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[17265] ハレルヤ! 魔法が消える日 訣別
Name: 宇田川城重◆7282826f ID:a0fc354e
Date: 2010/03/13 22:56
初めに……
この作品は、こちらのhappy endバージョンです。
18禁
http://ranran2.net/app/2ch/eroparo/1244386525/

unhappyでは人が多数死んでいましたが、こちらは、極力人が死なない話にします。
ただし、貴族にとっては死ぬよりの屈辱となることでしょう。
ルイズには、死ぬくらいの苦痛と屈辱にあってもらいます。
それを乗り越えて、happy end……です。
それが嫌いだと言う方は、読むのをお控えになることをおすすめします。

ここでは、当然のことながらHなしです。
unhappyバージョンと一部重複する部分がありますことをご了承下さい。

追記 10.3.13
何が気に食わないのか、読者様が謝れ謝れとやかましいので……
謝れと言うならいくらでも謝りますよ。謝るのに金はいらないから。
へいへい、悪うございました!!
これで文句ないでしょ? 言う通りにしただけだから。



[17265] ハレルヤ! 魔法が消える日 訣別(1)
Name: 宇田川城重◆7282826f ID:a0fc354e
Date: 2010/03/13 12:37
それは、我々が住まう世界とは別の世界のことである。
ハルケギニアの国々の一つ、トリステイン王国。
美しく整備された都、トリスタニアは花に彩られ、人々が幸福の中に一年中飽くことを知らず、
平和に満ちあふれた国……は、見かけ倒しの偽りであった。
現実は……神より授かりしものと信じて疑わぬ力、『魔法』を使う能力を持つ者、『貴族』。
それを持たざる者、『平民』。
貴族は平民を、魔法という暴力装置によって支配し、抑圧し、搾取する社会。
威を誇り、平民のわずかな富を奪い取り、酒食に耽りて自らは励まず。
平民は諦観と絶望にくれるのみ。貴族への憎悪はあれど、抵抗する手段はない。
それが数百年、数千年、永遠に続くものと誰もが信じていた。
あの出来事は、ほんのわずかな心の隙をついたものだったのかも知れない……。

二つの月が朱に染まった。
天空の星々が位置に乱れを生じ始めた。
「異変が来るぞ!」
「我らには大きな喪失が待っている!」
「大いなる不幸が襲う!」
予言者たちの、異変の到来を叫ぶ声が、貴族たちの闊歩する通りに響きわたった。
しかし、貴族たちはそんな予言を嘲った。月や星の異常など、すぐおさまると信じていた。
だが、そんな楽観はすぐに消えることになる。
それから間もなく、温暖であったトリステインの気候が崩れ出したのだ。
貴族が平民から奪い取るための稔りをもたらし続けた太陽は分厚い雲の向こうに隠れた。
季節外れの北風が大地に吹き付け、草花を枯らしていった。
誰もが経験したことのない、深刻な凶作がトリステインを襲った。
だが貴族は容赦せず、搾取を続けた。平民の命綱となる作物を奪い取った。
それは豊作、不作に関わらず、収穫の時期のいつものことであった。
だが……。
都の郊外の農村にて、それは始まった。
「まだ隠しているだろう! さあ、作物を出せ!!」
「お願いします、これ以上お渡ししては、我々は飢えてしまいます」
「うるさい!! 出せと言ったら出せ!」
小作人の平民と地主の貴族の押し問答が起きていた。
「父ちゃんをいじめるな!」
「うわっ!」
突然、横から飛び出してきた少年の体当たりを受けて地主の貴族は倒れた。
「お、おい、地主様になんてことをするんだ! 謝れ!」
「やだ! こいつなんか貴族じゃない、泥棒だ!」
少年は毅然と言う。
「く、くそっ、このガキ……少し痛い目に合わせてやる!」
「お、お許しを! 良く言って聞かせますから」
「うるさい! もう許さん、食らえ!!」
火の魔法の使い手を自称する貴族は、魔法の詠唱を始めた。
「うわっ! や、やめ……」
魔法が放たれた……はずが、何も起きない。
「?」
平民の親子の衣服には、焦げ目一つついていない。
「な、なんだ!? 一体どうしたのだ!? こんなはずは……」
使い慣れているはずの魔法が、全く発動されない。
焦って詠唱を繰り返す貴族だが、火はおろか、煙一つ上がらない。
これには平民の親子も唖然とするばかりだ。何が起きたのだ?
ともかくこれは、形勢逆転のチャンスだ。
「食らえっ、野郎ーっ!!」
平民の父親は必死に詠唱し続ける貴族の顔目がけて、大きめの石を投げつけた。
「ぎゃあああああーっ!!」
石が額に命中した貴族は地面をのたうち回った。
「今だ、やっちまえー!!」
物陰から一部始終を見ていた平民たちが飛び出してきて、一斉に袋叩きにかかった。平民の親子も一緒だ。
「わ、悪かった、やめてくれ!! 謝るからやめてくれ!!」
貴族は命乞いを始めた。
「奪った作物を返すか?」
「返す。返すから、許してくれ」
平民たちは手と足を止めた。
「やったぞ! 貴族を謝らせた!!」
「我々の勝利だ!」
平民たちは歓喜の声を上げる。
「今後一切、我々を苦しめないと誓うか!」
「……は、はい」
「誓いません」
その不敵な声に振り向くと、そこには、5、6人ばかり、貴族の一家が集まっていた。
「あ、あなたー!!」
貴族の妻は、ボロボロにされた夫に泣きつく。
「よ、よくも……平民風情で……」
続いて、憤怒の表情を平民へと向けた。平民たちは思わず後ずさる。
続いて息子たちが、
「言っておくが、これは私怨による復讐ではない。偉大なるメイジたる貴族に逆らった処罰だ」
「さあ、覚悟しろ。今度はアリにでも生まれてくるんだな」
いよいよ最後かと平民の誰もが思った。
だが、一生に一度、貴族=メイジに一矢報いることができただけでも……平民たちの素直な思いだった。
だが……。
「ば、バカな!?」
「魔法が……魔法が!?」
先程の地主と同じことが起きた。
間違いなく詠唱したはずの魔法が全く発動されないのだ。
そうと決まれば!
「うおおおおおおーっ!!」
多勢に無勢、あっという間に貴族たちは倒された。
誰が持ち出したか、出刃包丁を突きつけられた貴族たちは必死に命乞いをする。
「た、頼む、命だけは!! さっきの言葉は撤回する、作物も返す、だから……」
先程と、完全に立場が逆転していた。
「ではまず、奪った作物を全部返してもらおう」
降参した貴族たちは、包丁を背中に突きつけられたまま屋敷へと歩かされた。



