婦日の寝不足日記

僕の身の回りでは毎日のようにテレビドラマさながらの出来事が起きます。
その全てを記す事はもちろん出来ませんが、どうしても漏れ出してしまう僕の心の声を聞いて下さい。
僕には語りたいことがあまりにもたくさんあるのです。

                                                           
2010年03月03日
空の旅の理由は
 火曜日の一日外来の後は、何時もだがジワリと疲れが染み出してくる。
 昨日もやや遅い帰宅後から疲れが出て、夕食を食べると直ぐに寝てしまった。ある意味疲れて眠れるという事は幸せな事だ。一度深夜に目が覚めただけで、そのまま再び眠りに付けた。
 とはいえ世の中は甘くない、また深夜未明の時刻に分娩室から呼び出される。自分に厳しい人間ならここは寒空深夜出動となる。しかし今の僕には研修医先生と言う味方がいた。研修医先生に大丈夫な事を確認すると、全てを任せてそのまま朝まで眠ってしまった。お陰で今朝には昨日の疲れも大分取れていた。その代わり昼夜大活躍の研修医先生はやや眠そうである。

 今日は検診とペーパーワークの水曜日、比較的業務は楽に設定してある。ところがそうは問屋が卸さない。
 昨日に引き続き今日も緊急母体搬送が必要な妊婦さんが飛び込んできた。診察したらすぐそこに足が触れる。こういう事は続くものだ。

 ここはすぐさま岐阜県総合医療センターへの母体搬送を決断した。とある経緯を経て搬送は救急車で無く、ヘリコプターを使う事になる。
 さてここは何時もなら、僕に代わって研修医先生にヘリコに乗ってもらう状況だった。しかし今日は比較的業務が楽な水曜日だ。しかもたまたま分娩経過中の方も見えない。

 更に今日の母体搬送は、もし搬送中に分娩となった場合、助産師さんに任せられないテクニカルな手技が必要となるケースだった。集団検診に見える何十人の方には申し訳ないが、ここは研修医先生に代わって僕がヘリコに乗り込むことにする。こういう特別な状況で無いと、僕がヘリコに乗る機会は意外に?無い。

 実は僕が母体搬送のためにヘリコプターに乗るのは、今回が初めての事だ。今まではこのややカッコ良い?役割を研修医先生かベテラン助産師さんに全て任せていた。普段の僕は一人しかいないので、搬送を決断するだけで後は通常業務をこなすしかない。今日はこのお留守番役を成長著しい?研修医先生にお任せできた。

 それにやはり、一度はヘリコプター搬送を経験しておかないと、何かの機会に意見を求められた際、説得力ある返答はできないだろう。
 と言う訳で今日の午前はヘリコプターで岐阜に飛び、帰りはタクシーと列車で先ほど高山に戻ってきた。高山に戻ってからは当然の如く残ったペーパーワークに追われている。

 何処かのドラマと異なり、僕がヘリコに乗ったお陰で誰かが特別に助かった訳では無い。しかしとりあえず搬送業務は無事に上手く行った。多分今頃は環境整った状態で問題無く?分娩に至っているだろう。
 昨日は救急車で名古屋へ、今日はヘリコプターで岐阜へ妊婦さんを送った。その率直な感想諸々は、また機会があれば後日書くとしよう。

ヘリコは空を飛ぶ


後はお任せしました
2010年03月02日
それがお産と言うものですから
 昨夜は寝る前に救急外来から問い合わせ電話一件あっただけで、夜中に起こされる事無くきちんと眠れた。しかし朝はやっぱり明け方からの緊急電話で起こされる。
 内容は近いうちに大学病院に搬送する予定だった妊婦さんが、陣発したというものであった。話せば長くなる様々な専門的な理由で、分娩は最高レベルの設備とマンパワー整った病院で行うのが望ましい。
 
 母体搬送というのは送る側と受け入れる側があって成り立つ。症例にもよるが、送る側にも受け入れる側にもそれなりの準備や段取りが必要なのは当然だ。僕はその準備を今週1週間ぐらいかけてゆっくり行うつもりだった。
 しかし予定外に早く陣痛が始まってしまったらどうにもならない。きちんと段取り立てる時間は全て吹き飛ぶ。決断を早くして直ぐに行動に移さなければ、取り返しのつかない事態に発展する可能性もある。

 というわけで朝の外来は一時ストップ。大学に電話して事情を説明し、救急車を要請して、家族やコメディカルへ対応を要請する。それぞれの立場のそれぞれの人間は「ここでこのまま分娩できないか?」とか「救急車の中でお産になったらどうするのか?」とか「ヘリコプターは使わないのか?」とか「県外の大学に搬送する理由は?」とか「誰か救急車に同乗するの?」とか色々聞いてくる。
 しかし僕にはいちいち説明する時間は無いし、その意味も無い。

 こういう時は僕がぶれないのが一番大事だ。決めた事はきちんと最後まで貫く。迷っている時間は無い。
 と言う訳で朝一番で救急車は高山から名古屋まで高速を飛ばしてくれた。同乗した研修医先生も驚きのスピードで、救急車は大学病院に到着したらしい。大学ではおそらく最高の態勢で受け入れてくれたのだと思う。

 こういうのもきちんと予定通りに、段取り準備が整っていれば、なんの問題も無い普通の事だ。
 しかし分娩は24時間いつ急に始まるか分からない。いつ突然に緊急事態になるか分からないのだ。こういうのは辛いところだと思う。

 とはいえそういう事も世間は良く理解してくれる様になった。こういう難しい事態に、誰もが協力してくれたお陰で無事に対応できた。
 後は無事産まれたかなあなんて気にしながら、僕は一日中の外来をひたすら続けていればそれで良い。そうすればとりあえず今日はまたしのぐ事が出来るだろう。
2010年03月01日
雨にも負けず、風邪にも負けず
 この週末は代務の先生に名古屋から来ていただけていた。
 体調も良くないし、公私共に忙しいし、天気図では次々と低気圧が来ているが、僕は山スキーには出動する気だ。
 今が山スキー最盛期であるし、3月に入ってしまえば事実上パウダーシーズンはほぼ終わりとなる。

 とはいえ土曜日は仕事(飲み会?)の疲れと、体調不良で山スキーはあきらめた。それでも昼間の僅かな時間で、ほうの木スキー場には出かけ、雪のチェックとかショートファットスキーの乗り心地とかを確かめてくる。
 短いスキー板をオールマイティーに乗りこなせるほどの技量は今ひとつ無いのだが、それでも残雪シーズンに備えて練習はしとかないとと思う。

 遅効性のジスロマックがやっと利いてきたのか、土曜夜辺りから体調は戻ってきた。
 日曜日こそ早起きして山スキーだ。ところが、日曜の朝は雨だった。それでも午後から晴れると言う予報を信じて栗ヶ谷方面に向かう。ところが小鳥ダムへのゲートはどの側も固く閉ざされていた。これは雨のせいだろうか、それとも高速河合PAが出来た関係だろうか?
 飛騨の秘境?栗ヶ谷山スキーに、この時期下道から入れないのは残念だ。せっかくの早起きが台無しになったのも悲しい。

 雨は中々降り止まなかったが、この雨は標高の高い所では多分雪だろう。一気に転進を決めて河合村から平湯に向かった。
 めげずに車を走らせて平湯に着いたのはもう9時近かった。既に営業を始めているスキー場は避け、神の湯側から金山岩への尾根に取り付く。
 急な尾根を辿ると、当たり前だが地図通りにスキー場最上部ゲレンデに出た。この頃から雪は止んで晴れ間が見え始める。

 さてしかし日曜は大事なアニバーサリーで、夕方からは嫁さんとお出かけの約束がある。引き返す時刻は午後1時と決めた。
 ちょうど午後1時に森林限界に着いた。もう直ぐ上が金山岩頂上だが、これより上は雪少なくアイゼン必要となりそうだ。絶対遅刻できない用事だったので、登頂はあきらめて滑降に移った。
 滑降ラインは以前☆さんから教えていただいた谷筋コースを取る。予想通りの素敵なラインだった。重雪パウダーを存分に楽しむ。
 アップダウンの多い尾根をこなして、そのまま安房谷(わさび谷下流)まで降りた。春のざくざく雪だったが、傾斜は強いので結構楽しめる。

