かおりん恋愛喜劇 『香里の恋わずらい』
原作:Kanon (c)VisualArt's/Key
――美坂香里。
祐一のクラスメイトで、名雪の親友である少女。
成績は常に学年トップを維持している優等生でもある。
そんな香里に、ひとつ大きな悩みがあった。
燦々と陽光の降りそそぐ朝。
香里は学校の校門をくぐると、すたすたと廊下を歩いていく。
教室に入ると自分の机に向かい、机の上に自分の鞄を置いた。
「よぉ。美坂」
香里が椅子に座って一息落ち着いていると、ふと後ろから北川の声が。
声をかけられた途端、びくっと肩を震わせる香里。
そして香里はおそるおそる北川の方を振り向く。
「……………」
一瞬の間をおいて。
「今日は…おぶぁっ!?」
そう言って北川が香里に話しかけようとした途端、反射的に北川の眉間に向かい、香里の裏拳が炸裂する。
その痛みに北川は、その場にがくりと膝を折る。
(…ああ、またやっちゃったわ。男の人を前にするとつい緊張してしまって、心にもないことをしてしまうのよ。例え相手が知り合いだとしても)
…そう、香里は男性を前にすると極度にあがってしまう体質だったのだ。
「美坂…今日も朝からナイスパンチだな…」
突然の香里からの攻撃を受けた北川は顔を押さえながらゆっくりと立ちあがる。
(北川君に謝らないと…、あの、その、えっと、つまり……)
香里は緊張のあまり、言うべき言葉が見つからないようだ。
(………………………)
香里の心音が緊張でどきどきと高鳴り大きくなっていき、平常心がぐらぐらと音を立てて崩れていく。そして。
「いやーーーっ!!!!!」
ドガッッッッ。
思わず香里は発剄を放ち、北川の身体を吹き飛ばす。
「うわらば」
北川の断末魔。
香里から2発ものクリティカルヒットを立て続けに受け、北川はどさりという音とともに力なくその場に崩れた。
(うう…違うのよ。あたしはそんなことがしたいんじゃないのよ。その、えっと、えっと……。う…………)
香里は辺りを見回すと、クラスメイトからの視線が一同に集まっているのが見えた。
…だっ!!
気恥ずかしくなって香里はその場を走り去ってしまう。
クラスメイト達から注がれる視線と、教室の床にダウンしている北川の姿を残して。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
恥ずかしさのあまり、香里は息が切れるまで廊下を走りぬけていた。
とある階段の踊り場で香里は、はぁはぁと息を切らしている。
(もう、どうしていつもあたしはこうなのよ? 男の人を前にするといつもあがっちゃって…)
香里は幼い頃からそうだった。
彼女は男性(例えそれが知り合いなど気心の知れた間柄だとしても)を見ると、
つい緊張して頭に血が昇ってしまう。
いつもは無理をして平静を装ってはいるが、内面は既にそれどころではない。
そんな緊張状態の香里に対し、さっきのように不意に声でもかけられようものなら、かろうじて保っていた僅かな理性が残らず吹き飛んでしまい、驚きのあまり、目の前の男性に向かって思ってもいない反応を返してしまう。
理性を取り戻した後になってようやく、自分がやってしまったことに気付き、落ち込んでしまう。
それで同じ失敗を繰り返す悪循環。これが香里の最大の悩みであった。
(北川君のこと。嫌いじゃないのになぁ…怒ってるわよね。そんなの当たり前か。あんな事をしちゃったんだもん。こんなあたしなんかじゃ、いつか北川君から愛想尽かされちゃうわよね…いや、とっくに嫌われているはずよね……はぁ)
髪に手をやって指で弄りながら、伏し目がちな表情でそこにひとり佇む香里。
落ち込みふさいだ時の香里の姿。
それは、自分以外の誰にも見せたことのない香里の一面でもあった。
しばらくが過ぎて、HRのチャイムの音が無情に鳴り響く。
香里ははぁ、と溜息をもらしながら教室へと戻ることにした。
・・・・・・・・・・・・・・
(北川君…怒っているんだろうな…)
授業中。香里は北川の座る席の方を時折ちらちらと見ている。
北川は香里に打たれた部分を手で押さえながら、何とか授業を受けているといった感じだった。
(朝から悪いことをしちゃったわ…)
香里はその日は一日中北川のことが気になって、とても授業を受けられる状態ではなかった。
そんな状態が続く中、一日最後の授業が終わる。
――そして、放課後。
「どうしたの香里。なんだか今日は元気なかったね。どうしたの?」
そう言って香里に声をかけてくれたのは名雪だった。
「名雪…」
