Evangelion Remember14

Act.05 LONG LONG TIME


 

 

 使徒殲滅後、相田ケンスケと鈴原トウジの二名はネルフ諜報部の人間に連れて行かれた。たっぷり絞られて帰されるであろう。

 そして、弐号機パイロットである惣流アスカは、作戦部長、葛城ミサト一尉の詰問を受けていた――。

 

***

 

 「――どうして、私の命令を無視したの、アスカちゃん?」

 堅い表情のままミサトは、口を開いた。

 「あの二人をエントリープラグに入れた事は、仕方ないわ。人命優先、その考えは間違っていない。

 でも、その後よ。活動限界が近かったのに、撤退もせずに攻撃。

 かろうじて倒せたからいいようなものの、もし、その前に活動限界がきたら、どうなったと思うの?」

 「ゴメンなさ……」

 「ゴメンで済む問題じゃないわ!!」

 ミサトは、声を荒げた。

 「私はあなたの作戦責任者なのよ! あなたは私の命令に従う義務があるの!! わかる!?」

 「作戦責任者? 命令に従う義務?」

 アスカは、ゆっくりと立ちあがって、ミサトを睨みつけた。

 途惑ったように、ミサトはアスカを見やる。

 「アスカちゃん?」

 「何を偉そうな事を言ってんのよ! 作戦責任者とかいったって、今まで、まともな作戦を提示した事があるの!!

 ただ感情的になって喚いていただけでしょ!! 何にもしてないじゃない!!」

 「な、何ですって……」

 アスカの暴言に、ミサトの顔は強張った。

 「勝ったのはアタシよ! このアタシなのよ!!」

 「アスカちゃん!!」

 自分自身驚くような勢いでミサトは、アスカの頬を平手打ちをしていた。

 吹っ飛ばされて、床に倒れこむアスカに構わず、ミサトは両拳を握り締めて口を開く。

 「あなた、自分一人で戦ってるつもりなの!

 そんな気持ちでエヴァに乗っていられたらこっちが迷惑よ!!」

 アスカは何も言い返さない。ただ殴られた頬を押さえ、無表情にミサトを見返してるだけ。

 「――はぁ」

 ミサトは、ため息を漏らした。子供もお守りをしながら得体の知れない兵器で得体の知れない敵と戦うなんて、考えてみればモノスゴイ仕事だと、今更ながらミサトは感じたのだ。

 同時に、そんな自分が情けなかった。

 「――もういいわ。家に帰って休みなさい」

 「はい……」

 と、ミサトに背を向けたアスカは、ややあって口を開く。

 「――わかってたはずなのにね。

 ミサトさんにとって、アタシはエヴァのパイロットでしかないって事は……。

 一緒に暮らしてるからって、アタシ、何を期待してたんだろ……」

 アスカの呟きを聞いて、ハッとしたようにミサトは、彼女の後ろ姿を見つめた。

 「アスカちゃん?」

 「失礼します。葛城一尉」

 一度も振りかえらずに、アスカは部屋から出て行った。

 残された格好のミサトは、呆然と立ち尽くす。

 (葛城一尉ですって? 今まで、あんな他人行儀に呼ばなかったのに……)

 

 ――同日深夜、ミサトが部屋に戻った時、アスカの姿はなかった。

 

***

 

 翌日。赤木リツコの研究室。

 

