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イタリアの第1回バザリア学術賞が『ルポ・精神病棟』の著者、大熊一夫氏に

三井マリ子2008/06/26
「イタリア精神保健改革の父」と称えられる精神科医、フランコ・バザリアの名を冠した「バザリア学術賞」の第1回受賞者に、『ルポ・精神病棟』で知られる日本人ジャーナリスト、大熊一夫氏が選ばれた。バザリアは半世紀も前に「精神病院は治療に不適切」と主張、イタリアでの精神病治療に大きな足跡を残した。
イタリア 人権 NA_テーマ2
 6月24日、イタリアのフランコ・バザリア財団(理事長、サッサリ大学教授マリア=グラツィア・ジャンニケッダ氏、事務局ヴェネチア県)は、ジャーナリストで元・大阪大学大学院教授の大熊一夫氏に、「イタリア精神保健改革の父」バザリアの名を冠した第1回バザリア学術賞を授与した。

イタリアの第1回バザリア学術賞が『ルポ・精神病棟』の著者、大熊一夫氏に | 賞金2万ユーロの小切手を受け取った大熊一夫氏(右)と、左からバザリア財団理事長、同副理事長、ベネチア県文化担当副知事。
賞金2万ユーロの小切手を受け取った大熊一夫氏(右)と、左からバザリア財団理事長、同副理事長、ベネチア県文化担当副知事。
 授賞式と関連セミナーは、同日午後4時から7時半まで、ヴェネチア本島から船で10分ほどのサン・セルヴォロ島(San Servolo)にあるバザリア・ホールで行なわれた。

 「バザリアの見通した人権と精神保健」と題する記念セミナーでは、ヴェネチア県知事、同市長、精神科医、患者などに加え、受賞者の大熊一夫氏が熱弁をふるった。

イタリアの第1回バザリア学術賞が『ルポ・精神病棟』の著者、大熊一夫氏に | <center>バザリア・ホールいっぱいの聴衆。</center>
バザリア・ホールいっぱいの聴衆。
 およそ200人の聴衆が熱心に耳を傾ける中、大熊一夫氏は、「イタリアと日本:民主主義国家における精神医療施設の夢と悪夢」と題する講演をイタリア語でおこなった。講演後、あるイタリア人は、「聞いていて涙が出てきました」と言って駆け寄ってきた。

 フランコ・バザリア(1924年生まれ、1980年没)は、イタリアの精神保健改革の先駆者といわれる精神科医。「精神病院は治療に極めて不適格」と今から半世紀も前に主張した。彼の業績を記念したフランコ・バザリア財団(出資はバザリアの生まれ故郷ヴェネチア県)は、昨年「バザリア学術賞」を創設し、世界から受賞者を公募した。

 この賞は、「申請者の国において申請者の国の言葉で出版する」ことを条件に、バザリアの業績についての調査研究を助成するのが目的。大熊一夫氏は、これに応募し、米国のイェール大学、バークレイ大学、オーストラリアのウオロンゴング大学等の研究チームと競って、単独応募で第1回の受賞者に選ばれた。賞金2万ユーロ(約350万円)が、この日の授賞式典でヴェネチア県から小切手で大熊氏に贈られた。

 財団のイタリア人審査委員会は、大熊氏の申請書から先進国の中で日本だけが極端な精神病院中心主義なのを知って、イタリアの精神保健改革に関する本を日本で出版する意義は大きい、と判断した。同氏が38年前に書いた『ルポ・精神病棟』(朝日新聞社刊)が累積約30万部出版されたこと、過去20年間、幾度か改革の中心地トリエステなどを訪問して新聞や雑誌等に記事を書き、その記事がもとでトリエステを訪れた日本人が1,000人を超えたことなども勘案され、審査委員の全員一致で選ばれた。

 大熊氏によると、イタリアは単科精神病院をなくした世界唯一の国とのこと。精神病院廃止を決めた180号法は「バザリア法」と呼ばれ、1978年5月に施行された。改革が始まって、今年でちょうど30年になる。

 授賞式の行われたサン・セルヴォロ島も、改革前は精神病の人々を隔離収容する島だった。しかし、いま、病院は完全に消滅した。その建物は改装され、ヴェネチア国際大学と国際会議場の島に生まれ変わった。

