2007年5月27日
ふたを閉め、座布団を敷いた便器に腰掛け、抹茶をいただく。左には菓子の入ったわんが置かれる=稲沢市の河村さん方で |
古くからの農村集落の風景が存続している稲沢市の南部を中心に、家を新築するとトイレでお茶を飲む風習があると聞いた。新聞を読んだり、考え事をしたりという話はあるが、なぜお茶なのか。頭をひねりながら、家を新築したお宅を訪ねてみた。
昨年十月に自宅を建て替えたという稲沢市井堀中郷町の園芸業河村三朗さん(76)方にお邪魔した。まだまだ木の香りが漂う玄関で河村さんが出迎えてくれ、早速話を伺った。
「トイレでお茶を飲むというのは、この辺りに昔から伝わる“便所開き”と呼ばれる風習のこと」と河村さん。近所の人や親しく付き合いのある方々を呼んで、真新しい家のトイレで一人ずつ順番に抹茶とお菓子を振る舞うのが「便所開き」だという。新築した家の内覧会を兼ねて行うのだという。
なぜトイレで、との疑問に、河村さんは「お客をもてなす座敷は、家では格式の高い場所。トイレは格下だが、普段の生活では一日に何度も利用する場所。同じ家にありながら、格下に甘んじる便所の神様に、今日から住まわしてもらいます、とごあいさつする意味があるらしい」と説明してくれた。お願いすると、妻の●子(ひでこ)さん(72)を客に見立てて、昨年十月末の便所開きの様子を再現してくれた。
七年前、便所開きを取り上げたテレビのクイズ番組に登場した同市井堀下郷町の服部昌大さん(78)。そのとき、一緒に出演した僧侶は「高齢になっても自分の足でトイレに行けるように健康を願う風習」などと解説していたという。服部さんは「トイレは生活に欠かせない場所で、おしっこなどで体調変化も分かるから、新しい家に住む家族や便所開きに来る近所の人たちの健康保持を願う意味があるのでは」と推測する。
便所の神に感謝、健康保持…。何となくしっくりこない。そこで、河村さん宅の近く、浄念寺を訪ねると、桜井宣雄住職(68)が古老から伝えられている、こんな話を聞かせてくれた。
座敷に使われる木材は、お客があるたびに「どえりゃー、立派だな」などと褒めてもらえ、お客に出されたお茶や菓子の香りを楽しむ機会に恵まれる。一方、便所の材木は誰にも褒めてもらえず、ましてやお茶の香りなどかぐこともない。これでは同じ木材として、あまりに不幸。だが、便所の木材があってこそ家も完成する。こうした不幸な立場の木材たちに感謝し、お茶の香りをかいでもらうのが便所開き。
桜井住職の話は、妙に納得できた。木材一本にも心があるように接する気持ちが、古くから日本人にはあるのだろう。
ところで、健康保持との関係を尋ねると、桜井住職は「普通、便所では茶を飲みたがらないので、(便所開きのとき)飲ませるために、健康と結びつけたと聞いている」と教えてくれた。
多分、便所開きにはいろんな説があるのだろうが、基本は周囲への感謝の心だと理解できた。今日からトイレへ入る際、気持ちが改まりそうだ。 (小蔵裕)