Ragnarok Online - IF - どじっ娘アコシリーズ
第4話 『魔法都市ゲフェン編』
フェイヨンから首都プロンテラに戻ってきて数日後。
何でもお兄さんが、プロンテラ大聖堂の司教様からゲフェン魔法協会へと親書を届けるお仕事を任されたみたくて、私はその付き添いとしてやってきていた。
「――本当に反省してる?」
「んだよ、お前はいちいちうるせーな」
お兄さんは相変わらずだ。ぶっきらぼうで、フェイヨンでのあの事件のことを一言でも反省してるって言ってくれれば良いのに、ずっとこんな調子。こんな人がプロンテラ教会ではそこそこ偉いポストにいるだなんて、今でも信じられない。
「ここがゲフェンの街だな」
魔法都市という名前の通り、とても豪奢な街並み。天まで届きそうなくらい、大きくて高い塔が印象的だった。“魔法塔”と呼ばれるその場所を中心に頂き、それをぐるりと囲むように建物が建っているのは、魔法の源である何かを集めやすくするためだとかなんだとか。難しい事はよく分からないけれど。なんだかそういうコトみたい。
「目的地はここだ。入るぞ」
しばらく歩いた所にある、【ゲフェン魔法協会】と書かれている看板が掲げられた建物に入る。というか――
「誰もいないな――」
中はもぬけの空だった。誰もいない。建物の中央においてある調度品から、こぽこぽと泡立つ音が聞こえてくるだけ。
「折角このオレ様が親善大使として足を運んだのに、誰ひとり詰めていないとは職務怠慢だぞコノヤロウ」
お兄さんは不貞くされた様に椅子に腰掛けると、どっかとテーブルの上で足を組んでいた。
「あーその格好、全然プリーストっぽくないですから」
「――おいアコライト。そこら辺を探して誰かいないか・・・」
私の言葉を完全に無視して、お兄さんがそう言った時だった。
魔法協会らしい方々が、がっくりと肩を落として建物に入ってきた。
「――申し訳ありません大聖堂の方々。先程まで協会員総出で、とある案件に追われておりまして」
「あぁまったくだ」
「こらこらお兄さん・・・ところで、その案件ってなんですか??」
「おいおいアコ、他所様の事に要らん首を突っ込むな」
「はい――それが・・・・・・」
「ちッ――」
――どどのつまり、こういうコトみたい。
最近ゲフェンでは夜になる度、魔物の集団がやってきて、街中を荒らしてまわってる。
魔法協会の選りすぐりの人達が全力で街の防衛に当たっているけれど、効果は見られなくて。
地元の恥になるからという理由で、プロンテラ騎士団への出動要請もやりにくい状況――
さっきまで協会員の人たちに元気がなかったのはそのせいだったのね――
「――で、それをわざわざ俺達に教えてくれたってコトは要するに、俺達にも案件を手伝えと?」
「・・・・・・」
「それ程事態は切羽詰ってるって訳か。仕方ない、アコライト。手を貸してやるぞ」
「あ、ありがとうございます――!!」
『――それでですよ。お兄さん』
『あ? なんだよアコ』
私達は念話で会話をしていた。
『どうして私達がこんな樽の中に隠れているんですかぁ』
『うるせー。悪いヤツを誘き寄せるにはな、こうやって餌を蒔いて待ち伏せするモンだって昔っから決まってんだよ』
『わー。それって思いっきり悪役の台詞ですってば』
『いいか、俺達には唯一絶対なるやんごとなき主がついている。だから何をしても正義は俺たちにあり。だ』
――こんな人について行って本当に大丈夫なのかしら。私は本気で心配になってしまう。
こうして私達は、魔物が出るという夜までただ待ち続けた――
――そして、その夜はやってきた。
「TRICK or TREAT――?」
「――TRICK or TREAT?」
樽の向こうから、とりっくぉあとりーと、って声が繰り返し聞こえてくる。どんな意味なんだろう? 樽の隙間から顔を覗かせて、私は外の様子を見る。辺りにはカボチャみたいな頭、紳士が着ているようなタキシード。そんな姿をした魔物達が街の中をぞろぞろと歩いていた。
『お兄さん。あのカボチャさん達、何って言ってるんですか?』
『んなこと俺が知るか! とにかく行くぞ』
うーなんだかはぐらかされた感じ。
お兄さんは魔物の姿を認めると、杖を片手に樽から飛び出した。
「おいアコライト、何やってんだ。お前も早く出てこい」
「わーわーお兄さーん。お尻がつかえて樽から出られませーん」
私は樽から出られなくなって辺りをゴロゴロと転がっていた。
「バカヤロー!!」
「ったく。この俺が直々に、プリーストの戦い方ってものを教えてやる――」
お兄さんは自分の身体に祝福儀礼を懸け、なにか小瓶のような物を取り出すとフタを開けて中身を飲む。
ふっ、とお兄さんの身体が消えた――あれあれ、お兄さん、どこ?
その一瞬の間にお兄さんは魔物のちょうど真後ろに立っていた。杖をまるで槍のように振りまわし、杖の先で魔物の身体に触れる。
「・・・・・・」
お兄さんが何かをつぶやくと、杖の先に触れたところが突然爆発を起こし、魔物はその勢いで飛ばされた。
ひょっとしたら何か詠唱をしたのかも知れない。
「――見たか。この俺特製のマイトスタッフの威力を」
爆発の音を聞きつけた他の魔物達が集まってきた。お兄さんを狙い撃ちにしようと何体かが一緒になって襲う。危ないっ!
