ダッボォォォォォォォォォンッ!



 やたらと豪快な音を立てて碇シンジは水面へと叩き込まれた。

 その目も、耳も、尻も、全て水面へと叩き込まれた。

 後の世の歴史家はこの出来事に対して「イッツァジャパニーズスマーキ! ワンダホゥッ!!(日本語訳:アンタ、背中が煤けてるぜ)と解説したらしいのだが、一先ず今は後の世じゃないので定かではないのが現状である。

 ・・・・・・なんか、言っちゃいけない事言った気がする。

 とは言え、うっかり滅びの言葉を口にしてしまったシンジがプールへと叩き込まれた事は動かしようがない事実である。

 そこで今回は特別にVTRを巻き戻してシンジが水面と熱い抱擁を交わすまでの心境の変化を追ってみようと思う。










 (ヤバイッ! タイミングを失って「ボ、ボク、カナヅチなんでお手柔らかにお願いします」って言えなかった!)

 アスカには羽交い絞めにされ、レイには足首をしっかりと握られて、左右にブォンブォンと振り回されつつシンジは甚く後悔した。

 「アハハハハハハハハハ!」

 アスカは何がおかしいのか(たぶん頭)シンジを振り回しながら笑いっぱなしである。

 「・・・・・・・・・ククククククククククククク」

 レイは口元に微笑を浮かべているのだが、ハッキリ言って目が座っているので残虐な笑みにしか見えない。

 ・・・・・・普段から目が座っているのは公然の秘密であるので口にはしないように。

 (暗示だ! 人は強い暗示にかかれば刃物で切られた時、実際に血が出ると言う!!)

 当たり前です。

 (ボクは第六使徒だ! 大海原をギュインギュイン回遊したけど弐号機に惨殺された第六使徒だ!! ・・・・・・そう言えば、あの女の子用のプラグスーツを着るというのもなんだか倒錯的で興奮したナァ

 そんな若くして人の道を踏み外して暗黒街道まっしぐらなシンジの思いに呼応するかのように審判は下された。

 



 ダッボォォォォォォォォォンッ!



 (ダ、ダメだぁっ!! やっぱり全然分かんないよっ!!)

 ゴボゴボと泡を吐きながら水中で狼狽するシンジ。

 さながら無理矢理プールに叩き込まれたカナヅチの様である。





 ・・・・・・まんまか。失礼。

 (・・・使徒って人類の敵の割には凄いんだナァ・・・あー、もう死ぬのなんか怖くねーぞぉコンチクショー)

 そしてシンジの意識は闇に呑まれていった。


私家版・新世紀エヴァンゲリオン
Japanese Gentleman Stand Up Please!

ACT.10=B
MAGMA DIVER or
I think, I must take her hand.