この村だけではなかった。
同じ出来事が、トリステイン全土で起きていた。
ある村では一揆に発展し、貴族の屋敷が襲われた。
「魔法が使えない!」と狼狽した貴族たちは、あっという間に昨日まで虫ケラ扱いしていた
平民に敗れ去った。
あの月や星の乱れが、これから始まる貴族=メイジの葬式を告げる鐘だったのだ。



[17265] ハレルヤ! 魔法が消える日 訣別(2)
Name: 宇田川城重◆7282826f ID:a0fc354e
Date: 2010/03/13 12:48
5日を待たずして、トリステイン王国内での平民の反乱は、ゲルマニア、ガリア、アルビオン、ロマリア……近隣諸国へと波及していた。
もちろん、王族や貴族は手をこまねいていたわけではない。軍、治安部隊、傭兵部隊を動員して鎮圧に当たろうとした。
だが、予想外のことが起こった。
「軍は民とともにあり!」と、平民側に部隊単位で次々と寝返り始めたのだ。
平民と和解、団結した蜂起軍の戦力は、自分たちでも把握できないほど大きく膨れ上がっていた。
王家側に残った軍は、ほとんどが武器の扱いで劣る元メイジだった。
牙を抜かれた虎など、子猫も同然。このまま蜂起軍と戦ったところで、勝利は望めない。
衝突こそ起きていないが、いつ戦いが始まってもおかしくない膠着状態がしばらく続いた。
やがて蜂起軍『ハルケギニア救国連合トリステイン支部』の使者を名乗る女……かつてのトリステイン王国軍の銃士隊隊長だった女、アニエスが、トリステインを統治する女王アンリエッタの居城を訪れ、「女王陛下に謁見したい」と要求した。
あれだけアンリエッタに忠誠を誓っていたアニエスが、こうも簡単に蜂起軍に寝返るとは、誰もが目を疑った。
称号を与えられて貴族となったとはいえ、元は平民。平民としての感情は消えていなかったのだ。
「よくもぬけぬけと……裏切り者め、許さんぞ!」
衛士の一人が剣に手を掛けた。
「お待ちなさい。せっかくの話し合いの機会を無駄にしてはいけません」
アンリエッタはなだめた後、アニエスに顔を向けた。
「お話をうかがいましょう。講和会談をされたいのでしょうか。それとも、降伏勧告でしょうか」
「……両方ですね。こちらの要求を受け入れて頂きたく存じます」
アニエスは、油断なく目をあたりに這わせながら、声高らかに書状を読み上げた。
曰く……。
一つ、貴族制度を廃止し、すべての特権を没収すること。
二つ、法廷を開き、平民を殺傷した貴族、権力の乱用により平民を苦しめた貴族を公正な裁判にかけること。
三つ、貴族は所有する農地を、領地内の平民に公平に分配する形で明け渡すこと。
四つ、身分に関わらず、政治に参加できる機会を全ての国民に与えること。
「……以上にございます」
謁見の間は、重苦しい沈黙に包まれた。完全に降伏勧告だ。受け入れられない場合は、宣戦布告となるのは、誰の目にも明らかだ。
「我々としても、無益な争いは望んでおりません。流血の事態は、極力避けたいと存じます」
「……わかりました。では、少しお時間を頂けませんか? 私の独断では決めかねますので」
「結構でございます。討議を重ねられた上で、結論をお出し下さい。受け入れて下さるのならば、城の塔に白い布を掲げて下さいませ」
会談は終わり、アニエスは出て行った。
「このようなふざけ果てた要求、断じて呑めませぬ!」
「叛徒に加わった裏切り者どもは絶対に許せませぬ。断固として戦いましょうぞ!」
「徹底抗戦あるのみです!」
重臣たちが口々に叫んだ。
貴族制度を廃止しろ? 冗談ではない。そんなことをすれば、平民どもが何をするかは知れたものだ。
自分の首が、文字通り飛ぶかどうかの瀬戸際なのだ。
「お黙りなさい!!」
アンリエッタの大声に、協議の間は静まり返る。
「あなたたちは、自分のことしか考えていないのですか!! わかっています。平民の報復を恐れてらっしゃるのですね。では、仮に戦ったところで、勝てまして? 王国軍の兵士だった者も多数加わっております。この城、都、いやトリステインの隅から隅まで知り尽くしているのです。地の利、数の利、全て向こうが上回っているのです。アルビオンとの戦いとはわけが違うのです。それでも戦いますか? 負けるとわかっていながら」
「……おっしゃることは承知致しました。我々に、死ねとおっしゃるのですな。それが、陛下のやり方というものでございますか」
宰相である枢機卿マザリーニは、皮肉を込めて言った。
「……いいえ。首を捨てるのは私です。皆様方のご助命を願う代わりに、この身を蜂起軍に差し出します」
重臣たちはどよめいた。その決意に満ちた瞳に、誰もが言葉を返すことができなかった。
「……勅令を出します。要求を全て受け入れ、貴族制度は廃止すると。そして、平民……だった民を説得に当たるのです。貴族への復讐をやめさせるために。生活の保障、謝罪を要求されれば、私は一切拒みません。さあ、白い布を掲げましょう」
「……はっ」
マザリーニは、力のない返事をした。