イタリアの第1回バザリア学術賞が『ルポ・精神病棟』の著者、大熊一夫氏に | <center>サン・セルヴォロ島の精神病院博物館。</center>
サン・セルヴォロ島の精神病院博物館。
 サン・セルヴォロ島の一角は、「精神病院博物館」として残されている。そこには、治療の名のもとに使われた器械、体を縛るさまざまな道具、さらには“研究”に使われた患者の脳や頭蓋骨などが保存・展示されている。

 同島から1kmほど離れたサン・クレメンテ島も、精神病隔離の島として使われていたが、こちらは何と5つ星ホテルになった。これら2つの大収容所が消えた今日、これに代わる地域精神保健サービス網が、ヴェネチア県各地で展開されている。

 かつて約12万人を収容した「マニコミオ」と呼ばれる公立単科精神病院は、1998年末でイタリアからなくなった。イタリアの人口は約5,600万で、日本のほぼ半分だから、日本に置き換えれば日本の精神病棟の24万床が日本社会から消えたことになる。因みに、現在の日本の精神病棟は約34万床だ。

 大熊氏によると、イタリアの特色は、精神病院を廃止した後、治療する場の軸足が精神保健センターに移った点。診療・往診は当然のこと、人間関係の修復・住居の確保・就職斡旋・楽しみの開発など、「当事者の人生丸ごとを視野に入れた支援」だ。重い精神病の人々も病院を使わずに支える、というポリシーが見どころ。改革の中心はバザリアが働いていたトリエステだが、今世紀にはいって、改革はイタリア全土に広がる勢いだ。

