現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 政治
  4. 国政
  5. 記事

密約追及38年 西山さん「全容、今も闇の中」(2/3ページ)

2010年3月10日1時22分

印刷印刷用画面を開く

このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真:「外務省が資料を出したのは革命的だが、これで終わりじゃない」。西山太吉さんの追及は続く=北九州市、藤脇正真撮影「外務省が資料を出したのは革命的だが、これで終わりじゃない」。西山太吉さんの追及は続く=北九州市、藤脇正真撮影

写真:1968年に作成された「東郷メモ」。核持ち込みについて、歴代首相や外相に説明した記録が書き込まれている=鬼室黎撮影1968年に作成された「東郷メモ」。核持ち込みについて、歴代首相や外相に説明した記録が書き込まれている=鬼室黎撮影

表:  拡大  

 西山さんは、外交機密を漏洩(ろうえい)したとして有罪判決を受け、天職と自負した新聞記者を辞めた。故郷の北九州市に戻って暮らしたその後の約30年を「形骸(けいがい)だった」と振り返る。00年に「議論の要約」が見つかって再び脚光を浴び、05年に名誉棄損で国を訴えたが敗訴。昨年には密約文書の公開を求め、再び提訴した。

 沖縄返還をめぐる密約にこだわり続けるのは、傷つけられた名誉を回復するためだけではない。密約が現在の日米関係にも影を落としていると考えるからだ。

 米軍再編にともなう在沖縄米軍のグアムへの移転計画では、06年に結んだ協定で日本は28億ドルを上限に、司令部庁舎や隊舎などの建設費を直接支出することになっている。「沖縄返還で米国に支払った金額に、積算根拠なんてなかった。今回も、同じ構図の『つかみ金』だ」

 有識者委員会は「『本土なみ』や早期返還の実現という要請のなかで、不透明な処理を余儀なくされた場合も少なくなかったであろう」などと、当時の社会状況を理由に密約に一定の理解を示した。

 西山さんの見解は異なる。「400万ドルを肩代わりしたなら、堂々と言えばいい。こそこそしたのは、沖縄をカネで買ったと言われたくない佐藤栄作総理の面目を保つためじゃなかったか。国益と政権益を混同したんじゃないか」

 密約関連文書は、01年4月の情報公開法施行前に、当時の外務省幹部が破棄を指示したとの証言がある。見つからなかった「議論の要約」も、処分された可能性がある。

 西山さんは「外交交渉の最中に過程をすべて明らかにしていたら、相手国と交渉できないという外務省の論理はわかる。だが、その記録を闇に葬れば、事後に誰も検証できない。それは民主主義にとって、あってはならないことだ」という。

PR情報
検索フォーム
キーワード:


    朝日新聞購読のご案内