わたしたちつい婚なう!AERA3月 8日(月) 11時59分配信 / 国内 - 社会きっかけは1文字違いのアカウント名。 今、異性との出会いが変わりつつある。── 蝉の声がうるさかったのを覚えている。 2008年9月1日。左手にWii、右手にWii Fitを持って、ゲーム開発者の男性(34)は長野駅で降りた。目的はただ一つ。面識のない女性(32)にゲームを貸すことだった。緊張していた。 東京都在住の男性は08年2月、長野県在住の女性は07年4月にツイッターを始めた。ツイッター上で、男性はchank、女性はchanmと名乗った。 お互い、そのアカウント名に特別な思いはない。 「なんとなくchankに」 「あだ名がみっちゃん。逆さにしてアルファベット表記にした」 kとmの1文字違い。だが、見知らぬ2人は相手の顔や経歴など知るはずがない。 ■似ていた「しゃべり口調」 趣味がゲームとアニメのchankさんは、似た趣味を持っていそうな「つぶやき」を探していた。4カ月後、chankさんは自分と1文字違いのchanmを名乗る女性がいることに気づいた。6月、chanmさんをフォローし、彼女のつぶやきをいつも見るようになった。 「おなかすいた」「カレーなう」「マクド出て職場へごー」。どうでもいいつぶやきが流れていくのを、傍観していた。でも見ているうちにchankさんはchanmさんの文字列に惚れた。 「うまく言えないけど、しゃべり口調が自分と似ていたんです」 言葉の語尾、リズム感、敵意を持たれない言葉遣い……。 chankさんは言う。 「会話のように一対一ではないツイッターでは、語彙によってどういう人柄か見えてくる」 ある日、彼女がつぶやいた。 「ThinkPad X61のメモリが足りない」 すぐ、ダイレクトメッセージ(DM、2人だけでやりとりするメッセージ)を送った。 「メモリ余っているけどいる?」 彼女を意識した瞬間だった。 2人で話すならスカイプ(ネット電話)が早い。IDを交換してチャットをした。 彼女は不満があった。周りにツイッターをやっている人がいなくて、話ができないことだ。思わずつぶやいた。 「信州に遊びに来なよ」 彼女のつぶやきから、WiiFitをやりたがっているのは知っていた。ツイートから判断すると、彼女は飽きっぽい性格に違いない。俺のを貸そう。 最初、「信州行きたい」「参加します」そんなつぶやきが流れた。そうか、みんなに会えるのか。そう思っていた。でも気づいたら、信州に行くのは自分だけだった。 「長野にもWii Fitは売っている(笑い)。でも東京から持って来てくれたことにちょっと感激した」(chanmさん) ■スカイプでプロポーズ 駅で合流した後、「よつかど」の蕎麦を食べた。初めてのデートで会話が続くわけない。そう思って時間がつぶせる映画を見た。「崖の上のポニョ」。その後、「油や」でまた、蕎麦を食べた。予想に反して会話は弾んだ。今夜、泊まれば……と言ったのは、彼女のほうだ。日帰りだと思っていた彼は、携帯電話と財布しか持っていない。 思わず言った。 「男なら、コンビニでパンツ買えばいいでしょう」 無理やり引き止めた。目の前のビジネスホテルにチェックインさせた。彼女は実家に帰った。翌朝、また蕎麦を一緒に食べた。東京へ帰る新幹線の中で、彼はこうメールした。 「好き」 彼女もすぐ返した。 「私も好きなような気がする」 それをきっかけに、これまで文字のやりとりだけしていたスカイプを映像付きにして会話をした。東京や長野でデートをした。一緒に住もうか……そんな話が出た。 「一緒に住むなら結婚しますか」 12月、彼がスカイプで言った。 「じゃ、そういう方向で」 と、彼女は返した。これがプロポーズの言葉。それまでに会った回数は5回。でも、文字量は膨大だった。 ■100人で100通り 周囲はあまり驚かなかった。出会いは?と聞かれて、ネットと答えた。両親も不思議そうな顔をしただけ。ただ、彼女の上司だけこう言った。 「相手は実在しているのか?」 09年3月29日に入籍した。ツイッターで出会って結婚する「つい婚」は、日本で最初かもしれない。 「ツイッターは即時性がある。位置情報サービスも加わることで、電話やメールのようにインフラの一部になる可能性がある」 ドリームエナジーコンサルティング代表取締役の水上浩一さんは言う。 「秒単位で情報を入手したり、新たな出会いを見つけることができる。相手の言葉をどう受け止めるかはそれぞれのユーザー自身の問題であるが、ツイートだけで相手を知ることは不可能ではない」 100人いれば100通りの使い方ができるのが、ツイッターのメリットだ。 「知人が『今から高田馬場の立ち飲み串揚げ屋に行く』とつぶやいているのを見て、合流した」(出版社勤務/39歳 女性) 「同じ趣味を持つ人をフォローして、『つい飲み』をしている。初対面の女の子とも盛り上がる」(旅行会社勤務/26歳 男性) 「海が見たくて『今度の土曜日辻堂に集合』とツイートした。男女合わせて10人が参加。初対面だけど楽しかった」(印刷会社勤務/22歳 男性) 「キャバクラの女の子との会話に最高。つぶやくように話しかけて、ノってきた人と食事に行く。リアルコミュニケーションにおけるショートコミュニケーションの場としての意味を持つ」(IT会社勤務/50歳 男性) chankさんも言う。 「入籍して約1年経つけど、夫婦の間に『こんなはずじゃなかった』という思いはない」 ■つぶやき通りの夕食 今でも互いにつぶやいている。 彼女は「早く帰って来〜い」が多い。彼は「焼き肉がいいです」「餃子でもいい」「カレーうどぅん食べたい」とつぶやく。彼のつぶやきで作った夕飯を囲んで、夫婦の会話が始まる。 「うちは普通の夫婦よりも、会話は多いし、互いを理解してますから」 この日も夜、 「『電車で汁たっぷり入ったおでん食ってる高校生がいて焦った記憶が』って昔言ってたよね」 と盛り上がった。献立はおでんだった。 編集部 長谷川拓美 (3月15日号)
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