独身貴族01
中学生の時に初めて先輩と出会い、一目で恋に落ちたのだ。
高校生の時から、アノ人をかなり意識し合うような関係になった。
一日が終わるまで、毎日プロポーズを贈り続けて、
大学生の時には、道を踏み外す直前に我に返った。
独身貴族
電車に揺られ、帰路につく。
その帰り道は、短いようでとても長く感じ、それは随分と自分が歳を食ってしまったせいなのだといやいやながらに思い知る。
外は暗く、窓には自分の姿がくっきりと映し出されている。
歳はとった。しかし老けたというよりは、子供っぽくて我侭そうでキツかったはずの自分の顔が年齢のせいかすこしだけ凛々しく大人の顔になったという気もしなくはない。要領のいい生き方を覚えたせいだろうか。
テニスにおける情熱やひとりの人に尽くす淡い恋心も大学生にあると同時になくなった。今まで以上に広くなった視野では新しい友人との交流が格段に増え、『遊ぶ』という事を覚えてからは、出掛けることが学生の頃と比べても格段 に多くなっていた。
無論、それは、あれほどまでに没頭していたテニスではなく、俗的な風習に近いものでもあったのだけれど。
○△駅――――○△駅―――…』
アナウンスが入ると電車から降りる。
時間は既に21時超え。デジタル時計の無機質な光が顔に薄く陰影を作った。
コンビニの前を通り過ぎる。以前は、この時間に帰宅する時ここで安い夕食を買って行くために随分世話になったことがある。
特に社会人になり、初めての一人暮らしを始めた時は毎日のように通い続けたほどの常連客の自分に苦笑する。
今、今には関しては特に必要のない事だ。
就職したのはちょっと大きめの化粧品会社の、外回りの営業の仕事。
まだ最初の最初だから、ひとつ上の上司の後をくっついて回ったり、荷物運びに車を走らせたりそんな下っぱ仕事を朝から晩まで。
コンビニで昼食を買って、駐車場で飯を食う。
それが当たり前の男仕事にも関わらず、弁当を常備していた自分を、その上司はニヤニヤした顔で肘を突付きにきた。
『愛妻弁当ってヤツ?』
俺は思わず苦笑してしまった。
『こりゃぁ違うっスよ。』
『じゃぁ切原君の彼女?同棲とかしてんの?』
『彼女…じゃないっスね。先輩ですよ。』
『年上か、切原君もなかなかやるな。』
なんと説明していいものだろう、車の天井を仰いで、少し悩んで口を開いた。
『かわいそうなヒトなんですよ。惚れてた男のために御家から勘当されて、挙句惚れた男にも見捨てられて、行く宛がないっつーからウチに置いてやってるんです。その先輩を。』
上司が呆れた顔で俺を見た。
――――――――――――――――――――
ボロアパートだが一人暮らしを始めたのは就職がきまってから。車はまだ持っていないけれど、もちろんそのうち購入するつもりで、そのために月極の駐車場だってちかくにあるこのアパートを選んだ。
勤め先からは少し離れているが、今のところは近くに駅もあるおかげで生活にはそんなに不自由していない。
「おかえり」
インターホンを押すとすぐに扉のチェーンは外され、自分よりもかなり長身の男の手に招かれた。
さすがに同居が2週間も続くと、自分の家に入るためにわざわざインターホンを押さなければいけない生活にも慣れてきた。
「ただいま。柳先輩」
先輩は、中学生の時よりまた少しだけ背は伸びたけれど、表情とか雰囲気が全く変わらないので、やはりつまらないと思う。
焦燥に駆られた『恋』という一時の感情が終わってからもう、5年も経つというのに。
変わらないこの人を見ているとその愚かな感情がザワザワと蘇ってきては虫唾が走る。
「今日は随分と冷えたな。先に風呂に入るか?一応食事の用意も仕立ててるが…」
リビングから、料理の匂いが漂い鼻で味わう。それだけで、随分と空腹が満たされて、涎が口の端から流れ出るのを唇を噛んでとめて。
「あ~超イイ匂い。先に飯食ってもいいっスか?」
手で腹を押さえる素振りをしながら、へらっと笑顔を見せると、先輩も優しくほほえんで返してくれる。
「あぁ、だがまだ作りかけのものがあるから、出来てるものから先に食べといてくれ。」
「柳先輩の料理は超うまいから、あっとう間に食い尽くしちまいますよ。」
「赤也、汚い言葉を使うのは止せ。」
先輩に軽く小突かれた。
先輩は料理がうまい。というよりはかなり手慣れている。
かといって、男がつくる豪快な料理ではなく、魚の背に入った切り身はひどく繊細で女性的で。