 その後は大急ぎで片付けして、温泉もそこそこに帰宅。家族と楽しい時間を過ごした。昨年の同じこの日は、ニューギニアで増水した川の下降に必死の思いをしていたのだが、それがまるで夢の様だ。
 と言う訳でその後はお出かけ先から直接病院に出勤し、何時もの忙しい外来に手術、月曜ならではの段取り多い病棟業務に追われている。
 なんだかだらだらとこの週末の出来事を書いてきた。わざわざ読んでいただいた方には申し訳ないが、いちおうこれは日記なのだから、それでもまあ良いでしょう。

金山岩の顕著な岩下から滑降を始めた


谷筋を一気に滑降
2010年02月28日
リカバリーにはやっぱり平湯へ
 今朝は早起きして栗ヶ谷に向かった。ところが小鳥ダムのゲートが河合村側も清美村側も閉じている。これでは栗ヶ谷に入る方法は無い。
 仕方ないので平湯に向かい、金山岩で美味しいパウダーをそれなりにゲットしてくる。
 9時過ぎから登りだした、タイムリミットありの山スキーだったが、頑張った分上出来のラインが引けた。

今日のライン。時間が無いので報告はまた後でします
2010年02月27日
春雨と杉花粉と風邪に負けました
 昨日は手術3件のややハードな日だったが、何とかISO慰労会という病院の慰労行事に間に合う程度に仕事を終える事が出来た。僕はこの秋に職場を変わる人間で、しかも病院のISO資格取得更新に何一つ役立つ事はしていない。
 だから慰労される資格や筋合いは無いのかもしれないが、それでもちゃっかり慰労会には出かけ、温泉に入ったりビンゴの賞品をゲットしたりする。

 ただ翌日土曜日に山スキーに行きたいなんて希望は抱いていたので、飲み過ぎにはそれなりに注意し、2次会に流れるなんて事もせず、比較的早めに帰宅した。外は雨がザーザー振りだったが、微かな希望は捨てずにスキー板を車に詰め込んだりする。

 しかし例によって今朝は早起きに失敗した。外の雨は止んでいたが、どんより曇り空に山スキーに出かける根性は湧いてこない。これは風邪気味で体調不良が続いている事も関係している。目覚まし時計で起きて空模様を確認すると、また布団に潜り込んでしまった。

 どうも今回の風邪は長引いている。それは多分花粉症もあるからだろう。
 昨日の飲み会でも多くの看護師さんらから「先生鼻が赤いよ」と指摘されまくっていた。鼻詰まりが酷いので元気も出ないし頭も回らない。エピネフリン入り点鼻薬がこの数日間手放せないでいる。
 僕はもともとアレルギー性鼻炎の持ち主なのだが、今年は今までの中で一番症状が酷い。これは昨年の花粉の時期に、僕はずっと海外に出ていたからだろうと思う。

 エベレストを目指していた関係で、昨年僕は悪名高いスギ花粉を経験しないで済んだ。お陰でその分、今年の花粉症は酷いのだと思う。これもまた身から出た錆とも言えなくも無い。

 しかし植林の杉ほどつまらないものは、世の中にあまり無いと思う。
 戦後復興の時期に主に個人の財産として植林された日本の杉は、輸入木材と手入れされてない関係で、今や2足3文の価値しか無いと言う。
 中途半端に放置された植林杉は山スキーの邪魔でもある。植林杉の下の雪は、直ぐ固くなるため、スキー滑降の楽しみは自然のブナ林下と比べて格段に落ちる。
 別に杉に恨みがある訳ではないけれど、山にいけなかった愚痴を、杉植林にでもぶつけて書いておこうと思ったりもする。
2010年02月26日
雨が降ってますから
 昨夜は手術や分娩も無く、比較的早く帰宅できた。体調は風邪で今ひとつだが、2週に一度のフットサル練習には参加させていただく。鼻水サッカーで身体の切れは悪く、ここぞと言うチャンスにシュートを外しまくった。
 ごっちゃんゴールを一回決めさせていただいたが、この年になってなかなか足技が上達しないのにガッカリしたりする。
 スキーもサッカーもこの年で上手くなろうと思うと、若い頃の10倍以上は手間暇かけなければならない。その後は夜中に呼ばれる事無く、朝まで眠れたから良かった。

 今日は午後から手術が3件。未だに風邪症状は治らず、鼻水垂らしながらの手術となるが、寝不足無しで問題なくきちんと手術はこなす。今日はこれからISO更新慰労会というのがある。
 僕は病院のISO更新になにも貢献していないのだが、雨も降っているし山スキーは久しぶりにキャンセルして、慰労会で散々飲んでやろうかなんて密かに思っている。
2010年02月25日
嬉しさも中くらいなり、おらが春
 先週から今週にかけての激務に激山スキー、子供の風邪、飛び出した花粉、今高山で大流行している胃腸風邪、そういった諸々が全て関係していると思うが、今週はずっと体調すぐれない。
 昨日は比較的早く帰れたものの、やはり夕食食べると早めに寝てしまった。寝れる時に寝ておかないとまた夜中に起こされる可能性がある。

 案の上、明け方に2件の分娩が入ってきて、今朝も病棟からの電話で起こされた。本来なら早起き出動が必要なところだ。
 しかしここは朝の男の研修医先生に僕の代わりに仕事していただき、僕はギリギリまで寝かせていただく。お陰で体調回復してきたと書きたい所だが、やはりまだどこか元気は出ない。

 特に今日は鼻水と喉が辛い感じだ。今日の外来も何時もの様に混んだが、だんだん喉が痛くて声が出なくなってきた。
 これでは患者さんと話しする事もできないし、外来看護師さんらに指示を飛ばす事も出来ない。明日は手術3件ある。体調悪いから手術失敗しましたなんて言い訳は通じないし、プロである以上してはいけない言い訳だ。

 と言う訳で体調回復のためにはなんでもしないといけない。マイコプラズマの特効薬であるジスロマックも飲んで、今日からは嗽、のど飴、龍角散、なんでもありで体調回復に励んでいる。今日も何とか早めに仕事引き上げて、休めるだけ休もうと今は考えている。

 天気予報では週末の天気は今ひとつらしい。これもまた元気が出ない要因になっている。
 山のパウダーも消えてしまってきているし、花粉も飛ぶし、冬から春のこの時期は今ひとつ元気湧かない。これで週末に高気圧がきてくれれば元気百倍となるかもしれないが、どうもそれは残念ながら期待薄の様だ。

ジスロマックとバレンタインチョコとキリンフリーで生き返ろう
2010年02月24日
一発勝負に勝つには
 毎週火曜日の一日外来の後は何時もぐったり疲れが出る。昨夜は体調不良も重なり、夕食を食べるとぐったりして布団に潜り込んでしまった。案の定深夜から悪寒がしだす。これは子供からマイコプラズマを移されたかと思う。
 何処かの冬山の頂上で寒さに震えている夢を見ていたら、また分娩室から呼び出し電話が入った。悪寒がしてても寒空出動かと悲しく思う。

 とはいえ今の僕には研修医先生と言う強い味方がいたのを思い出した。既に産婦人科研修を始めて2ヶ月たっている。ここは研修医先生に全てを任せて、僕は再び布団に潜り込んだ。お陰で寒空出動は免れる。
 しかしその後も微妙な悪寒は続き、寝ている間中様々な夢を見た。夢の内容は何故かボブスレーやリュージュ、スケルトンと言った恐怖系競技をしている自分が多かった。これはもちろんバンクーバーオリンピックの影響だろう。

