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岡本農園は4万坪、1万5千本のミカンが斜面を埋める。日本一の規模だったことも

先週発売の『週刊朝日』で、私は福岡県豊前市のミカン農家岡本栄一さんの機知に満ちた闘いを紹介している。東九州自動車道の建設計画地が縦断することを知って、岡本農園だけではなくて、いくつかの集落の真ん中を通るルートに疑問をもった。なぜ工事も楽で金もかからない「山裾側」を通らないのか、地元の人々も疑問を持つ。そこで、高速道路の積算に取り組もうとしたのが岡本さんの非凡なところだ。今回は、記事草稿を紹介することにする。




「地図が趣味。時間があれば等高線を眺めて、地形を想像するのが楽しい。今の農園は、中学・高校の頃に自転車で駆け回って身体が地形を覚えているんです」

 岡本さんの家には、所狭しと道路設計や工法、積算の専門書や雑誌が並んでいる。高架橋、トンネル、舗装,用地…と次々と「東九州自動車道・山裾ルート」を図面化し、費用をはじきだしていく。わずか1年で、岡本さんは「山裾ルートなら半額以下で道路が出来る」という結論にたどりつき、国土交通省の道路事務所に提案をした。

 岡本さんが代替案を作成した東九州自動車道の椎田南−宇佐間の28キロは現在1030億円の総工費だが、「山裾ルート」であれば460億円に削減出来る。すでに使われている「椎田道路」を2・8キロ転用することでこの区間を節減する。

 平野部に盛り土をして建設する計画に対して、山裾ルートでは山を削り、谷を埋めるので土砂の搬入量が少ない。(112億円右や50億円)。また、橋のコストも178億円から51億円へと半減3分の1にした。用地買収費も人家のある集落を突き抜ける建設案で189億円に対して、山裾ルートでは41億円。

 コスト削減のポイントは、現在の計画が「暫定2車線」(4車線分の用地を取得して、とりあえず2車線分を先に建設して行く方式)なのに対して、山裾ルートでは初めから2車線(「完成2車線」)でつくるという点にある。 

 ところが、この国の道路官僚には、住民が道路計画のルート変更を提案した時、現行計画との比較・照合をしようとの発想は、そもそもない。「山裾ルート」は人知れず黙殺され消えていく危険もあった。



道路国会と山裾ルート

 明けても暮れても与野党で道路論議が続いたのが昨年春の予算委員会だった。

「道路特定財源の一般財源化」「暫定税率の廃止」をめぐる論戦は盛り上がり、私も「道路ミュージカル」など融通無碍な道路予算の伏魔殿を覗き見た記憶がある。

 昨年4月16日に民主党の川内博史代議士(衆議院国土交通委員長=現在)が、「山裾ルート」をとりあげ国会で当時の冬柴鉄三国土交通大臣に質問している。

「ミカン農家のオジサンが独学でさまざまな研究をされて、今現在計画されているルートよりも、1・5キロ山側にずらせば、ものすごく安いコストで整備が出来ると。……この岡本さんの提案は一考に値するのでは」(川内代議士)

「(岡本さんの)積算には様々な大きな問題点があります。これは、訴訟でちゃんと答弁しているわけで、裁判所が判断されるんじゃないか…この道路は岡本農園を横断するので、大変ご迷惑をかけるわけです」(冬柴大臣)



 06年に岡本さんら住民たちは、「東九州自動車道の認可取り消し」を求める行政訴訟を起こした。冬柴大臣が答弁しているように、「岡本試案」の問題点を国も正面から法廷で指摘をして争う姿勢だったはずだ。

 川内代議士は、昨年6月に道路計画のある上毛町土佐井地区で開かれた住民訴訟支援集会に参加し、「国土交通大臣は計算方法見直しで費用対効果(B/C)が1を下回れば事業着手しない。すると、現在の架橋や盛り土の多い工法は使えず、岡本さんのルートが浮上する可能性がある」と激励した。

 ミカン農園の仕事を中断しては、岡本さんは永田町の国会議員の事務所を訪ねた。折しも、公共事業の見直しがテーマとして再浮上し、政権交代後の政策転換に大きな期待をよせてのことだ。

議論を放棄した国交省

 06年の行政訴訟は、新たに08年に提訴した東九州自動車道「事業認定事前差止訴訟」に切り替えられた。「事前差止」とはあまり聞き慣れないが、今から5年前、04年に行政事件訴訟法の改正によって可能になった新たな切り口だ。

