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天声人語

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2010年3月3日(水)付

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 雪と氷が舞台ゆえに、札幌も長野も、冬季五輪の記憶は決まって白地によみがえる。浅田真央、上村愛子、小平奈緒、チーム青森……。女子ばかりで恐縮だが、選手団の帰国を節目に、バンクーバーの興奮も白い紙に包んで胸に納めよう▼金メダルなしの戦績には、それぞれ思いがあろう。橋本聖子選手団長は「国の支え」を訴えた。選手たちにも「国家事業として五輪に臨むという姿勢を再確認してほしい」と伝えたそうだ▼「銅を取って狂喜する、こんな馬鹿な国はないよ」。東京都知事の石原慎太郎さんは、ご本人言うところの惨敗にあきれ、「国家の心意気」を求める。「国家という重いものを背負わない人間が、いい成績を出せるわけがない」と▼国を挙げての育成や強化はいい。ただ、五輪が国威発揚の場になっては、最高レベルの肉体の競演に水を差す。日の丸に燃えても、背負って押しつぶされては元も子もなかろう。ほどほどに国を意識する、しなやかな精神がほしい▼ロシア代表としてフィギュアのペアに出た川口悠子さんは、日本国籍を捨ててまで夢を追った。「日本のためとか、ロシアのためではなく、自分が好きだから滑っています」と話すのをテレビで見て、爽快(そうかい)だった▼真央さんは「金妍児(キム・ヨナ)選手には現役を続けてほしい。やはり一緒に試合に出て、しっかりと勝ちたい」と語る。私たちが心に刻むのは、個々の選手の笑顔や涙、正直な言葉である。オリンピックは国家間ではなく、選手間の競争だ。日の丸は、白い思い出に透けて見えるくらいがいい。

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