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3 「おたく」と心通った

2010年03月19日

写真

「うめ物語」と小川真幸さん=水戸市の明利酒類

 発売日は水戸に久しぶりの大雪が降った日だった。

 2月18日。明利酒類(水戸市元吉田町)に隣接する同社の酒直売所「別春館」に、萌(も)え系美少女をあしらった梅酒「うめ物語」が初めて並んだ。真っ赤に染まった酒に、ほんのり赤ら顔の少女の絵。「本当に売れるの?」。企画を担当した同社相談役の小川真幸さん(71)は半信半疑だった。

◆忘れられない笑顔

 「美少女キャラを使った梅酒を作ってみないか」。話があったのは昨年10月。水戸で開かれる同人誌即売会(コミケ)にちなんだ関連商品の相談だった。だが小川さんはコミケもしらなければ、萌え系美少女の意味も分からない。おたくと言えば暗くて自分の世界に引きこもる若者という印象を持っていた。

 半面、水戸の中心商店街を生き生きと再生させようとする実行委員会の心意気に惹(ひ)かれる部分があった。萌え系キャラを使った経済効果にも注目した。

 11月から準備を始めた。絵は人気漫画家の蒼樹うめさんに頼んだ。4種類の原画から一つを選び、絵に合う梅酒を造った。「3月末までに千本売れればいい」。予想はすぐ裏切られた。

 2月20日の土曜日。観光バスの客たちが、いつものように土産の酒を買いに入ってきた。と、客の中にどうも観光客とは印象の違う男性がいる。彼は自家用車で酒を買いに来ていた。「これが、おたくと言われる人かな」。接客していた小川さんはじっと観察した。

 男性は、ちらっと「うめ物語」の棚に目をむけると、別の棚の酒を丁寧に見始めた。5分ほど店内を見て回ったあと、ようやく「うめ物語」に向かった。ゆっくりと遠くから少しずつ近づいていく。「あのときの彼の笑顔が忘れられない。あんなに商品を大切に扱ってくれる客は、見たことがなかった」

 男性は「うめ物語」を抱きかかえてレジへ持ってきた。「真っ先に買えばいいのに」という小川さんの疑問に「うめ先生に失礼だから」とつぶやいた。

 以来、全国各地からいろんな客がやってくる。彼らと接するうち、「おたく」と呼ばれる人への印象が当初とはずいぶん違ってきた。「彼らは、もしかしたら今の社会では弱い方の人たちなのかもしれない。でも本当に優しくて礼儀正しい。社会で生きていると作り笑いも多くなるが、彼らの笑顔をみていると本当に心からだと感じる。あれだけ梅酒を大切にしてくれるとうれしくてしょうがない」

 質実剛健で生きてきた70代の小川さんも、最近は萌え文化の勉強に励んでいる。使っている作家の作品や、彼らが使う「痛い」という言葉の意味までも。

 ◆近づかないとね

 「うめ物語」の売れ行きは好調で、「3月末に千本」の計画は発売5日で簡単に超えた。

ちょっとだけ嫌悪して、理解することを避けていたおたく文化。小川さんは、商品を媒介にしておたくとかかわることで新しい気持ちを手に入れた。

 「彼らは本当に引っ込み思案で、自分の世界観を分かってもらおうと私たち世代に語ることはない。私たち世代も彼らを受け入れようとはしない。でも、それじゃいけないよね。私たちから近づかないと。今は、友達になれたらいいな、なんて思ったりもするんだよ」(大蔦幸)

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