 「――昨日の夜からアスカちゃんが行方不明って、どういう事よミサト!?」

 ミサトからアスカが昨晩帰らなかった事を聞かされ、リツコは詰問するような口調で言った。

 「うーーん。昨日の命令違反の事で、ちょっち、きつく注意したんだけどねぇ……。

 そしたらアスカちゃんに、何もしないで喚いていただけのくせに偉そうな事言うなって、怒鳴り返されちゃったわ」

 と、ミサトは顔を歪めた。

 リツコは、驚いたとも呆れたとも取れる表情を浮かべる。

 「あの子も、凄い事言うわね」

 「それで、ついカッとなって、アスカちゃんを叩いちゃったのよ。まさか家出するとは思いもしなかったけどね」

 しょんぼりとミサトは言った。リツコは、やや非難するような表情でミサトを見やる。

 「あなた、あの子の監督係でしょ」

 「やめてよね。そんな言いかた!」

 と、ミサトは不機嫌に言い返す。

 「フー、仕方ないわね。上に報告するわ」

 ため息をつくと、リツコは受話器を取った。

 「待ってよリツコ、まだ!」

 慌ててミサトは、受話器を取ったリツコの手を押さえるが、

 「何かあってからじゃ遅いでしょ! それとも、アスカちゃんの行きそうな場所に心当たりでもあるの!?」

 と、きつい口調で言い返され、言葉を詰まらせる。

 「そ、それは……」

 ……。

 「駄目よ……。この街で、アスカちゃんの行きそうな場所なんか、私にはわからないわ」

 辛そうに答えるミサトを見て、リツコはやや表情を和らげ口を開く。

 「ねえ、ミサト。あなた、気がついてる?」

 「気がついてるって、何の事よ?」

 「アスカちゃんね。私とかマヤに対しては他人行儀に接しているけど、あなたに対しては、心を開いて接しているって感じがするのよ」

 「心を開いてる? でも、あの子、家出したのよ」

 ミサトは、ふて腐れたように言った。

 「その事なんだけどね。アスカちゃん、わざと問題を起こしてるって思えるのよ」

 「えっ?」

 「あなた、アスカちゃんに試されてるんじゃないのかしら。

 そう、アスカちゃんの家族としてね」

 「家族……」

 リツコの言葉に、ミサトは考え込んだ。

 「ねえ、ミサト。なぜ自分がアスカちゃんと同居する事を決めたのか、その理由を最初から考えてみたら?」

 「理由って、そんなの決まって――」

 「私が言ってるのは、建前の理由じゃなくて、本音の理由の事よ」

 「本音の理由って……」

 「とにかく、六分儀司令も戻って来たようだし、アスカちゃんの事は報告するわ。

 ――いいわね、ミサト?」

 リツコの問いかけに、ミサトは無言で頷くしかなかった。

 

***

 

 2−A教室。

 トウジは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 「あいつ、どないしたんやろな?」

 「あいつって?」

 模型飛行機をいじっていた、ケンスケがいぶかしげ気に聞き返す。

 「惣流や。とうとう、学校に来んへんかったの」

 「気になるのかい?」

 「ああ。――って、何、ゆうとんねん! わしゃ、別に!!」

 トウジは、真っ赤になって否定した。

 「素直じゃないね」

 「やかましわい!」

 と、そっぽを向くトウジに、ケンスケは苦笑する。

 「それにしても、あの時の惣流、凄かったよな。殺してやる、殺してやるってさ……」

 「ああ……」

 トウジは頷いた。

 (惣流は無理しすぎや。あんなんじゃ、もたへんで……)

 「トウジ――。惣流の事なら、綾波にでも聞いてみたら?」

 と、ケンスケは、窓際の席で本を読んでいる、レイを指差した。

 「お前聞け。わしは、あいつが苦手や」

 「いやだよ。俺だって、苦手さ」

 トウジの言葉に、ケンスケは苦笑しながら応じた。

 「しゃあないなぁ……」

 意を決して、トウジはレイの所に向かう。

 

