新世紀マナちゃん♪

そのに 【アスカ、襲来】


 

 

 ネルフ・ドイツ支部から日本国第三新東京市のネルフ本部に向かって飛行する、エヴァンゲリオン弐号機を搭載した大型輸送機。その大型輸送機に寄り添うように飛行する小型ジェット機の中に、オレンジ色の長い髪の美女がいた。

 かつてのエヴァンゲリオン弐号機専属パイロット。その名は、惣流アスカ・ラングレー、24才。

 そして、もう一人。彼女の隣りの席でスヤスヤと眠っている、プラチナ・ブルーのショット・カットの少女。現エヴァ弐号機専属パイロット。綾波レイ、14才。

 さらに、レイの後ろの席に座っている精悍な印象の青年。かつてのエヴァンゲリオン参号機専属パイロット。鈴原トウジ、24才。

 

 「――やれやれ、ワシらがおらん間に使徒が再来するとは驚きやな」

 「ウン……」

 トウジの呼びかけに、アスカは生返事を返した。

 「しかもや。いくら司令の娘とはゆうても、いきなり壱号機にシンクロしたのみならず、使徒を倒したっちゅうんや。驚いたもんや」

 「ウン……」

 「確か、霧島マナっちゅう名前やったかな?」

 「ウン……」

 「フゥー」

 トウジはため息をついて、斜め前に座っているアスカの後姿を見つめた。

 「元気あらへんな。そんなにシンジに会えン事が寂しかったんか?

 日本までは、後2時間くらいで着くんやで。シンジにだって会えるンやで」

 「わかってるわよ。でもさ……」

 「でも、何や?」

 「3ヶ月も離れていると、シンジの奴、アタシの事なんかどうでもよくなっちゃったとか考えちゃって。アタシ、怖いのよ……」

 と、アスカは切なげに答えた。

 「ゲゲ! 何やねんその反応はぁ! 気色悪いでぇ!!」

 「そんな事を言われたって……」

 「ムン……」

 普段のアスカなら猛然と言い返してくるだろうと身構えていたトウジは、拍子抜けしたような表情を浮かべた。

 「重傷やな。今更や思うけど、惣流。なして3ヶ月だけゆうても、ドイツ支部への出向を受け入れたんや?

 拒否しようと思えば拒否出来たやろ?」

 トウジの質問に、アスカは物憂げな表情を浮かべる。

 「まぁ、そうなんだけどさ。ただね……。アタシ達、10年以上一緒に暮らしてきたじゃない」

 「せやな……」

 

 家族が健在のトウジとは違い、シンジとアスカは天蓋孤独の身の上であった。

 そういうわけで、10年前にエヴァのパイロットに選ばれた折、アスカとシンジは当時直属の上司であった葛城ミサトの保護下で同居生活を始めた。

 そして使徒戦終結後も、アスカとシンジとミサトの同居生活は五年間続いたが、ミサトが同僚であった加持リョウジと結婚した時、新婚生活の邪魔になるからとミサトの家を出て、二人だけの生活は始まった。

 そして、二人の関係はあいまいなまま、五年の歳月が流れる。

 

