夜天剣舞エピソード2 『敵は魔物。』
原作:Kanon ©VisualArt's/Key
Written by あると
――水瀬家・夜。
…時は、すでに夜を迎えていた。
今夜も学校で、舞と一緒に魔物と戦う。俺は目を閉じ、軽く瞑想を行い、神経を研ぎ澄ませながら、
舞と落ち合うその時間が訪れるのを待っていた。
・・・・・・・
そろそろ時間だな。
俺は、魔物と戦うための木刀を手に携えて、水瀬家をあとにした……
――通学路。
外は寒い。季節は、まだ冬のまっただ中。
動きづらくならない程度に、上着を重ねて着ているものの、
それでも寒いものは寒い。
「こんな寒い中、舞はよく毎日魔物と戦っていられるよな。大したもんだよ、あいつは」
そして俺は、舞と二人で食う夜食を買い、夜の学校へと足を運ぶのだった。
――夜の学校。
学校に着くと、急いで校舎に入っていく。
さすがに外の冷たさほどではないが、ここも冬の寒気に包まれていた。
吐く息が白い。
長く伸びた廊下を歩く。そして、しばらく歩いていった先-----
そこに舞は立っていた。
その姿は月明かりに照らされ、幻想的ともいえる雰囲気を漂わせていた。
「よお、舞」
「…祐一。もう来てくれないと思ってた」
落ち合った矢先、いきなり水くさいことを言う舞。
俺はふぅ、と溜息をついてから。
「そんな寂しいことを言うなよ。俺はお前をどこまでも守ってやるって決めたんだぜ?
最後の最後までつき合わせてくれよ?」
自分の胸をどんと叩いて、俺は舞に返事を返す。
「祐一…なんだか頼もしい」
少しはにかんだ表情。
こんな時、舞がのぞかせる顔は、お世辞抜きでとても可愛いと思う。
まぁ、いくつかのことを除いては。
ぐうぅぅぅぅ・・・・・・・・
そのひとつは、舞の腹の方から聞こえてきた。空腹を知らせる腹の虫の鳴る音。
せっかくのムードが、これで一気に台無しになってしまう。
「祐一。お腹すいた」
「それはさっきお前の腹から聞いた」
「…祐一のいじわる」
頬を赤く染めて、舞が小さく呟く。ここまでは可愛いと思うし、特に問題はない。
俺が言いたいことはこれからだ。
「ほら舞。頼んでいた牛丼だぞ」
俺は、舞に牛丼と飲み物が入った缶を手渡す。
今、俺が舞に手渡した牛丼だが、これにその原因がある。
実は、舞はかなりの食通なのだ。
「…いただきます」
舞は、俺から牛丼を受け取り、パチンと割り箸を割ると早速口の中に牛丼をかき込み始める。
俺も舞に続いて、牛丼を食い始めることにした。
いままでは、学校への通り道にあるコンビニの物で済んでいたのだが、
何度か食べているうちに、舞がコンビニの牛丼の味に飽きだした。
そして舞が、「牛丼屋のお持ち帰りのが食べたい」と、だだをこね始める。
「もぐもぐもぐ…おいしい」
何件かの牛丼屋をそうやって巡っていくうちに、商店街のかなり奥の方にある『吉屋』という、
その道の通が集まる店にぶつかってしまう。その『吉屋』の牛丼を舞はとても気に入ったらしく、
以来、ここに来るときは、毎日「そこの牛丼じゃないと嫌」と言うようになった。
「最近、牛丼が安く食べられるようになって嬉しい」
「ああ、そうだな…」
牛丼屋自体はもっと近くの方にも何件か立ち並んでいるというのに、
その店の牛丼じゃないと舞の舌は満足できないらしい。
しかも冷めないうちに持ってこいと言う。俺はただのパシリか?
「…ごくごく」
でも俺は、舞のことがどうしても放っておけないから、『しぶしぶ』舞の無茶な注文を聞いてやっている。
もしもそれが舞ではなく、しかも野郎からの注文だったとしたら、そいつは多分TKOくらいでは済まないだろう。
それくらい無茶な注文を、舞はやってのけているのだ。
「…ごちそうさま」
俺があれこれと思っているうちに、舞は既に牛丼を完食していた。
舞は、口もとについたご飯つぶを指で探りながら、何か考え事をしている。
「……」
「どうした。舞?」
俺は舞に訊ねる。
「今度はねぎだくが食べたい」
「…どこでそんなレトロなメニューを覚えたんだ。舞?」
「…肉少なめ」
そんなことは訊いていない。
「…つかみはOK?」
いったい何の話だ、舞?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
…それにしてもこいつ。学校にいるとき以外は、一体どこで何をしているんだ?
