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単に、成長するかどうか、ではない。健全に成長するかどうか。中国について、世界がかたずをのんで見ているのは、そこである。
中国は今年も8%成長を目指すと同時に、成長至上主義による深刻な所得格差などのひずみをただす――。5日に開幕した全国人民代表大会(全人代)の政府活動報告で、温家宝首相が明らかにした。
昨年は世界的な経済危機のなか、8%成長を保つ「保八」が最大の目標になり、格差解消への取り組みは先送りされた。建設ラッシュの効果もあり、8.7%の成長を確保した。
世界に先駆けて経済の回復を実現した自信を背に、今年の方針は収入の格差是正に力点を置くことになった。経済構造を輸出・投資主導から消費主導に改めるとともに、省エネルギーにも励み、持続的成長を図るという。
達成は容易ではない。だが今年、日本を抜いて世界第2の経済大国になることが確実な中国が、成長を持続的なものにするためにも、その質に目を向けることは避けられない。
カギとなりそうなのが、所得分配制度の改革だ。「合理的な所得分配制度は、社会の公平・正義の重要な表れである」。「共同富裕」を提唱する温首相のこの指摘は正しい。
だが実際の中国社会は都市と農村の間だけでなく、地域間や業種間と様々な格差がはびこる。汚職や脱税が横行し、莫大(ばくだい)な不法所得を得る幹部も少なくなく、庶民の憤りをかっている。
そんな状況を打開しようと、労働報酬の引き上げが提案された。収入が増えてこそ、消費も拡大する。不法所得の徹底取り締まりも提起された。
都市との収入格差が3.33倍もある農村への対策も打ち出された。
農村を離れて都市部で働く1億5千万の農民工について、温首相は「労働報酬、子供の就学、住宅の賃貸・購入、社会保障面で都市住民と同じ待遇になるような環境をつくっていく」と述べた。ただ、農民工が切望する都市戸籍について抜本的改革を示せなかった。問題の難しさを物語る。
欧米から圧力のかかる人民元問題では、早期切り上げを否定した。完全には回復していない輸出への影響を考慮したのだろうが、このままでは資産バブルの恐れが増す。はじければ、最大の被害を受けるのは中国自身だ。
世界経済のためにも中国の成長は必要だが、ひずみを抱えたままの成長はひずみ自体を肥大させる。それは、社会の不安定化を招き、成長の基盤そのものを崩すだろう。
経済改革だけでなく、民主化など政治改革も欠かせない。中国の指導者たちは、成長の果実が大きくなり続けている今こそ、大胆な改革に乗り出す好機と考えるべきだ。
苦難に苛(さいな)まれた国が生まれ変わろうとするとき、その歴史のページは国民が自分たちの手でめくるしかない。
米国の主導で03年3月に始まったイラク戦争から7年。イラクはきょう国民議会選挙の投票日を迎える。
戦争で旧政権が倒され、米軍占領・駐留が始まると、アラブ・イスラム世界からアルカイダなど反米過激派が結集し、新たな戦場となった。
過激派の自爆テロや米軍による「対テロ戦争」の犠牲者も出た。スンニ派とシーア派のイスラム教徒同士による抗争も激化し、一時は内戦状態になった。イラク戦争以降の民間人の死者は米欧の市民組織の推定集計で10万人以上にのぼっている。
悲劇の引き金は他国によって引かれたのであっても、新生イラクの行方を決めるのは国民以外にいない。この選挙はずたずたに引き裂かれた国民を統合し、社会を再生する営みでもある。
イラク戦争後の総選挙は、05年1月の憲法制定議会選挙を含めて3回目だ。妨害テロなどに揺さぶられながらも、イラクの人たちの努力によって、ここまでこぎ着けた。
今回、治安回復に成果を上げたマリキ首相の率いる会派が最有力とされている。2、3年前までは一寸先も見えない混乱が続いていた国で、政権継続が予測される。安定の兆しが見えてきた証拠とも言える。
政治会派が宗派の違いを超えて形成されていることも注目に値しよう。
過去2回の選挙では、人口の過半数を占めるシーア派が統一会派をつくり、シーア派主導の政権が生まれた。しかし今回はそのシーア派が分裂し、マリキ首相は宗教や宗派を超えた会派づくりを掲げている。
宗派抗争を激化させた勢力から人々の支持が離れる傾向も見える。
多宗教、多民族のイラクをフセイン前政権は強権で束ねていた。その体制が崩壊し、国家分裂の危機に襲われた。今ようやく、多様な宗派や民族を包摂する社会と政治のあり方を探る試みが始まったようでもある。
選挙で生まれる新政権は、今年8月の米軍の戦闘任務終結から来年末の米軍の全面撤退にまで立ち会うことになる。選挙が混乱したり、新政権の成立で紛糾したりすれば、米軍の撤退スケジュールにも影響しかねない。
イラクの民主化は歩み出したばかりだ。宗派や民族間の緊張は高く、暴力が噴き出す恐れが今も消えない。それでも選挙を重ねながら独り立ちへの試練を乗り越えようとしている。
自衛隊が撤収し、日本ではイラクへの関心はあまり高くない。だが、イラクの安定と民主化は世界の安全にとっても重要だ。強権国家が多い中東にとっての希望でもある。イラク国民の選択を見守りたい。