城の塔に白い布が翻った。
城を取り囲んでいた蜂起軍から、嵐のような歓喜の声が上がる。
王家の降伏により、無血革命が成就した。
「解放万歳!!」
「自由に万歳!!」
「女王陛下のご英断に万歳!!」
万歳の声は、いつまでも消えることはなかった。
ゲルマニア、ガリア、アルビオン、ロマリアの城にも、白い布が翻った。
ハルケギニア全土はは歓喜に満ちた。平民たちは街に繰り出し、万歳を叫んで回った。
いつの間にか、太陽をずっと隠していた厚い雲が消えていた。太陽が再び姿を現した。
その夜、朱に染まっていた二つの月が、元の色に戻っていた。
空の星々の位置が、元に戻っていた。
しかし、魔法が復活することはなかった。元メイジ=元貴族たちの、逆襲に打って出るためのかすかな希望は完全に潰えた。
ハルケギニアのメイジ、すなわち貴族、ここに滅す。



勅令はトリステイン全土に発布され、ただちに施行された。
勅令が出た翌朝、トリステイン魔法学院。
シエスタは、洗濯物を持ったままあわてて廊下を駆けていた。
「おはよっす」
「あ、おはようございます、才人さん」
「どうしたんだよ、そんなにあわてて」
「寝坊しちゃいまして、お洗濯の……」
「ははは! なーに言ってんだよ」
笑い出した才人に、シエスタは唖然とする。
「もう貴族の言うことなんか聞かなくていいんだよ。貴族制度が廃止されたの、忘れたのか? つまり貴族はもうだめになっちまったんだから」
「あ、そういえば……」
条件反射で仕事に出ていて、すっかり勅令のことを忘れていた。
「もう仕事してる奴なんか一人もいないよ。俺たちも、遊ぼうぜ!」
「……ええ、遊びましょう! お仕事、やーめっ!」
シエスタはうれしそうに洗濯物を廊下に放り投げた。
「おう、そうこなくっちゃ! よーし、行こう!」
「行きましょう!」
才人とシエスタは一緒に庭に出た。
「シエスター! 才人さーん! 遊びましょー!」
庭ではメイドやコック、学院の使用人たちがボール遊びをしていた。
「はーい!」
「よーし、行っくぞー!」
二人はみんなの輪に加わった。
「ほら、行ったぞ! そっちそっち!」
「きゃー、強過ぎ!」
「あーん、取れなーい!」
「あははは!」
使用人たちの明るい笑い声が、学院の庭に響いた。
シエスタも、才人も、この学院に来てから、こんなに楽しい思いをしたのは、初めてのことだった。
貴族の横暴から解放された喜びを、深く感じていた。
夢にも思わなかった、自由の日が来たのだ。



[17265] ハレルヤ! 魔法が消える日 訣別(3)
Name: 宇田川城重◆7282826f ID:a0fc354e
Date: 2010/03/13 13:08
自由の日……魔法が消えた日。
系統魔法が消え、トリステイン魔法学院に召喚された使い魔たちは煙のごとく消えた。
残ったのは、人間である才人だけだった。
先住魔法はまだ残っているが、徐々に魔力は薄れ、消えかけている。もう使える者がいないのは系統魔法と同じだった。
ハルケギニアにおける魔法は、静かに息を引き取ろうとしていた。
エルフ、亜人は力を失い、『ただの人』になった。
人間からの報復を恐れたか、いずこともなく身を隠した。
浮遊大陸であるアルビオンは海面に向けて徐々に降下を始めていた。一気に落下しないのは、まだ大陸を浮遊させる先住魔法が残っているからだ。
もし、先住魔法まで一気に消えていたら、アルビオンは急激に落下して滅亡、さらに大津波がハルケギニア沿岸を襲い、壊滅的被害となっていたことだろう。
貴族の横暴から解放された途端に大災害が襲っては、新たなる不幸の始まりだ。
魔法に頼るところが大きかった、産業はどうなっただろうか。
錬金はできなくなったが、鉄鉱石から製鉄をする技術は、すでに完成されていた。
メイジ殺しの傭兵に売る密造の武器を作る工程で、すでに高品質の鉄が作れるようになっていたのだ。
その技術は、あっという間にハルケギニア全土に広まっていくことになる。
武器を始めとした、鉄製品を魔法なしで作れる。ハルケギニアにおける、産業革命の萌芽であった。
だが、それら産業革命が達成されることになるのは、まだ先のことである。
現状は、魔法がなくなり、人々は不便な状態を強いられることになった。
風石がただの石ころとなり、空を飛ぶ『フネ』は海を行くただの『船』となった。
もっとも、フネを始めとした魔法の恩恵はほとんど貴族のものだったのだから、平民にとっては大して不便ではないのだが。
恩恵に預かれる者がいたとすれば、ほんのわずかの、平民の船長や船員だけだ。ほとんどの平民がただ下から見上げているだけだったフネは、もう飛ばない。
今まであったものがなくなったなら、今あるもので何とかする、いやしなければならない。
人間は工夫するもの。そうしなければ生きられないからだ。
フネに変わる新しい乗り物が生まれる日も、そう遠くはないかも知れない。
そして風に頼らずに海を行く船、馬より速く陸を走るもの、そして空を飛ぶ新しいものが……。



