●小沢一郎家系図 (人物解説リンク:ウィキペディア /解説: 「新訂 政治家人名事典 明治〜昭和」、他) |
荒木儀助 |
祖父/千葉県議/四女が小沢佐重喜の妻・みち |
小沢佐重喜
(さえき)
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父/衆議院議員(自民党)、運輸相、建設相、東京市議・府議、弁護士/
二女一男の父/日本大学法律学科卒/
苦学の後、弁護士、東京市議・府議を経て、
昭和21年岩手2区から衆院議員に当選、当選10回。
自由党、自民党に所属、23年第2次吉田茂内閣の運輸相、
24年第3次吉田内閣の逓信相、郵政兼電気通信相、
29年第5次吉田内閣の建設相を歴任。
衆院議員運営委員長、外務委員長も務め、35年には第2次池田勇人内閣の
行政管理庁長官、北海道開発庁長官となった。
同年の安保改定の際は衆院安保条約等特別委員長を務めた。
自社両党が激突する時代を、国会対策、選挙対策のベテランとして鳴らし、
乱闘国会での武勇伝も多くあった。
22年の大選挙区を中選挙区に変える選挙法改正では、乱闘で鼓膜を破り、
31年の小選挙区法案(廃案)では、公選法改正特別委員長で
ズボンを引き裂かれ打撲傷を負うなど、選挙制度改革との因縁が深い。
また、34年には外務委員長としてベトナム賠償問題の質疑打ち切りを強行し、
左手をケガ。
35年の安保国会では安保特別委員長として、抜き打ち採決の立役者となった。
◆小沢佐重喜
「人間小沢佐重喜」 |
小野健知 |
義兄/道都大学経営学部教授、日本大学教授/小沢一郎異母長姉・スミ子の夫/
◆関連本:小野健知
「社会倫理の諸問題 」
「新しい道徳教育 」 |
吉村龍助 |
義兄/農林官僚/小沢一郎異母次姉・則子の夫 |
小沢一郎 |
衆議院議員(民主党)、民主党幹事長・代表/
慶大経済学部卒/
■小沢一郎ウェブサイト
◆小沢一郎 |
福田正 |
福田組会長 |
竹下勇造 |
島根県議、掛合村長(島根県飯石郡) |
竹下亘 |
衆議院議員(自民党)、竹下登秘書、NHK/
慶応大学卒/
■竹下亘公式ホームページ |
竹下登 |
第74代首相、衆議院議員(自民党)、島根県議/
早稲田大学商学部卒/
■竹下登関連系図
◆竹下登
「政治とは何か―竹下登回顧録 」
「竹下登 不敗の人間収攬術 」 |
金丸信 |
衆議院議員(自民党)、自民党副総裁、副総理、建設省/
東京農業大学専門部卒/
日東工業を創設。その後、大平醸造などの社長を経て、
昭和33年衆院議員に当選。
以来、当選12回。田中角栄に師事。建設相、国土庁長官、防衛庁長官、
衆院行革委員長を歴任。
国対委員長4回の経験から与野党のパイプ役をつとめ、
調整のうまさには定評があった。
59年自民党幹事長、61年第3次中曽根内閣の副総理に就任。
竹下登を総理・総裁にすることに情熱を燃やし、
62年の竹下内閣誕生で自民党の大御所的存在となる。
平成3年党副総裁となるが、4年佐川急便事件で副総裁を辞任。
同年10月違法献金と暴力団との関係の責任をとって衆院議員を辞職、
竹下派会長も辞任した。
11月、眼の手術のため入院した病院内で臨床尋問が行われ、
竹下政権誕生の際に暴力団の関与したことを認めた。
平成5年3月、所得税法違反(脱税)の容疑で東京地検特捜部に逮捕、
起訴されるが、糖尿病悪化のため、7年7月以降公判停止。
8年3月判決を待たずに死去した。
◆金丸信
「立ち技寝技 」
「捨身の首領(ドン) 金丸信 」大下英治 |
金丸康信 |
テレビ山梨社長/金丸信長男 |