「名雪。あたしがあがり症だってことは名雪も知ってるわよね…?」
「うん。知ってるよ」
同性の相手の前ではいつも通りに振る舞える香里であったが、どうしても男性の目の前に出るとあがってしまう。どうしたものか…
そこで香里は思い切って名雪に相談することにした。
「…やっぱり言うわ!」
「ん? なになに?」
「実はあたし、好きな人がいるのよ…」
「わ。それはびっくり」
(ひどい言われ様ね…)
「でもその人を見ると、どうしてもあがっちゃって…思ったことが口からでてこないのよ。さっきだって、うっかりその人のことを突き飛ばしちゃったし…」
「そっか、香里はあがり症だもんね」
「何かいい方法はないかしら?」
「じゃあ、祐一に相談してみるといいと思うよ」
「相沢君に?」
「うん。祐一は百戦錬磨だから、きっとそう言う相談には乗ってくれると思うよ?」
「…百戦錬磨?」
「特に女の子からの相談なら、100%乗ってくれるよ。うん、絶対。間違いなく」
「やけに相沢君に突っかかるような言い方ね。何かあったの?」
「…ううん。なんでもないんだよ」
名雪は視線を遠くの空にうつしながら、何かを悟りきったふうな目をして言う。
その事について名雪に深く訊ねるようなことはあえてしなかった。
「でも祐一は優しいし、香里からの相談も真剣に聞いてくれると思うよ?」
「じゃあ相沢君に相談することにするわ。ありがとう、名雪」
「友達だから、そんなの当たり前だよ」
「でも、祐一に襲われそうになったらいつでも私に言ってね。私の携帯電話にワンギリでもいいから」
「襲うって…どういう意味よ?」
「いちおう私からも釘を刺しておくけどね。もしその時は、祐一の鳩尾でも急所でもどこを殴ってもいいから」
「何の話なのよ。名雪!?」
「あ、そろそろ部活の時間。じゃあね香里」
そう言って名雪は部室の方へと走り去っていく。
「ちょっ…ちゃんと説明してから行きなさいよっ!?」
香里が大声で問いただすが、天然マイペースな名雪はすでに視界の奥に消えていた。
しばらくその場に立ちつくす香里であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
――次の日の放課後。
「よぉ香里。名雪が何かお前から相談があるって言ってたけど、どうしたんだ?」
祐一が香里の机の前にやってくる。
「相沢君。あの、その…」
覚悟を決めていたはずなのに… という香里の意志とは裏腹。祐一を前にして、またしても強い緊張が香里を襲う。
そしてそれによる心音の高鳴りがさらなる緊張を生む。
香里の口調が段々しどろもどろになっていく。
「どうしたんだ、香里?」
(い、いえない。…やっぱり男の人を前にするとあがってしまって、言いたいことがうまく口からでてこない……香里、頑張るのよ…ここで頑張らなくてどうするの?)
そう自分に言い聞かせ、なんとか緊張を脱しようとする香里。
「もしかして今、気分が悪いのか?」
「そ、そんなわけないじゃない…大丈夫よ……」
言葉では強がってみせても、香里の緊張がおさまるわけではなかった。
香里のあがった状態は続いていく。
「もし気分が悪いんだったら、俺が保健室に連れてってやろうか?」
「!!」
そういって祐一が香里に向かって手を伸ばす。
その気遣いが、緊張状態の香里にさらに追い打ちをかける。
そんな、この状態であたしの手に触れられたら……
ばくばくばくばくばく…………
高鳴る心音。段々と香里の呼吸も荒くなる。
香里の理性や正常心はすでにどこかに飛んでいってしまっていた。
(わわわわわわ……落ち着いて、落ち着くのよ………)
香里は深く深呼吸をする。
「どうしたんだ、言ってくれないと分からないぞ?」
「〜〜〜…………!!」
そして勇気を振り絞って香里の口から出た言葉。
「つ…つきあってほしいの!!」
「!!」
『じゃあ相沢君…ちょっとつき合ってくれる?』 香里は本当はこう言いたかったのだが、感極まった香里の口から放たれた言葉がこれであった。しかも緊張のため、叫びにも似た大音量で。
……ばたっ。
そのやりとりを聞いていた北川はショックでその場に倒れてしまう。
そしてその声は教室の隅々にまで響き渡り、『香里が祐一に告白した』という事実となってクラス中に広まることになる。
「…はっ」
香里はようやく理性を取り戻す。
そして取り返しのつかないことをしてしまったと後悔するが、事は既に過ぎ去った後だった。
「そっか…香里は俺のことを…」
頭をぽりぽりと掻き、俯きながらそう呟く祐一。