 これまで、地域住民が反対する公共事業の中止を求める行政訴訟では、既成事実として用地買収や工事が完成に近づいていくことが「裁判中」の住民側の訴えを空虚なものとし、結果として国や事業者側を利する司法判断を多く生んできた。

 04年改正では、用地買収率が8割に達してから行われてきた「事業認定申請」(その後、買収に不同意の地権者に対しては土地収用法による収容手続きに入る)の前に、「事前差止」の請求が出来るようになった。

「岡本さんら住民82人」が原告となって国(国土交通省)を訴えたのは、既成事実をつくる前に道路建設を止め、代替案を真剣に検討しろという民の声であった。

 総選挙の翌日の8月31日、福井秀夫政策大学院大学教授が福岡地方裁判所に提出した長文の意見書は、裁判の流れを大きく変えた。なぜなら、福井教授自身が04年改正にたずさわり、元建設官僚として道路やダムなどに関わる公共事業の土地収用法の実務経験を持っている専門家だったからだ。福井教授は公共事業に住民が異議申し立てをしてきた時の「国側の当事者」だった経験を持っている。

 福井意見書によると、まさに、岡本農園は、高速道路が横断するという計画によって 「重大な損害」をこうむる当事者であり、金銭的な補償で打ち消されるものではない。

道路建設が完成に近づく前に、代替案に対して急いで国も検討を施し「最終的な事業計画の適否を判断すべき」とした福井意見書を受けて、福岡地裁は国に「岡本案・山裾ルート」に対しての見解を示すように求めたのだった。

11月11日、福岡地裁で国は「山裾ルートに対しての具体的な見解を述べろ」という裁判所の求めてに対して、ゼロ回答。「代替案など検討する必要はない」というもので、「会社(西日本高速道路株式会社)から事業認定申請書さえ提出されていない本件においては代替案検討すら不要。山裾ルートの検討の必要性はない」という形式論議に逃げ込んだ。



 私は、博多にある事業者のNEXCO西日本九州支社を訪ねて、総選挙後の政権交代をはさんで、東九州自動車道の「山裾ルート」を検討しなかったのかを問うてみた。

「とくに私どもは行っておりません」とあっさり。政権交代後、この件について国と相談していないのかどうかと重ねて聞くと、「相談したことはありません」。

 ところが、同社にこの間の用地買収率について聞くと、驚くべき数字が返ってきた。

「10月末で52%です」という。実は、今年の1月には8%にすぎず、別掲のグラフのように解散・総選挙をはさんだ時期から、政権交代後のドサクサにまぎれて土地買収を一挙に進めていたのだ。

 そもそも、岡本さんら住民が「事業認定差止訴訟」を提訴した昨年8月には用地買収率は2%に過ぎなかった。それを約1年あまりで52%に押し上げている。「事前差止」の訴えなど嘲笑うようにして、政権交代後もおかまいなしだ。

国(国土交通省・冬柴大臣)を訴えた裁判の相手は、皮肉なことに前原大臣に変わった。国土交通省の道路官僚は何を考えているのか。
 
 政権交代の変化は、道路官僚の意識に及んでいないのは明らかだ。
「事業仕分け」が注目される中で、岡本さんの代替案を冷笑しながら、相手にしないという姿勢は、裁判所でどう判断されるだろうか。冬柴大臣ですら、「積算の問題点を法廷で明らかにする」と言いながら、新政権下の道路官僚たちが「検討を要しない」と議論から逃げている姿はいただけない。

 難問続きの前原大臣だが、岡本さんが政権交代に期待した熱い思いを正面から受け止めてほしい。代替案が提案されたら真摯に議論する。それすら放棄している国土交通省道路局は民意に背を向けていることに気づかないのか。 



(この農園の谷を埋めて後方側に道路計画は伸びている)

髭をたくわえたにこやかな岡本さんの笑顔の奥に頑固一徹の魂が宿る。今年はミカンの収穫が遅れている。「毎日、政治家に手紙を書いたり、電話をしたりで、道路のことで頭がいっぱいで…」

 政治はどんな回答を用意するか。政権交代の真価が問われる場面だ。

(『週刊朝日』の記事の前草稿です。掲載記事とは異なります。岡本さんは今週「前原大臣と面会出来ることになった」とのことです)



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