Evangelion Remember14
Act.12 Why
R26のリニア・ラインからリフト・オフしたエヴァ壱号機と弐号機は、陸地に近い浅瀬に辿り着いた。
アクティブ・ソードという日本刀に似た武器を持った壱号機と、パレットライフルを持った弐号機は、それぞれの配置につく。
弐号機と壱号機の目前には、セカンド・インパクト時に海中に沈んだビル群が所々に広がっていた。
シンジとアスカは、操縦桿を握り締め、目標が現われるのをじっと待つ。
しばらくして海に水柱が立ち、首のない人型の形状の使徒はその姿を海面に表した。
「――お出ましになったわね」
その使徒の姿を見てアスカは、二本足の逆さ傘を思い浮かべた。その時、シンジからアスカに通信が入る。
<アスカ! 最初は僕が仕掛けて見るから、援護して!!>
(援護ですって……)
アスカは少し不愉快な気分になったが、
「了解――」
と、通信スクリーンに映るシンジに向かって頷いて見せる。
まずは、シンジのお手並みを拝見といったところだろう。
「それじゃ……。ONE TWO THREE……」
そう呟きながら、アスカはゆっくりと、弐号機のパレットライフルの標準を使徒に向かって合わせる。
「――GO!」
アスカがトリガーを押して、パレット・ライフルの一斉射が始まると同時に、壱号機はアクティブ・ソードを構え使徒に向かって走り出した。
弐号機から放たれる弾丸は、ATフィールドに阻まれ、使徒に着弾しない。
一方の壱号機は、海面に浮かぶビルの残骸を足場に前後左右に飛翔し、使徒に迫る。
(凄い!)
まさに華麗としか言いようのない壱号機の飛翔を見て、アスカは意外なほど素直に感嘆した。
弐号機のパレット・ライフルの攻撃に気を取られているのか、壱号機に対して使徒は、まったく無防備のように見える。
壱号機と使徒の距離がゼロに近づく。
<いけるぞ!>
シンジの熱のこもった声が、アスカの耳に入った。
壱号機は大きく飛びあがって、アクティブ・ソードを上段に構え、落下する勢いのまま使徒に向かって振り下ろす。
<ヤアアアアアーー!!>
シンジの気合が迸ると同時に、アクティブ・ソードは使徒の頭上に叩きつけられる。
頭上にはATフィールドが張ってなかったのか、アクティブ・ソードは、何の抵抗もなく使徒を頭から真っ二つに切り裂いた。
「や、やったの?」
アスカは、真っ二つにされた使徒を見つめた。
壱号機に真っ二つにされた使徒は、そのまま動きを止める。
<ヨッシャー! ナイスよシンジ君!!>
発令所のミサトの歓声が耳に入ったが、あまりにもあっけない戦闘終了に、アスカは呆気にとられた表情を浮かべた。
(もう終わり――? でも、いくら何でも、弱すぎるわよ……)
確かに抵抗らしい抵抗もさせずに、呆気なく使徒を真っ二つにしてしまった、エヴァの旗機である壱号機専属パイロットの碇シンジの実力は凄い。
だが、それを差し引いても、この使徒はあまりにも弱すぎる。
この使徒は、今までのアスカの戦闘経験に照らしてみると、一番目の使徒や上下ピラミッド使徒のようにビーム攻撃をするわけでもなく、またイカもどき使徒のように鞭による攻撃をするわけでもなく、太平洋上で壱号機に倒された使徒のような巨体でもない。
(本当にやっつけたの? 胸がもやもやする……)
無意識のうちにアスカはパレット・ライフルを上げ、開きにされた使徒に銃口を向ける。
壱号機は使徒に背を向けて、弐号機に向かって歩いてくるところだ。
<――アスカ。もう終わったんだから、ライフルを構えてなくてもいいんじゃないかな>
どこか、からかうような調子で、シンジがアスカに通信してきた。
「ウ、ウン、そうね……」
アスカは、機械的に頷いた。
(アタシ、凄すぎるあいつに嫉妬してるのかな……。
そうよね。あの使徒は、攻撃する間もなく、シンジにやっつけられたって事ね……)
そう自分を納得させようとしたが、しかし、もやもやは消えない。
アスカは改めて、開きにされた使徒を見つめた。
「あっ!?」
開きにされた使徒が痙攣しているのを見て、アスカの目は大きく見開かれた。
「まだ動いてる!!」
反射的にアスカは、パレット・ライフルを使徒に放つ。パレット・ライフルの攻撃を食らい、使徒は海中に叩きこまれた。
<――ど、どうしたんだよ、アスカ?>
アスカの行動に、シンジは途惑ったような声をあげた。
「使徒が動いていたのよ!」
<何だって!>
素早く壱号機は、海中に叩きこまれた使徒の方に向き直った。
ブクブクブク……!
