富士通前社長の野副州旦氏(2008年5月撮影) |
突然の「辞任」の裏には何があったのか――。富士通前社長の野副州旦(のぞえ・くにあき)氏が辞任の取り消しを求めている問題で、野副氏側の訴えや関係者への取材を総合すると、異例の「解任劇」が浮かびあがる。
2009年9月25日午前、東京・汐留の富士通本社。午前9時からの定例取締役会に備えて自室にいた野副氏は、高層階の会議室に呼び出された。部屋には、秋草直之取締役相談役、間塚道義会長(現在は会長兼社長)ら6人の幹部がいた。
幹部の1人が、野副氏が「反社会的勢力」と付き合っていると指摘すると、野副氏は「まったく知らない」と説明した。だが、「知らないことが問題で、責任は重い」と受け入れられなかったという。
「富士通が上場廃止とならないために辞任を求める」との幹部の言葉に、野副氏は「ほかに方法がないなら従わざるを得ない」と、その場で辞任を受け入れたという。
遅れて始まった取締役会に野副氏は欠席した。メンバーには、野副氏の辞任が伝えられた。出席者の一人は「突然のことでびっくりした」と話す。「動揺が広がった」と説明する関係者もいる。だが、辞任の「真相」が取締役会メンバーにどこまで共有されていたのかははっきりしない。
その後、野副氏は幹部社員に連れられ、車で都内のホテルへ。この日以来、会社への立ち入りが制限されたとみられる。会社が用意した別の都内ホテルの一室に「通勤」することもあったようだ。
辞任当日午後7時から富士通は本社で記者会見を開き、野副氏の辞任と、間塚会長の社長兼務を発表した。記者会見では、野副氏の突然の辞任を不審に思う記者から質問が相次いだが、会社側は「病気療養」との説明を貫いた。