経産省の産業構造ビジョンの報告書が、あちこちで話題になっている。昔、産業構造審議会の下請けをやった私としては「まだあんなことやってるの?」という感じだが、これを「裏読み」してみると、なかなか興味深い。
多くの人が評価するように、40ページまでの現状分析は、常識的だがよく書けている。特に日本経済の停滞という定性的な問題を官庁の統計で分析するテクニックは大したもので、ブログのネタにも使える。たとえば「日本の労働分配率は諸外国より高いので、所得再分配よりパイの拡大が大事」(p.7)とか、「グローバル企業とそれ以外の業種の一人当たり付加価値額が乖離しているので、ドメスティック企業の付加価値を高めることが鍵」(p.17)といった問題は当ブログでも論じたが、霞ヶ関も同じ認識のようだ。
問題は、そこからである。日本の事業コスト(特に法人税)が先進国で飛び抜けて高く(p.34)、企業の海外シフトが進んでいる(p.10)のだから、やるべきことは規制改革や減税によって事業コストを減らす――という話になるのかと思ったら、41ページから唐突に「ターゲティングポリシー」が出てくる。これが前段の分析とつながっておらず、脈絡なく「諸外国の産業政策」を列挙し、結論として「日本の将来を創る戦略分野」として20ぐらいの個別分野が出てくる。なぜこういうことになったのか、省内の会議を想像してみた:
経産省はターゲティング政策はもうやめ、流通やITゼネコンなどを整理して優雅に衰退させる「負の産業構造ビジョン」を立てたほうがいいのではないか。それは古い産業にロックインされた優秀な人材を成長産業に移す積極的労働市場政策とあわせて行なえば、結果的には成長率の向上にも寄与するだろう。
多くの人が評価するように、40ページまでの現状分析は、常識的だがよく書けている。特に日本経済の停滞という定性的な問題を官庁の統計で分析するテクニックは大したもので、ブログのネタにも使える。たとえば「日本の労働分配率は諸外国より高いので、所得再分配よりパイの拡大が大事」(p.7)とか、「グローバル企業とそれ以外の業種の一人当たり付加価値額が乖離しているので、ドメスティック企業の付加価値を高めることが鍵」(p.17)といった問題は当ブログでも論じたが、霞ヶ関も同じ認識のようだ。
問題は、そこからである。日本の事業コスト(特に法人税)が先進国で飛び抜けて高く(p.34)、企業の海外シフトが進んでいる(p.10)のだから、やるべきことは規制改革や減税によって事業コストを減らす――という話になるのかと思ったら、41ページから唐突に「ターゲティングポリシー」が出てくる。これが前段の分析とつながっておらず、脈絡なく「諸外国の産業政策」を列挙し、結論として「日本の将来を創る戦略分野」として20ぐらいの個別分野が出てくる。なぜこういうことになったのか、省内の会議を想像してみた:
課長補佐「成長率を上げるには、生産要素を流動化して企業の新陳代謝を進めるべきだという結論になったんですけど」かつての通産省のターゲティング政策が無意味だったことは今や世界の常識で、彼らが「育成」したコンピュータや航空機などの産業は壊滅した。しかし炭鉱や造船などの衰退産業をゆっくりつぶす不況カルテルは、産業構造の転換にともなう社会的コストを下げる効果があった、とポーターも評価している。経産省が成長産業を予想して当たった試しはないが、衰退産業は誰の目にも明らかだ。
局長「それでわが省は何をするのかね」
補佐「法人税の減税が有効かと」
課長「それは財務省の仕事だろ」
補佐「港湾と空港の規制改革・・・」
課長「それは国交省じゃないか」
補佐「解雇規制の緩和・・・」
課長「アホかお前は。民主党政権だぞ」
局長「昔から結論は同じなんだよ。10年前の産構審の答申を業種だけ変えて書き写せ」
経産省はターゲティング政策はもうやめ、流通やITゼネコンなどを整理して優雅に衰退させる「負の産業構造ビジョン」を立てたほうがいいのではないか。それは古い産業にロックインされた優秀な人材を成長産業に移す積極的労働市場政策とあわせて行なえば、結果的には成長率の向上にも寄与するだろう。
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コメント一覧
これはいいアイディアですね。成長産業を育てて「一山当てる」などという税金を使ったギャンブルはもうやめてもらって、これからは衰退産業に「安楽死」を与えるのが経産省の仕事になるわけです。
でも、意外と「ウチの業界を安楽死させてくれ」「いや、ウチの業界こそ衰退産業だ」という、「可哀相な人」の順位を巡る逆競争が生まれるかもしれません。インドの物乞いが自分で腕を切り落とし、「障害者」になることで時給が上がるのと同じ原理です。
でもまあ、ターゲティング政策よりはマシかもしれません。
経産省の局長の「それで我が省は何をするのかね?」という発言が実際になされた可能性は90%以上でしょうね。