 さてオリンピックと言えば、昨日はノルディック複合団体戦が行われた。メダルの期待のかかった競技だったが、残念?ながら順当に5位に終わったらしい。
 ノルディック複合といえば、日本の誇るKING OF SKI 萩原健司が活躍した競技だ。彼の名前は昨春エルブルースに一緒に登ったノルウェー人ですら良く知っていた。

 何の因果か昨年のネパールで、僕はあの萩原兄弟の父親と一緒にトレッキングピークに登り、その際にかなりいろいろな話を伺えた。双子出産の際のエピソードとか、育児教育に関する話など、公私共にとても勉強になる。

 なお僕の子供も何時の日か荻原兄弟の様に活躍する日が来たら夢のようだが、それはまず今のところ全く持ってありえそうもない。 その後萩パパさんは不整脈抱えながら、ロブジェピークに登りチュオユーにも登っている。まるで三浦雄一郎並みの活躍だ。この辺はもちろん遺伝子の違いもあるのは間違いない。

 さてさて萩パパさんの話で特に印象深かったのは、オリンピックで絶対本命とされていた萩原健司が個人金メダルを逃した時の話だった。
 それによると特別な一発勝負の場合、「何時もと同じにやれば良い」と考えて飛ぶと駄目らしい。「何時もと違う最高のパフォーマンスを見せる」という気持ちで飛ばないと勝てないと言う。

 一般と異なるオリンピッレベルならではの話だと思う。
 今日からは日本期待の女子フィギュアスケートとかアルペン競技もある。ぜひどこかで日本人が、またもう一花何処かで何かを咲かせてもらいたいものだと思う。
2010年02月23日
もちろん休んだりしません
 昨夜は久しぶりに夜中に呼ばれること無く、きちんと朝まで眠れた。お陰で週末の山スキーの疲れもすっかり取れると書きたいところだが、実は昨夜辺りから体調が今ひとつ優れない。
 どうやら子供の風邪を拾ったらしい。赤ん坊の頃から喉がやられやすい三男は、昨夜は一晩中咳が続き、今日は学校を休む事になった。

 救急当直をしょっちゅうしないといけない研修医先生によると、高山ではこの数日間胃腸風邪が大ブレイクしているらしい。お隣の高山日赤はベット満床で、もう受け入れ不可状態だと言う。
 話によるとノロウィルスだと言う事だが、一説ではマイコプラズマとかロタウィルスもあると言う話もある。ノロでもロタでもマイコでもやる事はほとんど対症療法ばかりなので(マイコには特効薬あり)、それ程の差は無い。

 と言う訳で僕も咳、頭痛、背部痛、やや緩めの排便など、各種症状が出ているが、何もしないしする事も出来ない。多分身体を休めて、しっかり睡眠を取る事が一番良いのだろうが、僕にはそれもなかなか許されないのが辛い。
 
今日も朝からひたすらに外来が続き、既に100人以上の人と診察で接しているだろう。感染症なんで何処から来て何処に行くのか気にしていたらこの仕事はとてもできないと思う。
 第一それを気にして僕が仕事休んだりしたら、別の病気で死人が出るかもしれない。ノロでもロタでもマイコでも、僕は仕事しながら自力の免疫力で治すのじゃあ、と心に誓っている。

 さてさて話は変わり、先日僕の所にソニーからPCバッテリーリコールの知らせが来た。
 特に何も不調な事は無いのだが、気をつけないと機械部分が過熱する可能性があるらしい。
 と言う訳でいろいろ手間かけて新しいバッテリーに変えてもらった。生物には免疫力があっても機械には無い。
 機械が調子悪くなると誰かが修理するしか自動的には治らない。新しいバッテリーに変えてもPCに何も変化は無いのだが、メーカー側の対応も大変な事だと思う。

 なおトヨタはアメリカでのフロアマットの不調で、何と既に500万台以上の車をリコールしているのだと言う。
 500万台と言うと驚きの数字だ。メーカーさんにはメーカーさんの責任と言うのがあるのだろうが、これだけのリカバリ業務をしなければならないトヨタ社員はお気の毒だと思う。フロアマットの交換なんてユーザーでもできるのになんて書いたら、大企業に優しすぎるだろうか?
 とにもかくにも機械にも、自力で治す免疫力があれば良いのにと、きっとトヨタ社長は痛切に思っているに違いない。
2010年02月22日
山から帰ったその夜も
 昨日の烏帽子尾根は緊張感ある耐久系ルートだった。楽しみ少なく苦労は多い。天気良く景色すばらしかったが、ある意味一日中修行していた様な感じだ。
 だからかどうか昨日帰宅後は何時に無く疲れがジワリと貯まり、何となく熱感がしたりする。これは多分子供の風邪が移されたのかもしれない。

 山から降りたのも何時もより遅めで、駐車地点に戻ったのは午後4時近かった。
 子供のサッカーの迎えが午後5時に予定してあるので温泉に入る事もできず、真っ直ぐ山から自宅に帰る。
 この点乗鞍岳山麓での山スキーは有難い。特に昨日の様な乗鞍西面の場合、山から自宅まで30分そこそこで戻る事が出来る。強力パートナーのM先生は岐阜の自宅まで大渋滞に巻き込まれ、自宅まで5時間もかかったと言う。山スキーに関して言えば僕は全く恵まれている。

 さてとは言うものの、帰宅後も僕は忙しい。子供の用事に仕事もある。特に夜中にかけて難産系の分娩が残ってしまった。早く寝て少しでも疲れを取っておこうと思うが、別件で救急外来からの仕事も入る。
 日付変更線を越えた辺りから。「患者さんが緊急手術を希望されてます」とか「胎児心拍下がります」とか、その手の連絡が次々と入る様になった。これは手術分娩も視野に入れとか無いといけない。もちろん僕はゆっくり気持ちよく寝れはしない。

 午前4時ちょうどに分娩室から「大至急来てください」コールが入った。
 すかさず吸引の準備を指示して、スクランブル発進だ。その後はまた、薬入れたり押したり引いたりとかで、何とか仕事をこなす。一段落ついた頃にはすっかり空は明るくなっていた。
 身体はだるくて眠たいが、その後に寝る事は許されない。既に患者さんらは待合室で順番取って並び出している。

 幸い今日は予約診察のみの月曜日で、午後に手術は無かった。風邪と疲労と寝不足で身体は重くて頭重感は今でもする。しかしこれも身から出た錆だ。こういう風に愚痴を日記に書いて、また今週1週間も倒れない程度に頑張ろうと思う。

子供の迎えに車で向かっている最中。今さっきまで登っていた烏帽子尾根が夕陽に染まっていた(正面電柱てっぺんのすぐ左が烏帽子岳です)
2010年02月21日
引き返す事も勇気
 高気圧と日曜日と強力パートナーの都合が合致した。今日はこれまた嬉しい山スキービックデイだ。だったら当然山スキー好適ルートでお約束快楽スキーを楽しみたいと、普通は思う。
 しかし僕はどうもへそ曲がりだ。過去に記録を僕は見ない乗鞍岳烏帽子尾根の山スキートレースを狙ってみた。きっと山スキー不適なラインに違いないが、Misao先生にはまたまた僕の我侭を聞いて貰ってしまう。

 と言う訳で朝まだ暗いうちから、池ノ又林道を歩き出す。急な尾根末端から長い尾根に取り付いた。雪壁、藪、細かいアップダウンと次々と困難に襲われる。雪は硬くてパウダー滑降も期待できない。
 挙句の果ては頂上直下で、凍った雪庇稜線に行く手を遮られた。危険を冒して稜線を通過するモチベーションは沸かなかった。それまでの尾根登りでも十分頑張ったし、烏帽子岳登頂自体はスカイライン側からの方が遥かに易しく登頂できる。

 晴天下ここまで頑張って惜しい気もしたが、引き返すのもまた勇気だと思う。
 頂上直下からの滑降を狙っていたMisao先生も凍った斜面にピーク滑降をあきらめてくれた。下手に無理して滑り出すと、冗談抜きで危険だったと思う。その後の長い尾根の滑降も、決して楽でなく大変だった。