 「――ちょっと、ええか、綾波」

 トウジの問いかけに、レイは顔も向けずに口を開く。

 「何――?」

 「惣流の事や。今日、学校に来んへんけど、何か、あったんか?」

 「惣流? アスカの事……?」

 と、レイは、ようやくトウジの方に視線を向けて、口を開いた。

 「せや。お前、同じパイロットやから、何か知ってんのと違うか?」

 「どうして、そんな事を聞くの?」

 「どうしてって、そらぁ――」

 トウジは言いよどんだ。

 「――あなた、彼女の事が心配なの?」

 「なっ。わ、わしは別に、心配なんかしてへんで!」

 トウジは、顔を真っ赤にして喚いた。

 「だったら、聞かないで。興味本意で、彼女に関わってほしくない」

 と、レイは、文庫本に視線を戻した。

 「あう……」

 トウジは、冷や水を浴びせ掛けられたように立ち尽くしていた。

 気のせいかもしれないが、トウジの目には、あの無感情のレイが怒っていると感じたのだ。

 「スマン、綾波。わし、惣流の事、心配しとる。

 あいつの事、ほんまに心配なんや。

 すまんかったな、邪魔して」

 そう言って立ち去るトウジの後ろ姿を、じっとレイは見つめていた。

 

***

 

 その日の夜。わずかな期待を持ってミサトは帰宅した。

 「ただいま!」

 ドアを開け、声をかけるが、アスカの返事はない。

 「クエークエークエー!!」

 羽をバタバタさせながら、ペンペンがミサトに向かってくる。

 「ただいま、ペンペン」

 と、ミサトは、ペンペンを抱き上げた。

 「クワッ?」

 ペンペンが首を振り、何かを探す仕草をみせる。

 「ペンペン。あなたもアスカちゃんの帰りを待っているの?」

 ミサトは、アスカの部屋を開けた。

 誰もいない、暗い部屋。

 「アスカちゃん、今日も帰ってこないつもりなの――」

 

 ダイニングキッチンに入ると、ミサトは買ってきたコンビニ弁当を取りだして電子レンジに入れる。

 「やれやれ。二週間ぶりにコンビニお弁当のお世話になるのか……」

 思わず、ミサトの口からため息が漏れた。

 そう、ここ二週間、アスカの手料理が葛城家の食卓を飾っていたからだ。

 最初は不恰好で、お世辞にも美味しいとは言いがたかったアスカの料理も、ヒカリから料理を教わった効果なのか、見た目、味共、少しづつ向上していた。

 

 「――はい、ペンペン。食事よ」

 と、ミサトは、大皿に生魚を二匹のせて、ペンペンの前に置く。

 「クワーー」

 不満そうに鳴くペンペンであったが、やがてあきらめたように食事に取りかかる。

 その様子を見て、思わずミサトは苦笑を漏らす。

 「ペンペンも、贅沢になっちゃったものね」

 アスカはペンペンに対しても、それなりに工夫した食事を提供していたのだ。

 

 ミサトは、温め終わったコンビニ弁当をボソボソと食べながら、何度目かのため息を漏らす――。

 「はーあ。これも不味くはないんだけど、アスカちゃんの料理とくらべたらねえー」

 カタッ……!

 小さな物音に、弾かれるようにミサトは立ち上がった。

 「アスカちゃん!!」

 ミサトは、慌ててアスカの部屋の扉を開ける。

 ――だが、そこが無人の部屋である事に変わりはない。

 「何やってるのよ、私は……」

 と、ミサトは、うなだれた。

 「大体、これまで、ずーっと一人だったじゃない。一人が寂しいとでもいうわけ?」

 瞬間、ミサトの脳裏に、リツコの言葉が浮かんだ。

 

 『なぜ、アスカちゃんと同居をする事を決めたのか、その理由を最初から考えてみたら』

 『試されてるんじゃないのかしら。アスカちゃんの家族として』

 

 「家族、か……」

 ミサトは、首を振った。

 「考えすぎは美容に悪いか。さてと、お仕事、お仕事」

 ミサトは、自室に入って、机の上に載っている、セカンド・チルドレン監督日誌を開く。

 「アスカちゃんの家出で、昨日、書けなかったからねぇ……。

 ――これは!!」

 ミサトは、愕然とした。

 昨日の日誌がつけられていたのだ。

 日付と、ただ1行。

 『セカンド・チルドレンいなくなる』と。

 「これ……まさか、アスカちゃんが!」

 昨日のアスカの言葉が、ミサトの脳裏に浮かぶ。

 

