夜天剣舞エピソードxtra 『舞とその後』
原作:Kanon ©VisualArt's/Key
Written by あると
――そんなこんなで、夜の学校に潜んでいた魔物をすべて倒すことができた俺達。
途中色々なハプニングやトラブルはあったけれど、晴れて俺達は戦いの日々を切り抜け、ありふれた日常の中に帰還することができた。
そうして数日が経った日の夜。
俺は今までは言えなかったけれど今度こそ、ずっと胸の中に秘めてきた言葉を、舞に伝えようと決意した。
けれどその翌日。なんと舞の方から先に告白されてしまった。面食らった俺はうっかり間抜けな声でOKなんて言ってしまったものだから。それから暫くの間。顔を真っ赤にさせた舞からびしびしとチョップを喰らう羽目になる。
……こうして俺達は、同じ敵と戦う戦友という関係から、恋人と呼べる関係になったんだ。
この関係を、俺達はまず佐祐理さんに打ち明けるコトにした。意外と驚かれなかったというか、まるでこうなるコトが分かっていたような表情で、佐祐理さんは俺達の関係を喜んでくれた。
続いて秋子さん、名雪、真琴にも俺達の関係を紹介した。秋子さんと名雪はうんうんと頷いて、すぐに俺達の関係を祝福してくれた。思えば俺達の関係って、周りから見れば今更みたいな感じだったんだろうか。
その一方で真琴は拗ねたまま部屋を離れ、しばらく俺とは一言も口も利いてくれず、代わりに今までに無い激しい悪戯の応酬があった。
風呂釜の中がカレーになっていたり、家に帰った後やメシの後、風呂から上がった後など、部屋のドアには必ずと言って良いほど罠を仕掛けられていたり、寝ようと思ってベッドで横になれば、布団の中に濡れた糸蒟蒻を仕込まれていたりは当たり前。
まぁそれも、しばらく経っていくうちに次第に収まっていき、ある日真琴が。
「アンタたち、真琴が今まで想ってきた分まで幸せになりなさいよう!」なんてコトを言ってきた。
思わず失笑してしまう俺。そんな可愛い所を見せる真琴に対して俺は、「お前もな」と頭をわしわしと撫でてやった。
――今日は待ちに待った、舞と恋人になって初めてのデートの日だ。
今までデートらしい出来事なんて、夜の学校で魔物と剣を交えていた時くらいだったからな。
あの時は魔物を倒すコトだけに必死で、とても舞と一緒に過ごす時間を楽しむなんてとても無理だった。
そんな戦いの連続、緊張に次ぐ緊張の日々も、もう過去のものだ。
これからは純粋に舞との時間を過ごすコトができるんだ。考えるだけでわくわくしてしまう。
駅前で待ち合わせをしていた俺達。舞より先に来て、俺をあたふたと探している舞を驚かせてやろうと思っていたが、更に早い時間にやってきていた舞に背後に回りこまれ、逆にチョップを喰らってしまった。
「祐一の行動パターンはお見通し。私は祐一の剣の師匠だから」
チョップのクリーンヒットを受け、俺の頭の上では幾つもの星がきらきらと踊っていた。
くっそー、言われてみればそうだった。それにしても――
いつもは制服姿の舞しか見たことが無かったけど、私服を着た舞もなかなか似合うじゃないか。
「そんなにじろじろ見ないで」
思わず見とれていた俺の視線に、舞は顔を真っ赤にして目線を逸らしてしまった。