 この手のアルパイン系?ルートではあきらめる事も大事だと思う。記録未見?のルートにあえて挑戦したこと、その結果はともかくそのチャレンジングスピリットの方を、僕は自分ながらに誉めてあげたいと思った。

挑戦することにきっと意義はある


3級プラスの木登り


この尾根の通過をあきらめた。頂上は右端の岩峰
2010年02月20日
25年ぶりの敗退だったり
 ここの所毎週の様に山スキーに行っているので、週末にやる事が貯まってしまっている。それにたまには勉強?もしないといけないだろう。しかし懲りない僕はせっかく岐阜の学会に行くのならと、ついでにまた奥美濃の山スキーに出かけてしまった。

 目論見では午前中にさくっと登って、岐阜でショッピングして学会聴講の予定だ。狙いは金糞山という渋い?山の北尾根だ。
 金糞山には今を去ること四半世紀前に大学山岳部のラッセルトレーニングに一泊で出かけ、あえなく中途敗退した苦い思い出がある。今回は山スキーと言う新しい?アイテムを得て、締まった雪でさらりと昼までに登れる事を期待する。

 しかしそうは甘くない、愛車で浅又林道に入った途端に、大雪で車は進めなくなる。
 僅かなスペースに車を停めてスキーで歩き出すも、奥美濃ならではの湿雪ラッセルに苦戦する。平湯の雪とは全く別物の雪だった。
 しかも足を溝に落として濡らしたりとか、奥美濃ならではの重苦しい?天気とかで、思いっきりモチベーションは下がる。結局川の渡渉点で引き返す事を決めた。

 僕にはいつもやる事は山ほどある。奥美濃の雪の雰囲気に触れただけで僕は満足だ。その後はもちろん学会に参加するし、買い物も出来た。25年ぶりに来た山で再度引き返すなんて全くもって冴えない話だが、そういうのもある意味幸せな事なのかもしれない。

奥美濃で25年ぶりのラッセルトレーニングができました


時間的に無理してまで、ここを渡渉する気は出ませんでした
2010年02月19日
寝不足胃カメラの顛末とか
 深夜の難産が重なりずっと眠気が取れなかった週前半だったが、週の後半に入りやっと少し落ち着いてきてくれた。入院患者さんの人数は多いが、落ち着いてきてくれていてホッとする。
 これでまた僕には楽しい週末がやってきそうだ。寝れる時には早く寝て体調整え、いまや真っ盛りの山スキーに備えようと思う。

 さて昨日の朝は前夜ほとんど寝れてなかった上に、もう一つ辛い行事?が僕を待っていた。それは毎年恒例の病院検診で胃内視鏡検査を申し込んでいたからだ。
 僕は1年前のエベレスト遠征で体重が5kg痩せた。僕は良い事と悪い事は糾える縄の様にセットでやってくるという人生観を、今までの経験で何となく持っている。

 そこでエベレストからの帰国直後に金沢の山スキーヤーYasuhiro先生の所に伺い、僕は胃と大腸の内視鏡検査を受ける事にした。幸いその時に胃がんや大腸がんは発見されなかったが、その代わりピロリ菌による重症?の胃炎を指摘された。

 ピロリ胃炎なんて胃がんと比べたら100倍マシだ。僕はYasuhiro先生による早期発見に感謝し、真面目にきちんと抗生剤で除菌療法を受けた。その結果きちんと除菌されたかどうか、僕は病院の消化器内科医にきちんと確認して貰いたかったのだ。

 と言う訳で、どんなに眠くても、また外来で患者さんが何十人と待っていようとも、キャンセルする事無く、昨日朝一番で内視鏡検査を受ける。
 優しい?看護士さんはセルシン注射して楽に検査受ける事を僕に勧めてくれたが、その後に外来診察が山ほど待っているのでセルシンなんて注射は受けない。だいたいセルシン注射受けなくても既に僕は十分眠い。

 さてさてその結果は、まだあちこちに慢性胃炎が残っているというものだった。何となく怪しい部分もあるが胃がんではないでしょうとも言われる。
 そして肝心のピロリはどうかと言うと、ウリナーゼ??という検査で無事に陰性という結果が出た。とりあえずホッとする。ピロリさえいなければ、将来胃がんになる可能性はかなり少ない(きっと)。
 子供からはこの1年間ピロラーだと質の悪いイジメ?を受けていたが、もうピロラーで無いと言い返す事も出来る(ピロラーなんて言葉は実際にはありませんから念のため)。

 例によって内視鏡室から産婦人科外来に戻ると、待合室には患者さんらが溢れていた。
 胃部膨満感と眠気に耐えながらひたすらの秒単位外来となる。だがその後は仕事落ち着いてきたから言う事は無い。

 癌は早期発見が大事だ。しかし早期発見でも発見されたらその後はやはり大変だ。早期発見よりできるなら予防できた方が、もっと良いに決まっている。と言う訳でYasuhiro先生は僕の命の恩人だなんてここに書いたら、それはちと大げさなおべっかみたいだろうか。

去年6月エベレスト帰国直後の僕の胃。この時より今の方が大分綺麗?な胃になりました
2010年02月18日
3方1両の得と損
 昨夜も帰宅時に2件の分娩が残った。その内1件は緊急帝王切開となる可能性が高い要注意妊婦さんだ。しかも連日の深夜労働で疲れもある。これは少しでも早く寝て、睡眠不足を補い、深夜の緊急手術でも対応できる様にしておかないといけない。
 と言う訳で帰宅したら、オリンピック番組を見るのもそこそこに、早めにデパス飲んで眠りに付いた。

 しかし例によって思惑は外れた。まず救急外来からの電話で起こされる。次いで分娩室からの呼び出しで起こされる。夜の雪道を出動しまとめて対応した。
 更に日付変更線を越えてから、救急外来よりまた電話が入った。これに出動していたらまたまた今日も寝不足必至だ。何日間も夜昼無く働き続けたら、身体のみならず心も壊れる。と言う訳でこれは当直医への電話連絡のみで対応した。

 しかし深夜未明からも仕事は続く。
 午前2時を過ぎた辺りから病棟助産師さんから何度も心配そうな電話が入る様になってきた。もちろんぐっすり眠れる状態なんかじゃない。緊急手術にするか、経膣で頑張るか、寝ぼけた頭で判断する。
 4時を過ぎた頃に、足が出てきましたという、婦長さんよりの電話が入った。これは出動せざる終えない。この数日間の寝不足で、寝ているのか起きているのか良く分からない朦朧とした頭だったが、ここは日頃鍛えた根性でスクランブル出動する。

 その後分娩室脇で待機する事1時間、それなりのテクニックを用い、深夜未明に無事、きちんと産まれる。早産だったが、新生児は良く泣いてくれた。僕と研修医先生と小児科先生は寝不足となったが、お母さんは緊急帝王切開を免れる。
 分娩と言うのは手術分娩と経膣分娩で、そのかかる費用は手間は全く異なる。これでその後の反復帝王切開も避けれた訳で、帝王切開率を避ける事は、医療経済的にも意味はある。

 さてさて昨日昼から夜中にかけての一連の僕の判断で、否応無く新生児は天?からのリスクを負った。
 一方家族は心配が増えたかもしれないが、お母さんは結果的に手術を免れた。かかる医療費は安くなり、僕を含めた数人の医療関係者は寝不足になった。誰がどう得をし、損したか、それなりに分析し書くと面白いかもしれない。

 しかし大事なのは新生児もお母さんも大きな危機を脱し、無事問題なく経緯したという結果だろう。
 今日も僕にはまだ仕事が続いている。昨夜の出来事を分析するよりも、今夜こそきちんと眠れるかどうかという事の方が、僕には遥かに切実な大問題だ。
2010年02月17日
ボディが大切です
 一日中の秒単位外来及びその他諸々で、昨日は疲れ果てての遅い帰宅となった。
 それでもまだ経過中の分娩が残っている。案の定日付変更線を越える頃に、分娩室から呼び出しがかかった。
 おっとり刀で夜の雪道を出動する準備をしていたら、心拍下がるから早くしてくれろと、スクランブル呼び出しの電話が続けざまに入ってくる。と言う訳で寝巻きのままのスクランブル出動となった。