 『わかっていたはずなのにね。

 ミサトさんにとって、アタシは、エヴァのパイロットでしかないって事は。

 一緒に暮らしてるからって、アタシ、何を期待してたんだろ……』

 

 「うかつだったわ。こんな目に付くところに置いといて。あの子、それで……」

 ミサトは、自分の頭を叩きたくなった。

 「――何て馬鹿よ! やっと、わかったわ。私が、アスカちゃんと同居している理由が……」

 瞬間、リビングの電話が鳴り始める。

 「電話!」

 慌ててミサトは、受話器を取った。

 「はい、葛城ですが!!

 ――何だぁ、リツコかぁ……」

 あからさまにガッカリした様子のミサトだったが、リツコからの電話の内容を聞いて、飛び上がった。

 「――ええっ! 保安部がアスカちゃんを発見したぁ!!」

 

***

 

 ミサトがアスカ発見の電話を受ける、約一時間前――。

 アスカは一人、とある公園のベンチにボケーっと座っていた。

 「まる一日か……。すぐ連れ戻されるって思ってたんだけどなぁ……」

 (ミサトさん、本当にアタシの事を見失ったのかな)

 「それとも、お父さんの命令で、わざと、ほったらかしにしてるのかなぁ……」

 アスカは、ガクッとうなだれた。

 「どうでもいいか……」

 

 ――昨日、アスカは、ネルフ本部から出た後、一旦、ミサトの部屋に戻ったものの、すぐに部屋を出て、ぶらりと入ったオールナイトの映画館で一夜を明かしたのだ。

 映画館を出た後、当てもなくアスカは第三新東京市をさまよい歩き、夕方近くになって、この公園に落ち着いた。

 