「はは。悪い悪い」
とりあえず俺達は映画を見に行くことにした。最初予定していたラブロマンス物もあったんだが、舞がこっちの剣客物がいいと言うので急遽こっちに。舞はこういうのが好きなんだな。
上映中――それは幕末の動乱を舞台にした、漢たちが織り成す剣客時代劇。壮絶な人間ドラマや、迫力ある殺陣、リアリティのある演出に息を呑む。
舞はポップコーンを摘みつつ、こくこく、こくこくと頷きながら映画を見ているようだった。
「ふーっ。面白かったな、舞……って、あれ?」
映画館を出た後、舞と映画の感想についてまったり語り合おうと思ってたら、当人の舞は商店街中をうろちょろと歩き回り、あれやこれやと物珍しそうに見て廻っていた。
「……祐一、これ」
舞の足がぴたりと止まる。舞はそこでゲーセンにあるクレーンゲームを指差していた。舞と一緒にクレーンゲームの傍に行き、中を覗き込むと、その奥でひっそりと佇む、ウサギのぬいぐるみがある。舞は目をキラキラさせながらそのぬいぐるみを見つめていた。
「あれが欲しいのか?」
「うん、ウサギさん……」
舞はそのウサギのぬいぐるみにすっかり萌えていた。ここは彼氏として、いい所を見せてやらなきゃな。
「俺はクレーンゲームは得意だぞ。よーし任せろ」
胸を張って舞に宣言する俺。この角度をこうして……よし。
うまい具合に引っかかった人形がゆっくりとクレーンを伝い、やがて景品籠に落ちる。
「ほら舞。ウサギのぬいぐるみだ」
「ウサギさん……ありがとう」
舞は、ウサギの人形をとても嬉しそうに抱きしめていた。
それから俺は舞と体感アクションやダンス系のゲームをやって楽しんだ後、俺は腕時計を見た。そろそろいいかな……
と。
俺は今日のデートのメインとも言える場所に舞をエスコートすることにした。それは、この広大な街の公園の中心にあって荘厳に聳え立つ、一輪の巨大観覧車。何でもどこかの有名テーマパークが期間を終了し、各種施設が解体されていく中で、観覧車の施設だけを丸ごと街が買い上げたモノらしいけど。
公園のど真ん中に建設される前から、街じゅうで大きな話題となり、今では街のちょっとした名所になっている。
三十分くらい列に並んだ後、俺達は秋子さんから貰った無料チケットで観覧車に乗る。
――観覧車の醍醐味とは、なにも高い場所から街並みをゆっくりと見渡せるコトだけではない。しかしそれだけでは、観覧車はここまでデートコースの王道足り得なかっただろう。観覧車の真価とは即ち! ゴンドラが頂上に到達した瞬間、其処は密室と吊り橋効果を両立させた絶好の場所へと変わることにある。北川からこの真実に気付かされた時。俺の全身全霊は瞬く間にインスパイアされてしまったコトは記憶に新しい。
陽も暗く沈みかける――紅に染まった熔明が風景の街並を、俺達の乗るゴンドラの中を、朱く赤くライトアップさせてゆく。時間調整も完璧のようだ。
そしてゴンドラが頂上に差し掛かる頃。
「舞、いいか……?」
俺は舞に唇を寄せ、舞の柔らかな髪にそっと手を触れた。
「祐一……」
舞は抵抗しなかった……これはOKというコトか。こんな愛おしい舞の姿に俺は、このまま舞といける所までいってしまおうと思った――舞っ!!!
