「バンボッチョーニ」というイタリア語をご存じだろうか。おそらく、辞書を引いても載っていないはずだ。「大きなおしゃぶり坊や」といった意味の造語で、両親と同居している青年たちを指す。日本で言えば「パラサイト・シングル」にほぼ該当する。
こんな言葉がはやるのも、イタリアではこうした若者が急速に増えているからだ。今やイタリアでは、親元で暮らす20~30代の若者の割合が70%を超えつつあるという(1月18日付 La Repubblica紙)。
これは大変な数字である。親と同居する青年は、これまで日本と韓国のみが7割程度と、国際的に見ても突出して高かった。しかしいまやイタリア青年の同居率は、日韓に肩を並べるほどの水準に至っている。
こうした現象は、全世界的に広がりつつあるらしい。同様の若者を指す言葉が、先進諸国で知られているからだ。
たとえばイギリスには「キッパーズ」という言葉がある。「両親のポケットの中で退職金を食いつぶす子供」の略称だ。同様に、カナダでは「ブーメラン」(まさに「出戻り」)、アメリカでは「ツイクスター」(青年と大人の間、の意)、ドイツでは「ネストホッカー」(巣ごもりする人)、フランスでは「タンギー症候群」(映画のタイトルから)、オーストリアでは「ママホテル」、韓国では「カンガルー」(わかりますね?)などと、それぞれ呼ばれている。
日韓の同居率の高さは、親孝行を美徳とする儒教文化の名残があるためと私は考えていた。しかしいまや、親との同居が全世界的な傾向になりつつあるようなのだ。世界が日本化しつつある。一体、何が原因なのだろうか。
いくつかの報道を読み合わせてみると、要因は四つほどに絞られてくる。(1)経済、(2)教育、(3)福祉、(4)宗教や家族文化だ。
このうち最大のものは、やはり経済的要因である。サブプライムローン問題に端を発した全世界同時不況のもと、住宅価格の上昇や雇用状況の悪化で、若者の自立はどの国でも困難になりつつある。「自立した個人」が理想とはいえ、仕事がないことにはどうしようもない。なにかと経済的で、家事の面倒までみてもらえる実家暮らしをやめられない若者が増えるのは、あまりにも自然なことだ。
また、先進国では教育に要する期間も延びる傾向にある。経済的には苦しくても、なるべく高度な教育を受けたい(受けさせたい)という理由で、就労せずに親元にとどまる若者はまだまだ多い。学生の多くが大学院にまで進学するような教育期間の長期化には、失業対策という意味もあるのだ。
福祉の要因としては、たとえばイギリスのように、実家から出てしまうとさまざまな社会保障が受けられなくなるといった問題がある。あるいはフランスのように、手厚すぎる失業手当が若者の就労意欲に水を差しているという見方もあるようだ。
意外なことに、法律もこうした若者たちの味方である。イタリアやフランスでは、たとえ子供が成人していても、結婚や就職するまでは両親が面倒をみる義務があるという判決が、しばしば下されているという(そういう裁判があるのだ)。
ところで、実はイタリアと同じくらい同居率の高いスペインでは、こうした若者に特別な呼称はみあたらない。どうやら若者が親と同居することがなんら特別ではないらしいのだ。理由として考えられるのが、カトリックの影響である。日曜日に家族全員で礼拝に行くことを含め、信仰のあついカトリック信徒には家族主義的な価値観が根強い。
そして、カトリックの家族主義と言えば、なんといってもイタリアである。ナポリやシチリアといったイタリア南部の大家族を連想する人も多いだろう。ここでひとつ、興味深い現象がある。
EU(ヨーロッパ連合)諸国の中で、私のもとに寄せられるひきこもり相談のメールは、そのほとんどがイタリアからのものだ。イタリアの精神科医たちも、ひきこもり問題に高い関心を寄せているらしい。どうやら日本、韓国に続いて、いまやイタリアまでもが「ひきこもりの国」の仲間入りをしそうな勢いなのである。
どんな社会の若者にも「不適応」は起こりうる。ただ社会・文化的背景によって、不適応の形が異なるだけだ。個人の自立に高い価値をおく社会では若年ホームレスが増え、自立より家族主義が優位な社会ではひきこもりやニートが増える。これは個人や社会の病理を超えた、構造的な問題なのである。
最後に、柄にもなく予言めいたことを述べておこう。先進諸国で起きつつある「バンボッチョーニ」や「キッパーズ」たちの増加は、今後全世界的に起こるであろう、ひきこもり青年増加の先触れである。
彼らのために有効な支援システムを構築し、さまざまなノウハウを蓄積しておくことは、もはや日本国内だけの問題ではない。広く国際貢献につながる課題として、「ひきこもり先進国」の責任が問われることになるだろう。=毎週日曜日に掲載
毎日新聞 2010年3月7日 東京朝刊
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