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08年の派遣労働者の大量雇い止めなどを受けて見直しが進められてきた労働者派遣法の改正案が19日、閣議決定された。同法は86年の施行以来、規制緩和を重ねてきたが、今回は登録型派遣を原則禁止にするなど、初めて規制強化の方向で改正されることになる。派遣労働者の働き方はどう変わるのか、経営側はどう受け止めているのか。【東海林智、後藤逸郎、宮崎泰宏】
学者や弁護士が「画期的」と評価するのは「みなし雇用制度」の導入だ。これまでは、禁止業務への派遣や偽装請負など違法行為があっても、派遣先の責任を問えなかった。告発すると仕事を失う恐れがあり、泣き寝入りする例も多かった。制度導入で、違法状態で働かされていた派遣労働者は派遣先と労働契約を結んでいたとみなされ、派遣先に直接雇用されることになる。
自動車工場で4年間派遣として働いた男性(37)は「偽装請負で働かされてきた。派遣先が責任を取るのは当然だ」と評価する。ただし、「直接雇用されても、すぐ雇い止めにされては意味がない。長期間の雇用を約束すべきだ」とも求めた。
改正案には、仕事がある期間に合わせて雇用契約を結ぶ登録型派遣や、製造業務派遣の原則禁止も盛り込まれた。日雇い派遣規制と同じく、短期間の契約を繰り返す方法を規制し、より安定した「常用型派遣」へ誘導するのが狙いだ。
だが、厚生労働省の業務要領によると、同一の仕事で1年以上の雇用見込みがあるか、契約更新で結果として1年以上雇用が続けば、常用型雇用と扱われる。見込みや短期契約の反復でも認められるため、雇用の安定性に欠けるとの指摘もある。
積み残した課題もある。原則禁止の例外となる通訳や秘書など26業務の扱いだ。法施行時には、専門性が高く競争力があるとされたが、OA機器操作など既に技能が一般化している業務も含まれる。実際は一般事務なのに、専門業務で契約させられる「偽装専門職」も後を絶たない。
自動車会社で4年近く専門業務派遣で働いた女性(29)は「ほとんど一般事務の仕事なのに専門業務扱いで、何年仕事を続けても派遣のままに使われている。専門業務を見直してほしい」と訴えた。
連合の古賀伸明会長は17日の記者会見で、「改正で人件費高騰や海外への生産拠点移転が起きるのでは」との質問に、「それは企業の論理だ。年収200万円以下の労働者が1000万人もいる中、国際競争力に影響すると言っても、それが正しいのか」と述べ、経営側をけん制した。
規制強化の方向で労働者派遣法が改正されるが、大企業は、期間限定で直接雇用する期間従業員を増やしたり、グループ内で社員を融通し合うなど、既に派遣に頼らない経営にかじを切り始めている。景気の先行き不安などから企業の雇用を増やす意欲は低く、法改正をテコに正規雇用を増やすのは容易ではなさそうだ。
トヨタ自動車は04年9月のピーク時に約1350人の派遣社員を抱えていたが、08年秋以降の新車需要急減で工場稼働率が低下し、2月末現在で約50人まで減らした。エコカーを中心に稼働率が改善しつつあるが、期間従業員を増やしたり、09年4月に入社した大卒新入社員約900人を、一時的に工場に配置するなどして対応している。
09年3月末に派遣社員をゼロにした三菱自動車や、半導体需要が回復しつつある東芝でも、グループ間や社内での人員の再配置などで増産に対応している。景気の先行き不透明感などから、「積極的に正社員を増やす状況にはない」(自動車幹部)という。
日雇い派遣の労働者を多く受け入れてきたサービス業も、既存社員とアルバイトの有効活用で対応している企業が目立つ。居酒屋チェーン「甘太郎」を展開するコロワイドは09年から「店舗間で社員やアルバイトを融通して、繁忙期に対応している」。引っ越しなど季節要因で人手が必要な運送業では、ヤマト運輸がグループ内で社員が手伝う仕組みを整えた。景気低迷の影響で、アルバイトの応募も多く、人材確保は順調という。
経済界では元々、今回の法改正については「行き過ぎ」(桜井正光・経済同友会代表幹事)と異論が根強い。日本商工会議所の岡村正会頭は17日の会見で「これまでの派遣法は会社側が採用しやすくなる面があったが、今回の改正でそれが逆戻りした」と指摘した。
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■労働者派遣法改正案骨子
(1)「登録型派遣」の原則禁止(通訳など専門26業務と高齢者や産休代替などを除く)
(2)製造業務派遣原則禁止(常用型派遣を除く)
(3)禁止業務への派遣や偽装請負などの違法派遣があった場合、派遣先が派遣労働者に労働契約を申し込んでいたものと見なす「みなし雇用制度」導入
(4)2カ月以内の日雇い派遣の原則禁止(例外あり)
(5)登録派遣と製造業務の原則禁止の施行は3年以内。登録で問題のないものはさらに2年まで施行猶予
毎日新聞 2010年3月20日 東京朝刊