「今度はあそこに行ってみたい」
舞が身体を捻って指を差す。舞を抱きしめようとした俺の身体は、そのまま空を切って舞の座るシートに大きく頭を打ち付けた。ぐわんぐわんとゴンドラが大きく揺れる。
「祐一、揺らすと危ない」
「…………」
――天然なのか、わざとなのか。答えはおそらく前者だろう。
口惜しさと空しさに放心していた俺は、深呼吸をして気を取り直す。
舞の指差す処を見ると、そこには吉屋の看板模様らしいモノが見えた。
「舞、ひょっとして……」
「ひょっとしなくても吉屋」
――俺は開いた口が塞がらなかった。
「好きなものは好き」
言い切る舞。
佐祐理さんから教えてもらった振り付けなのか、髪に手を遣りながら俺を上目遣いに見つめてくる。
なんて男心をくすぐる仕草だろう。おいおい舞、そのアングルで見つめてくるのは反則じゃないか。
……確かに考えてみれば、舞といえば牛丼。牛丼といえば舞だもんな。
この2つは常にセットで、切っても切れない関係。つまり、どちらを無くしても舞は舞では居られないってコトだ。
やれやれ。折角の初デートなのに、ディナータイムは美味いレストランとかを考えていたんだけどなぁ……こう、ムードとかには完全に興味なさそうな舞には困ったモノだ。
だけどそれでこそ舞らしいと思うようにして、俺と舞はゴンドラを降りると、観覧車から見えた吉屋の方向へと向かった。
――牛丼業界の最高峰と呼んで遜色ない飲食チェーン、吉屋。
牛の流行病が全世界で公表されてから月日が経ち、なんとか再び牛肉の輸入再開の目処が立った。そうして電撃復活を遂げたこの吉屋チェーンの展開に対し、ファン達の反応は賛否両論に分かれているのは周知の通りだ。
その中にあって舞は、性格上居ても立っていられない派であった。
吉屋が復活するのであれば、是非その復活第一日目の牛丼を食したいと言う欲求が、反対論のすべてに勝ったのだ。
店舗の入り口から暫くの距離に至ってずらりと立ち並ぶ長蛇の列。観覧車で並んだ列とは比べ物にならない規模であった。一体どこからこれだけの人数が集まるんだ? 俺達が並んで暫く経つが、列がいつの間にか駅の方まで延び切ってないか? などと疑問を隠せない俺。
夕方も六時を廻った。
周りの話を聞くと、今が丁度解禁時間と呼ばれる時刻らしい。今か今かと吉屋ファン達のざわめきが起こる。
やがて吉屋の店内から、ねじり鉢巻で気合を入れた店員が現れ、販売再開という気合の入った声が鳴り渡った。硝子の扉が勢いよく開け放たれると同時。そこから堰を切ったかのように人が雪崩れこんだ。
「おおもり ねぎだく ぎょく」
「これ さいきょう」
「そんなことより きいてくれよ」
「シロートは 定食でも 食ってろってこった」
「と。」
吉屋の店内を目まぐるしく行き渡る、まるで暗号のような注文や雑談の言葉。
どこからとも知れないそんな言葉のストリームを、まるで聖徳太子顔負けの聴力で注文と雑談とに巧みに聞き分け、客全員の注文をスピーディかつ的確に捌いていく店員。
明らかに無茶だろうという注文にも一切動じず仕事をこなす、何という正確無比。通という物がよく分かっている店員だった。これこそが吉屋の鑑、プロの誇りというモノなのか。
「私達にも、いつものお願い」
「あいよう!!」
ようやく俺達にも順番が廻ってきた。丁度2つ隣り合わせの席が空いていたので、この牛丼娘もとい舞がカウンターの一席に着くのを確認すると、俺はその隣の席に座るコトにした。
――考えてみたら何かがおかしい。今日は牛丼再開セール初日のはずだ。なのに“いつもの”と言って店員にしっかりと通じてしまうこの空気は何なんだ。
と。注文を入れておよそ10秒。舞と俺の座るテーブルに、ふっくらと湯気を立てる牛丼のどんぶりが置かれた。
「そんなにがっつくなよ舞」
「ここは戦場。食うか食われるか。それだけが真実」
言葉少なに返事を返し再び牛丼をかきこむ舞。それを見て矢継ぎ早にどんぶりを足していく店員。
