた。だって、他に行く所がないんだもん。
 街を出れば、そこは真琴の知らない世界。
 そんなところで真琴が1人、とても生きていける自信がない。
 もちろん、この街の中にいても……

 真琴の居場所なんて結局、最初からどこにもなかったんだ。
 私なんか、私なんか……

「にゃ〜…」
 ふと聞こえたそんな声。ぴろだった。

「ぴろ…お前もここに来てたんだね。お前も居場所をなくしちゃったのか。
 そうなんだ…お互いひとりぼっちなんだね。これからどうしようかな…お腹もすいちゃったし……ぴろ。
 じゃあ一緒に肉まんを買いに行こうか?」
「にゃ〜」
 ぴろにそう言って真琴が肉まんを買いに行こうとしたとき。

「よぉ。真琴」
 そこには祐一も来ていた…
「……」
 ぷいっ、と真琴は祐一と目を合わせないようにする。

「どうしたんだよ、真琴?」
 祐一のその言葉を聞いて、カッとなった。

「どうしたもこうしたもないわよっ。祐一は真琴のことをのけ者にして、名雪さんと話してばっかり! 真琴のことなんて、もう、どうでもいいんでしょっ!!」
「お、おい…」

 真琴は、ずっと言いたかったことを言葉の続く限り、祐一に向かって叫んでいた。
 少しは反省しなさいよ、祐一っ!!

 ……………………

 …………


 言いたいことを言い切った真琴は、ぜぇぜぇと息を切らしていた。
「…気が済んだか。真琴?」
 祐一が笑顔で、真琴に手をさしのべようとする。

「触らないでよっ!!」
 祐一のその手を振り払う。わかってない、祐一はなんにもわかってない!!

 真琴はそこで、ただ泣くことしかできなかった。
 悲しかった。
 一番わかってほしい人に、なんにも分かってもらえない……
 それがとても悲しかった。



「あっ真琴。こんなところにいたんだ」
 真琴達が言い合うところに、かけつけたようにして名雪さんもやってきた。

 …………
 この場所に立っているのが辛かった。もう会いたくないのに……
 二人とも真琴のこと、二度と会いたくないって思っているはずなのに…
 真琴は、ここを走って逃げ出そうとした。そこで。

 祐一はすっと、プレゼントの入った包みを差し出す。
「おめでとう、真琴。今日がちょうど、お前とここで会って1年目だな」
「え……」

「おめでとう、真琴。俺達からのプレゼントだ」
「真琴、おめでとう」

 祐一と名雪さんの祝福の言葉と一緒に、真琴は二人からプレゼントを受け取った。
 今まで真琴をのけ者にして、二人で話をしてたって思ってたのは、
 このプレゼントを買うためだったの…?

「まさかお前。自分が俺達と出会った日のことを忘れてたのか?」
「そんなこと…えーっと、えーっと……」

 とても恥ずかしくなった。
 祐一達のこと。
 真琴のことが嫌いになったんだ、って誤解してたんだもん……

「祐一。そんなに真琴をいじめちゃダメだよ」
「何を言ってるんだ、名雪。これのどこが、『いじめてる』って言うんだよ?」
 真琴は、祐一に髪をぐしゃぐしゃに撫でられる。
「あぅ…」
「あ〜っ、ひどいよ祐一〜」

 でも、なんだか…こうされてても嫌な気はしなかった。
 それどころか、とてもいい気分……

「さて、そろそろ帰ることにするか。秋子さんも心配して待ってるぞ」
 そうして真琴達は、水瀬家に帰ることにした。



 家に向かって帰る途中、真琴は祐一に今まで気になってたことを訊いてみた。
「祐一。真琴は…ずっと祐一達のそばにいても、いいんだよね……?」
「そんなの当たり前だろ。お前も、立派な水瀬家の”家族”なんだからな」
「”家族”…」
 真琴も家族なんだ……
 その言葉を聞いて、真琴の胸の中のもやもやしたものが取れたような気がした。

「どうしたんだ真琴。お前ひょっとして泣いてるのか?」
「ち、ちがうわよっ。だれが泣くもんですかっ!」
「ムキになるところが怪しいぞ〜」
「あぅ〜っ」

「祐一。そんなに真琴をいじめないの」
「これが俺達の普段のスタイルだぞ」
「………」

 がしっ。
 思わず真琴は、祐一の側にやってきて、祐一に腕組みをする。

「おっ、どうしたんだ真琴。いきなり俺と腕を組んだりして?」
「♪〜」

 こんなにやさしくて、いい人達……
 だって真琴は、もっと家族のぬくもりを感じていたいんだもん。
 …とてもあったかいな。
 お願い祐一。もう少しだけ、こうさせていてよ…………



...fin.



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