「泡?」
海上に泡が噴出したとアスカが思った瞬間、海中から二体に分離した無傷の使徒が現れた。
<――に、二つに分かれたぁ!! な、なんなのよ! あんなのインチキ!!>
発令所でヒステリックに叫んでいるミサトの声。
その声で、シンジとアスカは落ち着きを取り戻した。
<やっぱり、一筋縄じゃいかないみたいだね、アスカ……>
「そうね。まあ、これで2対2。互角になったって事よ……」
三度の実戦を経験した自信が、アスカに不敵な笑みを浮かべさせる。
2体に分離した使徒は、それぞれ、壱号機と弐号機に襲いかかってきた。
これからは、便宜上、壱号機に向かった使徒を「使徒・甲」。弐号機に向かった使徒を「使徒・乙」と呼称する。
そして、2対2の戦闘は始まった――。
「おりゃあ!」
気合一閃、壱号機は、使徒・甲の右腕を真っ直ぐ切り落とした。
だが、切り落とされた腕が地上に落ちると同時に、使徒の腕は再生する。
「何なんだよ、あの無節操な回復力は……」
シンジは、呆れたように呟いた。
<シンジ君、コアを狙って!>
「了解!!」
ミサトの指示を聞き、シンジは狙いをコアに定め、右袈裟懸けに使徒のコアを切り裂いた。
その瞬間、使徒・甲は動きを止める。
「や、やったか?」
一瞬、期待したシンジだったが、使徒・甲の切り裂かれたコアが、あっという間に元通りになるのを見て、天を仰いだ。
「くそ! どうやったら倒せるんだよ!!」
片や弐号機のアスカは、使徒・乙によって地表に押さえつけられていた。
使徒・乙の圧力は弐号機に。それはそのまま、アスカへの圧力になっている。
「こ、この……」
身動き出来ず、アスカはうめき声を漏らした。
その時、アスカの頭の中にシンジの顔が浮かび、一瞬、助けを求める事を考えた。
だがアスカは、すぐに首を振って、その考えを打ち払う。
「冗談じゃないわよ! アタシは、あいつのオマケじゃないのよ!!
助けなんか呼んだら、アタシは必要じゃなくなる!!
こいつは、アタシが倒すのよ!!
こんな奴にアタシの居場所を奪われるものかぁ!!」
アスカは、鬼気迫る表情を浮かべた。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる……」
その時、弐号機の四つの目に、光がともる。そして弐号機は、顎部ジョイントを引き千切って咆哮した。
ウオォォォォォォーーーーン!!
弐号機は両腕を上げて、使徒・乙の両肩を掴かんだ。
「おおお!!」
アスカの気合と共に、弐号機は、使徒・乙を下に引き寄せコアを噛み砕いた。
コアを噛み砕かれた瞬間、使徒・乙は動きを止める。
「くおのおおお!!」
そのまま弐号機は、巴投げの要領で、使徒・乙を頭上に投げ飛ばした。
「ハァハァ――」
アスカは、息を乱しながら、ゆっくりと弐号機を立ち上がらせる。
その時、使徒・乙は、すでに噛み砕かれたコアを再生して、弐号機の前に立ちはだかっていた。
「こここ――殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる!!」
アスカの絶叫とともに、弐号機は、使徒・乙に向かって走り出した。
「コロシテヤル、コロシテヤル、コロシテヤル、コロシテヤル、コロシテヤル、コロシテヤル!!」
アスカは、半狂乱になりながら、使徒・乙に襲いかかる。
殴る、蹴る、噛み付く、引き裂く。
弐号機は、ありとあらゆる攻撃を使徒・乙に加えるが、あっという間に再生されてしまい、イタチゴッコの様相を呈してきた。
「コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル!!」
ウオオオォオォォオオォオオオォォォォオーーン!!
ウオオオォオォォオオォオオオォォォォオーーン!!
アスカの叫びに呼応するように、弐号機は咆哮を繰り返した。
***
発令所。
「ああっ!!」
モニターを見つめる伊吹マヤの口から、驚きの声が漏れた。
「に、弐号機のシンクロ率が急速に上昇していきます!!
