「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」

河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学

2010年3月11日(木)

新卒“一括”採用は、やめられない?

敗者復活を阻む、私たちの価値観

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 人生は崖のようなもの――。安心だと思って歩いていた道のすぐ横には、実は絶壁の崖があり、その崖下に突然、一人だけ突き落とされることがある。みんなと一緒に崖の上を歩いているときには、遠くの景色も見えて安心できる。ところが崖底に落とされると、崖上ははるか彼方で、一人取り残されたと、絶望感だけが募っていく。

 だが、実際には崖底には美しい川が流れていたり、そこでしか咲いていない花があったり、崖の上で吹き荒れている風から身を守ることができたり、と、崖底でしか経験できない“いいこと”がたくさんある。それらを楽しみ、最悪だと思える環境を自分の味方にしてしまう感覚が、Environmental masteryなのだ。

 おいおい、そんなこと言ったって、そんなの無理でしょ? と突っ込みたくなるかもしれないが、Environmental masteryの高い人たちについて行われた研究からは、興味深いことがわかっている。

“崖底”は自分次第で“高台”に変わる

 Environmental masteryの感覚の優れている人の多くは、人生に対する態度がより愛情深く責任感があり、多様な年齢層の友人や知人と語りあい、ふれあう機会を大切にしていることがわかっている。そして、何らかの危機に遭遇しても、それをすぐに解決しようとするのではなく、ゆっくりと時間をかけ、その時間を決して無駄とは考えないという共通点が認められているのだ。

 崖から落ちた途端に、あわてて上に登ることを考えるのではなく、じっくりと崖底の環境で色々と試すことでEnvironmental masteryは高められるのである。

 早く解決しようとすればするほど、不安が強まり、上手くいかない事態に恐怖心を覚え、ヒステリックな状態になっていく。時間をかけて、多様な年齢層の人たちとふれあい、そこでしかできないことに一つひとつ取り組むうちに、新たな価値観が芽生えたり、自分の新たな面を発見したり、結果的に崖底が崖底じゃなくなって、見晴らしのいい高台に変わっていく。

 安定と不安定は常に背中合わせ。不安定なときだからこそ、できることも山ほどある。不安定な時間を存分に使うことが、安定への最大の近道なのかもしれないのだ。

 かつての日本を支えていた制度と新しい制度が入り交じる世の中だからこそ、Environmental masteryは高めておいたほうがいい。世間の価値観や常識を変えていくことは別次元かもしれないけれど、この感覚を高めておけば、どんな状況に遭遇してもつぶれたり、腐ったりすることはない。

 まあ、途中乗車すらできず、一人自転車をこぎこぎしている私に言われても、あまりうれしくないかもしれないけれど、不安定な自転車の乗り心地は決して悪くないものだ。

 自転車は風にも雨にも弱いし、自分でこぎ続けない限り前に進まないからそれなりの体力も必要となる。だが、晴れた日に気持ちのいい空気を思いっきり感じられる開放感は、電車に乗っていては決して味わうことができない。もし、万が一、崖底に落とされてしまったときには、時間をかけて自分の自転車に乗り換えるのも悪くないのではないでしょうか。

●以前の連載「ストレスで成長する!〜“元気力”のある“健康職場”を目指して〜」のバックナンバーは、こちらでご覧ください。

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著者プロフィール

河合 薫(かわい・かおる)

河合 薫保健学博士・東京大学客員研究員・気象予報士。千葉県生まれ。1988年、千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学非常勤講師、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。医療・健康に関する様々な学会に所属。主な著書に『「なりたい自分」に変わる9:1の法則』(東洋経済新報社)、『上司の前で泣く女』『私が絶望しない理由』(ともにプレジデント社)、『<他人力>を使えない上司はいらない!』(PHP新書604)


このコラムについて

河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学

上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。

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