西日本新聞

2008年08月08日

「給食のパンの持ち帰り」どう考える 中村明子氏 竹熊宜孝氏

 学校給食で児童・生徒に出されるパン。かつて食べ残すと家庭に持ち帰られたが、今では学校給食の衛生基準を定めた文部科学省の通達を理由に、袋に入った手付かずのものですら持ち帰り禁止にされ、ごみとして処分している学校が多い。子どもを食中毒から守るという理由の一方、食料自給率が40%(カロリーベース)しかない日本で、こうした行為をどう考えるべきなのか。慶応大学薬学部客員教授の中村明子氏と、熊本県菊池市の菊池養生園名誉園長の竹熊宜孝氏に聞いた。

 ●命を守る論理的な対策
 ▼慶応大薬学部客員教授 中村 明子氏

 -「パン等の残食の持ち帰りは禁止することが望ましい」と規定した「学校給食衛生管理の基準」に関し、有識者としてその作成の中心的役割を担った。そもそも基準はなぜ作られたのか。

 「この基準ができたのは1997年度。背景には、96年7月に堺市で病原性大腸菌O157による集団食中毒が発生し、児童3人が死亡した事件がある。食中毒になる危険性を可能な限り低くするために、パンの持ち帰り禁止など衛生管理を徹底することにした。O157は、その後も全国的に発生しているが、基準作成後、学校給食では発生していない。これは人間の力で制御しているのであり、基準の効果があったということだ」

 -パンの持ち帰りを禁止する理由の1つに、学校給食のパンは、防腐剤が入っていないのでカビが生えやすいという指摘がある。このことを考慮しての判断なのか。

 「パンは当日製造、当日消費が原則。カビが生えるのは何日も放置した後のことで、カビの問題ではない。大きな理由は、汚れた手などを介して感染するノロウイルスの存在を考えてのこと。子どもたちが袋を開封した後、パンを食べきれなくて持ち帰れば、持ち運びの段階などで、感染する可能性が高まってしまう。持ち帰り禁止は、これを防ぐためのものだ」

 -開封していないパンについては、持ち帰り、手を洗った上で、食べてもいいのではないのか。

 「それは本末転倒の話。給食は、子どもたちの健康などを考えてメニューが作られており、全部食べるのが基本。パンを開封もせずに残すというのでは、主食を食べておらず、栄養を満たしていないことになる。『もったいない』以前の、栄養指導の問題だ」

 -現状として、食べ切れない子もいる。「もったいない」という観点からも、持ち帰って食べることを認めてもいいのでは。

 「パンの大きさは小学1年と6年ではあまり変わらず、確かに、低学年などでは食べ切れない子どももいるだろう。その場合は、持ち帰った場合は冷蔵庫にすぐに入れるとか、手をきちんと洗うなどの指導をし、学校の責任で許可してもいい。そこまでやるのなら、ダメとは言えないし、そのことを考慮して、基準では、持ち帰りは禁止することが『望ましい』との表現にしている」

 -全国的に、食中毒は夏場の発生が多い。冬場は持ち帰りを認めるなど、弾力的な運用はできないのか。

 「実はノロウイルスは冬季を中心に発生する。そういった認識の誤りが、持ち帰り禁止に関する批判の高まりにつながっていると思う。食中毒は、原因を究明し、データに基づいて対策を練ることで発生を抑えられるのであり、感情的、感性的な発言は慎むべきだと思う」

 -少々、微生物が付いていても食べて大丈夫だという認識の保護者もいる。

 「外で毎日遊んでたくましい子もいれば、家で遊んだり勉強したりするのが中心で微生物への抵抗力が弱い子もいる。たくましい子を育てる取り組みは必要かもしれないが、衛生管理では弱い子に焦点を当てるのが筋だ。いま、学校の食中毒が減ったから『もったいない』がクローズアップされているが、子どもたちの命を守ることが基本。今年7月の基準改定でも『持ち帰り禁止』について、異論はなかった。個人的には、残食は、飼料にするなど再利用の方法を探るべきだと思う」

 (聞き手は東京報道部・稲田二郎)