(違うのよ、そうじゃないの。あたしが言いたいのは…)
しかし、言いたいことが声に出ない。
「香里が言ってた好きな人って、祐一のことだったんだ」
うんうんと納得する名雪。
「影ながら応援しているよ。ふぁいとだよ、香里♪」
「ち、違うのよ……違うんだってば…………」
涙目で何かを訴えかける香里。しかしあの言葉を言った直後。
どのような弁解をしようとも説得力がなかった。
香里の狼狽えた様子に、にやにやと周囲からの微笑ましい視線が注がれる。
だんだん居たたまれなくなり、香里は教室を逃げるように走り去ってしまう。
そしてそのまま家路につくのであった…
――香里の自宅。
「う〜っ、香里のバカ。バカバカバカバカバカバカバカ!!!!」
香里の部屋。帰宅してから数時間が経ち、辺りはすっかり夜になっている。
彼女は自分の机に顔を伏せ、机の天板をどんどんと叩きながら悶えていた。
机の上には筆記具やテキスト類が無造作に散乱している。
予習のために目の前に広げてあったノートも、まったく手についていない様子だった。
「何なのよ昨日と今日の学校でのあたしは! 北川君をいきなり突き飛ばして、おまけに相沢君にあんな事まで言っちゃって…明日からどんな顔をして学校に行けばいいのよ!?」
今の香里は、学校で起きた出来事への後悔の気持ちで頭がいっぱいだった。
「あの…お姉ちゃん? さっきからドアにノックをしていたんだけど…?」
「!!」
気がつくと栞が香里の座る隣に立っていた。
香里は慌てて机の上に散乱させていた物を片づける。
「・・・・・・」
香里は深く深呼吸をする。しばらく気を落ち着け、髪を手でかき上げた風にして栞の方を振り向きながら言う。
「あらどうしたの栞?」
「なんだかセリフが棒読みなんだけど…」
「なんでもないのよ。ところで用は何なの?」
「あの、お姉ちゃんにの学校のお勉強を見てもらおうと思って……」
「そ…そんなの簡単よ。勉強のことならこのお姉ちゃんに任せなさい!!」
そう言って香里は胸を張り、栞に向かって力強くガッツポーズを取る。
「えっと…お姉ちゃん?」
「ん? どうしたの、栞?」
「…………」 じーっ。
栞は香里が片付け損なっていた一冊のノートに視線をのばしていた。
「お姉ちゃんのノートの文字…バカバカバカバカバカ?」
「わーっ、何でもないのよ。何でもないのっ!!」
今までにないくらいの慌てぶりを見せながら香里はそのノートを閉じた。
今、香里が栞に勉強を教えているところだ。
栞が分からないと言う箇所を香里が的確に答え、より分かりやすく噛み砕いて栞に説明をしている。
「さっすがお姉ちゃん。教え方が上手だね〜」
「まぁ、ざっとこんなものよ」
「お姉ちゃん。少し気になることがあるんだけど…」
「何。どうしたの栞?」
「お姉ちゃん。いま好きな人がいるでしょ?」
「!! そ、そんなわけないじゃない…」
「そっかなあ…お姉ちゃんの顔がいつもより朱くなってるから」
栞の言葉に香里の顔は朱くなり、思わず頬に手を当てる。
「あはは。ひっかかったひっかかった」
栞が突然ころころと笑いだす。
「え…?」
「あてずっぽうで言ってみたけど、本当にそうだったんだ〜」
「な…お姉ちゃんをからかうんじゃありません!」
微笑んでいる栞。そんな栞に恥じらい半分、呆気にとられ半分でいる香里。
「ねえねえ、お姉ちゃんの好きな人って誰?」
「そんなのあたしの勝手でしょ!」
「え〜っ。そんな隠し事をするお姉ちゃん、嫌いです〜」
「嫌いでも何でもいいの。栞にもこれだけは教えられないわ」
「えぅ…わかったわよ〜」
ぷくーっとした栞のふくれ顔。
「でもお姉ちゃんが好きなその人に、ちゃんと想いが伝わるといいね」
「うん、そうね…って、今は勉強中でしょ。さっさとこの問題をやりなさい!!」
「は〜いっ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・
…それからしばらくして、祐一から電話がかかってきた。
その時に香里は時々どもりながらも頑張って説明して、なんとか誤解を解くことができた。
「そうだったのか。香里が実はあがり症だったなんてな」
「わ、笑い事じゃないのよ。あたしは真剣に悩んでいるんだからっ!!」
「はっはっは。悪い悪い」
電話越しで直接顔を見ないで話せる分、香里の語調は僅かに落ち着きを保っていた。
そしてあたしは北川のことが好きだ。
だけど目の前にやって来ると、ついあがってしまって上手く話せない。
今朝も酷いことをしてしまった。どうしたらいいんだろう?
