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点字の父:生誕200年 視覚障害、これからも報道

 視覚障害があっても人は無限大の可能性を秘めている。その可能性を理不尽に閉ざさない社会の実現を目指して、毎日新聞は、点字考案者のルイ・ブライユ(仏、1809~52)生誕200年の今年、1年間にわたって視覚障害者を取り巻く課題を報告してきた。来年は、ブライユの点字を応用して生まれた「日本の点字」制定120年。来年に向かって、挑戦を続ける視覚障害者たちを紹介する。【遠藤哲也、青木絵美】

 ◇視覚障害、これからも報道

 ルイ・ブライユが考案した点字は世界中で用いられている。

 日本ではブライユの点字を応用して石川倉次(1859~1944)が日本語表記を完成させた。2009年は「点字の父」ブライユ生誕200年、「日本の点字の父」倉次の生誕150年にあたるメモリアルイヤーだった。

 コンピューターの音声読み上げ機能で点字は取って代わられるとの見方もあったが、実態は違う。コンピューターの付属機器に応用され、視覚・聴覚の重複障害のある人にとっても点字は必須だ。

 倉次が日本点字を完成させたのは1890年。「日本点字制定120年」を機に、毎日新聞は2010年も点字と視覚障害、バリアフリーについての報道を続ける。

 ◇87年続く点字毎日

 毎日新聞は1922年5月、「点字毎日」を創刊。世界でも例のない新聞社が発行する点字新聞(週刊)で、87年間、第二次大戦中や戦後の混乱期にも発行を続けてきた。「全国盲学校弁論大会」「点字毎日文化賞」などの事業も展開。6年前には「オンキヨー点字作文コンクール」を創設した。アジアや太平洋地域、中東、ヨーロッパ、北米・カリブ地域を対象にした海外部門も設け、海外とのコミュニケーションの輪を広げている。

 ◇全盲の画家・ナマエさん執筆中 盲導犬アリーナと過ごした輝く時間

 全盲のイラストレーターのエム ナマエさん(61歳、本名・生江(なまえ)雅則)=東京都世田谷区=が来年、デビュー40周年、失明後に再び絵筆を握る“復活デビュー”20周年を迎える。失明後の人生をともに歩み、5年前に亡くなった盲導犬アリーナの思い出を今、文章に書き進めている。「アリーナとの時間は、僕と妻にとって宝石のような時間でした」。来年の出版を目指し、盲導犬、そして、すべての生けるものの命の奇跡について、次代に伝えたいと願っている。

 「目の中に原爆が落ちたように、視野に真っ赤なキノコ雲が立ち上がった」。ナマエさんは、眼底の出血を起こした瞬間を今も鮮明に覚えている。1984年の夏。画家にとって命ともいえる目が、悲鳴を上げた。約1年半後の86年2月、完全に光を失った。37歳。糖尿病による合併症だった。

 慶応大在学中の70年1月、イラストレーターとして21歳でデビュー。数々の作品を生み出した。視力の低下は感じていたが、病気だとは気づかなかった。

 人工透析の治療を受ける日々が始まった。医師から失明宣告をされたときは「死んだほうがまし」とさえ思ったが、転機はここにあった。当時、透析治療の病院の看護師だった妻きみ枝さん(49)との出会いだ。約2年の交際を経て、90年に結婚した。

 結婚記念品づくりを2人で話し合っていた時だ。きみ枝さんがナマエさんに提案した。「絵を描いてみたら」。ナマエさんは失明を機に、文筆業に転じていた。「絵は捨てた」と心に決めていたが、リポート用紙に鉛筆でネコの絵を描いたら、きみ枝さんが喜んでくれた。2人の似顔を描いたイラストを版画にして、友人らに配った。

 実はナマエさんは、全盲になっても絵が描けることは分かっていたという。「プロの漫画家などは見て描いてないんです。脳と手が連動して、自動的に手が動いている。目で確認しているだけ。目が見えていると、視覚がすべてと思い込むがそうではない」という。そして「でも、自分で(完成した作品を)見ることができない。自分にフィードバックできない絵を描くことに、意味がないと思っていた」と振り返る。

 しかし、自分の絵を妻が喜んでくれる。「その喜びが新たなフィードバックになった。意味があると、心のスイッチが切り替わった」

 初めは鉛筆などで自由に描いていたが、独自の技法を身に着けた。用紙の下に厚紙を敷き、ボールペンを持つ右手で強く線を描きながら、その線の凹凸を左手の人さし指でなぞって確認する方法だ。「僕の目の中で絵が完成することは永遠にない。僕以外の、絵を見ている人の目の中で完成する。そこにゆだねるのです。最初にゆだねるのが妻。重要なのは、妻が絵をいいと思ってくれるかどうかです」。結婚した90年にイラストレーターとして復活を果たした。

 個展などで国内外を駆け回るようになったナマエさん。そのそばでいつも支えてくれたのが、盲導犬のアリーナだ。

 92年の秋。名古屋の中部盲導犬協会でナマエさんは歩行訓練などを受けた後、アリーナと初対面した。ラブラドルレトリバーのメス。黄色い毛並みで、ビロードのような長い耳が愛らしかった。以後、宿泊先のホテルやレストランでも「僕が手を伸ばせば、そこにいる。アリーナは僕の体の一部だった」。

 10年余りの現役を務め、引退。通常、盲導犬は協会などに返されるが、夫妻は「最期までみとりたい」と、ペットとして世話をした。04年10月、アリーナは世を去った。

 「視覚障害者をサポートするだけの存在ではなかったアリーナ。僕たち夫婦とアリーナ、そして誰もがひとつの命としてこの宇宙に存在できたことへの感謝と喜びを、盲導犬と盲人の関係の中で描きたい」

 ◇毎日jpに「ひみつのブルブル」

 エム ナマエさんが執筆した連載童話「ひみつのブルブル」が1月1日から1カ月間、毎日jp(http://mainichi.jp/life/edu/yonde/)に掲載されます。太ったネコのブルブルが活躍する物語です。ナマエさんによる可愛らしい挿絵もお楽しみに。

 ◇鈴の鳴るピッチ ブラインドサッカー

 ◇注目!!世界大会--8月に英国で

 視覚障害者の活動の場は、スポーツや文化の幅広い分野に及んでいる。来年、注目されるのは、8月の世界選手権(英国)に出場する「ブラインドサッカー」日本代表だ。17~20日、東京都調布市で行われたアジア選手権で中国、韓国、イラン、マレーシアと競い合い、2位となった。北京パラリンピック銀メダルで今選手権でも優勝を飾った強豪・中国、3位の韓国とともに世界に挑む。

 ピッチに立つのは5人。キーパーを除く4人は視力差を公平にするため、アイマスクを着用。ボールから出る鈴の音や、ガイド役の指示を頼りにプレーする。

 日本代表の風祭喜一監督(55)は「思った以上に多くの選手がシュートを放ち、良いところが出せた」とアジア選手権を振り返った。ブラジルやアルゼンチンなど強豪との対戦が予想される世界選手権に向け「最後まで走れるフィジカル面を鍛え、勝利を重ねたい」と話す。フィールドでは、選手たちが鳥が羽ばたくように軽やかに舞う。世界に羽ばたこうとする選手たちの意気は盛んだ。

毎日新聞 2009年12月29日 東京朝刊

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