 ▼なかむら・あきこ 1935年大分県生まれ。共立薬科大卒。国立予防衛生研究所に勤務後、共立薬科大客員教授などを経て、現在は東京医科大兼任教授なども務める。専門は微生物学、特に腸管系感染症。

    ×      ×

 ●食は生き物いのちなり
 ▼菊池養生園名誉園長 竹熊 宜孝氏

 -文部科学省は「残食の持ち帰りは禁止することが望ましい」としているが、現場ではこれを理由に「全面禁止」しているところが多数派だ。

 「例え食中毒を懸念し、子どもの安全を第一に考えてのこととしても、コッペパンと脱脂粉乳で飢えをしのいだ時代の人間には、袋に入った手付かずのパンを、ごみ扱いするなど考えも及ばない。土からの食農教育を訴えてきた者として、残念で仕方がない」

 -学校はまず、残さないような指導をすべきだという話があるが。
 「それは当然のこと。ただ病院給食と違い、学校給食は教育の場。授業で食べ物を大事にしようと教える一方で、衛生面で問題が出る可能性があるから、一律に捨てろというのは明らかにやりすぎだ。大規模校と小規模校でやり方が違ってくるのは当然だし、すべてその町の農産物を使った給食で、残り物なしという学校もあるやに聞く」

 -関係者によると、パンに髪が入っていたとか、カビが生えていたとか、保護者からのクレームが多いという。持ち帰ったパンで食中毒が発生した場合の対応を考えると、行政サイドが二の足を踏む理由も分からないではないが。
 「上意下達が行政の体質。もし何かあったとき、誰が責任を取るか。事件が起きたときのマスコミの突き上げなどを考えれば、教育サイドは自然とそうなる。だがそうした意見に引きずられ、食べものを捨てるなんてもったいないじゃないかという、普通の人なら誰しも思うまっとうな感覚が葬られていいのか。『うちの家は、持ち帰ったパンに対して家庭で責任を持つ』という選択もあっていいではないか。こうした世間の感覚を無視したお役所的管理は、命を守る責任感からではなく、責任逃れの施策にも思える」

 「私は若いころ、大学病院の医師として、血液をずっと研究してきたが、あるときそれにとらわれるあまり、血液を見て肝心の人間を見ていないことに気付き、予防医学の観点から、人間全体を見つめるいのちの医療を行ってきた。衛生面に気を配るのはもちろん大切だが、菌を殺し、菌を避けるだけの対症療法では、肉体、精神の両面で、ヒトは弱くなるだけだということも知っておくべきだ」

 -具体的にはどう対処すべきか。

 「例えば、食事中に水分を控えると、胃液が薄まらず、菌に対する殺菌力が増す。そうした食べる技術もまた、われわれが後世に伝えるべき生きる力だ。まずは残さないようにどうするか。持ち帰ったら食中毒予防のためにどのように調理するか。焼くなり、炊くなり、冷凍保存だってできる。バランスの良い食事を取りましょうと言うだけが食育ではない」

 「食は生き物のいのちであり、働く人々の汗の結晶でもある。そうしたことが見えなくなっている現代だからこそ、余っているから捨てるではなく、余っているものをどう生かすか。それを話し合うべきなのだ」

 -日本の食料自給率は先進国最低の40%。フード・マイレージも飛び抜けて高い。

 「今回の洞爺湖サミットでの重要課題の1つは、迫り来る飢餓の問題だった。金さえあれば、何でも手に入れることができると思い込み、遠い国から輸入する食料が、いかにエネルギーの浪費につながるかを教えれば、地産地消、自給率向上にもつながり、農業後継者を育てることになる。まずは飢えを体験させることだ。そうすれば、食べ物や人への畏敬(いけい)の念も自然にわき、本物の食育になる」

 (聞き手は編集委員・佐藤弘)

 ▼たけくま・よしたか 1934年熊本県生まれ。熊本大医学部卒。熊大講師を経て、75年から公立菊池養生園診療所長に就任し、医食農の連携による、土からの医療と食育を訴える。九州農政局食育委員。

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