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北九州・若松区の小5自殺:病気おし体罰追及の母死去 1審勝訴、和解決裂の末

 ◇再発防止訴え、命日待つように--永井和子さん(48)

 06年3月に自殺した北九州市若松区の市立青葉小5年、永井匠(たくみ)君(当時11歳)の母親、和子さんが16日早朝、入院先の病院で子宮がんのため亡くなった。48歳だった。和子さんは匠君の自殺原因が担任の体罰にあったと主張し、市に損害賠償を求めた民事訴訟で1審を勝訴。市が控訴したため福岡高裁で係争中だった。16日は匠君が自殺してちょうど4年目の命日だった。【朴鐘珠】

 和子さんをみとった家族によると、最期に発した言葉は「匠のお墓参りをしたい。家に帰らせて」だった。義妹(45)は「裁判の決着がつかないまま、姉を逝かせることになって悔しい。本人は納得していないと思う」と声を落とした。

 和子さんは匠君の死後、体調を崩し腹部から出血。病をおして同級生宅を1軒ずつ回って集めた目撃証言が決め手となって、1審の福岡地裁小倉支部判決(09年10月)は体罰と自殺の因果関係を認め、市に約880万円の賠償を命じた。当時、既に担当医から余命数カ月と宣告されていた和子さんは「これで喜んで天国の匠に会えます」と涙を流した。

 しかし、市の控訴により裁判は続き、福岡高裁は今年1月、当事者に和解を打診した。和子さんの存命中に訴訟を終わらせたい意向だった遺族は妥協点を探り、「市に謝罪は求めない。体罰と自殺の因果関係も追及しない。ただし同級生が証言した体罰の事実だけは認めてほしい」と主張したが、市側は「担任の行為は体罰と認められない」として、和解は決裂した。

 和子さんは1月末から緩和病棟の個室へ移り、抗がん剤の投与はやめていた。鎮痛剤による終末医療を受けながら、食事の際は好物の納豆ご飯を少量口にしていた。

 記者が面会した際は、「(北九州市の)北橋市長は裁判の記事を読んでくれたんでしょうか。(体罰の)再発防止、してくれたらねえ」などと途切れがちに話していた。15日午後から意識が遠のき、日付が変わると、匠君の命日を待っていたかのように息を引き取ったという。

毎日新聞 2010年3月16日 西部夕刊

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