「祐一。それは乙女の秘密」
「お前から乙女なんて言葉が出てくるとは意外だな」
「…これで貸しプラス1」
おい……?
「…祐一、魔物が来た」
こんなタイミングで魔物がやってくるな〜!!
「魔物が近づいてる。気を抜いたら駄目」
「うおおおおおおおお!!!!?」
すっきりしない状態のまま、俺は舞と一緒に魔物と戦うことになった。
耳を澄ますと、廊下の向こうから、ラップ音のような独特の反響音が近づいてくる。
舞は目を閉じ、魔物が剣の間合いに入るその時を、静かに待つ。
舞の両目が開く。
剣を両手で持ち、ものすごいスピードで走りざま、
魔物にその一撃を振り下ろす。
…がきん!
舞の身体が一瞬、宙で止まる。魔物は、確かにそこにいた。
その反動をバネにし、舞は高く跳躍する。そして二度目の剣撃。
ざしゅっ。
手応えはあった。
魔物が呻きにも似た声をあげる……しかし。
ごおっ!!
そこから、衝撃波のようなものが起こり、舞の身体がそこから吹き飛ばされる。
「く・・・・」
壁に背中を打ちつける舞。
しかし舞は、すぐに体勢を立て直し、見えない魔物に斬りかかるが、
それは、虚しく空振りに終わった。
「・・・・・・」
ほどなくして、あたりに響いていた一切の音が止む。
「…魔物の気配が消えた」
「逃げられたのか?」
「でも手負いにはできた」
魔物の気配が消え、舞はすぐ傍の壁にもたれかかり、一息をつく。
しかし、いつ再び魔物が現れるかわからない。
わずかな一瞬さえも、気を抜くことは許されなかった。
俺も舞も耳を澄ませて、再び魔物がやってくるその時を待っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
カツカツカツ・・・・
第二波らしき、何者かが迫ってくる音が聞こえてくる。
俺と舞は視線を合わせ、互いに頷きあうと、その音のする方向へと視線を移す。
カツカツカツカツ・・・・・・・・
徐々にその音は大きく、そして確実にこっちの方に向かってきている。
俺と舞は、それぞれの剣を構え、固唾を呑みながらそれを待ちかまえていた。
そろそろだ。その音が、夜の廊下の暗闇を破り、俺達の間合いに入ってくるのは。
そしてそこに現れた姿。
「祐一〜。こんなところで何をやっているの?」
…戦いの張りつめた緊張をぶち壊しにしてくれるような、この間延びした声。
その正体は名雪だった。眠そうな目を手でこすりながら、俺達の方にやってくる。
「名雪。お前、どうしてここに?」
「部屋の窓から祐一が外に出かけていくのを見て、心配になってついて来たんだよ」
見られていたのか…
名雪達には、こうして魔物と戦っている所を見せたくなかったのにな……
「…んっ?」
名雪は俺達の方とちらちらと見る。
これは、かなりまずいぞ…
俺は、名雪に対して答えるべき言葉が見つからなかった。
「こんばんは〜」
名雪は舞に明るく屈託のない笑顔で挨拶をする。
夜の校舎の中で俺達が二人剣を持つ姿を見て、何とも思わないのかこいつは?
「…こんばんは」
舞もそこで素直に挨拶を返すな。
ほどなくして、名雪と舞は世間話を始めだした。
どういう神経をしてるんだ。こいつらは?
「とにかく名雪。俺はもうしばらくしてから帰るから…」
俺がそう言いかけたとき。
「・・くー」
名雪は眠っていた。
「こんな所で寝るなっ!」
しかも立ったまま熟睡している。我がいとこながら、恐ろしい特殊能力だと思った。
ただ、その能力が何かに活かせるのかどうかは、かなり疑問だったが。
「・・魔物が来る」
廊下の壁や床が、独特の反響音を反射させて、その音は徐々に大きくなっていく。
魔物が俺達に向かって迫っていることは、この俺にもはっきりと理解できた。
窓を閉め切っているはずの廊下の奥から、強い風のようなものが吹き付ける。
魔物はすぐ近くにいるのだろう。
「…危ない!」
舞のその言葉に反応するのが遅かった。
俺は慌てて名雪のいる場所に走るが、音はそれよりも早く名雪の方に接近している。
…間に合わない!?
