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独身貴族03

「蓮二を家から追い出した後からずっと後悔していた。何故、俺はあの時早まった事をしてしまったのだろうと。
だがもう家のことはどうでもいい。蓮二を迎えにきた。俺はもう蓮二を捨てたりはしない。あれは俺が連れて帰る」
淡々と勝手なことばかり喋る口調には思惑や裏などは感じられず、まるで自分が一番正しいかのような口調が余計に腹が立つ。
「柳せんぱ……柳さんは、どこですか…」
怒りを押し殺したつもりだけど感情を隠すのはどうしても下手で、余計な事を喋るのを避けるため極力用件だけを聞いてみた。
真田さんは静かに後部座席の窓から中を覗くように腰をかがめて目を細めると、また俺の方に向きなおる。
「…今は静かに眠っているだけだ。連れてくるときに何を嫌がるのか暴れるものだから、少々力尽くで黙らせた。」
その、後部座席にあの人が居るんだ。部屋の荒れ様を思い出し、あの様子だときっと体に痣が残るぐらいのことはあったのだろう。
「蓮二のことは今でも愛している。こいつの責任は俺が取る」
そういって真田さんはコートのポケットから何か分厚い茶封筒を取り出し俺に投げつけた。
間一髪のところで落としそうになりながらもキャッチすると、真田さんが口角を上げて笑う。
「蓮二の世話代だ。とっておけ」
封筒の中には数えるのも億劫になるぐらいの札束が入っていて俺は思わず真田さんと札束を交互に見て目を泳がせる。
「その金で車でも買うといい、電車通勤は辛いだろう。営業の仕事もな、張り合いがでるぞ」
その言葉を皮切りに、真田さんは車を走らせ、あっという間に見えなくなった。





(もう、会うことはないだろう、あの2人とは…
柳先輩を手放して、俺と一緒にいるところをずっと見ていて、また欲しくなったんだ…)
これでもう柳先輩は、捨てられる事はないだろう。きっと永遠に真田さんが大切にしてくる。

「…………ぅ…っ」
こんな札束が欲しくて、あの人を側に置いたんじゃない。
自分でも初めて気づいた。なんだかんだ理由を付けながら、今でもあの人をずっと好きだったんだ。
素直になれなかったけれど、ずっと好きだったんだ。
知らぬ間に涙が頬を伝った。
ようやく長かった初恋が終わったのだと、直感が悟る。
なぐさめてくれる人はいない。俺も早く自分の全てを愛してくれる女性を探そう。
走り去った車をずっと見ながら静かにそう思う。












プルルルルル…プルルルル…ッ
「もしもしぃ?切原ですけど…」
あれから穏やかに時が過ぎ、ついに1年経った。
結局真田さんからもらった金は、あのときはプライドにかけて意地でも使わないと決めたものの、ちょっとだけちょっとだけと自分を甘やかして細かく使ってるうちに妙な意地を張ることも馬鹿馬鹿しくなってしまって、あまり大きくはないが新車を1台買って使い切ってしまった。
『あぁ?赤也?俺ー丸井だけどよぉ、久しぶりー』
「えっ丸井先輩!?あー久しぶりッス!」
電話の相手は中学生時代の先輩だった丸井さんからのものだった。
中学校を卒業して他校に入学したため、殆ど音信不通状態になってしまっていた先輩。

『お前もう聞いてるかもしれねぇけどよう、真田結婚するんだってよ』

何の事かわからずに返答を返せなかった。
結婚?
真田さんが?
じゃあ、あの人は?

『赤也?聞いてるか?オーイ』
「あ!あぁ、き、聞いてますよ?へぇ…そうなんだ」
俺の切れの悪い言葉に丸井さんはケタケタと笑い出す。
『意外だよなぁ!だってよぉあのカタブツの真田だぜ?しかもお相手は有名実業家の令嬢だってさ、そりゃ確かに今はテニスの世界大会にも出るようなヤツだけどよぉ!
ワイドショーとかで持ち上がってんだけど、全米オープンとかに向けて重点的にトレーニングを積みたいとかで海外への移住も考えてるらしくて、嫁さん連れて向こうに豪邸を建てるとか言ってたぜぃ?赤也妬いてんじゃねぇ?あんなオッサンに先越された!なんつって』

愛していると真田さんは言ったじゃないか。
責任は俺が取るって。

『あいつが中学のメンバーの中じゃ一番早いよな。そんで式の後で同窓会じみたパーティでもするかってなってんだけど、お前はどうする?』
「あの…柳先輩、今どうしてるか聞いてません…?」
『柳?それがよぉ、全然連絡とれねぇんだよ。家も携帯も』
丸井先輩の底抜けに陽気な声が受話器越しに響く。







祈るような気持ちで出席した結婚式には、やはり先輩の姿はなかった。
真田さんの隣に立つのは小柄でピンクのチークが似合う可愛らしい女性の姿。
何度か真田さんに目配せして睨んでみても、返されるのは、『何故ここにいる』とばかりに厄介者を見るような憎々しい視線と表情。
最後にメンバー全員と花嫁さんを囲んで新しく撮影された写真で、
真田さんの隣に、いつも寄り添うようにいた柳先輩の場所には知らない女性がいて、皆が笑顔の中、俺だけが笑えずにいた。






それからまた暫くして少しだけ収入が良くなって、ここより大分いいアパートに住めるぐらい安定はしてきたけど、
2、3年はまだ引っ越すつもりはないし、まだ身を固めるつもりもない。
今はどこにいるのか分からないけれど、傷ついたあの人がいつでも帰ってこれるように。
せめて俺の家と俺の隣くらいは空けておいてやろうかと思う。

尽くした男にも御家にも捨てられて、行く当てのなく世間に後ろ指を差され続ける本当に哀れな人。
スペアキーは、まだあの人が持っている。


fin
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