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インターネット上の書き込みに対しても、名誉棄損罪は活字や放送メディアと同じ程度の厳しさで適用される。そういう初の判断を最高裁が示した。
罪に問われた男性は自分のホームページで、外食店を展開する企業を「カルト集団」などと中傷したとされた。一審の東京地裁は、ネットで個人利用者が発信する情報の信頼性は一般的に低いとして、従来より緩やかな基準を示して無罪とした。だが、東京高裁、最高裁ともこれを認めなかった。
第三者を傷つける可能性のある安易なネットでの情報発信にくぎをさしたきわめて妥当な判断だ。ネット空間を無秩序な世界にしてはならず、法律に基づく社会のルールを同じように適用するという考え方を示したといえる。
ネット上のトラブルは急増している。全国の警察に寄せられた中傷被害は年に約1万件を超える。その中には、匿名性をいいことに無責任な発信をしたものも多い。
実際、ネット上には根拠のない記述や誹謗(ひぼう)中傷があふれている。ネット百科事典にもそうした記述が増え、内容を管理するボランティアが不適切な書き込みの削除に追われている。
一方で、悪質な書き込みについて削除を求められても放置し、裁判で賠償命令が出ても応じない管理人もいる。
思い出すのは昨年、お笑いタレントのブログに、殺人事件に関与したかのような中傷を繰り返したとして、警視庁が6人を書類送検した事件だ。
2002年に施行されたプロバイダー責任制限法で、被害者はネット接続事業者に発信者の情報開示を求めることができるようになった。この事件では、そうして発信者を見つけた。
事情を聴かれた人たちの多くには、犯罪の意識がなかったという。実名であれ匿名であれ、情報は発信者の責任であることに気づかなかったわけだ。
首相がツイッターでつぶやき、有権者がじかに反応を返す。そんなことまで、できる時代になった。
ネットには、職業、地位、年齢などにかかわらず誰もが平等に参加し、自由に議論ができるという特性がある。それをうまく利用すれば、闊達(かったつ)な言論空間として生かすことが可能だ。
だが、社会はまだこの可能性をうまく使いこなしているとはいえない。
法に触れるようなケースでなくても、気軽に書き込んだ言葉が書き手の想像を超えた範囲に広がり、相手を深く傷つける場合もある。
自由な発言には責任が伴うことを自覚しないといけないのは、ネット上でも同じことだ。次世代を担う子どもには、あふれる情報を読み解き、正しく発信する能力を身につけさせたい。
ネット空間を、秩序ある公共の場にする。それは私たちの社会のとても重い課題だ。
将来のインフレやバブルの危険が気にならないはずはない。それでも、いまはデフレからの脱却を優先するしかない。日本銀行が「広い意味での量的緩和」と呼ぶ金融政策に一段と踏み込んだ。その判断を買いたい。
昨年末に始めた新型オペレーションによる資金供給の金額を10兆円から20兆円に倍増した。政府に背中を押された面はあれ、妥当なところだ。
この新型オペは国債や社債などを担保にして市中の銀行に年0.1%の固定金利で現金を貸し出す。これにより、市場全体の金利水準が0.1%に向けて下がる。銀行融資の拡大も期待できるという。
景気は緩やかながら回復に向かっている。政府は今月の月例経済報告で基調判断をやや上方修正した。それでも日銀が追加策に踏み切ったのは、昨年から続けてきた企業の資金繰り支援のためのオペが今月末で終わるという事情があるからだ。
企業支援オペの残高は6兆円近くあり、打ち切れば市中に供給される資金量が大きく減る。それを相殺し、強力な金融緩和の状態を維持・拡大することが欠かせないと判断した。
デフレはなお続く。消費者物価指数はマイナス幅が小さくなってはいるが、縮小ペースは遅い。デフレ心理を和らげるためにも、日銀は常に新たな政策の可能性を追求する姿勢を市場に示すことが重要だ。
デフレ対策に手詰まり感のある鳩山政権は、日銀の対応を強く促してきた。菅直人財務相は「年内に物価上昇率をプラスに」「物価上昇率は1%が望ましい」と繰り返す。
政府と日銀がデフレ克服に向けて緊密に連携するのは当然のことだ。だが政府が日銀に漫然と金融緩和を迫るだけでは経済再生への最終回答にはならないことは、いうまでもない。むしろ、日銀にもたれかかり、対策の比重を必要以上に重く金融政策に置けば、将来に禍根を残しかねない。
日銀の政策が発しているメッセージは、「設備投資などの需要さえあれば資金はいくらでも付ける」ということであり、今度は政府側が民間の投資や消費といった需要を奮い立たせるような政策の立案に知恵を絞らなければならないだろう。
新年度予算は年度内成立が確実になったが、教育分野への投資や、医薬品など将来の市場拡大が期待される内需関連産業に絡む規制緩和、アジア需要を取り込む通商政策など、打つ手はまだまだあるはずだ。
政府は民間の声をよく聞いて、実効ある政策を打ち出してほしい。日銀の金融緩和と政府の需要刺激がキャッチボールのように好循環を続ければ、企業も個人も明るい展望を持ち、経済の自律回復が軌道に乗るに違いない。