「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

伊東 乾の「常識の源流探訪」

2010年3月9日(火)

原口ツイッターに「なりすまし」可能性はあるか?

――閣僚の「津波情報発信」と情報独立性&クロスメディア

1/6ページ

印刷ページ

 いやぁ、完全に参りました。先週土曜日の舘野泉さんのリサイタル、自作の初演に立ち会うことができなかったのです。理由は不意のアクシデントとケアレスミスでした。

 3月5日金曜日、出張先から戻ってきた空港で私のノートパソコンがクラッシュしてしまい、OS(基本ソフト)から立ち上がらないという状況になってしまいました。そのままその日は残りの打ち合わせ・ミーティングなどを済ませ、翌日、演奏会は「当然夕方以外にありえない」という意識で昼から仕事を始めました。

 急ぎのメールが10件ほど。岩波書店から週明け戻しのゲラが来ていたので、打ち出しして直しを始め、「午後7時からの本番にあまり早すぎてもいけないから午後5時半くらいに楽屋を覗こうかしらん。菓子折りか何かが必要だな、何がいいかな、マロングラッセにしようかな・・・」などと悠長なことを考えつつ、ネットで前回の自分の記事から予定の告知を見ると・・・。

 演奏会が14時(午後2時)から、とあるではないですか。青ざめました。すぐに準備して出かけましたが後の祭り。携帯電話でご連絡しながら、お詫びのために会場まで出向きはしましたけれど、結局、全部終わった後でした・・・。

 何よりもまず、演奏会関係者に申し訳なくて仕方なりません。初演してくださった舘野さんはもとより、主催者の皆さん、前回の記事構成をサポートしてくださったマネジメントの担当者さんなど、あらゆる人に申し訳なく、すぐにお詫びの電話やメールを入れましたが、何より悲しいのは作曲者として自分の作品の世界初演を聴けなかったことです。

 私は楽譜を紙に鉛筆で書いています。1つの理由は、データだと何かあった時にすべて消えてしまうからにほかなりません。商用音楽でパート譜を簡単に作れる、というような仕事の時には、楽譜浄書ソフトウエアを使ったこともありますが、自分の死後にも残ってゆくべき大切な作品は、中性紙で五線紙を自分でコピーで作って、鉛筆手書きで書いています。基本的にアコースティックの楽器で音楽を考えていますし、どこかメディアを信用していないんですね。それでも、予定の管理とかいろいろは、情報機器の便利さに頼ってそちらに流れる習慣が付ききっていました。もう長いこと、紙の手帳というものは使わなくなっています。それがこんな形で災いするとは・・・。わざわざこの演奏に立ち会うためにスケジュールを調整し直して東京に戻ってきたはずだったのに。後悔先に立たず、です。

 返す返す、関係者の皆様には心よりお詫びを申し上げます。

道具はまさに使いよう:Twitterもまた例外ならず

 今回はTwitter(ツィッター)を「とばくち」として、メディアの実名性とか匿名性とかを扱う内容の記事ということで、飛行機の中で1つ原稿を書き上げていたのですが、それも今クラッシュしたシステムの中なので、ハードディスクを取り出してなど作業するより新しく書いた方が私は速いので、今このようにして打ち直しています。

 前々回の私の記事「Twitter(ツイッター):新しい実名情報社会がやって来る」の表現で、「Twitterというメディアそのものがとても画期的で、それによって新しい実名情報社会なるものが自動的にやってくる」のだと、万が一にも誤解した方がおられたら、まずその訂正から始めねばならなさそうです。記事を注意深く読んでいただければ、プラスとマイナスの可能性を「両論併記」しており、これはサブタイトルにも「顧客プロファイリング」と記すなど、分かるようにしたつもりなのですが、誤解や誤読はいつでも起こりえるものと思いますので、重ねて強調しておきたいと思います。

 Twitterの技術そのものは、ネットワーク技術としてそんなに画期的なものではない、そこそこ陳腐化した技術だけを用いて、しかしむしろその使い方において、社会的な意味合いをよく考えて、巧妙に作った道具だと私は思います。「道具」の常として、よく用いればプラスになるし、悪く用いればマイナスになる。何もTwitter即「善」で、すべてが望ましいというわけでもないし、無論「即悪」で、悪い方向に流れるばかりとも思わない。



関連記事






Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント0件受付中
トラックバック

著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など


このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

⇒ 記事一覧

ページトップへ日経ビジネスオンライントップページへ

記事を探す

  • 全文検索
  • コラム名で探す
  • 記事タイトルで探す

日経ビジネスからのご案内