話を戻して、トリステイン魔法学院。
勅令が出た日から、学院としての機能は完全にストップしていた。
メイジが消えた世界での魔法学院などナンセンス、授業は全て休みとなった。
教師たちはやる気を失い、生徒たちは部屋に閉じこもりがちになった。
使用人は、自分のこと以外の仕事は一切しなくなった。
用事を言いつけようものなら、
「ご自分でどうぞ」
「チップはいくら下さるんですの?」
小バカにした態度で断られる。貴族の権威は完全に失墜した。
夕食の時間になった。
『元貴族入るべからず 入ったら殺す!! マルトー』
食堂の入り口に、殴り書きの張り紙がされていた。
「あの元クズ貴族のバカ息子、バカ娘どもに食わす無駄な飯はない!」
「そうだー!」
マルトーの言葉に、一同が賛同の声を上げる。
「食べ物を粗末にした罰が当たったと思って、しばらく腹ペコの苦しさを味わってもらうとするか!」
「そうだそうだー!」
「それでは、自由と解放に乾杯!」
「かんぱーい!!」
メイド、コックなど使用人たちはいっせいにグラスを上げた。才人も一緒だ。
才人は『例外』で仲間に入れてもらえた。
自分たちのためだけに作った食事の味は、格別だった。
貴族は出された食事の大部分は残す、気に入らないとまずいと文句を付ける。何が悲しくて、あんな奴らの無駄飯を作らなければならないのだ。
残飯を捨てる時、どんな気持ちかわかるのか。
でも、貴族はもうだめになった。もう貴族の食事など作らなくてもいいのだ。自分たちの分だけを作ればいいのだ。
「この食堂、レストランにして、元平民は無料で食べ放題、元貴族はスープ一杯につき100エキューってのはどうかな?」
「いいねー!」
「ナイスボッタクリ!」
「ははははは!!」
楽しい夕食の時間はあっという間に過ぎた。
後片付けを終えた後、才人が食事を乗せた盆を持っているのを、マルトーは目ざとく見つけた。
「それ、今日の残りもんじゃないか。持ってってやるのか、『元』ご主人様に」
「ええ、『元』ご主人様にね」
「優しいねえ、サイトは」
「いやいや、飢え死にされちゃ寝覚め悪いでしょ。まあ、元主人の惨めな姿を見るのも一興ということで」
才人の言葉に、周囲の人間はどっと笑った。