――おい店員よ。吉屋チェーンの一員として務めを果たしたいって気持ちは痛いほど分かるが、わんこそばじゃないんだから、舞が丼を食べ終わる頃に次の丼をテーブルに置いたりするのはやめてくれ。
まったく……
「ほっぺたにご飯粒がついてるじゃないか」
呆れ顔で、俺は舞のほっぺについたご飯粒を取って口に入れる。すると舞は何故か俺から視線を逸らし、それっきり舞は一心不乱に牛丼をかきこんでいた。
「もう、お腹いっぱい」
――それはそうだろう。あれだけ夥しい量の牛丼をかきこんでおいて、まだ食い足りないなどとは言わせない。例の如く食費は俺の奢りというコトになり――レシートに書かれた金額が幾らだったかは思い出したくもない――吉屋も吉屋で、舞みたいなヤツが何度もお替りしてるにも関わらず、最後まで具材を切らさなかった辺り、流石というしかなかった。
俺達は帰路につく。街灯の白色に照らされた、夜の並木道。ひんやりとした空気が、吉屋の熱気に当てられていた俺には心地よかった。
俺は隣を振り向く。
隣で歩く舞も、とても幸せそうな顔をしているのが分かった。待ちに待っていた吉屋の牛丼を、またいつでも食べられるようになったワケだし、たまにはコイツを牛丼を食べに連れて行ってやろう。それだけで舞の喜ぶ顔が見られるのなら安いものだ。
「これからは毎日だって食べに行く」
……確かに舞なら、それくらいのコトは簡単にやってのけそうだ。一日三食食べる内の一食は牛丼じゃないと気が済まないくらいの牛丼愛好家。それが川澄舞という少女なのだから。
「だから祐一。おあいそはよろしく」
結局金を払うのは俺なのか。がっくりと肩を落とす俺。
「……祐一」
「なんだ、どうした舞?」
「キスして」
ぶっ。思わず飲み物を噴いてしまったじゃないか。唐突に言ってくるなよ舞。
「どうしたんだよ突然」
「……私がキスしてほしいと思ったから」
恥ずかしいコトを臆面もなく言ってくる。いつもは手が触れるだけでも恥ずかしがるクセに。
こういう状況でならいいのか。……そんな舞のアンバランスさに、俺はすっかり惚れてしまったワケなんだけど。あまりにも唐突過ぎるけど舞がそうしてほしいなら仕方ない。
「じゃあ改めて。好きだぞ、舞」
「私も、祐一のコトが好き」
ややあって、俺達二人は傍に寄り添って見つめ合う。
それがまるで自然な事のように、やがて唇どうしが触れ合った。
――今日ここで舞と交わしたキスは、コクのある牛丼の味がした。
あの独特の甘辛い――溢れ出るような肉汁の芳醇な馨り――愛しさとはおよそ程遠い、青春の味と言えばある意味ウソじゃない、そんなキスだった。
「――続きは家に帰ってから」
長い長いキスの後。俺達はそっと唇を離す。
やがて顔中を真っ赤にさせた舞が俯きながら、ぽつりと呟いた。
これは期待してしまっても良いんだろうか、という邪な期待が沸々と湧いてきた。
「そんなにいやらしい目で見ないで」
ずびしっ。舞のチョップが炸裂して卒倒する俺。そこまで見え見えの顔をしていたのか俺。
舞はそんなスタン状態の俺を一瞥すると、そのままそっぽを向いて帰路を歩いていく。
「おーい舞。俺が悪かったよ」
それをよろよろと立ち上がって追いかけた。
「もう離さないからな……まったく」
舞にやっとのことで追いついた俺は、決して離れないようにしっかりと舞の手を取った。
――そう。何が起きても、決して。
「そんな祐一だから、私は好きになった」
「ん? なんか言ったか舞?」
「……なんでもない」
俺達は、二人で手を取り合って歩いてゆく。
魔物との戦いが終わり、深まった俺達の関係は、今日と言う日を境に、より一層深まることになった。
過ぎ去った日々の風景さえ、思い出となって俺達の心の中にあり続けるだろう。
例えどんなに月日が流れても、決して変わらない絆。
これから一緒に過ごしていく日々の1ページ1ページを、ゆっくりと、俺達二人で紡いでいくんだ。
そんな“幸せ”という名の日常に加わった、ほんの少しのエッセンス。
今日はまさに、そんな一日だった。
――閑話休題。
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