60、70、80、90、100%! シンクロ率100%を突破しました!! 現在のシンクロ率は、102%です!!」
マヤの報告を聞いて、発令所にいるミサト達は呆然とスクリーン上の弐号機を見つめていた。
「シンクロ率102%……。なんて子なの……」
リツコは、掠れた声をあげた。
一方、司令塔のゲンドウと冬月は、額に汗を浮かび上がらせながら、弐号機の戦い振りを見つめていた。
「――六分儀。弐号機のシンクロ率が100%を超えてしまったぞ」
「ああ」
ゲンドウは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「六分儀、危険だ。このままでは……」
冬月は、言葉を詰まらせる。
「キョウコとユイの二の舞になるやもしれんな……」
と、ゲンドウは、拳を握り締めながら続けた。
ミサトの後ろに陣取った加持は、無言のまま、スクリーンに映る弐号機の戦い振りを見つめていた。
(あれが弐号機……いや、惣流アスカの実力か。
だが、使徒に決定的なダメージは与える事は出来ないようだな。
あの無駄の多い戦い方と、異常に高いシンクロ率――果たして、アスカちゃんが持つのか……?)
ミサトは薄っすらと笑みを浮かべながら、弐号機の戦い振りを見つめていた。
「これって、初めてアスカが使徒と戦った時の再現じゃない……。
勝てるわ……」
そんなミサトの横顔を、加持リョウジは複雑な思いで眺めていた。
(勝てる……か。葛城の奴、作戦部長の顔になってやがる……)
***
「ああ……」
呆然とシンジは、弐号機の戦い振りを見つめていた。
「あ……あれ……」
恐怖に歪むシンジの顔。
壱号機の動きが止まった。
使徒・甲は、壱号機が動きを止めたとみるや、一目散に弐号機の所に向かい、使徒・乙の援護にまわった。
弐号機は、1対2の不利な状況に追い込まれるが、狂ったように咆哮を繰り返し、互角以上の戦いを展開していた。
<ちょっと、何、ボーっとしてるのよ、シンジ君! 早く、弐号機の援護に向かいなさい!!>
と、ミサトがシンジを怒鳴りつけてくるが、シンジの目は、弐号機にそそがれていた。
使徒2体を相手に荒れ狂う弐号機の姿は、シンジにある記憶を呼び覚まさせたのだ。
***
4年前。ネルフ・ドイツ支部、巨大実験ホール。
『ママ、大丈夫なの?』
『大丈夫よ、シンちゃん♪ 心配しないで、ここで見学しててね』
そう、にこやかに笑うと、碇ユイは、シンジの頬にくちづけをした。
≪――ウオオオォオォォオオォオオオォォォォオーーン!!≫
狂ったように咆哮する、壱号機の素体。
『脳波心音共に停止!!』
『被験者生命反応がありません!!』
『回路切断!』
『いかん、実験中止だ!!』
――混乱する、実験施設内の大人達。
『ママ! ママ! ママ! ママ! ママ! ママ! ママ! ママ! ママ! ママ!!」
――強化ガラスに額を打ち付ける、シンジ。
***
<――聞こえないのシンジ君! 早く、アスカの援護に向かいなさい!!>
(同じだ! ママが死んだ時と同じだ!!
アスカ……。アスカ! アスカ! アスカ! アスカ! アスカ! アスカ!!)
「駄目だぁ!! アスカァーー!!」
シンジは叫び声をあげて、使徒二体と激闘を演じる弐号機に駆け寄った。
(消えちゃうよ! あのままじゃアスカが消えちゃうよ!!)
「アスカ、アスカ、アスカ!」
壱号機は、弐号機を背後から羽交い締めにする。
「駄目だよ、アスカ! 駄目だぁ!!」
<な、何やってンのよ、シンジ君! 味方を攻撃してどうすんのよ!>
「アスカァーー!!」
――五秒後。エヴァ壱号機と弐号機は、それぞれ、使徒・甲と乙に投げ飛ばされ、活動を停止した。
***
エヴァ二機の敗北を受け、ネルフは作戦指揮権を国連第二方面軍に委ねる。
国連軍は、新型N2爆雷で使徒を攻撃した。
これによって、使徒は自己修復のため、六日間の活動停止。
また、使徒に敗れたエヴァ二機の修理も六日間かかる見通しであった。
共に、六日間は、身動きがとれないという事である。
戦闘放棄ともとれる行動をとった、壱号機専属パイロットの碇シンジは、作戦部長葛城ミサトの詰問を受けた後、丸一日の独房入りを命じられた。
「ママ……。アスカ……」
弐号機専属パイロット、惣流アスカは、エントリー・プラグ内で意識を失っていたため、ネルフ総合病院に搬送され、丸一日、検査入院する事になった。
「またここ……」
***
「――まさか、サードが錯乱するとは思わなかったな、六分儀……。
まったく、恥をかかせおって……」
「シンジが弐号機の邪魔をしなければ、使徒を倒す事は出来ただろう。
アスカの命と引き換えにな……」
「使徒一体と、アスカ君の命か……。割に合わんな……」
「ああ。結果は敗北だが、これでよかったのだ……」
***
「ハアァァァァ……」