 分娩は予想通りの難産となり、押したり引いたり薬使ったりで、何とかこなす。この手の分娩は江戸時代より昔ならきっと死産となったのだろう。しかし今の産科医療のレベルではもちろん死産になんてできはしない。ここはきちんと問題なく対応するが、睡眠時間はもちろん確実に削られた。

 その後深夜に呼ばれる事は無かったのは助かったが、それでも今朝起きた時にはまだ昨日の仕事の疲れがまだ大分残っていた。山の疲れは短時間睡眠でも取れるのに、仕事の疲れは中々取れない。これはそういうものなのだろう。

 幸い今日はペーパーワークの水曜日だ。研修医先生の力も借りて、できるだけ楽する事を心がける。先ほどはまた別の要注意分娩が入ってきたから、また今夜引き続きの重労働になる可能性がある。
 楽できる時に楽しておかないと身体が持たない。疲れたままの深夜労働では結果に差が出てくる可能性だってある。僕の場合仕事の出来栄えは、色々な生命の質に関わる事もあるので、休養は何よりも大事なのだ。

 さて話は変わり、冬のバンクーバーオリンピックが始まった。それなりに日本選手の活躍も聞く。それに合わせてNHKではミラクルボディと言う番組が作られていた。ついつい興味深くテレビ見てしまったりする。

 さてさてオリンピッククラスの選手は当然だが、一般人でもボディは大切だ。
 特に若い女性の場合はある程度強い身体がどうしても必要となる。それは分娩があるからである。必ずしも世の中の全ての女性が分娩しないといけない訳ではないのだが、分娩できない女性ばかりが増えると、人類は滅ぶ。これは生き物の原則だ。
 日本人女性の場合40kg以下の体重の方は、ほとんど生理が止まる事が知られている。これは骨と皮ばかりの身体では分娩が出来ないという事の現われだろう。

 オリンピック選手の様なミラクルな身体は必要ないかもしれないが、それでも一般人もある程度筋肉を付けて、身体を鍛えておいた方が良い。
 現代社会は頭脳の出来不出来ばかりどうしても重要視される訳だが、頭脳に栄養を与える血流の元の心臓も筋肉でできている。分娩に絶対必要な子宮も筋肉で出来ている。

 「天は二物を与えず」という諺があるが、それは嘘の諺だ。実際には身体が動く人の方が頭も良い。僕はそう思う。
 子供達にも僕はそう常日頃話している。オリンピック選手の素晴らしい肉体を見ながら、やはり人間動けて何ぼだと、改めて思っていたりする。 
2010年02月16日
医療の費用対効果
 豪快な山スキー2連荘だった週末の余韻は大分残っているが、仕事はそれとは関係なく津波の様に押し寄せてくる。記憶が熱いうちに山の記録を残しておきたいが、そんな時間も作れないでいる。
 昨夜も何とか記録作ろうとPCに向かった所で、開業医先生から母体搬送依頼の電話が入ってきた。

 僕の務める久美愛病院はいわゆる典型的な田舎の中規模総合病院だ。
 産婦人科医も小児科医も常勤は一人づつしかいない。だからどちらかと言うと母体搬送を受ける側と言うより送る側にあると言えと思う。

 しかしそれでも一応は地域の中核病院と言う位置づけされている病院だ。時には開業医さんのところから、緊急の母体搬送を受ける事もある。特に断る理由が無ければ出来るだけの事をするのは医療人の常識でもあるし良識でもある。とある理由で搬送されてきた妊婦さんは思ったより容態落ち着いていた。CT検査をオーダーすると僕はそれほどする事も無く、問題なく経緯してくれた。
 しかし帰宅はもちろん遅くなり、HPに記録アップはまた後日という事になった。とにもかくにも夜中に起こされる事は無かったのは良かったと思う。

 さてさて今日はまた忙しい一日中外来の火曜日だ。外来は混んで休む間も無く秒単位外来が続く。腰や背中や頭が痛いご婦人方が次々と来院するが、きっと診療している僕の方がもっと腰や背中や頭が痛いに違いない。
 中にはどうしても自分が癌だと信じている方?や、婦人科の病気でお腹が痛いのだと思い込んでいる方?も見える。

 なお病気と言うのは、それがあると言うのは簡単だが、無いと言い切るのは難しいものだ。患者さんがどうしても求めるのならば、次々と検査オーダーしたり診察を受け入れないといけない。
 もちろんその分医療費もかさむし、時間もどんどん過ぎていく。一人の人の診察に1分余計に時間をかけると、その後に待つ何十人の方々の診察が1分づつ遅れる。これは現実であり、その結果別の重要な見落しが出てくるかもしれない。

 医療人としてできるだけの事をする。しつこい様だがこれは医師の良識と言えるだろう。
 しかし医師の数は少ない。国民の負担する医療費の金額も少ない。できるだけの事をする言っても、何でも求められるままにやれば良いと言う訳ではない。
 時間もお金も無限に使って、山も仕事も出来るのなら、そんな幸せな事は無いだろう。
 しかしもちろんそんな事はできない。山でも仕事でも常に費用対効果、時間対効果を考えて動かないといけないのは当然の事だろうと思う。 
2010年02月15日
あれから1年しか経っていないなんて
 昨日の人形山スキー往復は肉体的にも厳しかったが、精神的にも大変な登山だった。これは雪面が硬く、滑落の危険が高い尾根筋ルートの連続だったからだろう。
 軽量化のためにピッケルを持参しなかったのも、誤った選択だった。稜線上は右も左も深く谷底まで切れている。ピッケルがないと滑落停止も出来ない。これは相当にプレッシャーだった。

 そういう中慎重に一歩一歩進み、無事に人形山まで往復できたのは上出来だったとは思う。しかしその一方昨日の様な硬雪コンデイションで単独長躯縦走するのは、危ない登山だったかもしれないとも思う。

 そんな緊張の土日連続登山を経て、昨日の帰宅後はズッシリ疲れが貯まっていた。
 ここはプレゼントのチョコレートをたらふく食べ、ビール飲んで早く寝る。代務の先生のお陰で深夜に起こされる心配が無い事も有難かった。
 チョコレートが利いたのか、睡眠が利いたのか、今朝起きたら大分元気回復していた。今日は午前中は予約診察、午後はやや手の混んだ手術だ。山で培った根性?で、一つ一つ困難を克服し今日も仕事を進めている。

 さてさてバレンタインデーといえば、去年の2月14日は自分にとって特別な日だった。
 と言うのはその日から、エベレスト頂上を最終目的とした、セブンサミット108日間の旅に出発したからだ。12年ぶりの海外で僕は、これ以上望めないような大成功を収め、その後も問題無く?仕事を続け今に至っている。これは僕にとって人生の奇跡の一つだ。

 1年前のバレンタインデーの日、僕は緊張と不安とそれ以上の期待感に心一杯膨らませ、セントレアの飛行場を飛び立った。それからまだ1年しか経っていないなんて、全くもって信じられない。
 そしてエベレストから帰っても、まだ懲りずに今年は山スキーに行きまくっている。僕くらい幸せな人間は世の中そんなにはいないだろうと心底思えてくる。

せっかく山で消費したカロリー分を、また直ぐ食べてしまいました
2010年02月14日
一つ一つ突破して進みます
 高気圧と代務の先生のみえる日曜日が重なった。今日は僕にとって素敵な山スキービックデイだ。
 ただ先週木曜日に降った暖かい雨で一気に山の粉雪は消えてしまった。パウダー狙いの豪快滑降にはちょっと適さない雰囲気が漂っている。
 ここはカリカリの雪を利用して、長躯耐久系山スキーに挑戦してみようと思う。

