現在位置:
  1. asahi.com
  2. 天声人語

天声人語

アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

2010年3月2日(火)付

印刷

 たび重なるつらい経験から、三陸地方には「地震=津波」の教えが染みついているという。だが、50年前のチリ津波は勝手が違った。前触れとなる揺れがなかったこと、むくむくと高潮のように寄せてきたことだ▼未明に津波を目撃した漁師は「海が膨れ上がって、のっこ、のっことやって来た」と語っている(吉村昭著『海の壁』)。近海で発生した過去の津波が一気に突進してきたのと違い、引いては寄せる周期が長かった。干上がった海底で魚を取る子など、間一髪の話が残っている。「のっこ、のっこ」の怖さだろう▼再びチリで起きた大地震で、三陸海岸などに大津波警報が出た。その名も恐ろしげな警報は17年ぶりだという。太平洋に沿った鉄道は止まり、全国で150万人が避難を促された▼NHKは当然としても、東京マラソンの中継、アニメ、CMまでが、警報を伝える列島の地図入りで放送された。防災大国の入念な態勢は、幾多の犠牲と引き換えに築き上げたものだ。気象庁は「過大な予測」をわびたが、逆に間違えるより余程いい▼津波は飛行機の速さで太平洋を渡ってきた。海を介して、どの国もつながっていると実感する。天災に国境はない。人間社会のはるか前からグローバルなのだ。だからこそ、「対岸の遠き隣国」に急いで救援の手を差し伸べたい▼防災とは、まだ見ぬ破局に備えることをいう。地球はいま、天変地異ばかりでなく、ともに挑むべき緩慢な危機に満ちている。温暖化、海洋の汚染、資源の枯渇。厄介な「のっこ、のっこ」である。

PR情報