「なめるなっ!こう見えても俺の本職は知性派のINT型だっ。ホーリーライト!!」
お兄さんの掌が青白く輝き、そこからたくさんの光の弾のようなものを吐き出す。弾に貫かれて、消えていく魔物達――
それが合図だったかのように、魔法協会の人たちが魔物達と戦いを始めていた。
あたりに魔物がいなくなった事を確認すると、お兄さんもその人たちのいるほうに向かって走っていった。
って、私はずっとこの樽のなかに閉じ込められたままですかー。
私は樽から抜け出そうと、じたばたしていた。無理に動こうとする度に、身体がつっかえて、全然身動きが取れなかった。
と、よく見ると、私に向かって誰かが手を差し伸べてくれていた。
「あ・・・ご親切にありがとう――って、え?」
「TRICK or TREAT?」
「きゃ〜〜〜っっ!!??」
ぷつん。
・・・それはさっきも見たカボチャさんでした。
そのほかにも、ホウキに乗った魔女さん、マリオネットのように糸で吊るされた人形さん、布をかぶった幽霊さん。
そういった方々が、私の目の前に続々と集まってきてくださいました。
「プリースト殿!お怪我はありませんか」
「――あぁ、たったひとりだけ役立たずがいたけどな」
「???」
「いやこっちの話だ。この規模の魔物どもなら勝算はある。ただし――」
「ふむ、それは素晴らしいですな。ただし・・・?」
「――これを成功させるには、ひとり囮になってくれるヤツが必要だ」
私は捕まらないように、樽に入ったままの姿でただゴロゴロと転がっているだけでした。
私のコトを狙ってのことでしょうか、何十匹もの魔物の皆さんが追いかけていました。
「TRICK or TREAT?」
「TRICK or TREAT?」
「TRICK or TREAT?」
魔物の皆さんは、さきほどから同じコトを何度も繰り返して言ってきます。けれど本当にごめんなさい。
以前にも申し上げました通り、私にはその言葉の意味が分からないワケなのですから、魔物の皆さんの事をただただ怖いとしか思えないのです。失礼を承知で申し上げたいと思います。と、なんと、転がっていく先には壁があるではありませんか――――
どんがらがっしゃ〜〜〜ん!!!
「・・・はぁはぁ・・・」
壁にぶつかった勢いで樽がうまく壊れてくれました。おかげで私は自由に動けるようになりました。
さっきまで樽でずっと転がっていましたから、頭の中がぶんぶんぶんぶんシェイクされて、何が何なのかもうワケが分かりませんけれど。
目が廻ります〜〜ぴよぴよぴよ。すごい!なんと私の頭の上で小鳥さん達が踊っています。
――はっ。私は正気に返って辺りを見ると、魔物達がすぐそこまでやってきていた。
しかもさっきまでの記憶が完全に飛んじゃってる。なんで? って、早く逃げないと捕まっちゃうよいやぁ〜〜!!
「速度増加っ!! 猛ダッシュで逃げっ!!」
私は加速の魔法をかけ、なおもなおも逃げまどう――――
「はぁぁ・・・あの馬鹿だけはもう・・・」
階段のずっと上のほうにいたお兄さんが、本気で困っている私に向かって溜め息をついていた。
ひどい! 呆れるくらいなら助けなさいよっ!!
「決まったぜ、魔法協会長さん。これで勝負はついた」
「その、囮役というのは決まったのですかな」
「囮っていうか、そこで魔物どもを大量に列車している馬鹿がいるだろ?」
――もうすでに、街中にいる魔物全員が私の後ろを追いかけているのかもしれない。
それくらいものすごい、地鳴りがするような足音を私は聞いていた。
速度増加も、そろそろ効果が切れちゃう――どうしよう・・・と私はとっくに息切れしている頭で考えていた。
って、気がついたら私の後ろで気配がしなくなっていた。
おそるおそる振り向いてみる――と、そこには。
なんと魔物達が全員。青白く輝く大きな光の柱に包まれて動けなくなっていた。
そこにはお兄さんもいた。
「よくやったな、アコライト――こいつで決まりだ」
お兄さんはすれ違いざま、私に向かってにっこりと微笑み、頭の上にぽんと手の平を乗せた。
そのあと、もう片方の掌を何かを掴み取るように上に挙げ、それを力強く握り締めた。
「――マグヌス=エクソシズム!!」
そう言葉にすると、光の柱が輝きを増していって、中に閉じ込められた魔物達の姿が消えていった。
今のきりっとしたお兄さんの表情。きっとそれは私がまだ見たことのないお兄さん。だけどなんだか、かっこいい――
「あっちの世界でいい夢見るんだぜ――あばよ」
そんなお兄さんのことを、私はただボーっと見つめていた――
ぼかっ。お兄さんからグーで叩かれてしまった。
「なんだよ。さっきから俺のことをジロジロ見て。俺の顔に何かついてんのか?」
「――あ、ううん。そんなコトないの」
「?? まーいいけど」
あぁ私ったらもう、どうしたんだろう。さっきからドキドキがおさまらないよう。
後ろで待機していた魔法協会の人達が、私達を祝福してくれていた。
普段の私なら、手を振って協会の人達と勝利の喜びを分かち合っていたところだけれど。
けれど、今の私にはお兄さん以外の人達のことに興味なんて持てなかった。
「さーて、魔法協会の奢りでたらふく酒でも飲むかぁ」
お兄さんはそんな私のことを気にすることもなく、いつもの調子でゲフェンのBARへと歩いていく。
そんなお兄さんの背中を。
なんだか安心するような、ほっとするような、だけどちょっと切ないような。そんな複雑な気持ちで見ていた。