 と言う訳で今日は、今年の課題の一つに揚げていた飛騨側芦倉集落からの人形山往復に挑戦してみた。
 スキーに適した尾根かどうかは分からない。しかし地形図を見た限りでは尾根は比較的広そうだ。単独でもきっと何とかなると踏み、まだ真っ暗な内に急な斜面に取り付いた。

 行ってみたら尾根は予想以上に細かった。しかも左右の谷は深く切れ込んでいて、落ちたらまず助からない。
 途中予想外のギャップやナイフリッジも現れる。三ヶ辻山と人形山の間には結構怖い急斜面もあった。アイゼンとスキーを今日一日で10回以上は履き替えただろう。
 それでもくじける事は無く、一つ一つ確実に難所を突破して進んだ。

 三ヶ辻山の下ではかなり美味しい素敵な斜面も広がっていた。往復10時間半で無事飛騨側からの人形山往復に成功する。予想以上に大変な山スキーだった。それなりに注意しないと危険でもある。
 例年以上に充実している今年の山スキーだが、今日の登山は予想外の困難を一つ一つ克服する過程が楽しめ、今季一番の会心山スキーとなった。

アイゼン歩行の部分も多かった


三ヶ辻山の稜線は所々急


急な細尾根の部分も多かった
2010年02月13日
やっぱり、リベンジしときます
 昨日の仕事はそれなりに忙しかったが、まあまあの時刻に帰宅は出来た。天気は良さそうだし、代務の先生も来てくれている。これは金曜夜から早く寝て、土曜には山スキー出動しよう。
 計画通り今朝の早起きには成功した。何処に行くかはかなり迷ったが、やっぱり平湯から大崩山北面を狙う事にする。この斜面はこの日曜日に強力メンバーと共に挑んだのだが、予想外の展開で途中敗退している。

 大崩北面は平湯温泉から正面に聳え、藪だらけの急斜面で雰囲気威圧的だ。
 山スキー向けとは決して言えないが、一回はトレースしておきたい。それに敗退したままでそのままにしておくと、平湯の露天風呂に入る度に敗退の記憶が思い出されてしまうかもしれない。喉に魚の骨が刺さったような感じのままで、残しておきたくは無いのだ。

 しかしさすがに日曜日と同じラインで挑む気はしなかった。4級マイナスの木登りはしたくないし、別のラインでもっと素敵なコースがあるかもしれない。と言う訳でこの前のラインの一本東側の尾根に取り付く。
 下降は日曜日の滝を避けて、登り尾根スキーヤーズレフトの谷にした。これは正解だった。おそらく先週のラインでは、滝が露出していただろう。

 先週と打って変わり、雪は締まってラッセルは随分と少なかった。木登りも出てこない。しかし硬めの急斜面にはやはり苦戦した。素敵な滑降も楽しめたけど、デブリも多くアイゼン歩行の部分もあった。
 とにもかくに思惑通り想定ラインをリベンジできた。快楽パウダーはほとんど楽しめなかったが。それでもこれからまた気持ちよく平湯の温泉に入れる。僕はそれだけで随分と嬉しい。

今日のライン


鳥瞰図も作りました。登り尾根、下り谷


上部は素敵な斜面が続く


下半分は藪の谷筋滑降
 
2010年02月12日
安全こそ神話
 昨日は祝日だったが、やっぱり夜まで分娩は残った。
 今日は手術が2件ある。寝不足手術を避けるためにも、深夜の呼び出しを気にして眠りが浅くなってはいけない。起こされない方に賭けて、夜はデパス飲んでぐっすり眠った。その賭けには当たり、深夜の呼び出しは無しで済む。
 しかし朝の目覚ましコールはやはり分娩室からだった。ここは朝の男となった研修医先生に活躍していただき、僕は多少早く病院に行くだけで勘弁してもらった。

 続いて何時もの秒単位外来に検査にまた別の難産系分娩が重なる。
 あの手この手で急場をしのぎ、午後の手術には間に合わせた。手術2件はもちろん問題なくこなすが、やはりジワリと疲れが出てくる。昨夜しっかり眠れていて本当に良かったと思う。

 さてさてここの所トヨタプリウスのリコール問題がマスコミの話題になっている。何でも特別な状況下で、ブレーキの利きがが0,1秒弱遅れるという事らしい。
 それで世界中で40万台以上がリコールされると言う。省エネ大賞確実視されていたヒット商品が大規模リコールとは、何とも効率悪い経過になってしまった。
 
 アメリカ発で、ガリバー企業トヨタのリカバリーショットがあまりに遅かったという事が非難されている。しかしこれは単なる強者叩きみたいな感も無きにしも非ずだ。アメリカではどうもトヨタの安全神話が崩れたという言われ方をされているらしい。
 今までもペンタックスのオート一眼とか、東芝のスパコン、ソニーのウォークマンなど日本を代表するヒット商品はあの手この手でアメリカから叩かれ潰されてきた。プリウスもそんな気の毒な商品に僕には思える。

 さて僕にはプリウスがどれ程危険な車なのか判断する能力は無い。0,1秒の遅れがリコール対象なのかも分からないし、第一プリウスに乗った事も無い。
 しかし僕の考えでは車はもともと危険なモノだ。100%安全な車なんてありえない。だからトヨタの車に乗っていれば安全だなんて考え方自体がおかしいと思う。これは分娩でも同様だ。100%安全な分娩なんてありえないといのが僕の考えだ。

 危険な事が分かっていても車に乗らないと、現代社会は成り立たない。危険な事が分かっていても妊娠出産しないと人類は滅びる。要はどの程度安全なのかの程度問題なのだろう。
 トヨタの場合下手に安全神話があったものだから、求められるものも大きくてリコールのダメージも大きい。
 車でも老後でも分娩でも登山でも、安全神話なんて最初から信じなくて、安全こそ神話だと思って生きていった方が、きっと正しいと僕は思う。 
2010年02月11日
糾える縄の如しとも言いますが
 思惑通りに事は進まず、昨日もまた誘発中の分娩が残ってしまった。天気予報ではせっかくの祝日は雨だ。しかも代務の先生はいない。それでも僅かな時間があれば、山に行きたい。雪のある内に登っておきたい山は、高山近郊に幾つもある。
 仕事の具合と朝の天気を見てから出発しようと、夜の内に車にスキー板は積み込んでおいた。

 しかし深夜に救急からの電話が一件、やや心配な内容だが、ここは救急当直の医師に上手に対応してもらった。更に深夜にもう一人別の入院もある。こちらも要注意だ。と言うわけで早起きには失敗する。
 普段とあまり変わらない時刻に起きて、まず病棟に顔を出した。
 状況を見てとりあえず午前中の数時間は大丈夫と判断する。天気は今にも泣き出しそうだったが、こちらも雨は降らない方に賭けた。

 と言う訳で、そのまま車を山に向けて走らせる。もちろん遠くに行ける訳も無く、高山近郊清美IC出口付近にある、滝ヶ洞山という地元人も知らないマイナー藪山に取り付いた。
 この数日の雨で低山の雪はグサグサだ。しかも登ってる最中に、病棟から不穏な電話が次々と入る。これはこれまた山から手術室直行というパターンかなあと覚悟を決めて、とにかくそそくさと登った。

 尾根はアップダウン激しく、更に潜る重雪だ。スキーはほとんど楽しめなかった。
 しかも最後は本降りの雨にやられる。びしょびしょになって車に逃げ込んだ。病棟に電話すると、まだ手術を決めるには早そうな雰囲気が流れている。ここは濡れた身体を温泉で暖めてから、病院に向かおう。陽だまりの湯の朝風呂に直行した。

 温泉に入って病棟に電話したら、状況は変わっていた。
 手術予定の方の分娩は進行し、既に分娩室に入ったと言う。とにかくホッとする。そのまま仕事に向かい、要注意分娩は先ほど一つこなした。続いてまだ誘発中の方も残っている。昨夜深夜に救急入院となった方の対応も考えなくてはいけない。
 