 「――だから、倦怠期っていうのかな。お互いにお互いの存在が当たり前になって、こう、出会った頃の新鮮な感情っていうか、ウーーン、何て言えばいいのかな……」

 「まぁ言いたい事は、わかるような気がするで……」

 「そう? とにかくアタシ達、一回距離を置いて、お互いの事を見つめ直したほうがいいんじゃないかって思ったのよ」

 「それが、ドイツ出向を受け入れた理由かいな……」

 「ウン。でもアンタには悪い事をしたわね。子供が生まれたばっかりだってぇのに、アタシ達の護衛をやらせちゃってさ」

 「かまへんて。ワシは保安部の人間やさかい、護衛を仰せつかるんは当たり前やしな。

 それも、VIPのラングレー博士と、唯一のパイロットの綾波レイ嬢の護衛やさかい誇りに思うで」

 「アンタにVIPって言われると、からかわれてるって思うわね」

 アスカは、トウジをジトっと睨んだ。

 「そう睨むなや。まあ、今ならゆうても構へんやろうから、ばらしてしまうとやな。

 ワシに、惣流とレイちゃんの護衛をしてくれ頼んだんは、シンジなんや」

 「シンジが!?」

 「おお。遠いドイツの地で、お前に言い寄る奴がおらんか不安になったんやろうな。そんで、ワシに監視役を兼ねて護衛を頼んだっちゅうわけや」

 「シンジの奴ぅ……。そんなにアタシの事が信用出来ないの……」

 「そう怒るなや。お前が自他ともに認める、ごっつーええオナゴちゅうのは事実やさかい、変な虫がつかんようにって事や。

 大体、お前がドイツ出向を受け入れた時、シンジの奴、ワシに泣きついてきたんやで」

 

 『トウジィーーーー!! アスカがドイツに行っちゃうよぉーー!!

 きっと、僕のことが嫌いになったんだぁーー!!』

 

 「――シンジの奴、本当に情けないわね」

 「ほう。言葉のわりには嬉しそうやないか」

 「トウジ!!」

 「ワッハッハ。なあ、惣流。 

 もうエヴァには乗れへんが、わしらは仲間なんや。ワシは、その事を誇りに思うで」

 「ありがとう、トウジ」

 「こちょばゆいのぉ……」

 トウジは、頬をポリポリ掻いた。

 「ねえ、トウジ。日本に帰ったらさ。アタシとシンジに会わせてよ」

 「はぁ? ああ、アス坊とシン坊の事かいな」

 トウジは、照れくさそうに頷いた。

 

 トウジと中学校時代の同級生であった洞木ヒカリが結婚して早一年。二人の間には、半年前に双子の男女の赤ちゃんが生まれていた。

 そしてトウジの強い願いにより、男の子にはシンジ。女の子にはアスカと命名したのだった。

 

 「――それにしてもさ。何で、アタシ達と同じ名前にしたの?

 ヒカリ、洞木家伝統の命名をしたかったのに、アンタが無理やり、アタシ達の名前をつける事を受け入れさせたって言ってたわよ」

 「わかっとる。しかしワシには、洞木家伝統の名前は、どうしても受け入れられなかったんや……」

 「一体、どういう名前なわけ?」

 「500系と700系や……」

 「えっ?」

 一瞬、冗談かとも思ったが、苦悩の表情を浮かべているトウジの横顔を見て、アスカは本当の事だったと理解した。

 「そ、そろそろ、日本に着く頃かしら……」

 アスカは誤魔化すかのように、窓の外を見つめた。

 

***

 

 場所は変わって、先日の使徒戦終了後、夜な夜な奇怪な声が響き渡るようになったネルフ本部の司令室。

 顔の前で手を組んだゲンドウと傍らに立つ冬月の前に、若き作戦部長の碇シンジは直立不動の姿勢で立っていた。

 「あのう、僕に何の用なんでしょうか?」

 オズオズとシンジが切り出した。

 「マナの事だ」

 「えっ?」

 ゲンドウからマナという単語を聞いた瞬間、シンジの全身から汗が噴出した。

 霧島マナ。現エヴァンゲリオン壱号機専属パイロット。ゲンドウの一人娘。

 おまけに卍固め娘――。

 「実は、君と同居したいとのマナからの強い要望があってな。当然、私は父親として、その要望を速攻で受け入れた!!」

 「な、何ですってぇ!!」

 バンッ!! 

 普段の弱気な態度はどこへやら。シンジはデスクを叩きながらゲンドウに詰め寄った。

 「じょ、冗談じゃないですよ! なんで、いきなり会ったばっかりの女の子と同居しなくちゃいけないんですか!!」

 「だから父親としてだな……」

 シンジの怒声にタジタジとなりながらも、ゲンドウは言葉を継ぐが、

 「父親だったら、彼女と一緒に暮らすのが当たり前じゃないですか! 当然、司令が一緒に暮らすべきです!!

