トヨタ自動車を苦境に追い込んだ安全性の問題で新たな焦点として浮上しているのが、車載「ブラックボックス」だ。
この部品は正式には「イベントデータレコーダー」と呼ばれ、小さな箱形の頑丈な容器で、航空機に装備されるボイスレコーダーと似ている。ダッシュボードの中か、最新の自動車では前部座席の下に格納されており、自動車とエンジンの速度、ブレーキ、アクセル、スロットルの位置、それ以外の事故原因を特定するのに役立つデータを記録する。
現在、弁護士や自動車の安全性を追求する活動家などは、トヨタ車のブラックボックスの中身を明らかにしようと奔走している。トヨタの複数の車種が急加速し、大規模なリコールと何件もの死亡事故を引き起こした問題の原因を解明したい考えだ。米国のハイウェイ安全当局は15日、新たに9件の死亡事故を検証していることを明らかにした。これらの事故での死者は13人にのぼり、トヨタ車の急加速が原因となった可能性があるという。
自動車事故の原告側の弁護士とその依頼人は、ブラックボックスデータへのアクセスをめぐってトヨタと対立したことや、事故の原因究明にはほとんど役立たないようなデータをトヨタから提供されたことを明らかにしている。弁護士らが直面した問題は、トヨタ車のブラックボックス情報を解読できるのはトヨタだけ、ということだ。さらにトヨタはデータの提供を捜査当局や規制当局の要請、あるいは裁判所の命令があった時に限定している。
それとは対照的に、米国の自動車メーカー3社は、市販の機器で解読できるブラックボックスのフォーマットを採用している。
警察や弁護士によると、トヨタは事故を再現するためにブラックボックスデータを利用しようとすると抵抗を示すことがあるという。トヨタはその理由として、ボックスから回収されたデータが事故の再現に有用でなく、エラーを含んでいる可能性があることなどを挙げている。
トヨタの広報担当マイク・ミシェルズ氏は、装置は試作品で「まだ実験段階」であるとして以下のように説明する。
「われわれは当社が開発したシステムの一部であるデータに異常を発見した。したがってデータは事故を再現するために依拠できるものではないと考える」
当局も、ブラックボックスのデータを事故原因の重要な決定要因とすることには疑問を投げかける。運輸省の職員は、レコーダーの記録内容について、「わずかなパラメーターと事故発生前の数秒間に限られる」と述べた。
米自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォード、クライスラーは、各社が製造した自動車から事故記録をダウンロードするツールを作成している、独自動車部品大手ロバート・ボッシュ傘下のボッシュ・ダイアグノスティック社にブラックボックスフォーマットを提供している。そういったツールは警察、事故調査員、弁護士などに幅広く利用されており、自動車メーカーは回収データの正確性に疑問を持つことはない。
第三者にデータフォーマットの使用許可を与えブラックボックスデータの回収をできるようにすることは、政府機関、安全当局、捜査当局による「直接的なアクセスを容易にする効率的な手段」だとGMの広報担当アラン・アドラー氏は述べる。
フォードに33年間勤務した、安全性とブラックボックスの専門家であるリチャード・ルース氏によると、調査員や捜査当局にデータへのアクセス権を与えることは、自動車メーカーにとってもプラスとなることが多いと言う。訴訟になった際に「データによって自動車メーカーが不利になることもあるが、ほとんどの場合は不正やねつ造といった申し立てを否定するのに役立つ」とルース氏は述べた。
ホンダや日産同様、トヨタも独自のブラックボックスシステムを持っている。だが収集するデータは短時間(1秒程度)しか記録されないため、事故の再現には適していないと説明する。このシステムは主として、エアバック、シートベルト、場合によってはスロットルアプリケーションといった自動車の安全装置の機能をモニターする。トヨタは、道路交通安全局(NHTSA)の新規則が数年前に施行されるまで、一切の規則や規制はなかったと述べる。
ニューヨーク州オーバーンの警察は、11月27日に発生した死亡事故の原因究明のために、2010年型カムリのブラックボックスからデータを回収するようトヨタに要請した。警察によると、バーバラ・クラウシャーさん(55)の運転する車が、街中の信号3機を無視して疾走し、ほかの車に衝突、その車を運転していたコリーン・テュルースデイルさんが死亡した。クラウシャーさんは命に別状はなかったものの、発作を起こした可能性があるとされた。
