G2
G2G2
ノンフィクション新機軸メディアG2・・・・・・・・G2の最新情報をお届け!!「『G2メール』登録はこちら」ノンフィクション新機軸メディアG2・・・・・・・・G2の最新情報をお届け!!「『G2メール』登録はこちら」
G2

私の児童虐待
最終報告
高校中退以来、26年ぶりの父との対話

柳美里

真の感情を生きられなかった子ども

初公判の弁護人の被告人質問のときに、覚醒剤を使用した理由を訊ねられ、
「肉体的にも精神的にも疲れていました。わたしは他人に期待されると頑張りすぎるので、(覚醒剤を使用すると)からだが動くようになるという感覚がありました」
と彼女は答えている。

彼女は、実母と実父に養育を放棄されたことから「親から愛されていない」というメッセージを受け取り、「あるがままの自分は愛される価値がない」のだという自己否定感を強く持ったのではないか? 数年置きに替わる養育者(他人)の顔色をうかがって、子どもらしい喜怒哀楽を表すことができなかったのではないか? 養育者(他人)に気に入られるために、素直で、おとなしく、かわいらしい女の子をアイドルのように演じなければならず、家の中でも常に舞台に立っているような緊張を強いられていたのではないか?

真の感情を生きられなかった子どもは、大人になっても無意識のうちに真の感情を遠ざけるようになるものだが、それらの感情は消えて無くなるわけではない。
デビューの二年後、十八歳のときに、彼女の父親は高速道路の事故で死亡する。車のカーステレオには彼女の「おとぎの国のBirthday」のテープがはいっていたという。
長男出産の翌年、芸能界の育ての親であるマネージャーが事務所のトイレで首吊り自殺をする。彼は人気絶頂で事務所から飛び降り自殺をした岡田有希子の担当マネージャーでもあった。

不幸に見舞われると、登場を許されなかった真の感情(どうしようもない悲しみや怒りや悔しさや無念さ)が津波のように隆起してくる。
彼女は結婚・出産を経ても、NHKの朝ドラ『ファイト』の母親役、『まるまるちびまる子ちゃん』の母親(さくらすみれ)役、『それいけ! アンパンマン ゴミラの星』のヤーダ姫役、自動車や頭痛薬のCM、育児雑誌の表紙、日中文化・スポーツ交流年の文化親善大使、裁判員制度のPRビデオ主演―、「ママドル」「清純派」「優等生」のイメージから外れることはなかった。

学校行事やPTAにも積極的に参加し、「とてもいいお母さん」だったと、息子の学校の父母は口を揃えて評価している。
彼女の真の感情は、現実の中でも、ドラマやCMなどのフィクションの中でも、登場することを許されなかったのだ。

警察は「足の踏み場もないほど散らかり」「カビが生えていた」という港区南青山のマンションの一室から、大量の吸引ストローと覚醒剤がはいった化粧ポーチを押収した。
息子を寝かしつけたあとで、覚醒剤を吸引する彼女の姿を想うと、胸が痛む。
彼女の目は、疲労でどんよりと曇っている。
CDケースの上に覚醒剤の結晶を置き、テレフォンカードで磨り潰す。
粉になった覚醒剤を、ストローで鼻から吸い込む。
数分後に、彼女の瞳孔はひらいている。
疲労はどこかに消し飛んでいる。
唇がかにわななき、顔にかかった髪の毛が微かな吐息にふるえて――。

報道からは抜け落ちていたこと

彼女は、ものごころついたころから堰き止め(抑圧しつづけ)ていた感情を、薬物という出口から少しずつ解放していたのではないだろうか?
だとしたら、彼女に必要なのは、社会的な制裁や法的な懲罰でもなければ、介護福祉士の勉強をすることでもない。
薬物依存、薬物濫用は、非常に重い「病気」であるということを忘れてはならない。
「病気」に必要なのは、なによりも先ず「治療」である。

信頼のおける臨床心理士を見つけ、カウンセリングによって薬物依存との因果関係を突き止め、真の感情に至る道を塞いでいるものを取り除いたあとに、怒りを怒り、悲しみを悲しみ、憎しみを憎しみ、喜びを喜び、楽しみを楽しむことを習得しなければならない。

このほかの作品
コメントをどうぞ
コメントは送っていただいてから公開されるまで数日かかる場合があります。
また、明らかな事実誤認、個人に対する誹謗中傷のコメントは表示いたしません。
ご了承をお願いいたします。

COURRiER Japon 新Webメディア発刊! 現代ビジネス 政治、経済がわかると成功が見えてくる
  1. サイト内検索
  2. 執筆者

    柳美里柳美里
    (Miri Yu)
    1968年生まれ、神奈川県出身。劇作家、小説家。1993年に『魚の祭』で岸田戯曲賞を、1997年には『家族シネマ』(講談社)で芥川賞をそれぞれ受賞。『ゴールドラッシュ』(新潮社)、『命』(小学館)、『柳美里不幸全記録』(新潮社)など、小説、エッセイ、戯曲の作品多数

  3. このほかの作品