 と言う訳で現在も仕事は現在進行形だ。仕事の順番を待ちながら、同時にHPに山の記録をUPする。
 僕は何一つ特別な事は無い普通の人間だ。悪い事もすれば煩悩もある。それでもとりあえず結果オーライで周りが上手く行けば、それできっと世間も許してもらえるんじゃなかろうか。そんな風に人生甘く見ているのは確かだと思う。

人生甘く見すぎと、若い頃から言われ続けています


 話は変わり、この日曜日の大崩山北面の記録がbunさんよりUPされてました。そちらのページへもGO。
2010年02月10日
だからこそ頑張ります
 昨夜は遅くまでの外来で疲れ果てての帰宅となった。子供を一人お迎えすると、その足で2週に1度の病院フットサル練習に向かう。ここはできれば気持ち良くシュートを決めてスカッとしたい。
 やや老朽化した足で硬い体育館の床の上を走り回った。何度か決定的場面もあったが、惜しくもシュートは全て枠を外れた。それでも気持ちよい汗を流せたから、仕事のストレスも一緒に少しは流せただろうと思う。

 昨夜はフットサル参加人数が何時もより少し多かったせいか、試合内容が激しく?、お陰で何時もと異なる場所で筋肉痛だ。とはいえスキーとサッカーでは使う筋肉が全く違う。故障さえ無ければ問題になる事は無い。適度な疲労で夜はきちんと眠れた。
 
 しかし今朝はまた分娩室からの連絡で起こされた。やや早めの出動を要したが、研修医先生の活躍で僕の出番は無しで済む。その後も各種処置や書類業務、分娩、検診、ドックとあちこち動きまわり、有難い事に今日も忙しく仕事こなしている。

 さてさて世間にはワークライフバランスという言葉がある。一般的には仕事と遊びのバランスを取って、上手く自分の時間を使って生きて行くという意味で使われる事が多いようだ。
 しかし僕はこの言葉の意味はそれと少し違うと思っている。ワークライフバランスの本当の意味は、仕事を沢山している人は遊びも沢山できるという意味じゃあなかろうか。逆に遊びを沢山する人は仕事も沢山するという事になる。

 僕の身の回りでも、仕事が出来る人は遊びも出来るという例が多い。
 どちらか一方だけでは長く続かない。夜のフットサルでも週末の山スキーでも、たくさん仕事している方がきっとより頑張れる。
 もちろんこれは程度問題で、髄まで疲れ切る様な状態では、サッカーもスキーもできないのだが、どちらにせよそんな状態では仕事もじきに出来なくなる。

 仕事が大変だと、その後のサッカーも走り回るし、山スキーでもギリギリまで頑張る。そんな感じがするから、仕事から逃げたり、遊びを辞めたりするつもりは、僕にはサラサラ出て来ないのだ。
2010年02月09日
雪やら雨やら
 午後の手術も無かったので、昨日は早く仕事が終わった。早く帰れる時は早く帰るのが原則だ。
 ちょっと早引きして自宅の前の雪かきもできた。しかしもちろんそのままでは眠らせてはくれない。夕食後就寝前に分娩が一件あり出動を要する。その他に子供の塾の送り迎えが何回か入る。

 更に今日明け方にも分娩が一件あった。朝一番の分娩は強い味方の研修医先生に活躍していただき楽をする。お陰で僕は2度寝できた。
 だからかどうか寝坊しすぎて、今朝の医局会には遅刻しそうになった。外はポツポツと雨が降っている。普段僕は徒歩12分で病院出勤しているのだが、今日は雨でめげて車出勤にした。お陰で医局会にはギリギリで間に合った。

 さて先週末は高山も吹雪で寒かった。ところが今日は一転暖かい雨が降っている。ここまで暖かい雨だと、山でも霙混じりになっているだろう。山の雪は毎日変わる。時間帯でも変わる。そういう事が分かる様になってきて、最近ではなおさら日々の天気が気になる様になってきた。

 さてさて僕は平日は、毎日自宅で産直してる人間だ。
 だから夜昼深夜無く、日に何度も病院と自宅の間を行き来している。夏は自転車で行き来しているが、雪が積もると徒歩になる。
 徒歩通勤途中には道脇の法面に付いてる雪の具合とか、病院向かいの北山の斜面についている雪の具合をチェックして、山の雪に思いを馳せる。時に法面で雪崩?が起きてたりして、そんな時は山でも雪崩れているのだなあなんて思ったりする。

 夜は寒い事と睡眠時間の確保のために、基本車で病院に向かう。
 自宅と病院の間には急な坂があり、凍っているとスリップ必発だ。時には歩くほどののろのろ運転で病院に向かう事もある。吹雪の深夜など、それが仕事の一部とはいえ結構たじろぎながら運転している。お陰で自分の愛車で走る限りは、どんな道の状態が危険かとか、この程度なら大丈夫とか、かなり習得できている。

 そんなこんなで、僕は普段の生活からかなり雪と親しんで暮らししてる。
 夜中の雪の呼び出しなど、もちろん嬉しくは無いのだが、それでも山スキーが趣味のお陰で合理化できる。これで毎日の当直業務でも気持ちが大分助かっているのは、確かだろうと思う。
2010年02月08日
山スキーに必要なもの
 昨夜は問い合わせ電話が2件あっただけで、きちんと眠れた。仕事上の心配事はもちろんあるが、それが仕事と言うものだから当然だ。今朝も早朝未明の時刻に分娩一件。強い味方に成長した研修医先生のお陰で僕は早起きする必要も無かった。山スキーから帰宅後にぐっすり眠れるのは全くもって有難いと思う。

 さてこの土日は代務の先生も見えて素敵なパウダー週末にするつもり満々だった。しかし蓋を開けるとちょっと不完全燃焼の気分も残る。これは土曜日の吹雪、日曜日のルート選択ミスが最大の原因だろう。
 あまり贅沢ばかり言ってられないが、今年に入って毎週の如く豪快山行を楽しんでいたから、たまにこういう週末があるとちょっと欲求不満となったりする。

 できるだけ有意義な週末を過ごしたいのは当然だ。特に次に雪の多い冬がまた何時来るか分からない。これから暖かい日々が続くとパウダーシーズンもすぐ終わってしまう。自分の年齢とか、これから先行きたいルートとか様々な事を考慮すると、あまり悠長な事も言ってられない。

 豪快な山スキーの週末を過ごすのに必要なものはいったい何だろうか。
 根性や技術、体力はまず必要だろう。経験や幸運、更にお金や時間も必要だ。そのためにも周囲を納得させるだけの仕事を普段しっかりしておかないといけないし、仕事の段取りを上手く組む要領の良さは大事だ。
 
 朝青龍の様に、実力抜群で自分は続けたくても、品格不足から辞めさせられる人もいる。
 趣味の世界の山スキーではさすがに品格までは問われる事は無い(多分)。所詮は趣味の世界なのだから、自己満足が大事で、結果に捉われる事も無いだろう。
 人生は山スキーだけではない。そんな焦っても仕方無いと開き直る方が、きっとより良い人生には正しい態度なのかもしれないと思ったりもする。

それでも十分豪快な週末だったと思います


懲りない先生のドキドキ動画ブログへもGO 
2010年02月07日
やっぱりちょっと敗北感
 吹雪の土曜日が明けて、高気圧の日曜日となった。山の天気の回復は昼頃からになる見込みだ。代務の先生は午後3時に高山を去る。それまでに素敵な山スキーを楽しみたい。

 雪崩の危険やパートナーの時間の都合もある。様々な事を考慮に入れて、今回は平湯から大崩北面を狙ってみる事にした。下から見たら藪ばかりの急な尾根に見える。しかし雪が沢山積もればそれなりに気持ちよく登る事ができるんじゃないか?そんな思惑で夜明けと共に平湯から歩き出す。

 しかしその思惑は大きく外れた。期待は悪い方に裏切られ?やっぱり下から見える通りの急な藪尾根が続く。しかも2057m峰下は痩せていて、滑落要注意状態だった。これでは山スキーに使うにはあまりに不適な尾根だ。