ミサトは、目の前に積み上げられている書類の山を、げんなりした様子で眺めていた。
「関係各省からの、抗議文と被害報告書はそれで全部よ」
リツコは、薄っすらと笑みを浮かべながら、ミサトに言った。
「何がおかしいのよ」
ミサトは、リツコをジトッと睨んだ。
「あら、そんな事言っていいのかしら。せっかく、あなたの首が繋がるいいアイディアを持ってきたのに」
と、リツコは、ミサトの眼前にフロッピー・ディスクをちらつかせる。
「いらない、ミサト?」
「い、いるに決まってんじゃない!!」
慌てて嬉しそうな表情を浮かべて、ミサトはフロッピー・ディスクを取った。
「さすがは、赤木リツコ博士。やっぱ、持つべきものは親友よねぇ」
「残念でした。それ、私のアイディアじゃないのよ」
「え? じゃあ、誰のアイディアなの?」
「加持君よ」
「加持っ!?」
あらためて、フロッピーを見やると、「まい・はにー」と書かれいるのが、ミサトの目に入る。
「うーー。背に腹は変えられないか……」
ミサトは、仕方なさそうに、フロッピー・ディスクを胸ポケットに入れた。
「フフ……」
リツコは、そんなミサトの様子を微笑ましく眺めていた。
「――ところで、ミサト。アスカちゃんとシンジ君はどうしてるの?」
「ウン……。アスカは、今日退院するわ。シンジ君も、今日独房から出すけど……」
ミサトはやや表情を暗くして、顎を押さえた。
「それにしても、あの時のシンちゃん、どうしちゃったのかしら……。
戦闘放棄したと思ったら、弐号機に掴みかかったり……」
「でもミサト。あのまま戦い続けても、使徒は倒せなかったんじゃないかしら?」
「あのアスカなら、倒せたかもしれないわよ」
「ミサト……」
「ま、過ぎた事をどうこう言っても、仕方ないわね」
ミサトは、気持ちを切り替えるように呟いた。
***
その頃、病院を退院したアスカは、一路、コンフォート17に向かっていた。
「あーあ……。負けちゃったのか……」
アスカは、ため息をついた。
「なんか、疲れたな……。うちに帰ったら、少し休もう……」
「あ、お帰り、アスカ!」
アスカが、コンフォート17のミサトの部屋に戻ると、すでに帰宅していたシンジが声をかけてきた。
「ただいま、シンジ……」
アスカは、そのままリビングの床の上に座り込む。
「ふーー」
「アスカ、大丈夫? なんか、疲れてるみたいだけど……」
と、シンジが、心配そうにアスカに問い掛けてきた。
「うーん。負けちゃったから、かな」
「あ……」
アスカの言葉を聞いて、シンジは表情を暗くした。
「ゴメン、アスカ。僕が、悪かったんだ……」
「何で、アンタが謝るわけ?」
アスカは、キョトンとした表情を浮かべた。
「その、僕がヘマをしたから……」
「ヘマ? アンタ、何かやったの?」
「戦闘の時の事、覚えてないのかい?」
と、シンジは、訝しげに問い掛けた。
「まあ……ね。気がついたら、病院のベッドの上だったから……」
「そうなんだ……」
「ウン。負けたって事は、お見舞いに来てくれたレイから聞いたんだけどね……。
ン? そういえば、アンタ、アタシのお見舞いに来なかったわね!」
アスカは、シンジを睨みつけた。
「あ、ゴメン! その、僕、独房に入っていたから……」
「独房! どういう事よ、それ?」
「さっき言っただろ。ヘマをしたってさ……」
「ああ……そういう事」
アスカは、納得したように頷いた。
「でも、アンタ、どんなヘマをやったわけ?」
「それは――」
シンジが言いかけると、
「たっだいまー!」
と、ミサトが帰宅してきた。
「お帰りなさい、ミサトさん」
アスカは、ミサトを出迎えた。
「お、二人共、そろってるわね。よしよし」
ミサトは、アスカとシンジを交互に見て、満足げにうなずいた。
「じゃ、さっそくだけど、次の作戦について説明するわね。
コンピューター・シュミレーションをした結果、あの二つに分離した使徒は、お互いがお互いを補ってる事がわかったわ。
つまり、二身で一体って事ね。
あの使徒を倒すには、2つの核に対して2点同時荷重攻撃しかないの。
エヴァ2体によるタイミングを完璧に合わせた攻撃よ。
そのためには、あなたたちの協調、完璧なユニゾンが必要だわ」
と、ミサトは、一呼吸おく。
「――そこで、あなた達2人には、使徒が再度進行するまでの間、ここで、完璧なユニゾンを行なえるようになるための訓練をやってもらうわ」
ミサトの言葉を聞いて、アスカは呆然とした表情を浮かべた。
「ここで、訓練……」
アスカは、リビングを見まわした。
アスカにとって葛城家は、学校と並ぶ安息場所であったのだ。
だが、ミサトの言葉を聞いた瞬間、葛城家はアスカの安息場所ではなくなってしまった。
(アタシ、ここにいても、休む事ができないの……。そんな……)
「学校は、どうするの……?」
「何、寝ぼけた事を言ってるのよ、アスカ!
