2011年7月にテレビがデジタル放送へ完全に移行するのと同時に、ラジオのデジタル放送も始まることはあまり知られていない。誰がどんな放送をするのか、どんな機器で聞けるのか。その具体像が明らかでなく、業界内が同床異夢なのも一因だ。新しい時代のラジオはどうなるのか。
通勤途中、携帯電話機でラジオを聴くと、ビートルズ専門局から懐かしい曲が流れて来た。ディスプレーに映る曲の紹介文を読み、ビデオ映像も楽しんで、気に入ったなら100円を支払ってダウンロードする――。
デジタルラジオで実現できる利用イメージの一例だ。デジタル化で電波を有効活用し、演歌やロック専門といった多チャンネル化や高音質化、映像やゲーム、地図など様々な情報を配信し、ショッピングもできる。
総務省の懇談会は7月、テレビのデジタル化で使われなくなるVHF波の周波数帯の一部を、デジタルラジオに割り当てる方針をまとめた。県単位ではなく、関東、近畿といったブロックごとに放送される。
これに合わせ、ニッポン放送や文化放送、TBSラジオなど首都圏民放ラジオ局6社は先月、デジタルラジオの帯域確保や事業化の枠組みなどを検討する企画会社を共同で立ち上げた。
6社はNHKと民放ラジオ局、電機メーカーなどが01年に設立したデジタルラジオ推進協会(DRP)のメンバーで、実用化に向け試験放送もしている。ただ新設された企画会社に、DRPの主要メンバーで早くから積極的なデジタル展開を打ち出していたFM東京の名前がなかった。
■アナログTVの周波数利用
デジタルラジオは、アナログテレビの1〜3チャンネルが使っていた周波数を13前後の帯域(セグメント)に分けて利用する。高音質や多チャンネルを実現するには1セグメントは必要で、音楽動画なども加えた新サービスを想定すると数セグメントがいる。高機能な内容になるほど参加できる局が限られるため、分け方を巡って業界内で不協和音が広がったのだ。
「もともとラジオは他のことをしながら聴ける『アイズ・フリー』が原則。デジタルでも各社1セグメントを基本にし、あくまでも現在のラジオの延長線にある音声を中心に高機能化をはかりたい」。DRP運営委員長の近衛正通・ニッポン放送常務取締役は基本的な考えを示す。
これに対してFM東京は、数セグメントを使い、音楽や映像などを有料課金で配信する新サービスに注目する。藤勝之デジタルラジオ事業本部長は「1セグメントではCD以下の音質でしかなく、そもそも音声だけではラジオの未来は暗い。新しい放送なのだから、帯域を柔軟に使って多彩なサービスを実現したい」とDRPの方針に不満を隠さない。試験放送を3月に休止し、DRP正会員からも抜ける意向だ。
■インフラ整備進まず
デジタルラジオは、携帯電話機やカーナビなどに機能を追加して受信する方式が中心になりそうだ。だが、KDDIの神山隆メディア推進部長は「ラジオのコンテンツは魅力だが、携帯にはすでに通信機能やワンセグといったラジオ以外の伝達手段で多くの情報が手に入る」と話すなど慎重で、受信機の開発側もまだ仕様などを固めずにいる。
本放送開始まで3年足らず。広告市場の冷え込みで収益が悪化しているラジオ各社は、デジタル放送の意欲に温度差もある。リスナーがデジタルラジオに何を求めているのか読み切れていないことも業界側の悩みだ。
長くDJとして人気の赤坂泰彦さんは「ラジオはターゲットが狭い分、時間と思いを共有できるメディア。テレビが『みなさんへ』なら、ラジオは『あなたへ』。だが近年は一般受けするものを目ざし過ぎた」と話す。
ラジオは深夜放送がブームになった80年代前半をピークに、聴取率は下がる一方。リスナー層も高齢化している。
DRP前理事長の亀渕昭信・ニッポン放送前社長は「チープなテレビにはなりたくない。文化の数だけラジオがあってもいい」と多チャンネル化にラジオの未来を託す。
新しいラジオの実像が焦点を結ぶには、まだ時間がかかりそうだ。(柏木友紀)
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〈デジタルラジオ〉 デジタル化することで従来のラジオより多くの情報を伝えることができる。11年7月からは現行のアナログテレビが使う1〜3チャンネル分が「地方ブロック向けデジタルラジオ放送」に割り当てられた。4〜9チャンネルは防災などの自営通信に、10〜12チャンネルは携帯電話会社などによる全国一律の「全国向けマルチメディア放送」に振り分ける。
技術方式などを整備して10年夏に事業者を決め、免許を交付して専用受信機を開発。テレビの移行後は速やかに放送を開始する。AM、FMなど現在放送中のアナログラジオも引き続き残る。