 「――おい、惣流やないか!?」

 「えっ?」

 いきなりの呼びかけに、アスカは顔を上げる。目の前には、鈴原トウジが立っていたのだ。

 「あ、あんた、鈴原……」

 「なにやっとンねん、こんなとこで?」

 「あんたに関係ないでしょ」

 「言いぐさやな」

 トウジは、肩を竦めて苦笑してみせた。

 「フン。あんたこそ、こんな時間に何やってんのよ」

 「おお。病院まで妹を見舞った帰りや」

 「妹……!」

 視線を外したアスカを見て、頬をポリポリ掻きながら、トウジは言葉を継いだ。

 「わし、惣流が学校に来んへんやったから心配しとったんやが、ま、元気そうで安心したわ」

 「フン。アンタに心配されるなんて、アタシも落ちぶれたものね」

 「いちいち、突っかかるのぉ」

 トウジは、苦笑いを浮かべた。

 「どういうつもりよ、鈴原。あんた、アタシの事、嫌ってんでしょ」

 「別にワシ、惣流の事は嫌いやないで」

 「んなわけ、ないでしょ! アタシは、あんたの妹に怪我させたのよ!!」

 アスカの言葉を聞いて、トウジはため息を漏らす。

 「その事なんやがな。さっき、妹にお前との事話したら、えらい怒られたんや」

 「怒った?」

 「せや。あのロボットが私たちを守ってくれたのに、そのパイロットに文句言うなんて、何、考えているのよ!――ってなもんや。

 小学校低学年の妹に説教されるなんて、ほんま、情けないアニキやで」

 と、トウジは、照れ笑いを浮かべた。

 「じゃあ、あんたの妹さん、アタシの事を許してくれたんだ」

 「許すも許さないもあらへんて。むしろ、感謝してるんやで」

 「そっか……」

 アスカは、笑みを漏らした。

 「やっと、笑ってくれよったな、惣流」

 「えっ! 何、言ってんのよ、鈴原!!」

 アスカは、顔を真っ赤にして叫んだ。

 「ええやないか。それと、あん時は、すまんかったな……」

 「あん時って、何の事よ?」

 「エヴァに乗った事や。えろう、迷惑かけたって、思ってんねん」

 「いいのよ。終わった事だもの……」

 「ほんま、すまんかったな。綾波の奴にも言われたンや。

 興味本意で、惣流に関わって欲しくないってな」

 「あ、あんた、レイと話したの?」

 驚いたようにアスカは、トウジを見た。

 「ああ。やっぱ、同じパイロット同士なんやな。あいつも、お前の事は心配しとったみたいや」

 「レイが……」

 「さてと。ほな、おなごの一人歩きは危険やさかい、よければ、ワシが家まで送って行くで」

 トウジの言葉を聞いて、アスカは表情を暗くした。

 「どないしたんや、惣流。なんか、帰りたくないわけでも、あるんか?」

 「帰るところなんか、アタシにはない……」

 「なんやて――?」

 黙り込んだアスカを、トウジは訝しげに見下ろす。

 「まさか、わしらをエヴァに乗せた事が、まずかったんかいな」

 「そんな事じゃない。違うのよ……」

 「惣流……」

 「違うの……」

 アスカの瞳に涙が光ったのを見て、トウジは慌てて口を開く。

 「せ、せや、惣流。わしの家に来いへんか?」

 「えっ?」

 「オトンもオジーもおらへんし、わし、一人やさかい、遠慮する事あらへんて!」

 トウジも後で考えてみれば、とんでもない事を口走ったものだが、それに対するアスカの答えは遮られる。

 「鈴原――」

 「セカンド・チルドレンですね」

 いつのまにか、黒服のサングラスをかけた集団に、アスカとトウジは囲まれていた。

 「お前ら、何者やねん!?」

 「やめてよ、鈴原」

 いきり立つトウジを、アスカが押さえた。

 「――セカンド・チルドレン、惣流アスカさん。

 我々は、ネルフ保安部の者です。保安条例第八項の適用により、あなたを本部までお連れいたします」

 「フフフ。やっと、見つけてくれたわけか。それとも、わざと、放置していたわけ?」

 アスカの皮肉にも、黒服達は、表情一つ変えない。

 「それでは、ご同行願います」

 と、黒服は、アスカの腕を取った。

 「お前ら、惣流に何すんねん!」

 掴みかかろうとしたトウジを、黒服の一人が殴り飛ばす。

 「ぐわっ!」

 トウジは、地面にたたきつけられた。

 「鈴原!」

 黒服達は、もがくアスカを強引に押さえ込む。

 そのままアスカは、黒服達に連行されて行った。

 

 「――惣流」

 頬を押さえながら、トウジは立ちあがった。

 「わしは、何も出来へんのか……」

 

***

 

 本部に連行されたアスカは、独房に入れられた――。

 独房に備え付けられた椅子に、アスカはうなだれた様子で座り込んでいる。

 「ごめん、鈴原……」

 アスカの手の甲に、涙がこぼれ落ちた。

 ガシャーン!

 独房の扉の開く音に、アスカは顔を上げる。

 「ミサトさん? あっ!」

 アスカの目の前に立っていたのは、父、ゲンドウであった。

 「どうして……」

 「アスカ、着いて来い」

 ゲンドウの言葉に、アスカは途惑ったように口を開く。

 「どこに?」

 「司令室だ」

 

 ネルフ本部、司令室。

 アスカは、何もない広大な空間をやや呆然としながら眺めていた。

 「はぁ……」

 (ここに入るのは冬月副司令さんに会った時以来、二度目か。

 それにしても、ほんと、殺風景な部屋ねぇ)

 広大な空間の中にあるのは、司令席のみ。

 副司令の冬月は、いないようだ。

 (お父さんと2人きりか。息苦しいなあ……)

 顔を顰めて、アスカはゲンドウを見つめた。

 ゲンドウは、司令席に座り顔の前で手を組んでいる、おなじみのポーズだ。

 ――ややあって、ゲンドウが口を開いた。

 「アスカ。エヴァに乗るのは嫌か?」

 「えっ……」

 途惑ったように、アスカはゲンドウを見た。

 「それは……」

 言いよどむアスカ。エヴァには、ゲンドウに無理やり乗せられたも同然だった。その事で、今まで以上に父ゲンドウを憎むようになった。

 それなら、当然、エヴァに乗るのも嫌なはずだ。

 なのに、なぜエヴァに乗るのか?