 大体、僕には、アスカという同居人っていうか恋人がいるんですよ! アスカの許可なく、そんな事を受け入れるわけにはいきません!!」

 一気に言って、シンジは一息置いた。

 「――そういえば、アスカ君と鈴原二尉と綾波レイの3名の帰国予定日は今日だったな」

 と、それまで黙っていた冬月が、シンジに笑いながら話しかけた。

 「足掛け3ヶ月か。君にとっては、長かった事と推察するぞ、碇君……」

 「ハイ……」

 しみじみと頷くシンジを見やり、ゲンドウはニヤリ笑いを浮かべる。

 「3ヶ月は確かに長いな。まあ、幻想から醒めるには十分な時間だろう」

 「えっ?」

 「よく考えてみろ。惣流アスカ・ラングレー博士は、まさに才色兼備の才媛だが、しかるに君はどうだ。かつて、エヴァのパイロットだった事以外に何の取り柄があるというのだ」 

 グサ!!

 ゲンドウの言葉は、シンジの精神に多大なる衝撃を与えた。

 それはアスカと離れてからの3ヶ月間、シンジの脳裏に何度も去来した事なのだ。

 一方、冬月は、呆れたようにゲンドウを見やった。

 (それを言うなら、お前こそネルフ司令という肩書き以外に何の取り柄もないではないか。

 まあ、ネルフ一の不人気者のお前が、ネルフ一の人気者である碇君に僻み根性を持つのは当然だが……)

 そんな冬月の思考に気づかず、ゲンドウは言葉を継いだ。

 「あれほどの器量だ。向こうで、よい男性にめぐり合ったかもしれんな」

 グサグサ!!

 「いや、君の事を思い、誘惑を撥ね退けたかもな」

 コクンコクンコクン!!

 「だが、帰国して君に会ったら、幻想から覚めるだろうな。

 何だ、この程度の男だったのかとな」

 グサグサグサグサ!!

 「ならば、マナに乗り換えたほうがよいのではないか。あれは君に好意を持っている。性格はともかく、見た目だけはマトモだぞ」

 (た、確かに……)

 ゲンドウの言葉に、シンジの気持ちは少しぐらついてきた。

 (あの子は、出会って早々に卍固めをかけるような変わり者だけど、まだ14なんだ。これから、いくらでも変わっていく余地はあるはずだ。

 アスカは僕にとって眩し過ぎる。だったらあの子と一緒になったって……)

 そこまで考えて、シンジはある事に気づいた。

 (ま、待てよ。そうなったら僕は、この怪しさ400パーセントの変態親父の事を、お養父さんと呼ばなくちゃいけなくなるんだぞ……)

 その事実を悟った瞬間、シンジは叫び声を上げながら司令室から飛び出していった。

 「い、いやだぁーー! 僕にはアスカしかいないんだぁーー!!」

 

 「――惜しいな。後、もう一押しだったと言うのに。もう少しでマナを押し付けられたのにな……」

 シンジを見送って、ゲンドウは心底残念そうに呟いた。

 「お前なぁ自分の娘だろうが。一緒に暮らそうという気にはならんのか?」

 「冗談ではない! あんな茶髪オカマなどと!!」

 「なるほどな……」

 カチャ!

 冬月は、ゆっくりと司令室の中にある休憩室の扉を開けた。

 「――と、君のお父さんは言っているが、どうするねマナ君?」

 「マ、マナだと?」

 ゲンドウは、恐る恐る休憩所の方を見た。

 ゆらーーり……。

 休憩室の中から、マナが現われた瞬間、ゲンドウの顔は恐怖に引きつった。

 「マ、マナ! なぜマナがそこにいるのだぁ!?」

 「ああ。お前と碇君との交渉を聞きたいと彼女に頼まれたのでな……」

 と、あっさりと答えた冬月を、ゲンドウは睨みつけた。

 「ふ、冬月ィーー!!」

 そんなゲンドウの悲鳴にも似た叫びを無視して、マナは独白のようなものを始める。

 「信じられない。シンジさんに女がいたなんて……。

 知らなかった。私、父さんにそこまで嫌われていたなんてぇ……」

 そこまで言って、マナは地獄の鬼も裸足で逃げ出したくなるような凄惨な表情をゲンドウに向けた。

 「誰が茶髪オカマだあああああああああーー!!」

 ピョ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!

 ジャンプ一閃、マナはゲンドウに飛び掛った。

 バキッ! ドサッ!! ドンッ!! ガシィィィ!! ギュウウウウウウウウウウウウウゥ!!