才人はルイズの部屋に戻った。
「食えよ。残り物だけど、晩飯だぞ」
パンとスープの残り、それにおかずが2品だ。
しかし、ルイズは体育座りの体勢でベッドの上に座ったまま、動こうとしない。
「朝からろくに食ってないんだろ? もう意地を張るな」
返事はない。
目は虚ろで、これまでの傲慢な雰囲気はどこにもない。
「いらないのか? じゃあ捨てるぞ」
「……食べるわよ」
さすがに空腹には勝てず、ルイズは食前の儀式も忘れ、食事をあっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさま……それから……ありがとうって言っとくわよ」
「どういたしまして。……ん、何か言いたそうな顔だな。言ってみろよ」
顔色を読まれ、ルイズは少しためらったが、
「じゃあ言うけど、主人にこれくらいのことをするのは当然……」
「女王陛下の勅令により、あなたは貴族ではなくなりました。ゆえに、あなたは私、平賀才人の主人ではなくなりました」
慇懃無礼にバッサリ切り捨てた才人を、ルイズは苦虫を噛み潰した表情で睨みつけた。
「言っとくけど、俺に怒っても無駄だ。俺が決めたことじゃないんだから」
才人は臆することなく、平然と言ってのける。
「……私たちはもう貴族じゃないって!? 冗談じゃないわよ! これからどうすりゃいいのよ!」
ルイズはとうとう大声を上げた。
「じゃあ、アンリエッタ様に何とかして下さいって直訴してくれば? 友達のよしみって奴で」
「直訴!? 今トリスタニアにのこのこ出かけてみなさいよ、平民どもにどんな目に合わされるか」
「そいつは仕方ないな、自業自得ってもんだ」
「な……私が、私が何を……」
「したって言うんだ、って? 俺にしたことで、本が20冊くらい書けそうだよ。名付けて『使い魔虐待の報告書』。身に覚えあるだろ、忘れたとは言わせないぜ。犬扱い、奴隷扱いしたことを。そっちが忘れてもこっちは覚えてるんだよ」
「ぐっ……」
ルイズは言葉に詰まった。どれだけのことをしてきたのか、と言われれば返す言葉はない。
しばらく沈黙が続いたが、
「なんか言ったらどう……」
「何を言えばいいわけ?」
「どうせあんたも、貴族じゃなくなった、ざまあみろって喜んでるんでしょ!」
「俺はこれまでの、そして今ある事実を言っただけだ。それとも何か、今までのことは怒っていません、殴られたことも蹴られたことも一切気にしていません、全て水に流しますとでも言って欲しかったのか」
「ああ、そう言って欲しかったわね!」
ルイズは吠えかかる。
「あんたは元平民だからいいわよね。こっちは……使用人にまでバカにされて! 『飯が食いたきゃ自分で作れ、作れないなら材料のまま食え』って!! 完全に権威ゼロよ!! また『ゼロ』に逆戻りよ!!」
「お前だけじゃなくて、みんな同じだろ。ギーシュも、キュルケも、先生たちもみんな仲良く魔法ゼロ、権力ゼロになったんだろ? みんなでゼロなら怖くない、ってか」
「なんですってー!!」
「おっと」
乗馬用の鞭を握ったルイズの腕を、才人はあっという間にねじり上げていた。
「また鞭打ちか。お前も懲りない奴だ」
才人の恐ろしく冷静な声に、ルイズは冷や汗が吹き出して来るのを感じていた。
ルイズは鞭を取り落とした。
「そうだ、それでいい」
才人が手を離したその隙を見逃さなかった。
「いいわけないでしょ!!」
すかさず股間を蹴り上げた。
「ぐあっ!!」
才人は床をのたうち回る。
「あんまり私のこと、なめないでくれる? ……ぐうっ!!」
才人は痛さをこらえながら、ルイズのみぞおちに拳を突き入れていた。
「あんまり俺のこと、なめないでくれるかな? 何度もやられてりゃ、慣れっこになるってもんだよ」
痛みに耐えながら、才人は立ち上がる。たちまち、取っ組み合いのケンカが始まった。
掴み合ったまま、ルイズが殴る、才人も殴る。
「どうしてももう貴族じゃないことを認めないつもりか!!」
「当たり前よ!!」
果てしない殴り合い、蹴り合いが続く。
だが、所詮は男と女、力の違いは歴然だ。次第にルイズが押されてくる。
「何がお前をそうさせるのかは知らんが、現実から逃げてる時点でお前の負けだ!」
「うるさい!」
飛びかかってきたルイズを、
「大バカ野郎!!」
次の瞬間、才人は背負い投げで投げ飛ばしていた。
したたかに床に打ち付けられ、ルイズは動けない。
才人は自分が信じられなかった。理由ははどうあれ、女に手を上げた。しかも、投げ飛ばすなんて。
悲しい暴力だった。
「殺してやる……殺してやる、殺してやる、殺してやる!!」
ルイズはフラフラと立ち上がると、机の上にあった剣を掴んで才人に向けた。
デルフリンガー、しゃべる魔剣……だった剣。
まるで魂が抜けたように、口をきくことはない、ただの一振りの剣になっていた。
それでも、人は殺せるだろう。
「殺せるもんなら殺してみろよ。明日にでもお前はお縄になって、牢屋に入れられて、最悪、死刑になるんだ。元公爵令嬢だからって、無罪になると思ったら大間違いだぞ。それでもいいなら、さあ殺せよ、殺してみろ!!」
二人は対峙したまま、狂気が支配する重苦しい時間が流れる。
だが……。
次第に二人の顔から狂気が消えていく。
我に返った二人は、がっくりと肩を落として座り込んだ。
ルイズは剣を窓から投げ捨てた。
「……ちくしょう……どうして、どうしてなんだよ……お前は結局、俺のことを奴隷としか見てなかったのか。あれだけ一緒に命がけで戦ったのに」
あれだけ力を合わせて戦ってきたのに、一瞬にして信頼が崩れるとは。
才人の心は、失望にまみれた。
「お前だって、散々嫌ってきた悪徳貴族と何も変わらない。権力をかさに着ていばってるクズ貴族そのものだよ」
「……」
ルイズはうなだれたまま、顔を上げようとしない。
「いいか、お前はもう、貴族でも、公爵令嬢でもないんだ。メイジでもないんだよ。今までの暮らしはできないんだ。いいかげん、わがまま暴君は廃業しろ」
「……わかってないわね、サイト。私は誇り高く生きたいのよ。ヴァリエール家の娘としての誇りを持って」
「誇り高く? お前の言う誇りって、何なんだよ? 平民相手にいばりくさることか? 魔法の達人になって、バカにした奴らをぶっ飛ばしてやることか? 違うだろ」
「……違うわよ。国のために一生懸命……」
「嘘だ。お前は自分のことしか考えてない。税金が払えない平民の代わりに、立て替えて払ってやったことが一度でもあるか」
「何で私がそんなことを」
「ほら見ろ、そうだろうと思ったよ。腹をすかした平民に、一切れのパンでも与えたことがあるか」
欺瞞を暴かれ、ルイズは返事ができない。
「おしゃれに着飾ってパーティーもいいだろうさ。だが、その間にどれだけの平民がどれだけ大変な思いをしてたかわかるか! 貴族のためにどれだけの女性が未亡人になったかわかるか! どれだけの子供が孤児になったか!!」
「私のせいじゃないもん……私が悪いんじゃないもん……」
ルイズはたまらず泣き出す。
残酷なのはわかっている。才人も辛かった。これでいいのか、泣かせていいのかと逡巡する。
だが、ここは心を鬼にしてでも、自分たちがやってきたことを自覚させなくてはならない。
「泣くな!!」
迷いを押し殺し、才人は一喝した。
「だって、だって……」
「泣いても誰も助けてくれないし、何も解決しないぞ」
「じゃあ、私に何ができるって言うのよ。もう魔法は使えないのよ! 今までの努力が、全部パーよ! それで、どうやって生きていけばいいのよ!」
「魔法はなくても、人間だから知恵がある。知恵があるからここまで進歩してきたんだ。魔法の力だけじゃないんだ。知恵を絞って考えれば、魔法のない世界でも生きていけるはずだ」
「何か方法でもあるの?」
「ないね」
ルイズは思わず脱力しかける。
「だから考えるんだ。考えるんだよ! おい、お前生きていたくないのか? もう死んじまいたいのか?」
「生きたいわよ……」
「だったらさ……考えようよ……貴族だったことは忘れろなんて、無理なのはわかってる。それでも生きなくちゃいけないんだ。そのためにも」
才人の説得に、ルイズの心にわずかな火が灯った。