といった内容のことを、香里は祐一に相談してみることにした。
「…じゃあさ、勇気を出してアタックしてみろよ。ダメもとでもいいじゃないか」
祐一のその言葉に、香里はとても勇気づけられた。
「…そうね。よし、これでいけるわ! ありがとう相沢君」
「あとは香里次第だぜ。頑張れよ」
「…うん!」
香里の満面の笑顔。これであがり症を克服できると確信した香里は、北川にどんな話題から話そうかなと考えながらベッドに横たわり、やがて訪れる微睡みに身を委ねることにした…
――そして、次の朝。
香里が学校の校門をくぐり、教室に入る。
(そうよ、勇気を出して。そうすればいいのよ!!)
香里は自分にそう言い聞かせて喝を入れる。
そして香里は、既に教室に入っていた北川の席の前にやってきて声をかける。
「おはよう。北川君」
「おう、おはよう。美坂」
北川は昨日の出来事を吹き飛ばすような感じで明るく返事を返す。
「あのね、その…北川君」
「ん? どうしたんだ、美坂?」
「…………」
「…?」
ここからの言葉がどうしても続かなかった。北川の事をつい過敏に意識してしまう。
目が合うだけで心臓が弾けそうになる。
「な…何でもないのっ! それじゃ!!」
しかし香里はまたしても緊張に負け、こう言い残して教室を走り去ってしまう。
「何だったんだ…?」
香里が勇気を振り絞って北川に声をかけてもあがってしまい、
気になった北川が香里に声をかけても、また香里は恥ずかしくなって逃げだしてしまう。
こんな調子の日々が続いていき、時間と月日だけが唯々流れていった……
――ひな祭りの日。
そんなこんなで暦はすでに3月3日を迎える。
3月3日、ひな祭りの日。
祐一と名雪、北川を呼び、香里の家でひな祭りのパーティーを開くことになった。
ぴんぽーん。
「ごめんくださーい」
「いらっしゃい。さあどうぞ」
祐一と名雪がそういって呼び鈴をならすと、香里が玄関にやってくる。
「祐一さん♪」
栞も玄関で話す声を聞き、嬉しそうにして祐一達の前にやってきた。
「よぉ栞。元気にしていたか?」
「はい。祐一さんのおかげで、こんなに元気ですよ」
栞はその場所でくるくると回ってみせ、すっかり元気ですよーということを祐一達にアピールする。
「そうか、栞が元気で何よりだ」
「えへへ…」
祐一の言葉に俯いて照れ笑いをする栞。
「ふふっ、栞ったら…」
そんな栞を見て微笑む香里。
香里も以前相談に乗ってくれた祐一が相手だと、いつもの緊張は少し和らいでいるようだ。
「あれ、北川君は?」
「それがな、あいつは都合で来られなくなったって言ってたぞ」
「そう…」
香里は心底残念そうな顔をする。
よほど北川に来て欲しかったのだろう。
「まあいいわ。とにかくあがって頂戴」
「おじゃましまーす」
雛人形の飾られた壇の前。
そこで互いに持ち寄ったあられや甘酒などを口に挟みながら、4人は思い思いの歓談を交わしている。
「ところで香里、あれから北川とはどうなんだ?」
「…まだまだよ」
「じゃあ、まだ良くなっていないのか? 例のあがり…」
「わーっ、栞の前でその事は言っちゃ駄目!!」
祐一が香里にそのこと訊ねようとすると、慌てたように香里に制止される。
「お姉ちゃん。その事って何?」
「何でもないのよ、栞?」
「…?」
人差し指を口唇の端に置き、頭に?マークを浮かべる栞。
どうやら妹の栞には知られたくないことのようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
「うぃ〜…ひっく!」
歓談の中、唐突にそんな声をあげる香里。祐一と名雪と栞はそれを聞いて少し驚くが、香里が手に持っている甘酒の入った瓶を見てすぐに納得する。
どうやら香里は甘酒を飲んで酔っぱらっているようだ。
「北川はまだ来てないの!?」
絡むように祐一に尋ねる香里。
「だから、今日は都合で来られないってさっきも言っただろ?」
「ったく、もう…」
それを聞いて香里がその場を立ち上がる。
「えーい! こんな調子じゃらちが明かないわ!!