writen by:MIYASOH



 カツカツカツ



 プールへと続く廊下を歩いて来る2つの影。

 右の影は白髪で初老の男、左の影は顎中を髭が覆っている男性である。

 ってか、ぶっちゃけ冬月とゲンドウである。

 なんでこんな回りくどい説明せなアカンのじゃ。

 「給料のうちだ」

 冬月にたしなめられてしまった。働こう。

 「それにしても珍しいな」

 冬月が隣を歩くゲンドウに語りかける。

 「まさかお前が子供たちの様子を見に行くとはな」

 フフッと冬月が笑う。

 まるで、子供が出来た途端に丸くなったヤンキーを見る父親(53歳。中間管理職。最近経理のミッちゃんとの不倫が妻にバレかけている)のようだ。

 例えが具体的過ぎる事については不問である。





 決してネルフ庶務課課長木下カズオ氏の事ではないので安心して欲しい。





 ちなみに木下課長は青葉のバンドのヴォーカルであり、ハートビート木下の名でも知られているのだが、詳しい事は割愛させてもらう。

 「やはり自分の近くに置いておくと里心が芽生えるものなのか・・・?」

 冬月がニヤニヤとしながら尋ねる。

 「フン。勘違いをするな」

 ゲンドウが不遜に答える。

 「ただレイとアスカ君の水着姿が気になっただけだ」





 ・・・・・・遺伝か。

 「ハッハッハ、誤魔化さなくて良いぞ碇。そんな無理に人道的にギリギリなセリフ言わなくてもお前はナチュラルボーン犯罪者フェイスなんだから」

 「黙れジジイマン」

 「何だと、全く恥をかかせおって」
















 「飛距離はだいたい3m半ね」

 アスカが丁度シンジが水面と熱い抱擁を交わした地点までの距離を目算して言う。

 「・・・・・・・・・碇くんが13秒以内に戻ってくれば地区予選のタイムと並ぶわ」

 レイが手元のストップウォッチを見つめながら呟く。

 ちなみに2人が何について話しているのかと言うと、

『カナヅチの人をプールに叩き落として
その飛距離と戻って来るまでの時間を競う競争』


 の、昨年度の第3新東京市予選のタイムと比べているのである。

 この競技は通称『DIVE&SWIM』と呼ばれ、新世紀のインターハイの目玉種目にも数えられているのである。


注:モニターの前の良い子は決して真似しないように。


 13秒後。

 まだシンジは浮かんでこない。

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 無言でシンジが溺れているであろう地点を見つめる2人。

 先程まではゴボゴボと勢い良く泡が吹き出ていたのだが、段々と勢いが弱くなってきている。

 あと7秒以内に戻ってこれない限り市大会どころか学校代表さえも怪しいだろう。


注2:モニターの前の悪い子も真似しないように。






 さらに30秒後。

 やはりまだシンジは浮かんでこない。

 「ダイバーを変えた方が良いかしら」

 「・・・・・・・・・それよりも飛距離を伸ばした方が得点的に・・・」

 シンジが宿題をやっていたテーブルに陣取り、作戦会議を始めている2人。

 ノートには飛距離を伸ばす為に最適の角度や、立ち位置、振り回しの回数などが所狭しと書き込まれている。

 前年度のインターハイ優勝記録は飛距離7.4m、タイムが9秒59。

 やはり肝となるのはダイバーの心構えである。

 ダイバーは原則的としてカナヅチでなければならないのだが、競技の性質上水を怖がってはならないのである。

 泳げないながらも、自らが溺れる事を冷静に受け止め理解し、生還せねばならない。

 この覚悟がなければ優秀な記録は達成出来ないのである。

 レイとアスカの論議はこの事について焦点を合わせて行った。

 「・・・・・・・・・ダメよ。そんなのはロックじゃないわ」

 「ロックに大切なのは魂よ! 表面的なコード進行に捕われてちゃザッパを超えられないわ!」

 「・・・・・・・・・過去においても、そして未来においてもロックを完全に理解出来るのはエルビスだけよ」

 「じゃあ、アタシやロックンローラー達はエルビスの幻影を追ってるだけとでも言うの!?」

 「抽象画と同じよ。多くの人間は評論家の追従をしているだけ。一握りのロックンローラーでさえ精々『ロック的』程度のモノしか理解出来てないわ。・・・・・・・・・ワタシでさえも」

 「だからエルビスの摸倣をするしかないって言うワケ!? 冗談じゃないわ。アタシがお茶漬けを食べる事をロックと言えばそれがロックよ」

 「・・・・・・・・・エルビスがそう言ったのであれば確かにそれもロックよ。・・・・・・でもアスカはエルビスじゃないわ」

 「エルビスは自らの面影を継いで欲しかったんじゃないわ! 自らの魂を継いで欲しかったのよッ!!」

 アスカとレイの作戦会議は白熱している。

 良い事だ。一つの事に熱中し口角泡飛ばしながら論議するのは若者の特権である。

 これによって彼女らはお互いをより深く理解し合うだろう。

 綾波レイと惣流=アスカ=ラングレー、この2つの名が新世紀のロック界に新しい風を巻き起こすであろう事は間違いない。





 ちなみにシンジはまだ浮かんでこない。











 しばらく薄暗い廊下を歩いていると奥に陽光に輝く広間が有るのが見えてくる。

 とは言え、人類に残された最後の砦たるジオフロントは巨大な地下施設である為、実際には陽光が直接降り注いでいるわけではなく、地上からケーブルを伝って来る光を増幅させて照射しているのだが。