[17265] ハレルヤ! 魔法が消える日 訣別(4)
Name: 宇田川城重◆7282826f ID:a0fc354e
Date: 2010/03/13 12:54
ある朝のこと。
ノックもなしに、学院長室のドアが開いた。
「オールド・オスマン!!」
集団がずかずか入ってきた。コルベールを始め、教師陣が勢揃いしていた。
「オールド・オスマン、学院が廃校になるというのは本当なんですか!?」
「よくもまあ、こんなバカ面ばかりがそろったもんじゃのう……」
椅子にふんぞり返ったまま、力のない声で言う学院長オスマンに、一同は一瞬唖然となる。
しかし、コルベールはひるまずに声を張り上げた。
「オールド・オスマン! 真面目に答えて下さい! 学院はなくなるんですか?」
「ああ、本当じゃよ。昨日、王政府からの使者が来てな。『トリステイン魔法学院は廃校となる』と通達を渡された。まあ、当然じゃろう。誰も魔法が使えない魔法学院なんて、あるだけ無駄だからな」
「ば、ばかな……そんな、それじゃ私たちはどうなるんですか?」
「全員解雇。やむをえん」
「生徒たちは!?」
「全員家に帰ってもらう」
「そ、そんな……生徒たちはいいとして、私たちはどうすればいいんですか!?」
「どうするもこうするもないだろう。どこかの学校に勤めるなり、別の仕事を探すなり、好きなようになさい」
オスマンは他人事のように言った。
「そんな……魔法が使えないメイジなんて、どこが雇ってくれるというんですか……」
「わしに言ってもどうにもならん。わしは隠居させてもらうとするかの。もう、ほとほと疲れた……わかったら、下がりなさい。……せめて最後に、閉校式でもやるか」
それだけ言うと、もう精も根も尽き果てたかのように、オスマンは口をつぐんでしまった。
あの好々爺ぶりが嘘のような、肩を落とした後ろ姿は無惨なものであった。



廃校の知らせは生徒たちにすぐに伝わったが、それほど大きな騒ぎにはならなかった。
「ああ、来るときが来たか」とあっさりしたものだった。
魔法が使えなくなった時点で、いずれこうなることは心のどこかでわかっていたのかも知れない。
3日後、閉校式が執り行われた。
生徒も教師たちも、大部分が目はトロンとし、肩を落とした、まるで敗残兵のような体たらくになっていた。
教師たちは失業、生徒たちも、家に帰ったところで今までの贅沢三昧な暮らしは望めない。
こんな状態で放り出される。これでまともな状態でいられたら、むしろ異常だ。
だが、コックやメイドなどの使用人、そして才人だけが明るい顔だった。
「……では、続きまして、コック長のミスタ・マルトーよりご挨拶です……」
司会役のコルベールが、力のない声で言う。マルトーが壇上に上がった。
「よう、元貴族のドラ息子、バカ娘どもよ。どいつもこいつも、負け犬みたいな顔しやがって」
いきなりの嘲笑混じりの言葉に、誰も怒る者はいない。
怒ったところで、どうにもならないのだから。それ以前に、もう怒る気力もない。
「そりゃそうだよな、魔法が使えないメイジ、それにもう貴族じゃないから、ただのガキだもんな。ずいぶんといじめてくれたけど、これでお別れだ。今更言うまでもないと思うけど、はっきり言わせてもらうよ。俺はお前らのことが大嫌いだよ。理由なんて言うまでもないだろ? 本当に、食事に毒入れて、何度殺してやろうと思ったか知れない。でもお前らは自分でだめになった。まあ、今まで好き勝手放題やってきたツケが回ってきたんだな」
マルトーは穏やかな笑みで罵倒し続ける。
「俺たちの心配はいらない。食堂を、民間払い下げでレストランとして使わせてもらえることになった。使用人連中は、みんなそこで働くことになったから。いずれ開店するから、食えなくなったら来いよ、掃除や皿洗いくらいならさせてやるし、まかないの食事も出してやるからさ。俺、ついにオーナーシェフか……田舎のみんな、ぶったまげるぞ。あ、お前らには関係ないか。以上だ」
マルトーは満足げに壇を降りる。生徒たちの中には、惨めさと悔しさのあまり泣き出す者もいた。
閉校式が終わり、生徒たちは荷物をまとめ始めた。
暇になった才人は、学院内をぶらぶらしていた。
ルイズの帰り支度を邪魔しないよう、気遣ってやったのだ。
手伝おうかと思ったが、今自分がいても邪魔なだけだと思い、席を外すことにした。
「お、キュルケ。帰り支度は?」
同じようにぶらぶらしていたキュルケに出くわした。
「もう終わったわ。もう見納めだから……よく見ておこうと思って」
キュルケはいつになく寂しげな目をしていた。
「キュルケ、これからどうする?」
「ゲルマニアに帰って……それから考えるわ。サイトは?」
「俺はここで働くよ。ここで雇ってもらえることになったからさ」
「ふーん。それにしても、ルイズはどうなるのかしら?」
「ルイズ? 元公爵令嬢で、今でも十分金持ちなんだから、それなりにやっていくんじゃないか?」
キュルケと別れて部屋に戻ると、ルイズが荷物をまとめ終えたところだった。
「もう、行くのか?」
「明日、出るわ」
気の入っていない声でルイズが言う。
「そうか。これでお別れだけど、まあ、しっかりやれよ」
「……」
少しの沈黙を置いて、ルイズがつぶやいた。
「……そういえば、あんたのそのルーン、まだ消えてないのね」
「ん? そういえば……」
左手にある使い魔のルーン、ガンダールヴのルーンがまだ消えずに残っていることをすっかり忘れていた。
「なぜだ? もう魔法はないはずなのに」
才人にも理由がわからず、首をひねるしかなかった。
「まあ、俺メイジじゃないし、関係ないか」
「それよりサイト、もうこれで元の世界に帰れる道は完全に断たれたのよ。辛くないの?」
「俺? 今更ジタバタしたってどうにもならねえだろ。ここに根を下ろして生きてくしかないじゃないか」
「……気の毒したわね、サイト」
ルイズからの謝罪の言葉に、才人は驚いた。
「どうしたんだよ、いきなり」
「こっちの勝手な都合で呼び出して、その上、もう帰れなくしちゃって……」
「魔法が消えたのはお前のせいじゃないだろ。それよりお前、これから大変だな」
「ううん、これでいいのよ。ものは考えようよ。もうみんな魔法が使えないから『ゼロ』と呼ばれることもないし、貴族の誇りなんて下らないものに縛られなくていいんだし」
開き直ったように笑って言うルイズの言葉が、たまらなく痛々しかった。