 大熊氏は、次のように述べて、記念講演を結んだ。「地域精神保健サービスは、自治体単位でなら欧米にみられます。しかし、改革が国単位で行われたのはイタリアだけです。WHO(世界保健機関)もイタリアの改革を高く評価しています。一方、日本はいまだに私立精神病院を中心とする収容主義です。この要塞を、どうやったら突き崩せるか。公的責任を土台にしたイタリア精神保健改革の成功例は、私たちを勇気づけてくれます。バザリアが火をつけたイタリアの精神保健改革に関する本を、日本において出版することは、私立精神病院中心主義への戦いのための、強力な武器になるでしょう」。
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[36032] 第1回バザリア学術賞を読んで(修正版)
名前:奥野憲二郎
日時:2008/07/30 02:15
「アマデウス」という映画を見たことがあります。
最初のシーンは動物のように鉄格子に収監されている患者たちのいる精神病院の中です。
そこに懺悔を聞くために訪れた神父に向けてモーツアルトを死に追いやったサリエリの回想が始まります。
神へ挑戦した罰なのでしょうか、サリエリの収監されている病院は悲惨そのものです。
大熊氏への第1回バザリア学術賞を授与会場となった、サン・セルヴォロ島の精神病院とはきっとサリエリが収監されたような劣悪な環境の病院だったのでしょう。
でも現在、そのような病院をして精神病院をイメージするのは現実とはかけ離れていると思います。
私は精神障害の息子を持つ一父親です。
講演の後、あるイタリア人は、「聞いていて涙が出てきました」と言って駆け寄ってきた、と記事は語っていました。
そのイタリア人とはどのような方だったのでしょうか?
よほど酷い病院に家族が閉じ込められていたのでしょうか?
私は記事を読んでそのイタリア人とは正反対に暗澹たる気持ちになりました。
息子が病院を追い出される日がくるのだろうか? そう思ったのです。
かつて学生時代に家庭教師の経験のあった私はこれまでで最も大切な生徒、「息子」の教育に励み、某大学に入学させることができました。
しかし全寮制の学校を訪れてビックリしました。息子は骨と皮にやせこけているではないですか。
一人では勉強はおろか、食事さえも出来ない人間であることが判明したのです。
それから家族との壮絶な戦いが始まり、息子は暴力を振るうようになり、度々警察のお世話になり始めました。
家族崩壊の一歩手前、私は息子と刺し違えようかと、思いつめて気持ちにさえなったのです。
そんな時、救いの手が伸びてきました。
ある精神病院の閉鎖病棟に入院できたのです。
その病院の先生も看護師も本当に人間性溢れる良心的な病院でした。
今では息子は時折の外出を楽しみに、閉鎖病棟の中で平和な気持ちで治療に励んでいます。
でも学生時代の寮生活でも分かるとおり自活は絶対に出来ません。
可哀想なことですが、怖い体験をした家庭に戻りたいとは一言も言いません。
またグループホームこそサン・セルヴォロ島の萌芽を含んでいると私は思っています。
入院生活には大きな社会保障費が充当されていることは、勿論分かっており、世間様には大変なご迷惑をお掛けしており、申し訳ない気持ちです。
この論文の反響が私たちのような状況にある家族(世間の目を憚って生きている私たちは団結して運動を展開することはできない、弱い集団です)を再び地獄のような生活に追いやられるのではないか、と危惧しています。
[36000] 第1回バザリア学術賞記事を読んで
名前:奥野憲二郎
日時:2008/07/28 11:21
「アマデウス」という映画を見たことがある。
その映画は動物のように檻の中に収監されている、精神病患者たちの悲惨なアップシーンから始まった。モーツアルトを死に追いやったサリエリが(神の罰を受けて)晩年を過ごした精神病院でモーツアルトへの回顧が始まる。
大阪大学大学院教授の大熊一夫氏への第1回バザリア学術賞を授与会場となった、サン・セルヴォロ島の精神病院とはきっとサリエリが収監されたような劣悪な環境の病院だったのだろう。でも現在、そのような病院をして精神病院の代名詞とするのは現実からかけ離れている。
私は精神障害の息子を持つ一父親である。
大熊氏の講演後、あるイタリア人は、「聞いていて涙が出てきました」と言って駆け寄ってきた、と記事は語っていた。そのイタリア人とはどのような方だったのだろう?
私はその記事を読んでそのイタリア人とは正反対に暗澹たる気持ちになった。
息子が病院を追い出される日がくるのだろうか?
かつて学生時代に家庭教師であった私はこれまでで一番重要な生徒、「息子」の教育に励み、九州の某大学に入学させることができた。
しかし全寮制の学校を訪れてビックリした。息子は骨と皮にやせこけている。一人では勉強はおろか、食事さえも出来ない人間であることが判明したのだ。
それから家族との壮絶な戦いが始まり、息子は暴力を振るうようになり、度々警察の世話になり始めた。家族崩壊の一歩手前、私は息子と刺し違えようと、思いつめて気持ちにさえなった。
そんな時、救いの手が伸びてきた。ある精神病院の閉鎖病棟に入院できたのだ。
医者先生も看護師も本当に人間性溢れる良心的な病院であった。
今息子は2週間に一回の外出を楽しみに、閉鎖病棟で平和な気持ちで治療に励んでいるが、自活は絶対に出来ません。怖い体験をした家庭に戻りたいとは一言も言いません。またグループホームこそサン・セルヴォロ島の萌芽を含んでいると私は思っています。
入院生活には莫大な社会保障費が充当されていることは、勿論分かっており、世間様には大変なご迷惑をお掛けしています。
大熊氏の論文の反響によって、私たちのような状況にある家族(私たちは世間の目を憚って生きていますので、団結して運動を展開することさえできない、弱い集団であり、多くは高齢化しています)を再び地獄の生活に追いやられることを心配しています。
大熊さん、どうぞよろしくお願い申し上げます。
[35512] 収容主義は精神科病院だけではないのですが。
名前:白城武明
日時:2008/07/03 21:08
イタリアを始め、欧米で、精神科病院を廃止して、在宅化を勧める
というのは、医療だけでなく、福祉分野にも広がっています。
しかし、日本では、療養病棟や介護福祉施設等、どちらかというと
収容主義を取っています。以前は、施設に預けることを「姥捨て」
と称したこともあります。また、安易に病院に預けた結果、病院
に寝たきり老人があふれるという結果にもなりました。
北欧の福祉政策を学ぶのもけっこうですが、収容主義から在宅化
ということは世界の流れでもありますので、厚生省による療養病
棟の縮小・廃止というのも、同じなのです。
どうもそれを別々のものとして、結果的に収容主義を推し進める
風潮が強いように思われます。
[35349] おめでとうございます!
名前:植松昌枝
日時:2008/06/29 13:10
大熊さん、受賞おめでとうございます。日本だけでなく、世界に羽ばたいている大熊さんを見ていると元気がでますし、刺激を受けています。日本はまだまだ福祉という面で遅れているというか、本当の福祉、やさしさ、人として生きるためには何を尊重されなければいけないのか目がいきませんよね。募金をすること、ボランティアすることもひとつですが、他にももっと大切なことがあるような気がしています。
これからも、大熊さんのような方にどんどんお尻をたたいていただいて、何が大切なのか考えていかれたらと思います。またお話をお聞かせください。
ご活躍をお祈りいたします。
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