でも、「昔から結論は決まってるんだ!」という発言がなされた可能性は極めて低いでしょう。
彼らは偏差値は高いので内心そう思っていても、たとえクローズドな場においてさえ、口が裂けてもそういうセリフは言葉にしません。
部下たちが空気を読んで、組織内の狭い半径での利益を温存する行動をとらざるを得ないように仕向けるのが、彼らのスキルですから。
官僚化した組織というのはそういうもので、池田さんがかつて属しておられた大組織でもそうだったのではないでしょうか。
>規制改革や減税―という話になるのかと思ったら
経済学が素人なんで政策や手法の意味や効果はよく分からない上で言うのですが、前者は権力、後者は資金の低下があるとしたら方法論以前に、政治家や官僚が自身達の旨味が減る(=既得権益の保持と税金の無駄遣いができなくなる)恐れがある改革・改善内容に積極的に賛同したり受け入れたり、また自ら自発的に提案・立案するだろうか?という風に感じます。
現在の政治における諸問題は精神性レベルまで関わる非常に根深い問題に見えますが、それでも詰め将棋的に攻めて追い込んで行ければいつかは好転しそうですね。
もっと「産業構造の転換コストを下げる効果」に着目するようになるといいと思います。同様に雇用流動化議論もそちらに比重が置かれると受け入れやすい気がします。いきなり「今ここ」を変えると宣言すると既得権者からの反発が必至ですので、中間バッファを設けると。新しい成長市場では雇用流動化を推進するぐらいの政治的コミットメントがあってもいいのかなと考えたりもします。どうやって市場を特定するのかという問題がありますので、ここは法人税減税やその他規制緩和も含めた特区(物理的空間で区切るのも・・ですが、小泉政権の構造改革特区の時も似たような話があったような)でやったらどうでしょう。地方の工業団地構想レベルでは規模が小さいので、もっと大きなレベルでできるといいのですが。自ずと産業構造が変化していくレベルで。伝統的コミュニティを壊すなとお叱りをうけそうはありますが。
現在、経産省・環境省対外務大臣・副大臣で揉めている温暖化対策基本法について、どう思われますか?
排出権取引で揉めているようです。
過去にも排出権取引には否定的な記事を拝見していますが、民主党は導入したいようです。
産業政策はターゲティング政策では失敗しそうですが、ことエネルギー・環境問題となると市場原理ではうまくいかないようにも思います。同分野については電池やスマートグリッドなどにターゲットを絞って研究開発に補助をつけていくべきと思いますが、如何でしょうか?
この報告書は役所の物とは思えないほど、今の日本の問題点を明確に示していますね。で最後のターゲティング戦略は欧米に習ったものだと思いますが、それは世界的なエコバブルに繋がるでしょう。弾けたあとは先進国が財政破綻するような深刻な経済危機に直面するかも。勿論日本はその筆頭候補。
本来、例えば太陽光発電だけに政府がコミットするのは役にも立たなければフェアでもない。最適な発電方法をを見つけ出すのは、中央集権的な電力供給を止めて私企業が売電を可能にする規制改革でしょう。でも仕事を作る事が仕事である役所がそれをするはずが無い。
「部下たちが空気を読んで、組織内の狭い半径での利益を温存する行動をとらざるを得ないように仕向ける」とはまさにその通りですね。
ゾンビ産業を成仏させる仕事は価値があると思いますが、役所もまたゾンビなので上手く行くのでしょうか?少なくともゾンビが自分で自分の首を絞めてあの世に送ることは無いでしょう。
職責を考えると「現状分析は、常識的だがよく書けている。」とは思えない。嫌みだとは思うが評価が甘すぎるように感じた。
産業構造ビジョン("現状"と"課題")に書かれている"現状"やP.49, P.50といった理解は既に共通理解である。課題の概念モデルが価値だと思うが、それを示さずに、この文書に何の価値があるのだろうか、なぜそうしたレビューを受けずに世に出せるのだろうか、P.49, P.50の先(課題の概念モデル)を具体的に書けないことがそもそも問題だと感じた。
昨年の事業仕分けもそうだが、問題解決のアプローチの基本を理解しているのか疑問に思うことが多い。
事業仕分けは問題解決における"現状分析フェーズ"であったが、"構想フェーズ"にまで着手して成果を減らし、将来に負をもたらす可能性を残した。
今回の文書は産業構造ビジョンという方向性を示す"構想フェーズ"であるが、"現状分析フェーズ"止まりで新しい情報は無い。次に続かない。
私はターゲティング政策自体にすべて反対という意見はもたないが、この文書程度の問題解決能力であれば、ターゲティング政策には手を出さないでほしい。将来に負をもたらしたり、後続が動けなかったり、成長のボトルネックになるだけだ。
まずは文書をしっかりレビューする体制に改めて欲しい。