廃校となった学院から、一人、また一人と生徒が去っていく。
その一方で、払い下げられて新装開店することになったレストランの準備に、才人や、ウェイトレスになったシエスタ、使用人たちは追われていた。
「花はこの辺でいいですか?」
「もうちょっと右」
「ここをもう少し広くしよう。お客さんが歩きやすくなる」
「オーナー、この下ごしらえのチェックお願いします」
「……よし、いいだろう。この味でいこう。デザートは?」
「全てOKです!」
「よーし、千客万来、間違いなしだぜ!」
厨房、ホールは活気に満ちていた。



学院からトリスタニアへの道すがら、とある農村。
「ここは、俺たちの畑なんだ! もう貴族に作物を納めなくてもいいんだ」
「うれしい! 精一杯守っていこうね!」
農民……元平民の一家が泣いて喜んでいる。
温かい土を握り締めて。
女王アンリエッタが、蜂起軍の要求を呑み、発令した勅令によっていわゆる『農地改革』が行われた。
地主=元貴族が保有する農地は、王政府が強制的にただ同然の安値で買い上げ、これまたただ同然で小作人である元平民に売り渡された。
他ハルケギニア諸国でも次々に行われ、あっという間に8割余りの農地が元貴族から元平民のものになった。
「ちくしょう! おかげでこっちは家とわずかな土地しかなくなった! 作物は全部平民どもに返しちまったし、おかげでスッカラカンだ! 恨むぞ、女王め!」
喜ぶ一家を遠巻きに、地主だった元貴族が恨み言を吐いていた。
その別の方向では、別の元地主の元貴族が5、6人の元平民とおぼしき男たちに袋叩きにされている。
「よくも俺たちを今まで虫ケラ扱いしやがって!」
「俺の兄貴をよくもやったな!」
殴られ、蹴られ、もう抵抗する気力もないのか、元貴族はされるままになっている。
それを横目で見ながら、学院を出た生徒たちの集団はとぼとぼと荷物を持って歩いていく。その中にルイズ、キュルケ、ギーシュもいる。
生徒たちは不安にとらわれていた。
家に帰れば、どうなるんだろう、私たちは。
もう土地は大部分を失っているはずだ。今までの暮らしはできない。
それだけならともかく、平民たちは私たちをどうする気だろう。
村八分? それだけならまだいい。あんな風に袋叩き? リンチ?
考えただけでも寒気がする。
すくむ足をぐっと踏みしめ、生徒たちの集団は道を歩いていった。
後の話であるが、その翌年のハルケギニア諸国の農業は、自作農の誕生による生産意欲の向上、加えて恵まれた天候により、前年度が嘘のような大豊作だったという。
大豊作には、もう一つ理由があった。
だがそれが始まるのは、もう少し後のことである……。



[17265] ハレルヤ! 魔法が消える日 訣別(5)
Name: 宇田川城重◆7282826f ID:a0fc354e
Date: 2010/03/13 13:00
魔法が消えた。
貴族も消えた。
平民は解放された。
平民の境遇は天と地の差で改善された。
だが、何ごともいいことばかりではない。
『元貴族お断り』
『豚と元貴族入るべからず。訂正、豚は許可』
こんな張り紙が、トリスタニアのあちこちの店に貼り出された。
元貴族が街を歩けば、『正義の制裁』の名の下に元平民から暴行が加えられるなど、陰湿な元貴族への嫌がらせが相次いだ。
そして、あちこちで貴族への『処刑』が始まっていた。
「ギーシュ坊っちゃん、良く帰って来られましたねえ」
元平民のリーダー格の少年が言う。
故郷に帰ってきたギーシュを、少年たちが取り囲んでいた。
「……帰ってきて悪いか!」
「いいえ、帰ってくればどうなるか、それをわかってて帰ってきた。その勇気をほめているんですよ。……貴族制度の廃止、そんなものじゃ俺たちの怒りは収まらないんだ!!」
言うが早いが、少年の右の拳がギーシュの頬に飛んだ。
鈍い音がした。
ギーシュはもんどりうって倒れた。
「うっ、うう……」
「さあ、次は誰だ? たっぷり今までのお礼してあげないとな」
「よし、俺がやってやる!」
太めの少年が前に出てきた。
「ギーシュ! 決闘だのなんだの言って、よくもいじめてくれたな! 食らえっ!!」
連続して、ギーシュの顔に拳を叩き込んだ。
「この野郎!! この野郎!! この野郎!!」
「代われ、今度は俺だ!! うおーっ!! よくも散々俺をバカにしやがって!!」
かつての取り巻き……というより使い走りだった少年が、ギーシュを力の限り殴った。
ギーシュを延々と殴り続けた少年たちは、大笑いしながら去っていった。
「……うう、ひどい……こんな、こんなことって……」
ボロボロに打ちのめされ、泥まみれになったギーシュは、痛いというより、惨めさに涙した。
「元貴族というだけでこんな目に会うなんて……理不尽すぎる……僕も……もしかして……こんなことをしてきたのか!?」
今頃気がついたところで、もう後の祭りだった。



