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03月12日(金)11時30分 更新
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ニッポン食材風土記 完全養殖・近大マグロ

「日本の養殖マグロの消費量は年間3000tで、天然ものの稚魚を年に20万~30万匹獲っている計算。だから完全養殖で30万匹が目標です」と熊井さん

当初から研究に携わっていた現近畿大学水産研究所長の熊井英水さんは、完全養殖達成までの苦労を克明に覚えている。

1979年、初めて畜養マグロが生け簀で卵を生んだが、孵化した稚魚は47日で死んでしまった。その後も数十日で死ぬことが続いた揚げ句、83年から11年間は卵を生まない年が続いたという。

「実は今でも毎年は生みません。ここは黒潮と伊勢からの冷たい海流が混ざり、1日のうちに水温が急変する。それが良くないと分かってきたのは最近です」(熊井さん)。

マグロの稚魚の生存率が低い理由は複数ある。まず、孵化後の数日間は浮上死の危険がある。孵化後1カ月は陸上水槽で育つが、エアーポンプから出る水泡の流れに乗って水面に浮いたまま下りられなくなるのだ。それがなくなると、夜の間に動きを止めて水槽の底に沈んで死ぬものが出る。さらに、孵化後2週間もすると共食いを始める。成長が速い分多くのエサが必要で、自分より成長の遅い仲間を食べるのだ。

さらに成長が進むと、衝突死のリスクが出てくる。成魚に比べ胸ビレや腹ビレの発達が遅れているため速度のセーブがきかない。そのため生け簀の壁に当たって死んでしまうのだ。その衝撃の大きさは、工事用の青いシートを突き破るほどだという。

熊井さんらは、共食いを防ぐためにエサやりの回数を増やしたり、衝突死を防ぐため、生け簀を大きくするなど様々な工夫を重ねた。その結果、孵化後1カ月の生存率は3~5%、その後1カ月間の生存率は50%に上がったが、大量生産を実現するにはさらに上げる必要がある。

もっとも、明るい材料もある。現在は大島で稚魚を年間3万尾生産しているが、陸上水槽が最近できた奄美実験場が本格稼働すれば、年間6万尾の生産が可能になる。また、昨年12月には稚魚を初めて養殖用種苗として業者に出荷した。近大マグロをより大量に育て、供給できる可能性が広がった。

「脂もの」好きの日本人の好みに合うだけでなく、安全性が高い近大マグロは、食の安全性が重視されている今、飲食店もぜひ注目したい食材だ。

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