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社説

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連休分散化案―まず、もっと休む社会を

 さて、どんなカレンダーができるのだろう。政府の観光立国推進本部が、列島を五つに切り分け、春と秋に5連休をずらして設ける案を打ち出した。

 憲法記念日、敬老の日といった国民の祝日を休みから外し、全体の休日数を増やさないようにしながら、ゴールデンウイーク(GW)などに集中している連休を分散させる仕掛けだ。

 GW期の旅行を申し込もうとして料金の高さに驚いたり、早々と宿が予約で満室になっていて焦ったり。そんな体験は誰もがする。こんどの連休分散化の案は観光地の混雑を減らし、値段も抑えて、レジャー需要をもっと引きだすのが狙いだ。

 日本の経済は八方ふさがりだ。財政支出や公共投資にはもはや頼れない。そんな時、カレンダーを塗り替え、人々の時間の使い方を変えることで消費を増やすのは、一つのアイデアだ。

 だが、休みを遊びやすくする以前に必要なのは、まずは「もっと休む」ことではないか。

 企業では平均年18日程度の有給休暇が与えられるが、実際に休めているのは9日足らず。取得率が100%近い欧州各国に比べ、きわめて低い。働き過ぎで心身をこわす人も絶えない。

 日本中の未取得の有給休暇を積み上げると、年に4億日分を超す。それを全部休み、めいめいの過ごし方ができるなら、約15兆円の経済波及効果を見込めるという試算もある。

 フランスでは1936年、長引く大不況に「もっと休む」ことで立ち向かうことを政権が決断した。全労働者に2週間の有給休暇を保証した通称「バカンス法」が、結果的にサービス産業の成長につながったという。

 今では、学校の長期休業が国内3地域ごとにずらして設定されている。それに合わせて親が都合をつけ、休暇を取って長いバカンスに出かける。それを受容する社会の意識もある。

 日本もそろそろ、一斉に働き一斉に休むというライフスタイルを、個人や家族単位で自由に休む形に切り替えてはどうだろう。休みを取るのが当たり前という文化を根付かせる。連休分散化案を、そんな意識改革と議論のきっかけにしてみたい。

 分散化案には当然ながら懸念がある。全国展開の企業は各地の出先との調整をどうやりくりするか。連休に行われてきたスポーツの全国大会はどうなるのか。実施には、それなりの準備や説明が必要だろう。

 地域ごとでなくとも、有給休暇の取得を促し、連続して長く休めるような仕組みづくりに、政府や労使がもっと取り組んでほしい。

 あれこれ考え出したらきりがない。まずは旅行カバンや本を用意して、思い切って休もう。理屈ばかり言って結局休めないのでは、元も子もない。

クジラ摩擦―食文化の対立にするな

 売られたケンカは買うべきか。

 しかし、買えば挑発に乗ることになる。シー・シェパード(SS)はまったく困った連中である。

 海上保安庁が、オーストラリアを拠点に日本の調査捕鯨活動の妨害を繰り返してきたこの反捕鯨団体の活動家を逮捕した。南極海で活動中の日本の船に乗り込んだ艦船侵入容疑である。

 法的にきちんと対応することは当然だ。しかし、この活動家が多くの国で「英雄」としてもてはやされ、日本に照準を合わせた反捕鯨世論をあおる材料にされてはたまらない。

 捕鯨問題は海洋資源の活用と保護を目標に、科学的な論拠に基づいて論じられなければならない。文化や価値観が対立点になれば議論は迷走する。

 豪州や欧米の国々の食事は肉食中心だが、多くの人々がクジラは保護、救済の対象と考えている。SSを含め、反捕鯨の主張の中には、クジラは高い知性を持つ動物だから殺すのは残酷だ、といった価値観に根ざした部分も小さくない。

 だが、そもそも日本人はたいして鯨肉を食べていない。鯨と関係の深い食文化を持つ地方は別だが、各種の調査によると国民の平均的な消費量は、牛肉や豚肉、鶏肉の100分の1以下の水準だ。たいていの人は年に一度とか数年に一度味わうだけだろう。

 海外では日本人が日常的に鯨肉を食べているかのような印象が広がって、日本への非難の原因にもなっている。誤解である。SSなどの活動がメディアで繰り返し報じられ、日本と鯨肉のつながりを実際以上に印象づけることになったのだろう。

 ただ一方で、日本側にも鯨肉を日本の食文化のシンボルだと主張し、ナショナリズムの舞台に上げようとする動きがある。どんな問題も文化の衝突に持ち込むと解決はきわめて難しくなる。捕鯨を環境保護の問題ととらえる欧米の視点への理解も必要だ。

 ほかの動物の肉を食べる人たちが鯨食を残酷と非難し、実際にはあまり食べていない日本人が鯨食を日本の食文化だと言いつのる。それは奇妙な光景である。文化摩擦というふくらし粉で問題が異常に大きくなっている。

 SSの活動に感情的に反応するより、冷静に解決策を模索すべきだ。

 豪州のラッド首相は、日本が11月までに調査捕鯨をやめなければ国際司法裁判所へ提訴する考えを表明した。反捕鯨の世論は、近づく総選挙を前に政治が軽視できないほど高まっている。

 捕鯨問題は、国際捕鯨委員会で粘り強い合意作りへの努力を重ねることがなにより大事だ。

 日本側も食文化の議論にはまれば解決の出口を失う。問題を解決することと留飲を下げることは、しばしば別のことである。

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