日本の先端医療をリードする京都大病院(京都市左京区)が激震に見舞われている。最近のインスリン事件や爆発物騒動など、この1年、事件が相次いで発生。更に医師同士のいさかいが法廷闘争に発展した。古都の名門病院は今や、さながらサスペンスドラマの舞台。「白い巨塔」に一体何があったのか。【広瀬登、橘建吾】
「要するに、おれをなめてたんだよ」。2月下旬、患者に「遺伝カウンセリング」などを行う遺伝子診療部の部長(50代)はこう吐き捨てるように言った。内部文書に名前が勝手に使われたとして、元副部長の医師に150万円の損害賠償を求め京都地裁に提訴した。
訴えられたのは京大の「医の倫理委員会」委員長。部下が同部で診療できるよう病院長に出す文書に許可なく部長の名前を書いたことが「なめた行為」とされ、逆鱗(げきりん)に触れた。
医師は「軽率だった」と偽造を認め「事務的な業務の大半は私が部長の代理としてやっていた。汗水垂らして働いていたのになぜ……」と唇をかみしめた。
◇
09年2月、2歳男児が死亡した心臓血管外科の手術に医療事故の可能性▽同年4月、女性大学院生の飲食物に睡眠薬を入れたとして30代男性眼科医が傷害容疑で逮捕▽今年2月12日、外来診療棟トイレで爆発物を装ったかばんが見つかり約500人が避難、威力業務妨害容疑で捜査--など、病院の目と鼻の先にある京都府警川端署は大忙しだ。
今月2日には高濃度インスリンによる低血糖発作を起こした入院患者の看護記録にウソを記入したとして女性看護師(24)が公電磁的記録不正作出容疑などで逮捕。事件を受け、中村孝志院長は「残念だ。時代背景とか若者たちの精神状況とか、いろいろ分からない点がある」と述べた。
◇
このほか報道機関などへの「タレコミ」や怪文書のたぐいは枚挙にいとまがない。信ぴょう性は不明にしろ、内部の人間しか知り得ない固有名詞が列挙された文書が病院の封筒で送られてくることも少なくない。
京大病院OBのベテラン開業医は「京大には一匹オオカミが多い。根回しに無縁で人間関係もドライ」と指摘。「最近の医師は子供のころ塾などで競争して育ち、相手をけ落とすことばかり考えているのでは」と京大病院に流れる独特の“空気”の原因を解説する。
医事評論家の水野肇さんも背景について、学力が高すぎるゆえに生じた「強すぎるお互いのライバル関係があるのでは」と推測。「学校の勉強ができるのが良い医者の条件ではない。バランスの取れた豊かな人間性が必要だ」と話している。
毎日新聞 2010年3月7日 大阪朝刊