クラウシャーさんが後で警察に、車がまるで意志を持っているかのようだったと伝えたことから、警察は急加速が事故原因だった可能性があるとみて再調査を開始した。
オーバーン警察のショーン・バトラー警部補は、ブラックボックスからのデータ回収は「謎を解く最後のカギ」だと述べた。
オーバーン警察によると、現地でカムリのデータレコーダーを回収したNHTSAの調査員は、そのデータをほかの場所で事故を起こしたトヨタ車のブラックボックスと一緒にカリフォルニア州のトヨタ米国本部に持ち込み、同社の専門家にデータのダウンダウンロードを依頼する予定だと述べたという。
今回の取材では、オーバーンの事故について、NHTSAのコメントは得られなかった。
バトラー警部補は、事故を引き起こした可能性のあるトヨタしかデータを解読できないことに懸念を抱いていると述べ、次のように語った。
「われわれはトヨタに振り回されており、国民は不愉快になるだろう」
自動車業界は、エアバックが装備される以前の1990年代初めに、車の状況を記録することを目的に電子データレコーダーの利用を開始した。レコーダーの利用はこの10年で拡大し、現在は多岐にわたるデータを収集するようになった。
最新のレコーダーは、事故の5秒前の状況を明らかにし、自動車メーカーが、部品の不具合などが発見されない場合に、車の動きを理解するのに役立つ。自動車メーカーが、ブレーキ、ハンドル、ペダルといった主要な機能に電子部品をますます組み入れるようになっているため、一部のシステムは事故の前後数秒間の制御状況をモニターできるようになった。
2006年、NHTSAはブラックボックス基準を定め、自動車メーカーが車にブラックボックスを装備する場合、車の所有者もデータのダウンロードと解読のためのツールを利用できるようにしなければならないとする規則を発表した。自動車メーカーは、当初、2012年9月1日から適用されるとしていた規則を1年先延ばしにし、2013年型からの開始となった。トヨタを含む業界団体である米自動車製造業者連合は、景気低迷を理由に、昨年もう一年の延長を要請した。
トヨタは規則に従う意向を表明している。
トヨタ車に対し、アクセルを踏まないのに急加速するという苦情が相次いだことで、同社には厳しい調査の目が向けられている。全米で600万台という大規模なリコールに至った事故の原因には次の2つが考えられる。ひとつは、アクセルペダルに分厚いゴム製のフロアマットがひっかかり、踏み込んだペダルが戻らなくなったことだ。もうひとつは、特定の状況でペダル自体が固まってしまうか、戻りが遅くなることだ。
トヨタ車の死亡事故に関して、急加速が原因ではないかとの疑いが生じており、訴訟を起こした複数の原告側代理人が、ブラックボックスのデータを開示するよう求めている。
最近もトヨタは死亡事故を起こした車からブラックボックスを回収している。だが捜査当局は、データの情報は事故原因の決定的な証拠となるものではなかったとしている。
警察の報告書によると、昨年12月26日、モンティ・ハーディさん(56)が運転する08年型トヨタアバロンは、同乗者3人とともにテキサス州サウスレイクのロンサムダブ通りを走行していた際に、一時停止の標識を無視して時速70キロ強でフェンスを突き破り、木に衝突、反転して池に突っ込んだとされる。この事故で4人全員が死亡した。
ハーディさんはてんかんの薬物治療を受けていたが、医者からは運転を許可されていた。解剖の結果、発作を起こした形跡はなかった。ハーディさんの妻、リンダさんの代理人であるランディー・ロバーツ弁護士は、事故を起こす前、夫妻が車をトヨタの販売店に持ち込み、突然加速するという苦情を伝えていたことを明らかにした。
事故後、NHTSAの調査員とトヨタのブラックボックス専門家がテキサスに飛び、現地の警察とともに事故原因の調査にあたった。ブラックボックスは池の泥の中から発見された。
警察の報告書によると、トヨタの調査員はブラックボックスを検証し、記録されているデータはフェンスと木に衝突する直前と直後の速度差だけだと述べたという。
「一瞬、耳を疑った」とロバーツ弁護士は言う。
トヨタの広報担当ミシェルズ氏は、この事故に関してトヨタの調査員はデータを実際にダウンロードし、データが利用可能かどうかわからないと述べたことを明らかにした。同氏は調査が継続中であることを理由にそれ以上のコメントは避けた。