 「アチョオオオオオオォォォォォーー!!」

 「モガモガモガモガアアアァァーー!!(キャメルクラッチはよせぇーー!!)

 モガモガモガアアアアァァーー!!(おのれ、冬月ぃーー!!)」

 

 「――六分儀よ。親子の交流は大事にせねばいかんぞ……」

 と、呟きながら、ゲンドウの悲鳴が轟く司令室から、足早に立ち去っていく冬月であった。

 

***

 

 数時間後、ネルフ本部飛行場。

 (アスカ……)

 シンジは、ソワソワしながら空を見上げていた。もうすぐアスカを乗せた小型ジェット機の到着予定時間だからだ。

 ところで、そわそわしているのはシンジだけではない。

 ネルフの誇る若き技術部長である惣流アスカ・ラングレーの3ヶ月ぶりの帰還なのだ。

 10年前に結成された「アスカ様の下僕」という怪しげなファン・クラブの会員達も、飛行場のあちらこちらに散らばって、敬愛するアスカ様のご帰還を今や遅しと待ち焦がれていた。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 響き渡るジョット音。小型ジェット機の機影がシンジの瞳に映った。

 「来た!!」

 シンジは、耳を押さえながら叫んだ。

 

 アスカを乗せた小型ジェット機が滑走路に着陸する。

 「アスカ!」

 と、ジェット機に駆け寄ろうとした、シンジであったが……。

 エヴァ時代の感覚が蘇ったのだろうか。なにやら殺気のようなものを感じ、慌てて振り向いたシンジの瞳に映ったのは……。

 シンジに飛びかかろうとしている、マナの姿であった。

 ピョ〜〜〜〜〜〜ン!

 「この私という者がありながらアスカですって!! 許せない!!」

 ガキッ! ガキッ! ガキィーー!!

 そう叫びなり、マナはシンジに卍固めを極めた。

 「わ、私という者って何なんだぁーー!?」

 シンジの叫びに、マナは涙を浮かべた。

 「シンジさん、私に言ったじゃない! 僕には、君が必要なんだってぇ!!」

 「僕、そんな事言った?」

 マナに卍固めを極められているという状況を忘れて、シンジはボケてしまった。

 「酷いわシンジさん! 私の身体が目当てだったのねぇーー!!」

 ギュウウウウウウゥゥーー!!

 マナは、思いっきりシンジを締め上げた。

 「どおおおおおりゃあああああぁぁーー!!」

 「ぎええええええぇぇーー!!」

 ――実は、先日の使徒襲来のおり、シンジはマナに壱号機に乗ってもらう事を承諾させようと、ある事ない事を言っていた。

 その中には『マナちゃん、エヴァに乗って欲しいんだ。僕達にはパイロットとしての君が必要なんだよ』と、いう言葉も確かにあった。

 ただ、先ほどのマナの言葉は、シンジの言ったセリフの一部を省略していたようだが……。

 まあ、そんな事にはオカマいなし!

 「どおおおおおりゃあああああぁぁーー!!」

 「ぎええええええぇぇーー!!」

 マナはシンジを責め続けた。そして……。

 

 「――何なのよあれは!!」

 飛行場に響き渡るアスカの絶叫。

 (ア、アスカ!)

 少し顔を上げたシンジの視界に、レモン色のスーツに身を包んだオレンジ色の長い髪の美女、アスカの姿が映った。

 遠目にも、アスカは間違いなく激怒してる事をシンジは悟る。

 (よ、よりによって、こんな時に!!)

 

***

 

 小型ジェット機のタラップ上。

 トウジは目を丸くして、奇声をあげシンジに卍固めを極めている茶髪っ子(マナ)を見つめていた。

 「うーむ。変わった歓迎やな……」

 トウジのボケを聞いて、漸くアスカは我に返った。

 「ぶわかシンジィ……。あんな小娘に卍固めをかけられて何喜んでんのよぉ……」

 アスカの呪詛を聞き、トウジは呆れたような表情を浮かべた。

 「あれのどこが喜んでんねん?」

 そんなトウジの呟きは、アスカの耳には入らない。

 ビリビリビリィ!!

