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社説

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認知症ホーム―安全対策は待ったなしだ

 認知症のある高齢者が、生活の手助けを受けながら一戸建てやアパートで共同生活を送るのがグループホームだ。家庭的な雰囲気のなかで介護職員が見守る丁寧なケアは、認知症の症状を抑えるといわれる。

 厚生労働省もグループホームを認知症介護の切り札と位置づける。介護保険が始まった2000年から統計のある08年までに、利用者は25倍近い13万人余りに増えた。

 政府の推計では、20年後、独居や夫婦だけの高齢者世帯が全世帯の4分の1以上となる。認知症高齢者は25年後には、いまの倍以上の445万人にのぼる。グループホームはこれからもっと国民全体にかかわる存在になる。

 それにもかかわらず、各地のグループホームは、施設の安全面で深刻な問題を抱えている。7人が犠牲になった札幌の施設の火災がそのことを真正面から突きつけた。

 札幌のホームの入居者の多くが介助なしに歩けなかった。ホーム側には当然のことながら、高い防火意識や態勢が求められていたはずだ。

 だが、普段から石油ストーブが使われ、近くに洗濯物が干してあったという。何より初期消火に欠かせないスプリンクラーがなかった。

 4年前に長崎県大村市で起きたグループホーム火災を受け、防火対策は確かに進んだ。スプリンクラーの設置義務の対象は1割程度だったが、消防庁は昨春から基準を強化し、小規模ホームを除いて、総施設の7割程度が設置義務を負うことになった。

 すべてのホームが対象とならなかったのは、費用の問題だ。ホームの運営者や厚労省から「利用者負担に跳ね返る」「費用が工面できず閉鎖する所が出る」など反発が強かった。札幌のホームも対象外だった。火災報知機などの設置義務も、既存施設は費用問題から再来年春まで猶予されているさなかに起きた惨事だった。

 日本社会はこうした施設をますます必要とする。悲劇が起きるたびに少しずつ規制を強めるという行政の姿勢を転換する必要があるのではないか。

 費用負担が重いというなら、政府は、補助金や介護報酬から賄えるよう知恵を絞るべきだ。

 厚労省の基準では、1人の夜勤職員が最大18人までの世話をすることができることになっている。しかし、ひとたび火災になれば、職員1人で入居者を無事に避難させるのは難しい。

 ホームの火災時に近隣の住民に助けを求める態勢ができている例もある。これを広げたい。自治体はおおいに後押しすべきだろう。

 お年寄りが安心して安全に暮らせる環境をつくることは、国民全体の責任だ。必要かつ十分なコストを払うことをためらう理由はない。

消費者庁半年―もっと出しゃばらねば

 消費者行政の司令塔役と期待され、産声を上げて半年。だが、何をしているのだろう、と思ってしまうほど消費者庁の影が薄い。

 たとえば、多くの自動車ユーザーが不安を抱くトヨタのリコール問題。

 昨年8月、米カリフォルニア州でレクサス車の暴走事故が起き、アクセルペダルにマットが引っかかったのが原因とされた。米当局と改善への協議を続けるトヨタに、消費者庁が日本向けの情報発信を促すことはなかった。

 安全のためマットを固定するよう同庁が消費者に呼びかけたのは、米国でのリコール後の12月だ。

 問題はプリウス車のブレーキの不具合に拡大した。先月、トヨタが国土交通省や経済産業省に状況を説明した翌日になって、ようやく消費者庁は同社幹部を呼び「消費者の安全を最優先に」と注文をつけた。

 首相直轄の消費者庁は、被害を防ぐための措置を他省庁に求める権限を持つ。生命にかかわる問題では、企業に直接勧告し、商品回収を命じることもできる。

 省庁が持つ事故情報を一元的に集める仕組みも整えられつつある。

 消費者庁が独自の情報分析をもとにトヨタに真偽を確かめたり、ユーザー側に立った対応を求めたりはできなかったか。国交省に対しても、迅速なリコールを同社に促すよう、掛け合えたのではないか。

 縦割りで業界の育成を担ってきた各省庁に消費者重視という横串を刺し、その姿勢を行政全体に植え付ける。省庁の枠を超えて被害拡大防止の指揮を執る。それが消費者庁に期待された役割だ。

 ライターによる火遊び事故が後を絶たない。経産省は、子どもが使いにくくする安全規制を検討し始めたが、業界は難色を示している。焼き肉チェーン店の食中毒が相次いでも、保健所ごとの対応にとどまり、厚生労働省が拡大の防止に動く気配はない。

 こうした問題で、消費者庁はもう1歩も2歩も前へ出てほしい。

 消費者庁のお目付け役として出発した第三者委員会である消費者委員会も、トクホ制度見直しにつながった食用油エコナ問題での対応を除けば、まだまだ存在感が乏しい。

 政権交代後、消費者庁の2代目大臣に就いたのは福島瑞穂氏だ。政治主導のもと、生活者の立場に立った施策の推進が期待された。

 だが、少子化対策や男女共同参画の担当を兼ねるだけでなく、社民党党首としての仕事もある。消費者分野での発信力は不十分と言わざるを得ない。 半年を機に、福島大臣は「多くの役所にうっとうしいと思われる消費者庁をめざす」と語った。そうであれば、もっと出しゃばらなければ。

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