在外国民本国選挙権実現に歓迎と危惧

「本当の国民になれた」「政治的対立持ち込む」「永住者へ付与は疑問」
日付: 2009年02月11日 00時00分

 韓国国会本会議は5日、19歳以上の在外国民240万人(中央選管推定)に投票権(選挙権)と一部被選挙権を付与する公職選挙法、国民投票法、住民投票法の改正案を賛成多数で可決した。この韓国政治史に残る“大票田”の誕生は、本国の大統領選挙や国政選挙にも大きな影響を及ぼす。国内外の声を聞いた。喜びと危惧、不満が交錯した。
(ソウル・李民晧)

 「本当の大韓民国国民になったような気持ちです」。ソウル・忠武路で映像関係の会社を経営する在日韓国人2世・申恵一さん(66)は感慨無量の表情で語った。本国生活30年余り、やっと「国民」として認められた気がしたからだ。
 参政権獲得運動を続けてきたワシントン韓人会の前会長・金永根さん(56)も「700万在外同胞の念願が実った」としながらも「(本国民にある)権利のみを主張する在外同胞というイメージを払拭するためにも、果たすべき義務も重視して、本国の国民と苦痛を分かち合うターニング・ポイントにしたい」と強調した。
 今回の参政権付与が、当事者の声を十分に反映したものではない、との意見もある。また選挙にあたって、政治的な対立が現地の韓国人社会に持ち込まれ、同胞同士の分裂やあつれきを生むのではないか、と危惧する声もある。
 さらに外国に永住権をもつ国民に、参政権を与えること自体、問題がある、との主張もある。
 在日韓国人と違った歴史的背景をもつ在米韓国人社会では、早くから異なった主張が出ていた。米州韓人総連合会や最近設立されたハンナラ党米州本部などからは歓迎の声が出た一方、在米韓国人の学者や言論人からは批判の声があがった。
 在米新聞のコラムでは「本国に住所地もなく、本国民にとっては“準外国人”ともいえる韓国人に、韓国籍をもっているという理由で投票権を付与するのはおかしい」「韓人総連合会のメンバーがソウルにかけつけて李明博大統領の当選を祝い、オバマ就任式に彼らの姿がなかった。開いた口がふさがらない」と批判した。
 投票権付与が「居住国での社会的地位向上を阻害する要因になるのではないか」「韓国社会の長年の嶺南―湖南対立が“輸出”されるのではないか」と危惧する声もでている。
 実際、在米韓国人社会で参政権要求運動を行ってきたほとんどの韓国人は米市民権者だった。李明博大統領当選後、市民権を放棄して、本国の政官界進出をはかる人々もいた。
 本国世論も決して好意的ではない。
 中央選挙管理委員候補者でもある梁泰承・大法院(最高裁)判事は6日の国会行政安全聴聞会で「国家公権力が及ばない海外投票の管理は事実上、対策がないに等しい」との意見を述べた。
 インターネットや各本国紙での意見も、ほとんどが憂慮や否定だった。
 改正案に対する国会審議も、わずか2日間だった。与野党の利害が対立し、技術的な法案取りまとめに終始したとの印象が強い。
 韓国建国以来はじめて海外在住の韓国人に選挙権を付与するという歴史的な一歩は踏み出した。今後は、国会議員たちが在外国民の歴史と現状を十分に認識し、在外国民政策をしっかり立てたうえで、修正すべきは修正することが望まれている。