肉体的な暴力の『処刑』だけではない。
精神的暴力での『処刑』も起きていた。
「貴族は出て行けー!」
「出て行けー!!」
「出て行けー!」
「出て行けー!!」
群衆のシュプレヒコールが、大音響となって響く。
「無能な統治者などいらない! 今すぐ出て行けー!!」
「出て行けー!!」
「出て行けー!」
「出て行けー!!」
元平民たちが集団を組んで、ヴァリエール家の屋敷を取り囲んでいた。
集団が手に持ったプラカードは、『ヴァリエール家は全員死刑』『無駄飯食らい』『税金泥棒の貴族』『バカ娘を身売りして賠償しろ』など、毒々しい言葉のオンパレードとなっていた。
ヴァリエール一家は、がらんとした広間で、耳をふさいで震えていた。
使用人は連名で「今日限りお暇を頂きます」との退職願を残して、全員去っていった。
退職金の現物支給と称して、断りもせずに飾ってあった骨董品、宝石類を根こそぎ持ち去っていった。
「……みんな、恩知らずよ。今まで、誰のお陰で生活できたと思ってるのよ……」
家に戻っていたルイズが苦々しげにつぶやく。
次姉カトレアをかばうように後ろから抱きしめながら。
「あいつらこそゲスよ。簡単に裏切るなんて」
「使用人も、平民も、誰も彼も卑怯者よ!」
長姉のエレオノーレ、母のカリーヌが吐き捨てた。
「耐えろ、耐えるんだ……」
ヴァリエール元公爵は、妻子たちに静かに言い聞かせるしかなかった。
元公爵も身を裂かれるような屈辱を感じていた。
爵位はなくなり、領地は大部分を失い、政治などの公職からも追放され、残った蓄えで生活している状態だった。



トリステイン魔法学院の食堂だった、レストラン『ベル・エキップ』は華やかに開店していた。
古語で、『良き友』という意味である。
店は村落から離れているが、遠くからわざわざ食べにきてくれる客がいる。
旅人たちが立ち寄る、いわば旅の休憩所としての役割も果たしていた。
滑り出しは好調だった。満員御礼とまではいかないが、客足は悪くなかった。
開店して数日たったある日の閉店後、コルベールが土下座してマルトーに頼み込んでいた。
「お、お願いします! 私を使って下さい!」
落ちぶれたとはいえ、元は貴族。貴族が平民に土下座するとは、数ヶ月前までは天と地がひっくり返ってもありえないことだった。
「おいおい、本気かよ?」
マルトーは、驚きを隠せなかった。閉校式の挨拶で、「食えなくなったら来い」とは言ったが、まさか土下座までしてくるとは思わなかったのだ。
「はい。私には行く所がないんです! 行く所が……」
「だからって、本当に来ることはないだろう。冗談抜きに、住み込みで皿洗いくらいしかさせられないぜ。給料もあまり出せないぞ。それでもいいのか?」
「はい! それで十分です」
「……いいだろう。じゃあ今日から入って」
「オーナー、どうも……ありがとうございます!!」
「サイト、指導係頼む」
「へい! じゃあこっち来て、コルベール先……いや、コルベールさん」
「は、はい……」
才人に連れられ、コルベールは厨房へと入っていった。



コルベールのように、元貴族で職に就けたものはごくわずかだった。
元貴族、メイジで失業者が多数発生した。
そして、元貴族への嫌がらせ、差別は深刻化していた。
それらはすでに王政府の知るところであった。アンリエッタ女王は、元平民に「復讐はやめよう」と懸命に呼びかけたが、焼け石に水だった。
痛めつけられ続けてきた者たちに、「今までのことは水に流しましょう」と言っても無駄なこと。
おためごかしの言葉や理屈などでは、恨みは終わらないのだ。
このままでは、追い詰められた元貴族と元平民の間でまた争いが起こる。
貴族ではなくなった重臣たちを交えて、策が討議された。
だが、まだ貴族気分が捨て切れず、それでいて平民からの復讐を恐れ、逃げる算段しか考えていない重臣たちに、妙案などあるはずがなかった。
しかし、思わぬところで妙案を思いついた者がいた。



トリスタニアで食材を仕入れるために、才人とシエスタは馬車で移動していた。
王政府から払い下げられた、使い古しの馬車であった。
「コルベールさん、惨めなもんだよな」
「ちょっとかわいそうですね」
「でも仕事がないんだから仕方がないだろ」
「そうですけど……」
「元貴族に平民は散々苦しめられてきたんだ、どこも雇ってなんかくれないよ。コルベールさんは、オーナーのお情けがあったから雇ってもらえたんだ」
貴族やメイジが大量に失業していることが、新しい社会問題となっていることは二人とも知っていた。
決してこれは他人事ではない。
もし、破れかぶれで平民に復讐のまた復讐をしてきたら。
いつまでもいたちごっこになって恨みは尽きることはない。
政治に参加する機会が元平民にも与えられた以上、自分たちもどうすればいいかを考える必要がある。
これ以上、不毛な争いを起こさないためにも。
そのための案はないものか。
考えながら、何気なく平原を見回してみる。人の手が入っていない荒れ地だ。
その時、才人の頭の中に何かがピカッと光った。
「あった……」
才人は、いつか学校の歴史の授業で習ったことを思い出した。
昔の日本では、明治維新で武士たちは職を失った。そこで元武士、いわゆる士族のために主に北海道で開拓が行われた。
このトリステインで同じことはできないか?
元貴族、メイジたちに開拓の仕事をさせるのだ。
この広い空き地を畑にすれば、わざわざトリスタニアまで仕入れに行く手間が減って、一挙両得ではないのか。
「すごいこと、思いついたぜ」
「え?」
「実は……」
才人はシエスタに、自分の考えを話した。
「なるほど! それは名案ですね! 元貴族の人々も、仕事に就ければ生活に困ることもないし、争いもなくなりますね」
シエスタは歓喜の声を上げる。
「トリスタニアに着いたら、アンリエッタ様に提案してみよう」
「そうですね。この案をお持ちすれば、アンリエッタ様は会って下さると思います」
二人の馬車は、トリスタニアへの道を軽快に進んでいった。


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