 わからない……。

 「――アスカ。答えられないか」

 何処か、満足げにゲンドウが頷いた。

 「悪かったわね。一日、ほっとかれて、アタシだって、いろんな事考えたわよ。

 特に、なぜエヴァに乗るのかってね。でも、答えなんか出やしないわよ。

 エヴァとは、使徒とは何なのか? アタシには何にもわかってないんだから。

 でも、一つだけ気がついた。

 最初はいざ知らず、今のアタシがエヴァに乗るのは、アタシ自身の意思によるもの。

 ミサトさんやお父さんに言われたから、アタシは乗ってるわけじゃない」

 「そこまで言えるのなら十分だ」

 「お父さん。アタシをエヴァのパイロットだって認めているのなら、エヴァとか使徒の事を教えてほしいわね。

 そりゃ、機密事項ってのもあるだろうけど、少しくらい秘密を教えてくれてもいいんじゃない。

 わけもわからずに戦わせられるなんて、もう嫌だし」

 「ふむ……」

 アスカとゲンドウの視線が交錯する。

 「いいだろう。話してやろう」

 そう前置きすると、ゲンドウは淡々と話し始めた。

 「――今から15年前。人類は最初の『使徒』と呼称する人型の物体を南極で発見した。

 その使徒は、『アダム』と名づけられた。

 だが、アダムの調査中、原因不明の爆発が起きた。

 それが、真のセカンド・インパクトだ」

 「じゃ、じゃあ、南極に巨大隕石が落ちたっていうのは、嘘なの!?」

 驚いたようなアスカの問いに、ゲンドウは無表情に頷く。

 「そうだ。使徒の存在を軽々しく明かすことは出来ない相談だからな」

 「た、確かにそうよね……」

 確かに、前回と今回。第三新東京の人間は別として、ほとんどの人は使徒とエヴァが交戦した事を知らない。

 「セカンド・インパクトの後、アダムは南極から回収され、今はここネルフ本部の地下に封印されている」

 ゲンドウの言葉に、アスカは、しばし言葉を失った。

 「そして使徒が攻めて来る目的は、アダムと接触するためだ。

 すでに、使徒とアダムが接触した時、セカンド・インパクトと同様の爆発、サード・インパクトが引き起こされるという研究結果が出されている。

 それを防ぐために、ネルフとエヴァが存在するのだ」

 「――信じられない」

 アスカは、呆然と呟いた。

 「信じる信じないは、お前の勝手だが、私の言った事は、全て事実だ。

 アスカ。なぜ、エヴァが使徒を倒す事が出来るかわかるか?」

 「わ、わかんないわよ、そんな事!」

 「エヴァはアダムと同じ構造で出来ている。言いかえれば、アダムのコピーだからだ」

 「ア、アダムのコピー。同じモノだから、使徒を倒せる……。

 ま、待ってよ。エヴァはアダムのコピーなんでしょ。

 なんで、エヴァと使徒が接触した時に何も起こらないのよ?」

 「エヴァは、アダムのコピーにすぎん。持っている力は、オリジナルのアダムに遠く及ばない。それに単純なコピーではないからな。話しは以上だ」

 「わ。わかったわ……」

 ゲンドウは何かを隠していると、アスカは感じた。しかし、これ以上追求しても無駄だろう。これだけ話してくれただけでも、満足しなければいけない。

 「注意しておくが、今、私が話した事は、誰にも話すな」

 「誰にもって、ミサトさんにも?」

 「――言い方を変えよう。お前が、この事を知っている事を誰にも知られるな」

 「そ、それって……」

 アスカは考えた。

 ゲンドウの言葉には、二つの解釈が成り立つ。

 アスカに話した事は嘘で、ミサトたちが知ってる事は本当。だから、言ってはいけない。

 または、アスカに話した事は本当で、ミサトたちが知ってる事は嘘。だから、話してはいけない。

 (ま、どっちでも、いいか。ベラベラ、話すような事でもないし……)