女家族で囲まれて育った環境で仕込まれてきたのは勿論だけれど、そのほとんどの面で『惚れていた男』のためだと思えばまったく反吐の出る料理だ。
「赤也は味の濃い食べ物が好きだから、煮込むのにも時間が掛かるからいけないな。」
ぽつりと呟いた一言。
でも俺は知ってる、その言葉の本当の意味。
『惚れていた男』も濃い味付けが好きだったから、こんなにも料理がうまい事も。
「っ…こら、赤也、」
ちゅう、とうなじに強く噛み付いてやった。それだけで先輩は、しどけなく背筋を強張らせる。
これでもだいぶ背は近づいた。振り向いた先には、ほぼ同じ目線に顔がある。
「やめ……あか‥っぅ」
白い頬はすぐに赤く染まり、弱弱しくスーツの裾を握っての抵抗は、本当に些細なもので、これが抵抗だとはどうしても思えない。
肩を力強く抱いた上で、『本当はそうやって誘ってるんでしょう?』と、耳元で囁いてやると、すぐに顔を青くして、力いっぱいに突き飛ばされた。
「っい‥ッ!!」
壁に頭をぶつけてしゃがみこむ俺を、先輩は少しだけ不安げにみつめて、パタパタとスリッパの足音をならしながら、逃げるように部屋の奥へと走っていった。
何処に逃げようと、あの人が行った先など手の取るように解る。ヒリヒリと痛む頭を抑えてゆっくりと立ち上がって、先輩がいるであろう場所に向かう。
「はぁっ‥!」
小さく息が漏れる音とバシャバシャと流れる水の音、それが聞こえて更に確信を持って、洗面所に行けば、そこにはやはり先輩が居て、先程俺の唇が這い、歯を立てた首筋を真っ赤になるまで洗い続けていた。
鏡に映って、背後に立つ俺の存在に気づいたのだろう、先輩の動きが一瞬でとまり、驚愕と恐怖の顔でこちらに振り向いた。
「先輩、見ぃつけた」
すぐに濡れた手首を押さえつけて、洗面所の壁に押さえつけた。
「嫌だ!やぁ!」
一つに纏められた手を振り解こうと身を捩ってみせるが、やはり抵抗は弱くて、空いた右手でシャツの間に潜り込ませる。肌は低い体温がしっとりとしていて、手に吸い付いてきて、へそを伝って、胸にある突起を指で掻いてやれば、ひときわ大きな声で鳴く。
「あぁっ!!」
びくん、と大きく跳ねた先輩の足の間に膝で割って、ぐり、と股間を擦ってやれば嫌がるような顔をしてつま先立ちをして逃がれようとする。
無駄な抵抗とはわかってはいても、更に膝を動かしてやると、更に先輩は被りをふって嫌がりながら射精をした。
「っぅ…」
くたり、と体の力が抜けた先輩から手を離し、解放してやる。壁からずるずると滑って、ひんやりと冷たい床の上で蹲って泣いている。
「なんだ、もうイったんですか?」
すすり泣くこの人の弱い部分を見るたびに幻滅していくのが手に取るようにわかる。
見た目や雰囲気は変わらなくても、この人はもう、初めて出会った人とは違う、哀れな人なんだ、と。
「別に、突っ込んだわけじゃねぇのに、そんなに溜まってたんですか?男に股間弄られたくらいで、まぁ、あの人に、そーゆう風に慣らされてたんなら、話は別ですけど。」
『あの人』、というのは例の『惚れていた男』のこと。
「あの人、スゲェ絶倫、っていうタイプだし、散々弄繰り回されて、相当仕込まれてたんでしょうね?」
俯いているから表情は見えないけど、顔から雫が垂れて床に染みができたのを見て、涙を流しているのを悟る。『惚れていた男』の事を口にするだけでもこの人は滅法よわい。
しゃがみこんで、細い顎に手を掛けて、上を向かせた。
「俺にもさせてくださいよ。先輩の腹の中を、俺ので汚したい」
口元が酷く歪んだ、そして堪え様のない笑い声が響いて、脅える先輩を無理矢理押し倒して、
「嫌ッ…赤也!いやぁッ!!」
身に纏っていたズボンと下着を同時に引きずり下ろして、脚の間にある最奥を暴く。先ほどの射精で、既に濡れていた其処は慣らす必要もない程、赤く腫れて物欲しげにヒクついているように見えて。
「これ以上濡らす必要もないですよね。」
「……っう」
この人は本当にかわいそうだ。
惚れた男に見捨てられて、御家には追い出されて、挙句また男に犯される。
頼れる人間が他にいないと弱く肩を震わせて、捨てられるまで、男に身を捧げてきた人生の半分以上を世間から『恥』という一言で罵られてるこの人は俺の惚れた弱みに付け込んでここに来た。
俺はこの人に惚れていたから…、同じホモとして同類と見られているのかもしれない。
それはもう、終わった話。ひどく不愉快だった。
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