夜天剣舞エピソード5 『終局は新たな序曲』
原作:Kanon ©VisualArt's/Key
Written by あると




 ――月明かりに満ちた夜。淡く蒼白く光を放つ月明かりが、この夜の光景のすべてを黙して物語る。
 凍夜という形容が相応しいか、およそ暖かさとは遥か縁の程遠い夜風が吹き、身を冷たく凍えさせる。そんな夜だった。さっきから俺は秋子さんから借りた楽天入道正宗を振るい、学校の中庭の雪景色の中で魔物と激しい打ち合いをしていた。

 舞は校舎の屋上で立っていた。いや正確には、見下ろしていた、と言うべきか。
 この寒空よりもなお冷たく、澄み切った舞の双眸と、彼女が手にする白銀の刃は、果たして何を映し出し、打ち合う俺達の姿をどのように喩えているのだろう。
 凍夜に浮かぶ月明かりだけが、その答を知るというのか――

 ――しばらくあって、風向きが大きく変わった。機先を得たか、すかさず舞が屋上から跳躍し、剣を構える。
 月明かりの逆光は舞のシルエットを仄かに浮かび上がらせ――なんて幻想的な、それはまるで空から地上へと降り立つ天使の様だ――その姿はとても美しく、舞をよく知る俺でさえ、思わず魅入られてしまいそうになる。舞は剣を大きく振りかぶり、魔物の位置をはっきりと確信して文字通り渾身の一撃を放つ。
「これで最後――」

 ざしゅ――っ!!

 斬閃。舞が最後と言った魔物が今、舞の放った剣によって霧散していく――そう、この瞬間に俺達の戦いは終わったのだ。
 それにしても、舞のずば抜けた運動神経は信頼しているし、いくら魔物にとどめを刺すためとはいえ、屋上から迷いも無く飛び降りるなんて――ひとつ間違えればケガどころでは済まなかったんだからな。
「魔物を斬る時の反動も計算に入れてた」
 という割には――あーあ・・・あんな高い所から飛び降りた所為で秋子さんから貸してもらった剣が根元からすっぱりと折れていた――こいつは大目玉を覚悟しておいた方がいいな――でもまぁ、こうして舞と一緒に魔物をやっつける約束も果たせたわけだし、それくらいは良しとするか――――





「祐一、やっと魔物を全部――すべて終わった――」
「ああそうだな。お疲れさん」
 俺は舞の頭をぐしゃぐしゃと思いっきり撫でてやった。
「祐一、くすぐったい」
 ここで舞が目を細くして、小動物みたいな反応をするから可愛いんだよな。コイツがあまりにも可愛い反応をするものだから、俺もついつい調子に乗って舞の髪から手を離すのを躊躇ってしまう。舞も本心から嫌がっているわけでも無さそうだし。互いに力を合わせ、同じ敵と共に闘ってきた戦友として、これくらいはある種当然の役得というものだ。
 勝利の余韻を、分かち合う――俺は目標を達成した喜びで胸が一杯になり、普段は無表情だった舞にも、ほんのりと笑顔が浮かんでいるように見える。

「――祐一?」
「ん? どうした?」
 ふと、舞の声のトーンが落ちる。なんだろう? と訊き返す俺だったが・・・
「私の知らない香水の匂い――」
 ――ぎく。舞は元々集中力がずば抜けて高いからな。魔物が全部いなくなった今、今まで魔物に向けられていた集中力がそのまま俺に向けられてもおかしい話じゃない。そもそも女性は男と比べて嗅覚が優れているんだ。並外れて集中力の高い舞なら尚更――しまった迂闊だった――
「祐一、誰と一緒にいたの――?」
 ジト目で見上げてくる、舞の目つきが恐ろしかった。ここまで舞に詰め寄られてしまっては言い訳の仕様も無く、気がつけば俺は舞から離れ、猛ダッシュで駆け出していた。

「私は“魔物”を討つ者だから――!」
 舞は俺が持っていた楽天入道正宗を手に取ると、有無を言わさず追いかけてきた。己の背中を見る余裕すらなく、ただひたすら逃げ惑う俺。火事場の馬鹿力で逃げている。それをペースも乱さず、ぴったりとくっついて襲い来る舞。なんて無茶苦茶な運動神経をしてるんだコイツは。それに心なしか、舞の周りからは倒しきったはずの魔物の気配までしていた。もしも捕まれば命の保証は無い、絶対に逃げ切ってやる! ――俺がそう決意するのも裏腹に。

 ずてんっ。

 な――!?
 なんでもない所で思いっきり足を引っ掛け、俺は転倒してしまった。
 寧ろ何かに転ばされたような――

「祐一、――覚悟はいい?」

 考える暇も無く、倒れた俺をじりじりと追い詰める舞。
 その背中からはオーラが立ち昇ってさえいるようだった。ゆっくりと木刀を垂直に構え、そして――

「ω#!? $ゝ〇☆йё¢ζΔρ刀дИ£〜〜〜〜!!!!」

 静寂する真夜中の夜の街の片隅に。木刀でめった打ちにされる音と共に、俺の断末魔の叫び声が木霊した――――

 激昂した舞から袋叩きに遭い、意識が朦朧とする――仰向けに斃れた俺の視線に入ったのは、淡い輝きで仄かに地上を照らす、真夜中の月明かり――嗚呼、月はこんなにも綺麗なのに。
 そんな俺を見下ろすように、舞が何事か呟いていた様だが、それはもう、今の俺には届かない声だった。
 意識を手放すまでの僅かの間、俺は一体何を思い、何を願っていたのだろう――それさえも、もうどうでもいいような気がして、俺の意識はここに幕を閉じた――――



....good end?

→to 【xtra episode】


[BACK] [SS/Library] [NEXT] [Web拍手]


©2001-2005 Fractal Elements "SeaQube"