 別に内部電力を使って照明を点けても支障はないのだが、あまりにジオフロントが広大な事によって事実上不可能となっているのである。

 ともあれ、その様な事情からネルフ本部などの主要な建造物以外では自然光を採り入れて照明にしており、職員用福利厚生プールもその限りなのである。

 そして先程からゲンドウと冬月がプールへと続く廊下を歩いてきたのだが、そろそろ目的地に到着しそうなのである。

 「・・・機械で増幅されているとは言え、太陽の光を直に見るのは久しぶりだな」

 ゲンドウがポツリと呟く。

 ネルフ総司令と言う立場にある彼は常日頃から激務に追われており、また保安上の関係から地上にある自宅に帰る事など殆どなく、僅かな自由時間さえも本部最奥部にある自室で過ごしているのである。

 「ああ・・・」

 眩しそうに目を細めていた冬月が言葉少なに同意する。

 彼もゲンドウほどではないが暫く自然光を拝んでいないのだ。

 確かにゲンドウよりも頻繁に地上にある自宅へと帰れるのだが、殆どは夜半過ぎであり月光と映像以外で自然光を見るのは数週間ぶりなのである。

 日頃はチャランポランの極みとまで思われているネルフだが、やる時はやるぞ、仕事してるぞ、と言うワケだ。

 一部年中無休でチャランポランな輩もいるが。





 暗がりになれた目に健康的な陽光が突き刺さる。

 まるで孵化をする蛹のように薄暗い廊下は眩しい白亜の光が溢れるプールへと繋がっている。

 「・・・・・・終らない夏か」

 陽光を遮ろうと手をかざしながら冬月が呟いた。

 15年前に世界を襲った未曾有の大災害であるセカンドインパクト、それは主たる被害者である日本に終らない夏を授け、人口の半数と四季を奪っていった。

 日照時間が増え、気温も上がった事によって食料の自給率は回復し、東京が水没した事がまるで瀉血にでもなったかの如く極端な中央集権制も崩れた。

 ミクロ的に見れば日本はセカンドインパクトによって傷を負ったのだが、大局的には強引な外科手術とも言えるだろう。

 ただ、代償があまりに大き過ぎただけの。

 「あ、司令。それに副司令も」

 ゲンドウと冬月がそんな感慨に耽っていると、アスカが彼らを発見し、レイと共に会釈をする。

 「やあ・・・楽しんでいるかね?」

 アスカとレイが話し込んでいたテーブルまで近寄った冬月が孫に対するかの様に話し掛けた。

 「ちょっと副司令聞いて下さいよ。ここのコード進行なんですけど・・・」

 そう言ってアスカが先程までレイと共になにやら書き込んでいた楽譜を冬月に手渡す。

 「ふぅむ・・・」

 冬月が手渡された楽譜を見ながら唸る。

 数行読んでは反芻するかの様に頷きを繰り返している。

 「・・・・・・シンジは何処だ」

 やや手持ち無沙汰なゲンドウがプール全体を見渡しながら尋ねる。

 その問いに一瞬顔を見合わせた2人は―――、

 

 声を揃えてプールの一点を指差した。










 シンジッ!



 「声」が聞こえた。

 「音」ではない。

 「声」である。

 音と言うモノは空気を振動させて伝わる。

 大気を振動させ、波紋を作り、風に乗り、鼓膜を振るわせて伝わる。

 だが、波紋は次第に小さくなり、細かい振動は消えてしまう。

 だから距離が離れればそれだけ伝わる音も小さくなり、伝わるタイミングもずれてくる。

 だが、「声」は違う。

 「声」が伝えるのは音だけではない。

 「声」は「想い」を伝えるモノだ。

 「想い」は心が振るえる事によって生まれ、時間も、空間も超越し心に響く。

 これが「想い」であり、「叫び」であり、「声」なのである。

 だから水に呑まれ、意識が闇に閉ざされていたシンジにゲンドウの声が届いた事に何の不思議があるであろうか。

 いや、ない。(反語)

 ないんだったらないんだい!