 「了解。――これで失礼します、司令」

 「どこに行く?」

 「独房に戻ります」

 と、アスカはゲンドウに背を向けた。

 「その必要はない。お前は葛城君の所に行けばいい」

 「ミサトさんの所?」

 ゲンドウの言葉を聞いて、アスカは訝しげに振り向く。

 「ああ。今、葛城君は、展望室でお前を待っている。場所は、わかるな?」

 「え、うん……」

 アスカは、機械的に頷いた。

 「では、行くがいい」

 気のせいかもしれないが、ゲンドウの口調には、どこか、娘に対する情愛のようなものが感じられた。

 だからアスカは素直に言った。

 「ありがとう、お父さん」

 と――。

 

***

 

 展望室では、ペンペンを抱えたミサトがアスカを待っていた。

 「ミサトさん……」

 無言でミサトは、アスカを見つめている。

 「クワッ?」

 不思議そうにペンペンが、アスカとミサトを交互に見やった。

 そんなペンペンの様子に、アスカは緊張が抜けたように口を開く。

 「家出の事、怒らないの?」

 「そのつもりだったけどね。あなたの顔を見たら、ホッとしてそんな事どうでもよくなったわよ」

 と、ミサトは微笑した。

 「ごめんなさい……」

 アスカは、うつむいた。

 「アスカちゃん。あなた、日誌を見たでしょ」

 「うん。ごめんなさい。変な事、書いちゃって……」

 「そんな事、どうでもいいのよ。ただ、あなたの誤解は、解いておきたくて」

 「誤解?」

 「私は、同情や仕事の上だけで、他人と住めるような、物事を割り切れる人間じゃないわ」

 ミサトは、ペンペンを見やった。

 「このペンペンね。私が前に勤めていたところで、実験用に使われていてね。

 用済みになって処分されるところを、私が引き取ったの」

 「それって、ペンペンが可哀想だったから?」

 「それもあるわね。でも、それだけじゃないわ。

 私は、セカンド・インパクトの時に、両親を亡くして、ずっと一人ぼっちだったから。

 だからね。仕事が終わって夜遅く疲れて帰った時に、出迎えてくれる誰か……。

 そう、家族がいたらいいなぁって思ったのよ」

 「クエ?」

 「ミサトさん。ペンペン、抱いていい?」

 「はい、アスカちゃん」

 ミサトは、アスカにペンペンを渡した。

 「クエエエ」

 「ペンペン……」

 アスカは、ペンペンに頬ずりした。

 「――アタシ、あの日誌見て、ミサトさんに裏切られたって思った。

 でも、違うのよね。アタシを監視するなら、ネルフの本部内に住まわせたほうがいいに決まっている。

 アタシ、ミサトさんに甘えて、ミサトさんの気持ち、わかろうとしなかった」

 涙をポロポロ流すアスカを、ミサトは抱き締める。

 「よしなさい。そんな風に自分を責めるのは……。

 私、あなたがいなくなって、やっと気がついたわ。

 私には、家族としてのあなたが必要だって事が……」

 「ミサトさん……」

 「だから、帰りましょう……。私達の家に」

 「うん……」

 ミサトは、アスカを抱きしめる腕に力をこめた。

 「ただいま、ミサトさん……」

 「お帰りなさい。――アスカ」

 

 余談だが、この時、その存在を完全に忘れられていたペンペンは、二人に挟まれて窒息しそうになったそうだ。

 

***

 

