高木マニア堂
何となく思いついたこと、目についたことをツラツラと…。
089:ミユキ野球教室の思い出
2010年03月07日 09:00 | フォルダ : テレビ
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<2007年6月=東スポ携帯サイトより>
6月8日、巨人軍の通算5000勝を記念して東京ドームに集った「V9戦士」の姿に、何とも不思議な感慨を覚えた人は多いだろう。
かつてテレビで観る三大スポーツと言えば、プロ野球、大相撲、プロレスという時代があった。今はそのどれもが視聴率的に元気がない。
プロ野球中継=巨人戦がTV中継の目玉だった時代。日曜の朝と言えば、ヒツジの群れが走る映像とともに「♪ミユキ ミユキ ミ~ユキ ミユキ 服地はミユキ~ 紳士だったら知っている 服地はミユキと知っている~」という歌詞のCMから、日本テレビのスポーツ行進曲(黛敏郎作曲)とともに始まる「ミユキ野球教室」(日本テレビ系=1957~1990年)だ。
番組は毎週日曜午後9時30分から(時代によって異なる)。ホンモノの野球少年ならば、すでに少年野球の練習にでも出かけている時間帯だが、そうではない少年は、同じく日曜朝の定番である「時事放談」(TBS系)や「兼高かおる世界の旅」(TBS系)と同じく、家族の観ている番組を横目で眺めるうちに、普段の野球中継では知ることのない野球知識を身につけていたものだ。
野球教室のタイトル通り「川上哲治のバッティング教室」など技術論や「○×コーチの作戦」なんて回もあったが、ほとんどはプロ野球選手、それも巨人軍の選手を中心とした情報番組。記録を達成した選手にスポットライトを当てる回もあれば、キャンプに賭ける意気込みを込めた座談会、球団の壁を越えた選手、監督らの対談が中心だ。まあ、いわゆる一つのやったるでぇ~みたいな番組だ。
そんなミユキ野球教室に強力なライバルが現れたのが1979年のこと。テレビ朝日が同じ時間帯に大人気の「ドラえもん」をぶつけてきたのだ。今でこそ日曜朝と言えば、ポケモンだ○○レンジャーだ仮面ライダー○○だプリキュア、鬼太郎、ワンピースと、子ども番組の波状攻撃だが、当時は特に子ども向けの番組は放映していなかった。そこにドラえもんが登場したのだから、日曜朝の習慣も変わる。
まだビデオが普及していない時代、ドラえもんは野球教室を見ようとする父親とケンカしてまで観る必要があったのだ。
その翌年(1980年)の秋には子どもたちにとってもヒーローだった王選手が現役引退。同時に長嶋監督も退陣した。同年のドラフト会議では東海大・原辰徳選手の巨人入団が決定。若返った巨人軍にはそれまでは考えられなかったようなアイドル人気が発生し、何か1つの時代が終わった感じがした。
プロ野球の人気回復策が検討されて久しいが、単に中継を増やすだけではなく、こういった情報&レクチャー番組こそ、ファン層拡大には必要な気がする。また番組スタート当時からのフィルムが残っていたとしたら、それこそ貴重な映像記録だ。ぜひCSで再放送とかDVD化して欲しいものだ。何しろONの入団前、まだ川上さんが現役選手だった時代から放映している番組だ。
ちなみにミスターこと長嶋さんの初出演は番組放送開始から半年後の1957年9月。立教大の野球部時代なのだそうだ。もし長嶋巨人入団会見時の映像でも残っていれば、星飛雄馬少年が長嶋に禁断の魔送球を投げつけるシーンも見られるかも…。
もう2度と、あのテーマ音楽を聴くことも出来ないだろうと思っていたら、何と提供の御幸ホールディングス(当時は御幸毛織=愛知県名古屋市)のホームページ上で、あの懐かしいCM映像&音楽が閲覧できるではない
か! 素晴らしいサービスである。
まだ「服地」なんて単語を知らなかった小学生時代。ヒツジの映像を目に「♪ヒツジはミユキと知っている~」と歌詞を完全にカン違いして覚えていたものだ。
プロフィル
高木圭介のプロフィル
昭和44(1969)年6月4日、神奈川県川崎市生まれ。かつてジャイアント馬場さんも暮らした新丸子の街
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