 (父さん・・・?)

 父の声が聞こえた事により、シンジの意識に拡がっていた闇は急速に消滅していった。

 ゆっくりと目を開けると、水によってゆらゆらと朧げに揺れる照明が見える。

 (キレイだ・・・・・・光ってキレイなんだな・・・・・・)

 光は水面を通した事によってまるで太陽の様にゆらゆらと拡がり円を描く。

 (似ている・・・・・・そうか・・・・・・アスカって太陽に似ているんだ・・・・・・)

 シンジの顔にゆっくりと笑みが拡がる。

 その笑みは慈愛に満ち、諦めにも納得にも似たモノだった。

 真白き光に包まれながら、再度シンジの意識は闇に呑まれていった。















 「・・・・・・ふぅむ。確かにこのコード進行だと少しばかりスタンダード過ぎるかな」

 ポンポンと手の甲で楽譜を叩きながら冬月が指摘を始める。

 「やはり、ロックとは反抗の精神の表れだからねぇ。始祖エルビスにさえも反抗する事が我々に出来る最高の手向けだろうと・・・」

 と、冬月が言い終わらない内に―――、





 「シンジッ!」

 ゲンドウがそう叫び―――、




    クロース・アウツッ
 「脱衣ッ!!」

 残像と衣服を残し、宙へ舞った。










 まるで太陽をこの手に掴み取らんとするイカロスが如く、両の腕を広げ空へと身を躍らせるゲンドウ。

 鍛えぬかれた逆三角形の上半身と、腿から足首に向かって錐の様に鋭く尖る下半身には、別種の生物が寄生するかの様に蠢動する鋼を縒り合わせた筋肉が張り付いている。

 逆光の中で跳躍の頂きに到達した肉体は、「慣性のみで飛ぶ全ての物体は必ず放物線を描きつつ落下する」との物理法則を歪め、急角度で水面に突き刺さらんと落下し始める。



  ダッボォォォォォォォォォンッ!



 (待ってろ、待ってろシンジッ!)

 大きな水煙を上げながらゲンドウの肉体は水中へと消えていった。





 最大で深度3mにも達するネルフ職員用プール。

 シンジの意識はその最深部で闇に抱かれていた。

 その顔に慈愛に満ちた笑みを浮かべて。

 (ちぃっ! もう少しで、もう少しでシンジに手が届くと言うのにッ!!)

 水中でゲンドウが歯噛みすると、押し出された酸素がゴボリと泡になり水上目差して上昇して行く。

 (今さらになってシンジのカナヅチが私譲りだと言う事を思い出すとはッ!!)

 ゲンドウが苦渋に満ちた表情でギリギリと歯軋りをする。

 (これでは、これでは暗示によって自らを大海原をギュインギュインと泳ぎ回った挙句惨殺された第六使徒と思い込む事さえ出来ないではないかッ!!)

 ・・・・・・やはり親子か。

 (おのれッ! おのれ水めッ!!










 最初に異変に気が付いたのはレイであった。

 大気が震えている。

 そう感じたのだ。

 「・・・・・・・・・ねえアスカ」

 「へ?」

 冬月と楽譜を睨み、彼のアドバイスを聞いていたアスカがキョトンとして振り向く。

 冬月も片眉を上げ、怪訝そうな表情で顔を上げた。

 刹那、



 ザワッ



 アスカは自分の全身の毛穴が開いた音を聞いた。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 水面が、ゲンドウが着水した地点を中心に波紋を描き始める。

 「レイ、副司令ッ! 早く伏せてッ!!」

 言うが早いかレイの水着を掴んで引き倒す。

 「おふぅッ」

 アスカによって引き倒され、側頭部を床に強打したレイがうめく。

 「何なの!? こんなに強い“気”を練るなんて人間業じゃないわよッ!?」

 頭を押さえて蠢いているレイの横でアスカが叫ぶ。

 「まさか碇ッ!」

 ギリっと歯噛みをした冬月が両手で素早く印を結び始める。

 (間に合うか!? ・・・・・・いや、ワシも“創造者(ザ・クリエイター)と呼ばれた男。この娘達の、そしてこれからの世界の為にも間に合わせてみせるッ!)