あなた達の仕事は何かわかる? 使徒を倒す事なのよ!
使徒も倒さないで、学校に行ってる暇があるわけないでしょう!!」
ミサトは、苛立たしげに言った。
アスカは、縋るような視線をミサトに向ける。
「ミサトさん……。でも、アタシ、学校に行きたい……」
「いい加減にしなさい、アスカ!!」
ミサトの怒声に、アスカは身を縮こまらせた。
アスカは悟る――。
今のミサトは、ネルフの作戦部長、葛城ミサト一尉である事を。
アスカの心の居場所である、『ミサトさん』じゃない事を――。
「わかりました、葛城一尉……」
アスカは、ボソッと言った。
***
三日後。
鈴原トウジと相田ケンスケは、使徒襲来の連絡を受けてネルフに向かったシンジたち三人が、4日たっても登校してこない事を心配し、シンジの家に向かっていた。
まだ知り合って2週間とたっていないが、彼ら2人にとって、碇シンジは親友と呼べる間柄になっていたからだ。
また、シンジの所に行けば、彼同様に登校してこない、惣流アスカの様子もわかるかもしれないとの考えもあった。
かつて、戦場見物に出かけアスカに助けられた事もある彼らにとって、彼女は因縁浅からぬ相手であり、ある意味、シンジ以上に心配している相手なのだ。
シンジの住む、コンフォート17の前に来たとき、トウジとケンスケは、マンションの前に佇む、2人の少女の姿に気づいた。
「――なんや、イインチョに霧島やないか!」
トウジの声を聞いた洞木ヒカリと霧島マナは、驚いたように彼ら2人を見た。
「あぁー! 変態コンビじゃない!!」
マナの先制攻撃に、トウジは憤怒の表情を浮かべた。
「いい加減、その呼び方はやめんか、霧島!!」
「何よ、ジャージだったらいいわけ!!」
「あんなぁー」
友好的でないマナの態度に、トウジは顔を顰めた。
「ところで鈴原君。どうしてここに来たの?」
ヒカリの問いかけに、トウジは気を取り直したように口を開く。
「おお。シンジの奴のお見舞いや。ネルフに召集されてから、学校に来てへんから、心配になっての」
「えー! 碇君もここに住んでるんだ!! よーし、アスカのお見舞いが終わったら、そっちにも顔を出そうっと!!」
歓声をあげピョンピョン飛び跳ねるマナを呆れたように見やりながら、トウジはヒカリに視線を向ける。
「なんや、惣流の奴も、ここに住んどるんかいな?」
「ええ。同じマンションだったなんて驚いたわね」
ヒカリは、目を丸くしてコンフォート17を見上げた。
「別に驚くような事じゃないかもしれないぜ。
シンジも惣流も、同じエヴァのパイロットなんだから、あまり離れた所に住むってのも、作戦上、都合が悪いって事じゃないのかな」
ケンスケの言葉を聞いて、ヒカリは訝しげな表情を浮かべた。
「でも、レイは、ここから大分離れた所に住んでるみたいなのよ。私達、アスカのお見舞いが終わったら、レイの所へも回るつもりなんだけど……」
「そうなのか……。ふーむ、どういう事なんだろうな……?」
ケンスケは、考え込んだ。
――その時、凄まじいスキール音が響き渡る。
「な、なんや!」
と、トウジが叫んだ瞬間、彼らの前にオレンジ色のスポーツカーが横付けされた。
ドアが開き、どっかの業界のお姉さんのような露出度満点の服装をした若い女性が降りてくる。
彼らの担任、エリカであった。
「エリカ先生、どうしてここに!?」
ヒカリの質問を聞いて、エリカは彼女たち4人を等分に見つめ、口を開いた。
「多分、あなた達と同じだと思うわよ」
「えっ? じゃあ、エリカ先生もアスカと碇君のお見舞いに来たんですね」
「そういう事。じゃあ、行きましょうか、みんな」
エリカの言葉を聞き、ヒカリたち4人は顔を見合わせた。
「あの、エリカ先生。アスカと碇君のどっちを先にするんですか?」
「どっちが先って事もないわよ。だって碇君と惣流さんは、同じ部屋に住んでいるんだから」
ヒカリの質問に、エリカは事も無げに答えた。
「「あ、なるほど――って……。
ええーー!!」」
驚く教え子達を見て、エリカは優越感に浸った。
