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印刷豆知識 インキ編(3) 大豆インキ(ソイインキ)

今、業務用印刷は殆どが専用のインキで刷られている、このことは周知の事実ですね。それでも、インキの質にまでは普段、 殆ど思いもよらないのではないでしょうか。かつては、印刷現場に入ると頭がクラクラとしたものです。強烈な揮発性有機溶剤の 香り。尤も、それが好きだという方も中にはいらっしゃいますが。学生時代にシンナー遊びに耽っていたあなた、 あなたならOKかもしれませんね。筆者もどちらかと言えば、好きでしたよ。

枚棄印刷におけるインキには大きく分けて、水あり用と水なし用(「水なし」については、豆知識印刷編で紹介します。) があり、双方に、通常のインキと大豆インキがあります。今回は、インキの中でも「大豆インキ」に迫ってみます。

[歴史]

1970年代のオイルショック経験後、アメリカの新聞協会(ANPA)は、それに懲りてか、それまでの石油ベースのインキに 代わりうる新たなインキを探すことにしました。

1979年から新聞協会の研究者達は約2000種類の異なった植物油製剤をテスト。食用油、サラダドレッシング、 そして多くの食品に含まれている、毒性のない大豆油が最も有望な候補として浮上。これは豊富に存在し、比較的廉価で、 しかも協会の技術仕様の全てをクリアすることとなり、幾多の調査、研究、テストを経て1987年ソイ(soy)インキとして登場。 一番にアイオワ州シーダー・ラピッズのガゼット紙が実用テストの結果、ソイインキの採用に踏みきった。 この時はソイインキを採用した新聞社はわずか6社だけでしたが、その後10年も経たないうちにアメリカにおける日刊新聞の 90%以上が使用するに至りました。

大豆インキが新聞紙上で人気を得た後、インキ製造業者はその他のインキ用に大豆油ベースの製法を開発し、 ユーザーの要求に応え、今や殆ど全ての印刷インキにラインナップされています。

現在、大豆インキの使用は急速に広まりつつあり、米国では5万強ある商業印刷業者の約1/4が定期的に大豆インキを使用し、 アジア、特に日本、韓国、台湾においても広がりを見せています。日本ではむしろ、通常インキを使用している例を探すのが 困難な状態といえます。また、オーストラリアやヨーロッパでも導入率が増えています。

[クイズ1]

それではここで3択問題です。日本で大豆インキを一番に採用(印刷業者ということではなく)した企業、 その印刷物は下記のいずれでしょうか。

  • 松下電器産業 オーディオ製品の取説
  • トヨタ自動車 カローラの販売店向け取扱マニュアル
  • キッコーマン醤油 醤油瓶ラベル
(答えは最終に)


こうした大豆インキ開発の背景に問題がなかった訳ではありません。確かに枯渇資源である石油からの脱却と環境保全に 寄与するわけですから、良いことずくめの感があります。さまざまな企業が、自社のイメージアップ戦略の一環として自社 パンフレット等に大豆インキ使用の証としてのソイシール(後述)を取得しています。ここがミソです。このソイシール商標の 使用許諾権を保有しているのがアメリカ大豆協会(ASA=American Soybean Association)(註1)です。

[大豆インキ成分表]

大豆インキは、決して大豆だけからできているインキではありません。従って正確に表現するなら、「大豆インキ」 ではなく、「大豆油インキ」といわなければならないでしょうね。言いにくいから「大豆インキ」でいきましょう。 大豆インキは、通常インキ中の石油系溶剤の一部を置き換えたものです。顔料や樹脂成分は通常のインキと同じです。


(大豆インキと一般インキの成分比較)
大豆インキ 一般インキ
顔料10~25%10~25%
固形樹脂25~3525~35
植物油(大豆油)20~300
(亜麻仁油)5~1515~25
石油系溶剤15~2530~40
補助剤3~53~5
合計100100

[大豆インキの特徴とメリット](インキ製造業者&ASAの説明)

  • 環境に優しい大豆インキ
    1. 大気汚染の原因となる揮発性溶剤(VOC(註2))が少ない。
    2. 印刷物の再生処理がしやすい。脱墨性に優れ、リサイクルのさい、明度の高い再生紙が得られる。
    3. インキと紙の剥離性が高く、廃棄物処理が簡単である。自然に還元する生分解が容易。
    4. 石油が枯渇性資源であるのに対して、大豆は毎年収穫可能な農産物であること。
  • 大豆インキはインキの溶剤の一部を大豆油に置き換えただけで、基本的には印刷適正が変化することはない。
  • 大豆油は石油系溶剤より揮発性が低く、ローラー上でのインキの偏りも少なくなる。
  • 大豆インキは溶剤含有量が少ないのでゴーストが通常インキに比して出にくくなる。
  • 優れたレーザー耐性。印刷されたものをコピーしたり、プリンターに通したりする場合、 レーザーに耐性をもったインキが必要になります。大豆油は石油に比べて沸点が高く、石油系溶剤を使用しているインキのように、 軟化してプリンターやコピー機を汚す心配が少ない。
  • ソイインキ使用者のイメージアップに貢献。