 急速に大きくなりつつある波紋を睥睨しつつも冬月の両手は無数に印を結び続けている。

 残像を残しつつ結ばれる無数の印。

 もしこれを超一流の物理学者が見たのならば、それぞれの印が抽象的にではあるが高度な波動方程式を表現している事に気付いたであろう。

 そしてこの場所において、それを見つめているのはアスカのみであった。

 彼女の目は冬月が結ぶ印のほぼ全てを見つめ、その優秀な頭脳の中で意味を推測し、見逃していた部分を推論ではあるが補足していった。










 (おのれ、我が愛息の生命の息吹を摘み取らんとする水めッ!)

 ゲンドウは自らの怒りが丹田のさらに下にあるクンダリーニ・チャクラで回転し始めるのを感じた。

 最初はゆっくりと、しかし力強く回転し、限界まで縮まされたバネの様に着実に力が蓄えられている。

 クンダリーニ・チャクラで限界まで蓄えられた力はムーラダーラ・チャクラ、スヴァディスターナ・チャクラ、マニプール・チャクラ、アナーハタ・チャクラ、ヴィシュッダ・チャクラ、アージュナー・チャクラ、そしてサハスーラ・チャクラをも回転させる。

 全てのチャクラが解放された今、ゲンドウの肉体は一本のシャクティの通路となって存在する。






















































!!!






 太陽よりも白く、強い光が爆発する。

 光はプールの水を全て吹き飛ばしてもなお勢いを弱める事なく大気を振動させる。

 さらに、超高速で吹き飛ばされた水滴はそれ自体を鋭利な凶器と化し周囲を襲う。

 プールサイドに置いてあったテーブルは、水滴によってまるで至近距離で散弾を受けたかの様に無数の穴が穿たれて無残な姿へと変貌した。

 「波動法P13-R、シュレディンガー!

 白い光の爆発から一瞬遅れて冬月が術を完成させる。

 冬月とアスカ達の周囲を球形の霧が――正確には3人に襲い掛かった水滴が存在確率を歪められ粒子となって飛散している――生まれた。

 シュンシュンと消えていく水滴を睨んでいる冬月の額に汗が浮かぶ。

 プールに蓄えられていた水は約2000m3、つまり約80万リットルにも及ぶ。

 それが一部とは言え鋭利な水の散弾となって襲い掛かってくるのだ。

 如何に防御術法を作動させたとは言え、防ぎきれるものではない。

 だから、冬月は術が完成した後も印を結び続けた。

 一枚の紙では銃弾は防げない。だが、厚い電話帳ならば銃弾を防げる。

 冬月はまさにそれを体現しつつあったのだ。

 (・・・・・・予想以上に水滴の勢いが強い)

 筋肉が悲鳴を上げ、神経が泣き叫び、骨が絶望にのたうつ。

 老いた冬月の肉体は限界に近付きつつあった。

 しかし、既にプール自体には水は殆ど残ってはいない。

 (もう少し・・・・・・もう少しだ。もう少し耐え切れば水滴は終る。例え両の手を失っても術を途切らせるわけにはいかん)



 プチプチプチ



 腕の細かい血管が爆ぜる音が神経を直接響かせる。

 鬱血によって赤黒く変色した腕を振るいながら冬月は耐えた。

 彼の常人離れした精神によって運命の輪は幸運の方向に回り始めたかの様に見えた。

 幾ばくか余裕の出てきた冬月は、自分が守り通そうとした2人の少女を見遣った。

 レイは未だに側頭部を押さえながら床で悶絶しており、アスカは冬月の動きを、そして彼に術を発動させる原因となった白い輝きを見つめ続けている。

 (・・・継ぐ者が現れた、と言う事か)