 アスカは、ロング・スカートの裾を破き、スリットのようなものを作った。

 露になるアスカの白い太もも。

 

 この時、飛行場のあちらこちらで、声にならない歓声が上がった。

 歓声をあげたのは、当然のごとく、『アスカ様の下僕』の会員(下僕)達である。

 「う、売れる、これは売れるぞぉーー!!」

 この言葉を発したのは、メガネをかけた某イニシャルK.A氏であった。

 

 「くおの、ぶわかシンジィーー!!」

 ドドドドドドドドドドッ!!

 そう叫ぶなりアスカはタラップを駆け下り、全力疾走でマナに卍固めをかけられているシンジの前にやって来た。

 

 ――マナは締め上げる力を緩め、白くて長い見事なおみ足を露にしながら目の前にやって来たアスカを呆然と見つめた。

 (あの人って露出凶? 女性の恥じらいってものを知らないのかしら?)

 「アンタ、離れなさい……」

 マナの思考に気づいたわけでもないのだが、アスカは殺気に満ちた視線をマナにぶつけた。

 一瞬、硬直するマナ。

 「アンタ、アタシの言ってる事、聞こえないの……?」

 アスカはマナをシンジから強引に引き剥がし、無造作に放り投げる。

 ドサッ!!

 「え、え、えっ?」

 マナは唖然と、アスカを見つめた。

 「そ、そんな! 私の卍固めを外した……」

 座り込んだマナに構わず、アスカはシンジを睨みつける。

 「アンタねぇ……。こんな小娘に卍固めをかけられて何喜んでんのよ……」

 「よ、喜んでなんかいないよ!」

 「フッフッフ……」

 その時になって漸くシンジは、破れたスカートからアスカの太ももが露になっている事に気がついた。

 「あ、あの、アスカ。あおの、スカートが……」

 顔を真っ赤にしながら言葉を搾り出すシンジに構わず、アスカは絶叫する。

 「アタシという者がありながら、このバカシンジ!!」

 ガキガキガキッ!!

 「オリャアアアアアアァーー!!」

 電光石火、アスカはシンジに卍固めを極めていた。

 「ひっひひ、や、やめてよぉーー!!」

 「やめるか、この大バカ者!!」

 「ヒイイイイイィーー!!」

 妙に嬉しそうなシンジの悲鳴であった。

 (ア、アスカの太もも! アスカの脹脛ぃーー!!

 これはこれで、とってもいいかもしんないぃーー!!)

 

 「はぁーー。惣流の奴、やってもうた」

 シンジに卍固めを極めるアスカの勇姿に、トウジは思わずため息を漏らした。

 「――でも、不思議。シンジさん喜んでいるみたい。

 さっき、あの茶髪の女の子にかけられてた時は苦しそうだったのに、何でかしら?」

 レイの呟きを聞いて、トウジは苦笑を浮かべた。

 「そら、あん茶髪っ娘にやられるより、惣流にやられたほうがいいに決まってるやろ」

 

***

 

 私は信じられなかった。

 初めて見る惣流アスカ・ラングレーさんは、確かに美人である。シンジさんが再会を心待ちにする気持ちは、よーく理解出来る。

 それにしても、いきなりシンジさんに卍固めはないんじゃないかな。

 この人って美人だけど、性格が破綻してるとしか思えないわね。

 「しょうのないやっちゃな……」

 この時、私の背後から呆れたような声がした。

 振り向くと、浅黒い肌のシンジさんと同年代の男性が苦笑しながらやって来る。その隣には、私と同い年くらいの、プラチナ・ブルーのショート・カットの女の子。

 「ま、あれが、あの二人のコミュニケーションってやつかもしれへんが……」

 「コミュニケーションって……?」

 私は呆れた。何て痛いコミュニケーションなんだろう。

 つくづくと、私は思った。こんな性格破綻者に付きまとわれて、シンジさん、とても可哀想……と。

 

***

 

 尚もシンジの首にからみつく、アスカの白くて長い足。

 (あ、あしゅきゃのふとみょみょ、あしゅきゃのふきゅらふぁぎぃ……)