(フッフー。みんな、この情報は掴んでいなかったみたいね。私の情報網も捨てたもんじゃないわ)
――エリカは、アスカとシンジが直属の上司の部屋で同居しているという情報を、一週間以上も前にネルフにいる大学の同級生たちから仕入れていたのだ。
最初聞いた時は、同じエヴァンゲリオンのパイロットだから同居してるかと思ったのだが、同じパイロットであるレイが一人暮らしであるという事も聞き、疑問と憤りを感じて、同級生にどういう事かと聞き返した。
その理由が、実はアスカとシンジが異母兄妹であるらしいというのだ。
さらに、保護者役である直属の上司が、アスカの父であるネルフ総司令、六分儀ゲンドウの婚約者だという事も聞き、結婚前の準備も兼ねているのかと納得した。
――ヒカリたち4人は、顔をつき合せて囁き合っている。
「どう思う、トウジ……?」
「ウーン、エリカ先生の言う事やからなぁ……」
「まるまる信じるわけにはいかないわよね……」
「そうよ。私の事を男女扱いした人の言う事なんだし……」
ヒカリたちは、エリカ情報の信憑性を疑っていた。
数分後、エリカ以下、総勢五人のお見舞い部隊は、葛城ミサト宅の玄関の前に辿り着く。
エリカが呼び鈴を押すと、しばらくして玄関の扉が開けられ、
「はい……」
と、綾波レイが顔を出してきた。
「綾波さんじゃない!」
エリカはレイの顔を見て、驚いたように言った。
「――エリカ先生?」
レイは、ちょっと目を丸くしてエリカを見やり、彼女の背後にいるヒカリ達を見て、口をポカンと開ける。
「ヒカリ。それに、霧島さん……。ジャージ君に、隠し撮り君改め人間失格男君……」
レイの言葉を聞いて、トウジは顔を顰めた。
「綾波ィ……。いい加減、その呼び方、やめてくれんか……」
一方、ケンスケはと言えば……。
「なんとでも呼んでくれ……」
と、すでに達観した表情を浮かべていた。
「――みんな、どうしてここに?」
「惣流さんと碇君が、もう3日も学校を休んでいるから、心配になって来たのよ」
レイの問いかけに、エリカが答えた。
「そうなんですか……」
「それで綾波さん。碇君と惣流さんは、いるのかしら?」
「はい……」
レイの返事を聞いて、ヒカリとマナとトウジにケンスケの4人の間に、衝撃が走った。
((ま、まさか、ホントに、同居!!))
「そう。それじゃ、お邪魔させてもらうけど、いいかしら?」
「はい、エリカ先生にみんな……どうぞ、あがってください」
レイは、やや表情を和らげて、エリカたちに言った。
「「お邪魔しまーす」」
エリカたち五人の声が唱和した。
「――レイ、誰が来たの?」
部屋の奥から、ミサトが顔を出してきた。
ミサトの顔を見て、エリカは一歩前に出る。
「突然、お邪魔してスミマセン」
「い、いえ……」
ミサトは、エリカたちを見やり、不思議そうな表情を浮かべた。
(な、なんか、妙な組み合わせね……。
――ま、後ろの子達は、アスカやシンちゃんの同級生らしいって事は、わかるけど。
誰なのよ、このどっかの業界のお姉さんみたいな格好の女は……?)
ミサトは訝しげに、エリカを見つめた。
かたや、エリカはといえば、ミサトの事をなんと呼べばいいのか考え込んでいる。
(えーと。この人の事、なんて呼べばいいのかしら……。
惣流さんのお父さんの婚約者っていうのも長すぎるし、碇君との絡みもあるし……。
うーーん。やっぱり、これかな……)
「アスカさんとシンジ君のお母様でいらっしゃいますね。私は、担任の片山エリカと申します」
「えっ?」
ミサトは、顔を引き攣らせた。
「アスカさんとシンジ君が、3日も学校を休んでいるので、心配になって、お見舞いに来たんです。
それで、2人は、どんな様子なんでしょうか?
――あの、お母様?」
ミサトの反応がない事に、エリカは訝しげな表情を浮かべた。
だが、すでにエリカの挨拶は、ミサトの耳に入っていない。
なぜならミサトは、お母様と言われたショックで固まっていたからだ。
(お、お母様ぁ……。こ、この私が、こんな大きな子供がいるように見えるわけ!?)