 千切れ飛ぶ寸前の自らの腕を見つめて満足げに微笑む冬月。

 だが、彼は忘れていたのだ。

 大気を揺るがし、プールに蓄えられていた水を鋭利な凶器と化し、自らの両腕を再起不能寸前にまで追い込む原因となった白き光を。

 光と水滴をほぼ防ぎきった瞬間に衝撃が届いた。



 ゴグン



 壁が、床が、天上がひび割れ、不可視の衝撃が冬月を包み込む。

 「・・・・・・だからアイツは嫌いなんだ」

 轟々と逆回転をする運命の輪の音を聞きながら、冬月は諦めとも、悔恨とも、慟哭とも知れぬ呟きを発した。










 ハァ―ッハッハッハッハッハァッ!!

 ひび割れ、原型を保っていないプールの残骸の中でゲンドウは哄笑した。

 天井を穿ち貫いた水滴がポタポタと瓦礫を濡らす。

 が、彼の肉体を濡らす水滴はない。

 未だ冷めやらぬ“気”が周囲の水滴を全て蒸発させてしまうのだ。

 「遂に、遂に体得したぞッ! 父よ、貴方が私に伝えなかった奥義をッ!!」

 立ち上がり、胸を反らして哄笑するゲンドウ。

 「今ならば、今ならば生身で使徒にも勝てるッ!!

 そう叫ぶと、



 ダンッ!



 崩れた天井の穴に向かって身を躍らせ、

 「クァーッハッハッハッハァッ!!

 笑い声を残して何処とも知れず去って行った。

 プールサイド(現在となってはその呼称が正しいとは言えないが)には、伏せていたお陰かそれとも冬月が身を挺して盾となったお陰か、僥倖にして無傷のアスカとレイが気絶している。

 そしてほぼ瓦礫と化した壁には、まるで磔になったかのような冬月が立ったまま埋もれていた。

 頭部はうな垂れており、表情は見えない。



 ピンポンパンポーン



 奇跡的のまだ正常に作動しているスピーカーから擦れ気味のチャイムの音が流れ出した。

 『お呼び出し――します。冬月――司令、――月副司令。技術―第一課赤木博士――呼びですので、い―――ゃいましたら―急、本部発令――でお越し下さ―。繰り――します・・・』

 スピーカーからノイズ混じりのアナウンスが流れ、天井から滴った水滴がじっとりと瓦礫を濡らす。

 燦々と降り注ぐ陽光が水滴に反射し、小さな虹が生まれた。

 終らない夏が冬月を労わるかの様に。










 ちなみにシンジは衝撃によって後頭部を強打し血の海に沈み始めていた





 (なんでこんな展開になったか考えている)

 暗示によってガギエルと思い込む→ムリ→ゲンドウ助けに入る+巴ダイナミック

 なるほど。





 ってなわけでどーも皆様お久しぶりでゴンス(治虫ギャグ)、ミヤソーです。

 いやはや今回は前回と比べて会話が少なくて難産でした。2ヵ月半かかりました。





 スイマセン。本当は3日で書上げました。サボってました。許して下さい。パンツ脱がさないで下さい。痛いのはイヤです。やめて下さい。許して下さい。ヘンな物握らせたり咥えさせたり突っ込まないで下さいぃぃぃぃぃぃぃっ!!





 えー、今回のコンセプトは「やたら真面目なモノローグ」と「意味のない会話」です。

 途中に出てくる「ロック論」とかです。





 次回はいよいよ使徒との決戦です。

 たぶんACT10は確実にDパートまでかかると思います。





 ちなみにゲンドウの父はそのうち短編かなんかで出てくるかもしれません。

 名前は「六分儀ゲンシバクダン(通称ゲンバク)」、予定しているタイトルは『YAH! YAH! YAH! 六分儀ゲンバクがやって来た〜A Hard Days Night』です。

 書かないかも。





 ってか、原作だとまだ放映時間5分も経ってないじゃんッ!!



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