 永遠の少年、碇シンジにとって、アスカの卍固めはマナとは比べ物にならないくらい、とても刺激的である。

 「ふわあぁーー……」

 もはや限界であった。カクッ……っと、シンジの全身の力が抜けた。

 「えっ?」

 抵抗がなくなった事に、アスカは訝しげな表情を浮かべた。

 「惣流、そんくらいにしたらどうや。シンジの奴、イッテしまっとるで」

 「ト、トウジ……」

 と、アスカが力を緩めた瞬間、シンジは崩れ落ちた。

 それを見て、ようやくアスカは我に返った。

 「シ、シンジィ!!」

 崩れ落ちたシンジの肩を揺さぶるアスカ。

 「しょうもないやっちゃなー。しあわせそうな顔して気絶しおってからに……」

 トウジは、シンジの表情を見て苦笑した。

 「ど、どうしようトウジ! ア、アタシ……」

 アスカに縋りつくような視線を向けられて、トウジは安心させるように微笑した。

 「そんな顔すんなや惣流。大丈夫や」

 トウジは、しあわせそうな顔で気を失っているシンジを肩に担ぎ上げた。

 「惣流。とりあえずシンジの奴は医務室に連れて行くで」

 「ア、アタシも一緒に行く!!」

 「惣流。来るのはかまへんが、そん前にスカートなんとかしいや。

 ほんま、サービスしすぎやで……」

 と、やや顔を赤らめてトウジは、アスカから視線を外した。

 「サービスって……?」

 アスカは足元を見下ろして、顔を真っ赤にした。

 先ほどスカートの裾を破いてしまい、太ももまで足が剥き出しになっていたのだ。

 「ああぁーー! こ、これ、高かったのにぃーー!!」

 アスカは絶叫した。

 「さよか。ならシンジにねだって、新しいモン買ってもらえや」

 「トウジ……」

 「ほな、ワシは医務室に行くわ。はよ来いや、惣流」

 トウジはシンジを抱えて、飛行場から立ち去った。

 

***

 

 呆然と私は、アスカさんと鈴原さんの会話に聞き入っていた。

 鈴原さんにちょっと注意されただけで、アスカさんはあっさりとシンジさんにかけていた卍固めを解いてしまったからだ。

 それに、アスカさんの鈴原さんに対する態度は、まるで年が離れたお兄さんに甘える幼い妹のようだった。

 後で聞いた話だと、鈴原さんというのは、シンジさんやアスカさんにとって、お兄さん的な存在で、エヴァのパイロットとしての能力はシンジさんとアスカさんより劣っていたにも関わらず、そのお兄さん的な性格からか、鈴原さんは10年前の使徒戦の時にリーダーを務めていたとの事だった。

 鈴原さんは、シンジさんを医務室に運ぶと言い残し飛行場から立ち去って行った。そしてアスカさんも、服を着替えてくると言い残し、破れたスカートの裾を押さえて立ち去った。

 で、私はと言えば、一人取り残された格好になった、綾波レイちゃんに袖を掴まれていた。どうも、このレイちゃんは、あまえんぼうさんのようだ。

 私は、そんなレイちゃんを微笑ましく思った。

 そうね。これからは私も、鈴原さんのように、お姉さんとしてレイちゃんに接してあげよう。

 

***

 

 マナの裾を掴むレイは必死だった。放っておけば、この卍固め娘は間違いなくシンジにちょっかいを出すだろう。それは許せる事ではない。

 レイは、ドイツでアスカが、シンジ恋しさに毎晩泣いていた事を知っている。

 だから邪魔はさせない。これ以上、邪魔はさせない。でも……。

 (アスカさんとシンジさんの邪魔はさせない。でも……。

 卍固めはいや、卍固めはいや、卍固めはいや、卍固めはいや、卍固めはいや、卍固めはいや、卍固めはいや、卍固めはいや……。

 卍固めは……。イヤアァーー!!)

 

***

 

 医務室の前で、トウジは腕組をして立っていた。

 カツカツカツ!!

