【コラム】金総書記が咸興を訪れたワケ(下)

 今、北朝鮮で最も必要なのは肥料だ。従って、金総書記が咸興へ行くとすれば、興南(咸興市内の地区)の肥料工場を訪れるのが普通だ。だが、金総書記は社会主義計画経済の没落を象徴する「2・8ビナロン連合企業所」を訪れた。ビナロンは石炭(無煙炭)から取り出した繊維で、品質も経済性も低い。今や、世界広しといえども、衣類向けのビナロンを生産している国は北朝鮮しかない。ビナロンを生産する金があれば、中国からより品質の良い繊維を多く仕入れることができる。

 かつて、故・金日成(キム・イルソン)主席は約100億ドル(約9000億円)を投じ、平安道にビナロン工場を建設しようとし、結局失敗に終わった。この出来事は、北朝鮮経済の衰亡をもたらす引き金となった。咸興の「2・8ビナロン連合企業所」も、かなり前に一度閉鎖されていたが、操業を再開するに当たり、大規模な祝賀行事まで催した。

 金総書記は今回の祝賀行事を通じ、北朝鮮内外に向けて、何らかの意思を示そうとしたに違いない。計画経済が破たんし、貨幣改革も失敗して、首相が謝罪する事態となり、北朝鮮内部が混乱に陥っているが、それでも金総書記は、自らの権力が揺らぐことはなく、改革・開放も行わないという、「悲壮な決意」を示そうとしたのだろう。外部から見れば、あきれてものが言えないようなビナロン工場だが、誰が何と言おうと、自分たちのやり方で、自分の思い通りに進めようと考えているのだろう。そんな金総書記が、核の廃棄や改革・開放の問題に対し、本当に前向きな対応をする可能性はほとんどない。

 北朝鮮にもいろいろな地域があるが、その中であえて咸興を選んだ動機も気になる。これまで、金総書記が出席するような大規模な行事は、地方では不可能だと思われてきた。自分の身辺に関し、非常に臆病とされる金総書記は、完ぺきな警護が不可能な地方の民衆集会への出席をためらってきた。だが今回、地方での民衆集会を、あえて治安の悪い咸興で開き、10万人を集めた。記者はこれについて、金総書記が人民の抵抗や不満に対し、戦いを挑もうとしているのではないか、と感じてならない。

姜哲煥(カン・チョルファン)記者(東北アジア研究所研究員)

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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