解説 選挙制度の改善必要

  ついに実現した在外国民の本国国政選挙の投票権。基本的権利である参政権が、制限付きながら保障されることになったわけだが、喜びだけではなく、付与自体に対する疑問、現地韓国人社会への政治的対立持ち込みに対する危惧などが出ている。
 たとえ悪影響が出たとしても、権利縮小の逆行は許されないだろう。権利は獲得すべきものであり、育んでゆくものだ。市民社会の政治的な成熟とはそういうものだ。
 たしかに今回の改正は当事者である在外国民の声を抜きにして実現されたものとの印象が強い。まず憲法裁判所の事実上の違憲判決で、昨年末を期限とする改正が国会に要求されていた。時間的に拙速な改正は免れなかった。
 加えて与野党の対立があった。在外有権者の政治的な傾向、つまり投票動向は「保守」に傾く、というのが世界的な見方だ。したがって与党・ハンナラ党は在外国民本国参政権の拡大を主張、一方、野党・民主党は制限を加えようとする改正案を提出していた。今回の改正は「足して2で割る」与野党妥協の産物ともいえる。
 今回の改正は、OECD加盟の先進国で最後に実現した。といっても欧米各国では、他国永住権者を除外しているケースも多い。在米韓国人の一部にある考え方である。しかし在日韓国人社会の場合、歴史的背景が、移民など自己の意志で自国を離れるケースとまったく異なる。
 日本でも、(日本の)地方参政権を要求している在日韓国人の一部に、今回の本国国政選挙の投票権実現が地方参政権実現の障害になる、との見方もある。さらに進んで、要求すべきは、居住している日本の国政選挙権である、との意見もある。法理論での正否はともかく、現実的には「机上の空論」というのが在日韓国人の大勢だ。
 在日韓国人の場合、今回の選挙制度では、在外選挙人登録の申請や投票の大幅な数は見込めそうにもない。厳正な本人確認と公正な選挙実施のためとはいえ、郵送による申請・投票が退けられたからだ。登録申請と投票のため、2度にわたり、管轄の総領事館(大使館の場合は領事課)まで足を運ぶのはそうたやすいことではない。厳正・公正さは確保しながらも、極力、時間的負担のかからない方法で権利行使ができるよう、制度を改善してゆくことが望まれる。
 また今回の法改正内容の周知徹底が必要だ。ソウル在住で国内居所申告も済ませている在日韓国人2世・李相銖さん(43)は「うれしいが、矛盾だらけの法律だ。ソウルの区長は選べるのに、地域区の国会議員が選べないなんて異常だ」と感想を語った。実は李さんの誤解で、李さんの場合、一般の在日韓国人と異なり、本国民と同様、地域区(小選挙区)国会議員選挙の投票権もある。
 ニューカマーなど本国に住民登録をもつ在日・駐日韓国人、李さんのように(日本)永住権を持ちつつ国内居所申告をしている在日韓国人、そのいずれももたないほとんどの在日韓国人。李さんの「誤解」は、周知徹底の不足に加えて、在日韓国人社会の歴史と現状を如実に物語っている。

公職選挙法・投票法改正のポイント

 ・大統領選・国会議員選について外国にある総領事館など韓国公館を投票所とする投票(選挙権行使)を可能とする。(在外投票制度)
・在外投票権は事前に公館を通じて在外選挙人登録を申請するか、国外不在者申告をした在外国民にのみ付与する。(在外選挙の特例)
・国内居所申告をしている在外国民には、住民登録のある本国民とほぼ同じ大統領選挙権、国会議員選挙権、地方選挙権・被選挙権、国民投票権、住民投票権を付与する。(昨年末現在の国内居所申告者数は61,337人で投票資格のある19歳以上が95%以上を占める)
・住民登録がなく国内居所申告もしていない在外国民の選挙権は大統領選、国会議員選(比例代表のみとし、地域区=小選挙区=は除く)に限定して付与する。
・有権者数に、管轄の地方自治体に国内居所申告をして同名簿に記載された19歳以上の在外国民を加える。(地方選挙の場合、すでに韓国永住資格をもって3年以上経過している外国人数も含む)