「――どうしたのかしら?」
エリカは、首をかしげた。
「えっと、じゃあ、シンジ君とアスカさんに会わせていただきます……」
固まったままのミサトの脇をすり抜け、エリカ達は奥に進んだ。
そしてリビングに入った瞬間、エリカたちもミサト同様に固まってしまった。
なぜならリビングには、おそろいのレオタードを身に着けた、アスカとシンジが立っていたからだ。
「「ああ、みんな!!」」
エリカ達の姿を見て、アスカとシンジは、ユニゾンで叫んだ。
「――い、今時、ペア・ルックゥ!!」
「こ、この裏切りモン!!」
「アスカァ! 碇君とそういう関係だったの!!
イヤン、2人共、フケツよフケツよフケツよぉーー!!」
「ひ、酷いわ、碇君!
私のパンツを見て抱きついてきたくせに、アスカとそういう関係になってるなんてぇ!!」
ヒカリたちの妙な(一部、事実と異なる)叫び声を聞いて、
「「ご、誤解よぉ(誤解だよぉ)ーー!!」」
と、アスカとシンジは、慌てて抗弁した。
(この2人、息が合ってる! やっぱり、噂は事実だったのね!!)
見事にハモるアスカとシンジの様子に、エリカは2人が兄妹である事の確信を更に強めた。
――数分後。
硬直から脱したミサトによって、アスカとシンジの同居にいたる経緯や、おそろいのレオタードを着ている理由を説明され、エリカたちは思わず大笑いをしてしまった。
使徒に対する作戦上、アスカとシンジのユニゾンが必要になり、2人は、ユニゾンを完璧にするための訓練として、ダンスをする事になったのだ。
そのために、お揃いのレオタードを着せられたとの事だった。
「――なんだ、そういう事だったんですね」
ヒカリは笑いながら、そろって頬を染めているアスカとシンジを見やった。
「しかし、本当に羨ましいやっちゃな!」
トウジは、シンジを締め上げた。
「な、何がだよ、トウジ!」
「何がやあらへんて、なあ、ケンスケ?」
「ああ」
ケンスケは、メガネをキラーンと輝かせた。
「こんな美人のお姉さんと、俺の隠し撮り写真の売上ナンバー1の惣流と同居!
男として、涙モンじゃないか」
「そ、そうかな……?」
シンジは、顔をやや赤くした。
「やっぱり、彼って人間失格男ねー。そう思うでしょ、ヒカリ?」
と、マナが、隣りに座っているヒカリに囁いた。
「よしなさいよ、マナ。相田君の事、そんな風に言っちゃいけないわよ」
「ヒカリ。私、相田君だなんて、一言も言ってないけど……」
「あっ!」
ヒカリは口を押さえて、ちらりとケンスケを見た。
「フフ……。いいんだ、俺なんて……」
ケンスケは、床にのの字を書いていた。
「そ、それで、そのユニゾンは、うまくいってるんですか?」
話を逸らすべく、ヒカリは慌ててミサトに質問した。
「それは、見てもらえばわかるわよ――」
ミサトは少し顔を顰めて、シンジとアスカに視線を向けた。
「さてと。じゃ、休憩はここまで。アスカ、シンジ君、訓練の再開よ」
「ハイ」
「――はい」
ミサトの命令に、シンジとアスカは頷いた。
(やっぱり、おかしい……?)
リビングに通されてからずっと、アスカの事を観察していたエリカは、訝しげな表情を浮かべていた。
教師としては、全ての生徒に平等に接しなければならないという建て前はあるにしても、自分の変身のきっかけとなったアスカは、エリカにとって気になる存在なのである。
(どうしたのかしら、惣流さん。元気がないみたいね……)
それからエリカは、ミサトに視線を向けた。
(それに、葛城ミサトさんだったかしら。あの人、なんか、イライラしてるようだけど……。
訓練、うまくいってないのかしら?)
エリカは、胸騒ぎを感じた。
(何か、一触即発って感じがするわね……)
エリカの不安は、的中する。
アスカとシンジのダンスは、バラバラだった――。
アスカの踊りは、うまくやろうという意識が先走りしすぎて、シンジの事をまったく見ていないのだ。
「もう、何度言ったらわかるの、アスカ!