 「ん?」

 前を見ると、ネルフの制服に着替えたアスカが足早にやって来るのが目に入った。

 「来よったな、惣流……」

 「トウジ! シンジは!?」

 「ああ、まだ気を失ったままや」

 「そう……」

 アスカは床に視線を落した。

 「アタシ、嫌われちゃったよね……」

 「何がや?」

 「アタシ、シンジに嫌われちゃったよね……。あんな真似して、シンジを気絶させちゃったんだから……。アタシ、シンジに嫌われちゃったよね……」

 ポタポタッ……。

 アスカの足元に、涙が零れ落ちた。

 「何、詰まらん事を言うとるんや惣流。あれくらいの事で、シンジがお前の事を嫌いになるわけないやろ」

 「で、でも……」

 「ふぅーー」

 トウジは、頭を掻いた。

 (こいつは普段は過剰過ぎるほどの自信家やというのに、シンジん事なると、まったくの別人やな……。

 まあ、それが惣流の可愛いトコでもあるんやが……)

 トウジは慈愛に満ちた微笑を浮かべて、アスカに歩み寄った。

 「大丈夫や、惣流」

 ナデナデ。

 トウジは、アスカの頭を撫でた。

 「あっ……」

 「シンジが待っとるで、はよ行けや……」

 「……ウン」

 アスカは安心したように微笑した。

 

***

 

 シンジは夢を見ていた。

 

 『シンジさーーーん』

 お花畑でマナが手を振っている。

 (ああ、こうして見ると、マナちゃんって、結構可愛いんだよな……)

 フッ!

 いきなり風景が、恐山に変わった。

 (こ、これは……?)

 『そうか、可愛いか……』

 (えっ?)

 いつのまにか、シンジの目の前に、怪しさ400%の中年親父、六分儀ゲンドウが立っていた。

 『つまり、惣流君をあきらめて、マナと結婚するのだな……』

 と、ニヤリ笑いを浮かべるゲンドウ。

 「ま、待ってください司令。僕は一言も、アスカをあきらめるなんて事は言ってないですよ!!」

 『司令ではないだろう……』

 「えっ?」

 『マナと結婚するのだ。もはや他人ではない』

 「な、何を、司令……」

 『パパと呼んでくれたまえ、シンちゃん♪』

 「パ、パパ……」

 『さあ、パパの胸に飛び込んでおいで、マイ・スウィート、シンちゃーん!!』

 と、唇を突き出して、ゲンドウがシンジに向かってきた。

 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああぁーー!!」

 

***

 

 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああぁーー!!」

 「シンジ!!」

 絶叫するシンジにアスカは驚いたが、すぐに暴れるシンジの顔を自身の胸に抱きしめた。

 「シンジ、落ちついて!!」

 「あ、あっ……」

 「シンジ……」

 「アスカ?」

 「そうよ、アタシよ」

 シンジは、ゆっくりと目を開けた。

 そこには、長い間待ち焦がれた、慈愛に満ちた笑顔があった。

 「アスカ……。本当に、アスカなんだね……」

 「当たり前じゃない、シンジ」

 「アスカ……。僕の側にいてくれるんだね……」

 「ウン」

 「――アスカ、真剣に聞いて欲しい」

 「何?」

 シンジは、アスカから離れて彼女の顔を見つめた。

 「僕は、アスカにふさわしくない男だと思っていた……」

 「シンジ! そんな事ないわよ!!」

 「聞いて」

 シンジは、アスカの両肩に手を置いた。

 「でもそれは、僕の逃げでしかなかったんだ。

 今の僕がアスカにふさわしくない男なら、アスカにふさわしい男になれるように努力すればいいだけの事だったんだ。

 今まで僕は、そんな事にも気がつかなかった」

 「シンジ……」

 「アスカ。僕、アスカにふさわしい男になれるように努力するよ。

 だから……」

 「だから?」

 「僕と結婚して欲しい」

 「……」

 「イヤなの?」

 押し黙ってしまったアスカに、シンジは不安そうに問い掛けた。

 「バカ……。ずっと、ずっと、その言葉を待ってたんだからね……」

 「アスカ……?」

 「いいに決まってるじゃない、シンジ!!」

 そう叫ぶなり、アスカはシンジに抱き着いた。

 「アスカ……。アスカァー!!」

 シンジもアスカの身体を抱き締めた。

 

 碇シンジと惣流アスカ・ラングレー。

 出会ってから10年の時を超えて、ようやく2人は一つになれた。

 

