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社説

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高速道路―政策の理より選挙の利か

 税金で高速道路の建設を進める方向に、鳩山政権がかじを切る。あの「コンクリートから人へ」の政権公約に反する政策ではないだろうか。

 高速道路の料金を割り引く財源として高速道路会社に投入済みの税金3兆円を、道路建設にも使えるようにする。そのための法改正案を今国会に提出するという。

 3兆円は「休日上限1千円」などの値下げ策の原資である。ETC専用のインターチェンジ建設にも使うことが認められているが、法改正すれば高速道路の途切れている区間の建設や、渋滞緩和のための拡幅など、建設面での使途が一気に広がる。

 民主党は野党時代、高速道路会社に税金を投入して建設することを批判してきた。なのに自公政権のやり方を復活させようとしているようにみえる。

 政権交代後の昨年10月、自公政権がつくった補正予算を見直して凍結した上信越道や阪和道、長崎道など6区間の4車線化。それすらも再開を検討するという。これではコンクリート回帰といわれても仕方あるまい。

 建設に力を入れると、高速道路料金の将来の値下げに使うはずの財源も、やがて建設費に回され、料金が実質的に値上げとなる可能性もある。

 割引財源の建設費への転用を最初に政府に促したのは、民主党の小沢一郎幹事長だった。前原誠司国土交通相はこの要望に「我々が申し上げてきた道路整備と全く違う考え方」と反発した。だが結局は党側の圧力に押し切られた感がある。

 政府・与党内で夏の参院選をにらみ、「政策の理より選挙対策の利」が幅をきかせているように見える。

 改正案が通れば、高速道路建設費は国会のチェックがききやすい一般会計ではなく、高速道路会社の予算に組み込まれる。全額政府出資の道路会社の予算は事実上、政府の意のままだ。いまの民主党を見ていると、国民の監視の目が行き届きにくいところで、利益誘導のための道路建設が決まっていく恐れさえある。

 納税者が知らない間に巨額の税金がつぎ込まれていた、というような事態は絶対に避けなければならない。そういう事態を引き起こす可能性のある法改正には賛成できない。

 それにしても鳩山政権は、高速道路政策をどうしたいのか。今後、道路の維持管理費だけでも膨らみ続けるのに、新たな道路建設費用をいったい誰に負担させようというのか。

 国民の間にも反対意見が多い高速道路の無料化については、旗をおろそうとしない。その一方で道路建設への財源の転用を認め、料金の実質値上げも容認する。鳩山政権が推し進めようとしている高速道路政策は、支離滅裂なまでに迷走している。

東京大空襲―「戦略爆撃」という狂気

 65年前のきのう、東京の下町は米軍の爆撃で焦土になった。

 10万人が亡くなった東京大空襲だ。

 夜を選び、目標の周囲に火の手を上げさせ、逃げ場をふさぎ、その中に30万発の焼夷(しょうい)弾をたたき込んだ。火災による上昇気流で、重さ60トンのB29爆撃機が飛行中、600メートルも吹き上げられたという。犠牲になったのは女性や子どもたちを含む普通の都民だった。

 これを機に米軍は日本本土の軍事目標への爆撃から都市を丸ごと破壊する戦略爆撃に転換する。2日後に名古屋、その翌日は大阪、4日後に神戸。犠牲者は30万人に上ったという。

 20世紀になって戦争による民間人の死者が格段に増えた。ひとつの理由は、戦略爆撃が繰り返されたことだ。

 戦略爆撃は米軍が編み出した戦法ではない。1937年、ドイツ軍の空襲で1600人が殺されたスペイン内戦下のゲルニカが有名だが、さらに大規模な都市空爆は、日中戦争中の日本軍による重慶爆撃だった。38年から5年間で1万人以上が犠牲になった。

 空からの都市攻撃で敵国の戦意をくじこうとする作戦はその後、第2次大戦で多用され、ロンドンやドイツのドレスデンでも大変な犠牲者を出した。そして終戦直前、広島、長崎に原爆が投下され、言葉で尽くせないほどの惨状を被爆地にもたらした。

 重慶は国民党政権の臨時首都だった。爆撃のすさまじさはエドガー・スノーら米国の記者によって世界に伝えられたが、戦後の中国では被害者が声を上げにくく、彼らの体験が直接伝わるようになったのは近年のことだ。

 東京と重慶の被害者はそれぞれ日本政府を相手に集団訴訟を起こしている。重慶は爆撃した日本の責任を問い、東京は米国に対する補償の請求権放棄を問題にしている。東京の被害者も重慶にとっては加害国の一員だが、立場の違いを超えて連帯し、それぞれの被害の実態についてまともな調査すら行われていない現状を訴える。

 東京地裁は昨年末、東京大空襲訴訟での損害賠償請求を棄却したが、立法による解決を求めた。実態調査について「戦争被害を記憶にとどめ、語り継いでいくためにも、できる限り配慮することは国家の道義的義務」とした判決は重く響く。

 近年、精密誘導兵器の進歩で街中の標的をピンポイント攻撃することも軍事技術的には可能になった。とはいえ、おびただしい数の核兵器が今なお世界中に存在し、しかもそれが拡散する危険が強まっている。戦略爆撃を生んだグロテスクな思想は依然として過去のものになってはいない。

 65年前、東京で何が起きたか。誰がどう犠牲になったのか。被害を直視することは、今日の戦争と平和の問題を考えることにつながる。

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