[ソイシールについて]

アメリカ大豆協会が使用している商標には3つのバージョンがあります。印刷会社や出版社は、印刷物の読者や消費者に 大豆インキのメッセージを伝えるために「PRINTED WITH SOY INK(大豆インキで印刷しました)」というシールを使用し、 インキ製造会社は「CONTAINS SOYOIL(大豆油を含む)」あるいは「CONTAINS SOY PROTEIN(大豆タンパクを含む)」のどちらかを 使用して、印刷会社や出版社に本物の大豆インキ製品であることを保証しています。誤解しないでいただきたいのは、大豆インキ (勿論定められた一定の、枚葉なら20%以上を含んだ)を使用すれば誰でもソイシールをつけられるかというとそうではありません。 後ほどクイズでその違いを見ます。


ソイシールを得るには次の手順が必要です。アメリカ大豆協会からソイインキ使用許諾契約書を取り寄せ、 必要事項を記入後協会宛て郵送(他の手段不可)申請。認可されると、シールマークの版下(データ)が送られてきます。 費用は無料。2005年現在、日本国内において、約4500社の印刷会社等が使用権を取得しています。

ソイシールは近年、その使用を巡り、存在意義が問われています。申請すれば認可が下り、しかも無料。 差別化の必然性がなくなってしまったかもしれません。

[クイズ2] 次の中で、正しいものはどれ?

  • 名古屋市が発注、途中使用許諾を得ていないデザイン屋と一次印刷業者を経、これも使用許諾を得ていない 二次印刷業者にて印刷製本。 シールをつけられる。
  • 使用許諾を特ている大手印刷業者から二次印刷業者へ発注。 しかし業者は認定を受けていないのでシールはつけられない。
  • 認定を受けていない出版社から認定を受けていない印刷業者に入稿。デザインを外注。 そのデザイン会社では権利を取得済み。その印刷業者で印刷を行なうことに。シールをつけられる。
  • 印刷物の状況により、ソイシールを拡大もしくは縮小使用してもかまわない。

(註1)アメリカ大豆協会,設立1920年。大豆生産者によって運営される非営利団体で、下部団体として全米24ヶ所に州協会がある。 本部はミズーリー州セント・ルイスにあり、約32万人のアメリカ大豆生産者を代表する3万人の会員数を誇っている。 大豆産集発展に興味のある人・組織であるならば、アメリカ国内を問わず、外国の大豆関連産業の企業体と個人でも入ることが可能。 アメリカ大豆協会は、大豆や大豆製品を大豆生産者のために啓蒙する非営利団体であって、相場、販売には一切関わりを 持っていないとHPに掲載。

(註2)VOC=volatile organic compounds 揮発性を有し、大気中で気体となる有機化合物の総称。 例として、トルエン、キシレン、酢酸エチルなどがある。その多くは自動車と工場による排ガスである。


[クイズ3]それでは、問題です。2000年、東京におけるVOCの主な発生源(自動車を除く)を業態五つ挙げてください。

(参考)アメリカ大豆協会HP・東洋インキ製造㈱資料


[クイズの答え]

  • 正解は1番の松下電器取説です。1998年、オーディオとエアコン事業部の紙器、段ボール、取り扱い説明書に採用。当時は大豆独特のにおいが鼻について、もう臭くて臭くてどうしようもありませんでした。その後、この点に関しては随分改良されています。現在では殆ど分からないでしょうね。
  • ソイシールはラインの中で1箇所、例えば、印刷の発注者、デザイン会社、印刷会社といったどこかで権利を取得していたら、印刷物にマーク掲載が許されます。尤も一定基準(20%)以上の含有量をクリアしたインキを使用していなければならないのは言うまでもありません。
    (解脱)
    1. つけられません。ラインの中でどこも使用許諾を得ていません。名古屋市としましたので、官公庁なら無条件かと錯覚しやすい。シールの使用許諾申請は印刷業者とは限りません。官公庁でも申請すればOKです。ただ殆どの印刷業者が取得済みですのであえて申請していないだけです。取得済みの官公庁もありますが因みに名古屋市は得ていません。
    2. つけられます。ラインの中で1箇所取得済みのため、つけられます。
    3. 正解です。
    4. 正解です。ただ縮小のさい、気をつけなければならないことがあります。それは、ロゴの下に表示されている文字(Trademark of 云々)が判読不能になることが予想されます。そうした場合はそれらの文字を削除することができます。ただし、右下に表示されている「TM」はたとえ判読できなくても、商標登録の一部ですので必ず印刷しなければなりません。これは何もソイシールに限ったことではありません。
  • 塗装関係、印刷関係、クリーニング関係、メッキ関係、それにガソリンスタンド。残念ながら我が業界もランクインしております。因みに2000年の日本におけるVOC総排出量は185万トンで、何と、溶剤がそのうちの7割を占め、先進国中、不名誉なNo1。恥ずかしながら印刷関連溶剤だけで全体の13%24万トンを排出しているのです。