企業存亡の危機を吉野家はどう乗り越えたか

米国産牛肉以外で牛丼を作らなかった理由

 初動の段階で、もっとも重要だった決断は、USビーフの代替品を導入するか否かでした。

 もちろん当社も、リスクヘッジの一環として、普段からUSビーフ以外の牛肉を使う方法を模索してきました。例えば、豪州牛、南米牛のビーフをどれだけの比率で使用し、どういう技術開発をすれば、クオリティに遜色がないかという研究を続けていたのです。

 その結果、少なくともUSビーフの使用をゼロにすると、吉野家のヘビーユーザーには到底受け入れられないことが分かっていました。

 ちょっとここで、吉野家のコア・コンセプトの変化をご紹介しましょう。

・創業時(日本橋・築地) 「うまい、早い」
・1970年代        「早い、うまい、安い」
・1980~1990年代   「うまい、早い、安い」
・2000年代        「うまい、安い、早い」

 言うまでもなく、「うまい」「早い」「安い」の3つの順番はプライオリティを表しています。1959年、日本橋から築地市場に移転し、魚市場内に店舗が位置しているという特殊事情もあり、「安い」は売り文句に含まれていませんでした。

 1970年代は「早い」がトップにきますが、その後「うまい」を最優先に位置付けました。つまり、吉野家にとって牛丼の味が最大のコア・コンセプトとなっているということがお分かりでしょう。

 2007年に発足した吉野家ホールディングスにおいても、経営理念に属する「大切にする価値観」の一つに「うまい、安い、早い」を取り上げています。

吉野家ホールディングス代表取締役社長 安部修仁氏 吉野家ホールディングス代表取締役社長 安部修仁氏

 さらに、吉野家ホールディングスが、変えてはいけない価値観として重視しているものに、「客数主義」即ち「来店頻度主義」というものがあります。これは、お客様の来店頻度を上げること、「また来よう」というリピートモチベーションの向上を重視するという考え方です。

 吉野家のお客様は、全国1000店で現在は60万人。以前は80万人を数え、週末には100万人の方が訪れていました。吉野家ユーザーは全国で1000万人あり、生まれて初めて吉野家に来たという方は1%以下でしょう。

 そこに、一般の外食店と大きな違いがあります。すなわち、客数増は新規顧客の獲得によって実現するのではなく、むしろ、ユーザーの来店頻度の増加が重要になってくるのです。1000万人のユーザーが現在は10日に1回来店するとして、それが9日に1回になれば、1日の売上げは1割増えるわけです。

 吉野家には、こうした思想があるために、売り上げ増にはユーザーの期待を裏切らないことが何よりも重要になってくるのです。そうしたお客様が吉野家に期待しているのは、「いつもの味、いつものサービス」です。その基準が変わってしまっては、お客様が離れてしまいます。実際に、USビーフ以外の牛肉を使うと、いつもの味が出せないことは分かっていましたから、和牛や豪州産牛肉を使ったとしたら、「これまでと味が違っている」という期待外れになることは目に見えていました。

 例外として、競馬場内などにある6店では、国産と豪州産を使って牛丼を続けましたが、これは牛丼を供給するという協定があったのがその理由です。実際に、そうした店舗では、わたしたちの用語でいう「タレがにごる」という現象が起き、お客様からも「たれの味を変えただろう」とクレームがついたのです。

 ご存じの方も多いかもしれませんが、吉野家の牛丼のたれは白ワインをふんだんに使い、肉とたまねぎを加熱したときに出てくる汁が混じって、あのテイストがつくられるのです。それぞれが微妙なバランスで成り立っているために、具材が変われば、ほかの部分も変えなくてはなりません。

 たまねぎの糖度が変われば、たれの糖分も変える必要があります。肉に使う牛の月齢が変われば、水分含有量が変わるために、たれもそれに合わせて調節しなくてはなりません。ましてや、USビーフを国産や豪州産ビーフに変えてしまったら、全体のバランスをうまく保つことができないのです。

 結局、初動の段階で、「USビーフの輸入が再開されるまで、牛丼の提供は停止する」という結論に至りました。

あなたのご意見をコメントやトラックバックでお寄せください

SAFETY JAPAN メール

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。