***

 

 シンジとアスカが結婚するとのビックニュースは、あっという間にネルフ本部中に駆け巡った。

 

 「ようやったな、シンジ」

 「おめでとうございます。アスカさん、シンジさん」

 トウジとレイは、素直にアスカとシンジの結婚を祝福した。

 

 まあ、この2人ほど素直ではなかったが、ネルフの人達の大部分は2人の結婚を喜んだようだ。

 ただし、2人の結婚に泣く人も少なからず、いるわけで……。 

 

***

 

 ネルフ本部司令室。

 

 「――惣流君と碇君が結婚か。おめでたい事だ」

 「ああ……」

 穏やかな冬月の呟きに、ゲンドウは忌々しげに応じた。

 (まったく、マナを押し付けそこなったか……)

 「さすがだな、六分儀」

 「何の事だ、冬月……?」

 「とぼけなくてもいい。お前が碇君に、危機感を煽るような事を言ったから、彼も惣流君に結婚を申し込むつもりになれたんだ」

 「私はそんなつもりではなかったぞ……」

 「照れるな、六分儀。お前は素晴らしい上官だよ。

 そうは思わないかね、マナ君」

 と、冬月は、司令室内の休憩室に向かって呼びかけた。

 「――何?」

 カチャ!

 休憩室の扉が開けられ、その中から、ゲンドウの愛娘マナの姿が現われた。

 「ええ。そう思う……」

 「そうだろう。さて、親子の会話の邪魔になるから、私は退室させてもらうよ」

 「ふ、冬月!」

 冬月は、逃げるように司令室を後にした。

 

***

 

 そういう事だったのね。

 確かに、10年以上同居してきたといっても……。ウウン、同居してきたからこそ、シンジさんもアスカさんも、今の関係を進める勇気がなかったんだ。

 結婚という言葉を口にしてしまえば、今の関係が壊れてしまうかもしれない。

 だから2人とも、結婚と言う言葉を口に出来なかった。

 アスカさんやシンジさんと10年以上の付き合いがある父さんだからこそ、そんな2人を歯がゆく思ったのだろう。危機感を煽るような事を言って、シンジさんがアスカさんに結婚を申し込むように仕向けたんだ。

 ウフ。父さん、やるじゃない!

 

***

 

 「父さん、やるじゃない!」

 ギリギリギリィ!!

 「フガフガフガァーー!!」

 マナはうつ伏せに蹴り倒したゲンドウの背中に馬乗りになって、一分の隙もないキャメルクラッチを極めていた。

 ゲンドウの顎に下に両手を組んで、上に引っ張り上げているマナちゃん。もはや、毎度お馴染みの光景だろう。

 「いくら娘の私が可愛いからって、よくも初恋をぶち壊してくれたわね!!」

 「フガフガフガフガアァーー!!(お、お前のどこが可愛いのだぁーー!!)」

 「そのお礼にねぇ……」

 マナは、不気味な微笑を浮かべた。

 「今回は特別なキャメル・クラッチをお見舞いしてあげる」

 「モガ?(特別?)」

 「通常のキャメルクラッチは、顎の下に手をフックしてるでしょ。

 それをねえええええ……」

 ブス! ガバ!!

 「フガ!」

 「鼻の中と口の中に指を突っ込んで、上に引っ張り上げるのよ!!」

 「ガ、ガアァーー!!(な、何ぃーー!!)」

 「普通だったら、そんな真似汚くて出来ないけど、私は父さんの娘だから汚いなんて言わないわ。

 可愛い娘を持った事に、感謝してね、父さん♪」

 「フガフガフガフガガガーー!!(か、可愛い娘がそんな真似するかぁーー!!)」

 「じゃー、いっくわよーー!!

 キャメル・クラッチ地獄変!!

 キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェーー!!」

 「○×△□$#@*○×△□$#@*○×△□$#@*ーー!!」

 

***

 

 「うーーむ」

 遠くからも聞こえるゲンドウの絶叫に、冬月は感心したように頷いた。

 「今宵のキャメル・クラッチは、また一段と……」

 

 


そのに 【えんど】 マナちゃん♪ うぃる・りたーん