キーワードで見る国内居所申告制度と在外選挙

国内居所申告 永住権をもつ在日韓国人の場合、法律用語上の「住所」は外国人登録地であり、永住権を放棄して永住帰国しないかぎり住民登録はできない。このため事業などで継続的に本国で生活する場合に必要となる各種証明がとれず支障をきたしていた。そこで「在外同胞の出入国と法的地位に関する法律」により、国内住所を「居所」として「国内居所申告」制度がつくられた。住民登録票と同様、地方自治体が「国内居所申告人名簿」を作成して管理している。
被選挙権 国政選挙、地方選挙、国民投票、住民投票で「国内居所申告人名簿」は住民登録票とほぼ同じ法的地位を持つことになった。国内居所申告人の在外国民は大統領と国会議員には立候補できないが、地方自治体の長や議員には、選挙日現在継続して60日以上その管轄地域に住み25歳以上であれば立候補が可能となった。
在外選挙人名簿と登録申請 選挙の都度、住民登録票や国内居所申告名簿から19歳以上の有権者が抽出され「選挙人名簿」が作成される。しかし住民登録がなく国内居所申告もしていないほとんどの在日韓国人は、管轄の公館を通して行う選挙人登録申請にもとづいてのみ別途「在外選挙人名簿」が作成され管理される。「選挙権者」(有資格者)であっても登録申請しないかぎり「選挙人」(有権者)ではないわけだ。登録申請は本人が直接総領事館に出向いて行う。投票と同様、郵送や代理人による申請はできない。中央選管あての申請書には本人確認を兼ねて旅券や外国人登録証明書などの写しを添付する。在外選挙人名簿の閲覧はインターネット(中央選管ホームページ)を通じた閲覧方法に限定された。
国外不在者申告 韓国にも以前から不在者投票の制度があった。こちらは在外選挙実施にあたり、選挙人名簿記載の有権者(住民登録または国内居所申告者)が外国に滞在または居住したまま、現地公館で投票できるよう新設された制度。事前に本国の地方自治体か現地公館で申請し、連絡を受けた本国の管轄選管は、選挙人名簿の備考欄にそのむね記入して2重投票など不正を防ぐ。ややこしい名称だが「国内不在による国外での投票の申告」の意味だ。
在外選挙管理委員会 常設の国内と異なり、在外選挙では大統領選・国会議員選(補欠・再選挙は除く)の都度、海外公館の管轄地域ごとに在外選管が構成される。
 委員は中央選管指名の2名以内、各政党推薦の各1名、公館長または公館職員1名を中央選管が委嘱する。もちろん選挙権の無い者や政党の党員はなれない。委員長は委員が互選するが、公館関係者は除外される。
国外選挙運動 在外選挙人の資格をもつ「在外選挙権者」に対する選挙運動は、その方法が限定された。不正選挙運動の監視が困難で、また現地韓国人社会の政治対立を引き起こす可能性を憂慮したようだ。まず、いかなる団体またはその代表者の名による選挙運動が禁止された。許された方法は次の6つだ。(1)候補者や政党のインターネット・ホームページ利用(2)国内にある衛星放送施設を利用した放送広告(大統領選ではTV・ラジオ別に各10回以内、比例代表国会議員選では同各5回以内)(3)同衛星放送施設を利用した放送演説(大統領選では候補者と指名された演説員が各々TV・ラジオ別に各5回以内、比例代表国会議員選では政党別に選任された2名が各々TV・ラジオ別に各1回)(4)情報通信網利用(5)インターネット広告(6)電話を利用するなど言葉で行う選挙運動。
投票用紙と投票方法 投票用紙と在外選挙説明書、投票用封筒が投票日25日前までに管轄の区・市・郡選管から書留の国際速達郵便で直接在外選挙人や国外不在申告者に送られてくる。もちろん、在外選挙人には投票権のない地域区=小選挙区=国会議員選挙の投票用紙を送付してはならない、と規定されている。原則海外公館に設置される「在外投票所」に本人が投票用紙・投票用封筒・選管郵送用封筒と旅券をもって出向き、本人確認を受けたうえで、記票所で投票用紙に候補者の姓名か記号、比例代表国会議員選では政党名か記号を記入、投票用紙を投票用封筒に入れて封をしたうえで投票する。事前に記入してある投票用紙は無効だ。持参する身分証明書は旅券に限定されているため、選挙人登録時に旅券をもたない申請人の扱いが問題になりそうだ。在外投票の期間は選挙日の14日前から同9日前の6日間(祝祭日に関係なく毎日現地時間午前10時から午後5時まで)。投票期間前に投票用紙を持ったまま帰国した場合、管轄の不在者投票所で投票することもできる。
在外投票の参観 政党(無所属の場合は候補者)は在外投票所別に在外選挙人・国外不在者申告人のうちから2名を投票参観人として申告することができ、また期間中いつでも参観人を交代させることができる。また1政党・候補者の申告しかないか全く申告がない場合、在外選管は4名を投票参観人に選定する。
無効投票 投票用封筒の封がされていなかったり、比例代表国会議員選投票用紙に候補者姓名が記入(政党名併記でも)してあれば無効となる。しかし姓名・記号・政党名に誤記があっても、明確に候補者・政党を特定できるときは無効としない。さらに在外投票後、本国の投票日までに死亡したケースでも、その投票は無効としない。
選挙違反 買収・利益誘導、職権乱用、選挙の自由妨害、投票の秘密侵害などほとんどの選挙違反は在外選挙に適用される。在外韓国人団体またはその代表者が在外選挙権者を対象に選挙運動すると、その代表者は3年以下の懲役または600万ウォン以下の罰金に処せられる。

 


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