そう思ったときだった。
「うにゅう・・・」
ひらり。
「うにゅうにゅ・・・」
ひらりひらり。
魔物の攻撃(と思われるもの)を眠った名雪は、うにゅうにゅと奇妙な声を発しながら、
かなりの微妙な間合いで躱していく。
しばらくの間、その攻防(?)は続いていた……
・・・・・・・・・・・・・・・
魔物は、ヘトヘトに疲れて攻撃を止めたのか、さっきまで辺りに響いていたすべての音がやむ。
「…くー」
なおも名雪は眠ったまま。
俺が何度名前を呼んでも、頬をつねってみても、いっこうに起きる気配がない。
「ガアァァァァ…」
轟音を伴った、魔物の呻くような声。それは魔物が相当に腹を立てているようにも聞こえた。
「! 名雪、まずいぞ。そこから離れろ!!」
俺が叫ぶ声も虚しく、その音は名雪に向かって突進してくる。
そこで不意に、名雪がすっと片足を前に出す。
ずざざざざっっ・・・・・・・
ズザザッ、と魔物が床を擦る音が、辺りに響き渡る。
名雪は、魔物の足を引っかけて転ばせていたようだった。
そして、魔物の気配が消える。
「魔物が逃げていった」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
「・・・あれ?」
やっと名雪が起きたようだ。
「うにゅ…私、今まで何をしていたの?」
どうやら、本当に寝ていたらしい。
「じゃあ祐一。早く帰って来ないとダメだよ?」
「ああ、わかったよ・・・」
そういうと名雪は踵を返し、てくてくとした足取りで校舎を後にした・・・・
「あの子、ただ者じゃない・・・」
「ああ、同感だ・・・」
俺と舞の額からは、冷や汗のようなものが滲み出ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
名雪と別れてしばらくすると、まるでその機会を狙っていたかのようにして、
再び魔物の気配が起こる。
「…今度からあいつを連れてここに来てやろうか?」
「魔物を倒さないと意味がない」
「それもそうだよな」
「…祐一、援護をお願い」
「わかった」
そう言って舞は、魔物の気配のある方向へと駆けていく。
助走をつけ飛び込みざま、舞はそこで剣を水平に薙ぐ…しかしそれは空振りに終わった。
・・・ごおっ!!
風を切るような轟音。魔物の攻撃とおぼしきもの。
舞は姿勢を低くさせ、それをかわす。その余波の風が、舞の身体を掠める。
そして舞は後ろを振り向き、俺に視線で合図を送る。
それに応じて俺は、舞が頷いた瞬間を合図に、木刀を縦に振る。
どがっ・・・・
確かな手応え。手がその反動によって大きく揺れた。
魔物と俺の木刀は、ちょうど競り合う形になっている。
この姿勢を少しでも崩せば、魔物からの攻撃を喰らってしまう。
魔物の強い力に押され、俺の身体はじりじりとリノリウムの床を後ずさりしていく。
俺は、それを何とか持ちこたえるだけで精一杯だった。
ガシィッ・・!!
不意に、魔物からの追い打ちを受ける。
その衝撃で俺の手から木刀が離れ、それはカラカラと音を立てて、床に転がっていく。
…まずい。このままでは魔物にやられる!
「祐一!」
俺の危険を察した舞が、こっちに向かって走ってくる。
「っ…!!」
俺を庇い、舞が代わりに魔物からの攻撃をもろに受けてしまう。
舞は剣を床に刺し、がっくりと膝をつく。
俺はその間に木刀を拾い、闇雲に宙に向かって木刀を振り回し、魔物を追い払うようにする。
魔物もそれにひるんだのだろうか。そうして再び魔物の気配が消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
束の間の休息。
・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・」
「祐一…ケガは?」
自分が俺の代わりに傷ついたというのに、舞は俺に向かってそんな言葉をかけてくれる。
「…ごめんな。俺みたいな足手まといが舞の戦いに図々しくやってきて、
こうして舞の足を引っ張ってしまっている・・・」
『舞のことを守ってやる』なんて偉そうなことを言っておきながら、
結局は、舞の重りになっている・・・舞から毎日剣の手ほどきを受けていても、
実戦に立たされれば、何の役にも立っていない・・・・
俺は、そんな自分の無力さが情けなかった。
「…」
舞は、こんな不甲斐ない俺をその両手で包み込むと、俺の頭をそっと自分の胸の中に抱き寄せる。
「こうすると男の人は安心するんだって、佐祐理が言ってた」
「・・・・・・・」
「祐一は弱くなんてない」
舞は呟く。
「…祐一はちゃんと頼りになる」
俺のことを気遣ってくれる。そんな舞の言葉がうれしかった。
「いざというとき、祐一は私のことを守ってくれる…」
「舞…」
「私の盾となって」
…おい?
