名鉄瀬戸線の清水駅から旧道(稲置街道)を北に向かい、純米清酒「白龍」で有名な“白龍酒造”の前を右に折れ2筋目を左折(北上)すると立派な門構えの
久国寺の門前に行き着く。ここにあの『芸術は爆発だ!』の
岡本太郎の作った鐘がある。大阪万博の“太陽の塔”を思わせる棘の突き出た特徴のある鐘だ。”
歓喜”と名付けられ、「伝統的な梵鐘のスタイルを打ち破った昭和の大梵鐘」といわれている。制作年代は1965年(昭和40)、大阪万博の5年前である。
久国寺は、慶長年間(1596〜1615)長国守養が、徳川家康の守護仏“出世勝利開運聖観世音菩薩”を三河法蔵寺から受け、楠山久国寺を建てたと伝えられる。寛文3年(1663)に安祥長盛和尚の時、現在の場所に移り、名古屋城の鬼門除けとし、本丸の天長峰の名を取って天長山と改めた。また、城中の鳥芻沙摩明王を移して祭るようになったという。
*烏芻沙摩明王(うずさまみょうおう)金剛界曼荼羅(まんだら)の一尊。不浄を転じて清浄とする明王。形相には異同があるが、目は赤く、身は黒く、四臂で、火炎に包まれ忿怒の相を示す。主として安産または出産の不浄を払う効験を持つとされるが、密教、禅宗などでは便所の守護神とする。うずさま。うすしゃま。不浄金剛。火頭金剛。穢跡金剛。

久国寺門前

岡本太郎のデザインによる梵鐘“歓喜”

1