 天気は回復傾向だったが、モチベーションも今ひとつ上がらず、結局2057m峰から沢筋に入り、緊張快適パウダーをゲットして帰ってきた。
 今日は岐阜と三重という遠いところからみえた2人のパートナーと共に登ったのだが、わざわざ遠くから平湯までやってきて、こんな危ない藪登りとなり申し訳なく思う。

 お目当てのパウダーこそゲットしたものの、頂上には至れず。僕も何となく敗北感を感じる。しかしこんな感じの尾根ならば、リベンジでまた登ろうという気もおきないなあと思ったりする。

GPSの地図も何となく中途半端
 

せっかくだから鳥瞰図も作りました


藪尾根にテンション上がらず・・


スキーは楽しかったです
2010年02月06日
吹雪にはアバター
 昨夜から週末代務の先生が来て下さっている。金曜の仕事も比較的楽に終了したし、僕はもう山に行く気満々だ。ところが残念ながら土曜の天気は強い冬型だ。どう考えても山は猛吹雪である。
 吹雪でも無理すれば幾らでも登れる山はある。かえって悪天の方が、低山藪山系の意外な所で素晴らしいパウダーと出会う可能性もある。

 そんな事を考えながら金曜夜は週末山スキーの準備をしていた。しかし結局今日は山に行かなかった。公私共に様々な事を考慮すると、どうしてもこんな悪天に、山に行くだけの根性が出なかったのだ。
 と言うわけでなぜか行き先は一気に変わり、今日は高速に乗り高岡イオンまでお出かけとした。アバター3Dを見て、くるくる寿司を食べて、スポーツ用品店で買い物をする。要するに清く正しい?高山人の、標準的な週末お出かけだ。

 高速に乗っている間は、白川郷でも五箇山でも吹雪の連続だった。高岡の街中でもかなり雪は積もっていて、今年はやはり大雪の年になったんだなあと改めて思う。まだまだこれからも山スキーのチャンスは続く。やっぱりこんな時に山に行かないで良かったと心慰めながら車を走らせた。

 さて噂によると、タイタニックを越え歴史上最高のヒット映画になると言われているアバターだ。
 ここは当然3Dの中央座席でしっかり楽しませていただく。目の悪い僕は眼鏡の上から3D眼鏡をかけないといけないのだが、それでも綺麗な映像を存分に楽しめた。さすが娯楽映画の王道を行く作りで、当然面白い。
 きっとこれから先世界中のほとんどの人が観る映画だろうから、下手な論評は止めとくが、戦争勝ち組が作ったこういう映画を戦争負け組みの人たちが見ると、少し鼻につくんじゃないか。ちょっとひがみっぽいが、そんな事を僕は思ったりする。

 普段現実世界の山の中で冒険を楽しんでいて、ちょっと感覚が麻痺してるのか、それほど凄くは3D映像に感動しなかった。しかしそれでもこういう吹雪の日に、楽しい映画で一日を過ごせたのは、有意義な時間の過ごし方で良かったと思う。
2010年02月05日
雪降る夜には
 昨夜も帰宅後に経過中の方が残っていた。さすがに3日連続の深夜業務は避けたいなあと思っていたが、案の定?深夜の1時過ぎと3時過ぎに分娩がある。もちろんこれらの分娩に全て出動していたら、今日もまた僕は寝不足外来になる所だ。

 しかしここは強い味方に成長?した研修医先生に活躍していただけた。
 特に問題無い安産という事で、電話連絡を受けると研修医先生に全てを任せて僕は安眠する。
 こういう時に若手に全てを任せる事が出来る才能と言うのはとても大事だと思う。研修中の方に全て任せていて、大丈夫だろうかと不安に思う事で、眠りが浅くなってはいけない。他人に任せる事で自分のパフォーマンスも上がり、更に多くの仕事が出来る。これはどんな集団組織でも似た様なものだと思う。

 なお研修医先生は昨日から婦人科と外科の手術に入っている。更に深夜に続けざま2件の分娩で大変だろう。しかし若さは素晴らしい。今朝は何事も無かった様な顔で、彼は元気に仕事に来ていた。

 さていきなり話は変わり、テレビでは今、朝青龍の引退と、小沢一郎の幹事長留任の話題が持ちきりになっている。
 共に刑事事件になるかならいかが、焦点の一つだった。組織の狭間で揺れ動くベテラン実力者の行動として、何となく似た雰囲気がある。しかしテレビによるとどうやらその結果に明暗は分かれた様だ。
 横綱の場合、体力はあっても、品格に問題あったらしくて気の毒な事だと思う。幹事長は、能力のみならず十分すぎる品格もあったから、検察も踏み込めなかったという事だろうか。

 さてさて世の中には、どうしても確率的に裁判沙汰になる可能性が高い仕事というのがある。
 政治家や産婦人科医は、明らかに他の仕事より裁判沙汰に巻き込まれやすい仕事だろう。
 今までもそうだが、これからも僕の周りでは色々な事があるに違いない。それらトラブルを無事に過ごして生き残る。それにはやはり品格が一番大事なのだろうか。
 今回の横綱幹事長騒動?を見て、あまり品格の無い?僕としては、いろいろ学ばんといかんと思ったりしている。
2010年02月04日
寝不足外来、寝不足手術を何とかしないと
 昨夜も帰宅時にやや遷延してる分娩が残ってしまった。促進の指示を出しても、助産師さんは出来るだけ自然にお産にしたいらしい。結局最後は微弱となり促進剤が使われていたが、分娩は日付変更線を大きく越え、草木も眠る丑三つ時になった。
 もちろん何時呼ばれるか分からない状態で待機していた僕の睡眠の質と量は、大きく損なわれる。2日連続でこういうパターンは、若い頃ならともかく、この年になると辛い。

 しかも更に追い討ちをかける様に、早朝にもまた分娩が入ってきた。
 少しでも寝ていたいのは山々だが、それは許されず早起き出動を要した。と言うわけで今日も寝不足外来だ。何となく薄ら眠たい頭でひたすら数をこなす。

 午後には更に手術もある。少しでもできた時間に昼寝を取っていたら、手術室からの「早く麻酔をかけてくれろ」コールで起こされた。手術は難しくなかったが、研修医先生と2人の手術でそれなりに気を使う。駆け出しとの手術でミスは許されない。それは山も仕事も同じだ。
 その後もなかなか眠気は取れず、少し時間を見つけては仮眠を取りつつ仕事を進めた。しかしちょっと眠ると直ぐに各種各方面から電話が入り起こされる。そんなこんなで今日は、産婦人科ならではの、辛くて要注意の寝不足外来、寝不足手術日となった。

 さてさて僕は来秋から職場を変える。職種は同じでも職場が変われば、仕事の質と量はきっと変わるだろう。自分がその需要に応えられるか否かは別として、周囲から求められるモノもきっと変わるに違いない。
 詳しい内情経緯は飛ばして、僕が今回の職場変更を決めた最大の理由はエベレストだった。このチャンスの前髪を掴まなければ僕には永遠にエベレストに行くチャンスは来ない。

 そして2つめの理由がこの寝不足外来、寝不足手術を何とかする事である。
 こういう業務状態で安全に仕事をこれからも続けていく自信は僕には無かった。何かを変えない限り、必ずこのままでは何処かで仕事が成り立たなくなる。
 新しい職場では産婦人科医師の数は増えるはずだ。そうなると寝不足手術をしないで済むかもしれない。少なくとも今よりはきっと眠れるだろう。そうなればもう10年はこの仕事ができる。

 そういう考えがこの秋の変化の始まりだ。果たしてそれが上手く行くかは分からない。
 全く寝不足無しで仕事を続けることは分娩を扱う限り不可能だとも言える。
 しかし心身壊さず業務を成り立たせる努力はこれからもしていかないといけない。それが自分にも周りにも良い事だと僕は信じている。
 
  これ以前の日記は削除しました。