北川を電話で呼びつけてやる!!」
酒の勢いに乗り、積極的に変身した香里はふらついた足取りで電話機のある方に向かい、北川の家に電話をかける。
プルルルル……がちゃっ。
香里がダイヤルを押してしばらくして、相手が受話器を手に取る音。
「はい、もしもし北川ですが…」
「北川君。あたしよ」
「美坂か…」
「あんた、せっかくあたしがひな祭りに呼んであげたのに、どうして来なかったのよ!?」
もつれた舌で、のっけから怒鳴り調子で話し出す香里。
「………」
「え"? 何とか言ったらどうなのよ?」
「美坂…最近オレから話しかけてもさ…なんか素っ気ない感じで……もしかしたら美坂、オレのこと避けてるんじゃないかと思ってな…そこにオレなんかが行ったら、せっかくの雰囲気がぶち壊しになっちまうだろ? オレ、そういうのって耐えられなくてさ……」
北川が正直にパーティーに来なかった理由を述べる。
「〜〜〜っ!!!!」
香里がその言葉に逆切れを起こす。
「あたしは、あんたのことが好きなのよ。だからわざわざあんな事をしてたんじゃない!! 文句あるの!? 分かったなら、さっさとうちに来なさい!!!」
がちゃん!!
ストレートに言いたいことを北川にぶつけ、そして香里は勢い良く受話器を切る。
「ったく、最近の男ってヤツぁ…ひっく!」
小言をぶつぶつと並べ、壁に酔った身体をすり寄せながら香里は3人のいる場所へと戻っていく。
香里は相当にできあがっているようだった。
……ピンポーン。
しばらくして、北川がやってきた。
「遅かったじゃないの。北川ぁ…ひっく」
「よぉ…」
待ち構えていたように香里が玄関で立っていた。
「……」
北川は今までのことがあったから…と、ただそこで押し黙ったまま。
しかしそんな雰囲気も、酔った香里によってあっという間に解消された。
「ほら北川。もっとお酒を飲みなさいよぅ…」
「んくんく…」
「あら良い飲みっぷり。もう一杯いきなさいよ」
「んくっ、んくっ…」
「まだまだぁ…」
酔った勢いで恥も緊張も吹き飛んだ香里は、
北川に対して(他の3人に対しても)惜しげもなく女王様ぶりを発揮する。
逆らう者には容赦のない鋭利な視線を。
だから北川達は、香里の言うことにただうんうんと頷くだけ。
こうして、完全に香里のペースでパーティーが進行する中、
今年のひな祭りは幕を閉じるのであった……
――翌朝。
「昨日のひな祭り…あたし、とんでもないことをしちゃったな…はぁ」
香里はひな祭りの日に酔っていた時の記憶が僅かに残っていたらしく、その事を思い出す度、香里は恥じらいの気持ちをつのらせている。
教室に入った彼女は椅子に座り、その事でにひとり悶えていた。
「よ…よぉ、美坂。おはよう」
そこで北川が教室に入ってくる。そして香里の姿を見つけると挨拶を交わす。
彼の表情がほんのりと赤い。香里は、ぽーっとした様子で挨拶の言葉を返す。
「昨日はその…わざわざ呼んでくれてありがとな」
「そんなの…当たり前じゃない……」
お互いに顔をそらしながら言葉を交わす二人。
今まで二人を隔てていた溝は少しずつ埋まりつつあるかのようだった。
ふと香里が視線をゆっくりと移しながらおそるおそる北川の顔を覗き込む。
そして、
「…きゃ〜〜っ!!」
突然香里は北川に、渾身の氣を乗せた掌底をかます。
「あべし…!!」
その一撃に吹き飛ばされ、身体を壁に叩き付けられた北川は、そこで意識を失う。
そして、また己のやってしまったことへの恥ずかしさのあまり、教室を出て走りだしてしまう。
赤面する顔を両手で押さえながら廊下を走っていく香里の姿が、通りがかった大勢の生徒達によって確認されたそうである。
(ああっもうっ! こんな香里のバカ〜〜〜〜っ!!!)
香里の悩みは終わらない……
−FIN−