 翌日の学校。

 トウジは、不機嫌そうに天井を睨んでいる。

 ヒカリとケンスケは、そんなトウジを心配そうに見つめていた。

 「どうしたんだよ、トウジ?」

 ケンスケの問いに、トウジは、天井を睨んだまま、口を開いた。

 「昨日の夜、惣流に会ったんや……」

 「惣流に!?」

 思わずケンスケは身を乗り出した。ケンスケの声を聞きつけたヒカリも、トウジの側に駆けよってくる。

 「何っ! アスカがどうかしたの?」

 興奮したヒカリを宥め、ケンスケはトウジに話を続けるよう促した。

 

 一方、窓際に座っていたレイも、視線をトウジに向けていた。

 「アスカ……」

 

 「――トウジ。惣流、どんな様子だったんだ?」

 「えらい、寂しそうに、一人で公園のベンチに座っとってなぁ……」

 「それで、鈴原君は、どうしたの?」

 ヒカリの言葉を聞いた瞬間、トウジは声を張り上げる。

 「どうもこもないわい。ネルフの保安なんとかいう連中が、惣流をかっさらって行ったわ!」

 「トウジ、声が大きいって」

 慌ててケンスケは、トウジの口を押さえた。

 「それって、保安部の事だろ……?」

 「ああ。そんな名前やったな。わし、そいつらが惣流連れて行くの、止められへんかった。悔しいわ」

 「そりゃ無理だよ。相手は、プロなんだぜ」

 「わかってるわい。せやけど、何とかしたかったんや」

 「気持ちは、わかるけどね……」

 そう、ケンスケが、慰めようとした時、教室の扉が開いた。

 「おっはよぉ!」

 「ん? あっ!」

 トウジの口は、大きく開けられて硬直した。

 「アスカ!」

 笑顔で教室に入ってくるアスカに、ヒカリは慌てて駆け寄った。

 「おはよう、アスカ。――どうしたのよ、3日も休んだりして?」

 ヒカリの問いかけに、アスカは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 「イロイロ、あるのよ。なんせ、人類を守る、スーパーヒロインですからね」

 「もう、アスカったら」

 ヒカリは、苦笑した。

 「でも、元気そうで、安心した」

 「ありがと、ヒカリ」

 アスカは、嬉しそうに笑った。――そして、硬直したままの、トウジとケンスケに視線を向ける。

 「「そ、そそ」」

 「何、馬鹿面してんのよ、鈴原に相田」

 つかつかとアスカは、トウジとケンスケのところに向かう。

 トウジとケンスケは、呆然と口を動かす。

 「「そ、惣流、お前!」」

 ドカ!! ドカ!!

 次の瞬間、アスカのカバンは、トウジとケンスケの頭に叩き付けられた。

 「ア、タタタタタタタ……」

 「――な、何すんねん! 惣流!!」

 「あいさつよ。これで少しは、頭がよくなったんじゃない」

 「な、なんやとぉ! お前、ほんま、根性ババ色やな!!」

 「へーんだ」

 と、アスカは、トウジの耳元に口を寄せる。

 「昨日はありがと。アタシ、もう大丈夫だから……」

 「えっ?」

 トウジが振り向いた瞬間、アスカはレイのところに向かったところだった。

 「もう大丈夫、か……」

 トウジとケンスケは、顔を見合わせて苦笑する。

 「――よかったじゃないか。元気そうで」

 「はん。わしは、なんとも思ってなかったわ」

 「その割には、顔が、ア、カ、イ、ゾ。ト、ウ、ジィ」

 「な、何、ゆうとんねん!」

 声を張り上げるトウジ。すかさず、ヒカリの注意が飛ぶ。

 「鈴原君! 静かにしなさい!!」

 教室は、いつもの喧騒に包まれていた。

 

 そんな中、交わされる、二人の会話。

 「おはよう、レイ」

 「おはよう――」

 「なんか、心配かけたみたいで、ゴメンね」

 「問題ないわ……」

 レイの反応に、アスカはある人物の事が頭に浮かび、苦笑いを浮かべる。

 (――この子って、誰かさんみたいね)

 

 


Act.05 End Asuka will return.