「冗談です」
それはキャラが違う。
「どんまいどんまい」
舞が俺のためを思って、言葉をかけてくれるのはちゃんと分かっていた。
しかし、舞には場のムードというか、そういうものが決定的に欠けていた。
「あ。そういえば」
思い出したようにして舞は、俺の頭部から手を離し、左手のひらにぽん、と右手を乗せる。
バランスを失った俺は前のめりに倒れ、床がごちんと音を立てる。
「…祐一?」
この瞬間、はっきりと理解できたことが1つある。
それは、舞が名雪に匹敵するほどの天然であるということだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「あれから色々と本を読んで、魔物を倒すための研究をしてきた。そのひとつの結果がこれ」
舞が、持ってきていた袋からごそごそと何かを取り出す。
そして俺に見せたその中身。
全身を覆うような防護服。掃除機のような形状のもの。それはさながら・・・・
「似合いそう」
…何かが違う。絶対に違う。俺はそう思った。
それに、どうやってこんなものを作ったんだ舞は?
「祐一、細かいことは気にしない」
いやこの場合、気にしない方がおかしい。
「これを着て」
舞の視線は真剣だった。こんな重そうな服を着て、魔物と戦えと言うのか舞は……
俺は渋々、舞に渡された服を着ることにした。
ファスナーを開けて、その中に足を通そうとした時。
「…魔物が来た」
そう言って舞は床に刺した剣を引き抜くと、魔物の気配のする方向へと足早に駆けていく。
「ひょっとして、この姿のまま戦えというのか舞は?」
「・・・・・・」
その問いに舞は何も答えず、剣を携えて魔物と戦っている。
どうやら舞は本気らしい。
がきん、がきん、がきん、・・・・!!!
さっき魔物から受けたダメージが癒えてないのか、
舞の動きが、いつもと比べて鈍い。
俺の目から見ても、舞が魔物に押されていることは明らかだった。
そこで俺は、持つ手を消火器に持ち替え、安全ピンをはずし、ノズルを魔物に向けて
レバーを力強く握りしめると、魔物に勢いよく消火剤が放出される。
すると付着した消火剤が、魔物の輪郭をみるみる映し出す。
そして魔物は、それに怯えたようにして舞から離れていった。
「祐一、意外と頭がいい」
…ひとこと多いぞ、舞?
突然大量の消火剤を浴びた魔物は、
ふらふらとした様子で舞の側を泳いでいた。
隙あり、とそこに舞が剣を振り下ろす。
ざしゅっっ・・・・・
鮮やかな一撃だった。
魔物は消滅し、魔物の輪郭を覆っていた消火剤が床に霧散していく。
「魔物を倒した」
「ああ」
しかし・・・
「派手にやったもんだな・・・」
周囲を見渡すと、剣で床を刺したり斬ったりした跡や、
消火器を使用した跡などが、あちこちに散乱していた。
「いくら魔物を倒したとはいえ、これは後かたづけが大変だぞ。
それに俺達じゃ直せないものもあるし」
「…あと3体」
「…今、何と言った?」
「祐一、頼りにしているから」
舞はシュタッ、と手で祐一に合図を送ると、風のように校舎から走り去っていった。
「おーーーーーい・・・・・・・・・・・」
すでに俺の視界から舞の姿は消えていた。
こんな戦いが、こんな惨状が、これからも毎晩のように続いていくかと思うと、
俺は開いた口が塞がらなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺はただ口を開けたまま、その場に立ちつくしていた。
あと3体、あと3体・・・・・
その言葉を、ただただ繰り返し呟きながら・・・・
こうして、魔物との戦いは続いていくのである・・・・・
....continue?
[BACK] [SS/Library] [NEXT] [Web拍手]
©2001-2005 Fractal Elements
"SeaQube"