もっと、シンジ君に合わせなきゃ駄目じゃない!!」
「スミマセン……」
ミサトの怒声に、アスカはうな垂れた。
「もう……」
ミサトは憤然としながら、腕組をした。
(少し、だれてきてるわね……。ここは、気合を入れたほうがいいかしら……)
そう思い、ミサトは、レイに視線を向けた。
「――レイ。もう何度も見ているから、振り付けは覚えているわよね?」
「ハイ……」
「じゃ、ちょっと、アスカと交代してくれる」
「えっ?」
ミサトの命令を聞いて、レイは途惑ったような表情を浮かべた。
(――どうしよう。ミサト一尉は、アスカの代わりに、私をシンジ君と組ませる事を考えてるみたい。
確かに、私も弐号機とはシンクロ出来るけど……)
レイは、うなだれているアスカに視線を向けた。
(アスカ、疲れているみたい……。使徒が襲来してきてから、ずっと戦いづめだったし、一回くらい、休んだほうがいいわよね……)
「ハイ……」
レイは頷くと、シンジの隣りに立つ。
そんなシンジとレイを、アスカは不安そうに見つめていた……。
「――ミュージック・スタート!」
音楽に合わせて、踊り出す2人の呼吸は見事にあっていた。
「ああ……」
呆然とアスカは、2人のダンスを見つめた。
「――ハイ。そこまで!」
ミサトの号令が響き、シンジとレイは動きを止めて、お互いの顔を見て微笑みあう。
「うーん、これなら、アスカの代わりに、レイに弐号機に乗ってもらった方がいいかしら」
ミサトは、わざとらしい調子で呟いた。
(これで、アスカも反発して、もっとやる気を出してくれるわよね)
横目で、ちらりとアスカを見やり、ミサトは彼女の反応を待つ。
(アタシの代わりって……。で、でも、弐号機はアタシにしか使えない……)
そこまで考えてアスカは、初めて第三新東京市に来て使徒に襲われそうになった時、レイの乗る弐号機に助けられた事を思い出した。
(違うわ。レイは弐号機も動かせる!!
じゃ、じゃあ、アタシは、どうなるの!?
ま、また、捨てられちゃうの!)
――アスカの脳裏に蘇る記憶。
立ち去って行く、父、ゲンドウの後ろ姿。バックの横で、泣き叫んでいる4才のアスカ。
「あああ……」
アスカは、魂が抜き取られたような思いを味わっていた。
(何で何でどうして!! アタシ、いっぱい頑張ってきたのに!!
何度も死にそうになりながら、でも逃げないでエヴァに乗って戦ってきたのに!!
シンジとの同居を勝手に決められたって、何も言わないで受け入れたのに!!
――アタシ、イイコしてたのに!!)
そしてアスカは、自分に向けられるみんなの視線に気づく。
うまく出来ないアスカを、蔑んでいるような視線。
(みんな、アタシが嫌い……。アタシ、また一人になる……)
アスカは、リビングの中央にある、ガラステーブルに手をついた。
「アスカ?」
ミサトは、予想とは違うアスカの態度に途惑った。
次の瞬間アスカは、ガラステーブルを持ち上げ、ステレオ装置に叩きつける。
ガシャーン!!
「アスカ!」
アスカの突然の行動に、ミサトは驚愕した。
「もう嫌もう嫌!!」
アスカは、ヘッド・ホンを、力任せにもぎ取り、ミサトを睨みつけた。
「ア、アスカ?」
「もうたくさんよぉ!!」
そう叫ぶなりアスカは、手に持ったヘッド・ホンをミサトに向かって投げつける。
「キャッ!!」
ミサトの額にヘッド・ホンは命中し、薄っすらと血がにじみ出てきた。
「アアアアアアア!!」
アスカは絶叫し、その辺にあった、雑誌、コップ、お菓子、その他諸々の物を、手当たり次第に投げつけ始めた。
「アスカ……」
アスカの狂乱に、呆然と立ち尽くすミサト。シンジ達も、止める事を忘れ、ただ見ているだけ。
エリカもまた、呆然とアスカの狂乱を見つめていた。
(そ、惣流さん! ど、どうしたらいいの!?
こ、ここは、落ち着くまで、惣流さんの思い通りに叫ばせたほうがいいかもしれない……)
だが……。
「やめて、アスカ!」
と、アスカに抱きついて、落ち着かせようとするレイの姿に、エリカは危惧を感じる。
(だ、大丈夫かしら! まだ早すぎる気がする!!)
――レイに抱きとめられ、アスカは視線を下に向けて動きを止めた。
「落ち着いて……」
(レイ……)
「落ち着いて、アスカ……」
(レイ。アンタもアタシの居場所を奪うの……。
許せない、殺してやりたい……)
「レ……イィ……」
ゆっくりと顔を上げるアスカ。
「アスカ……?」
アスカと目が合った瞬間、レイは硬直する。
「ア……」
「アアアアアアアーー!!」
アスカは絶叫して、目の前のレイを突き飛ばして、玄関から飛び出した。
突き飛ばされたレイは、瞬きもせずに口をポカンと開けて、床にへたり込む。
「綾波さん!」
エリカは慌てて、レイの正面に膝をつき、彼女の両肩に手を置いた。
「あうう……」
レイの口から、うめき声が漏れる。
レイは、受けてしまった――。
今まで、彼女に向けられなかったモノ。
少なくとも、アスカがレイに向ける事は決してなかったモノ。
それは、憎悪という感情――。
「ア……ス……カ……」
Act.12 End | Asuka will return. |