★★★☆☆(評者)池田信夫

「環境主義」は本当に正しいか?チェコ大統領が温暖化論争に警告する「環境主義」は本当に正しいか?チェコ大統領が温暖化論争に警告する
著者:ヴァーツラフ・クラウス
販売元:日経BP社
発売日:2010-02-25
おすすめ度:5.0
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著者はチェコの現職大統領で、経済学者である。彼の利用しているデータはロンボルグやジュリアン・サイモンやノードハウスなどの孫引きが多く、学問的にオリジナルなことが書かれているわけではないが、本書の特徴は「環境主義」を社会主義とのアナロジーで見ていることだ。かつて社会主義が「すべての人が平等になる」という美しい理想を掲げたように、環境主義の掲げる「地球を守ろう」という理想は美しく、誰も反対する人はいない。

問題は、地球を守るコストが非常に大きいことだ。したがって環境問題は、第一義的には経済問題である。100年後に地球の平均気温が3度ぐらい上がる(かもしれない)という科学的予測は、問題の最初の段階にすぎない。重要なのは、それを防ぐのにどれだけコストがかかり、それが対策の効果に見合うのかという費用便益分析である。

ところが、かつて「科学的社会主義」を信じる人々が計画経済によって自動的に経済運営ができると信じていたように、環境主義者は地球が温暖化するという科学的予測がすべてであり、どんなコストを払っても温暖化を防げと主張する。著者は、このようなイデオロギーを予防原則の絶対主義と呼び、社会主義と同じドグマだと批判する。

そういう環境絶対主義の一例が、イギリス政府の出した「スターン報告書」である。そこでは100年後に温暖化によって世界のGDPの20%が失われると推定し、その被害についての割引率をほぼゼロと想定している。しかしこの被害推定も割引率も恣意的なデータを使っており、普通に使われる数%の割引率を使えば、温暖化防止の費用は便益をはるかに上回る。京都議定書を完全実施するコストは全世界で1兆ドル以上だが、それによって温暖化は5年ほど遅れるだけなのだ。

さらに大きな問題は、排出権取引などの制度を実施するには、企業に排出権を割り当てる統制経済が必要になることだ。この点でも、環境主義は社会主義であり、エネルギー産業を国営化し、エネルギーの浪費を生んで人類の未来に禍根を残すおそれが強い。生涯の大部分を共産圏で暮らしてきた著者の「世界を社会主義に戻してはならない」という主張には重みがあるが、社会主義の恐さを知らない自称エコロジストにどこまで伝わるだろうか。