ログイン
IDでもっと便利に[ 新規取得 ]

検索オプション


性愛場面に込めた覚悟

AERA3月 1日(月) 12時10分配信 / 国内 - 社会
──「出られないなら自殺する」。全裸シーンのある映画出演をめぐって、かつて
母と大喧嘩もした。だが、その女優としての覚悟がいま、花開いた。──

 ベルリンでそのニュースを受けた若松孝二監督はすぐに、日本に戻っていた寺島しのぶ(37)さんに電話をかけた。
「何もとれなかったよ」
「えーっ」
「今のはジョーク。あなた、最優秀女優賞をとったよ」
 受話器の向こうから跳び上がって喜ぶ様子が伝わってきた。
 ベルリン国際映画祭のコンペティションに出品された若松監督作品「キャタピラー」。寺島さんは傷痍軍人の妻を演じて、女優として最高の賞を獲得した。
 若松監督にとって妻役は寺島さんしかなかった。映画は戦争で四肢を失って帰国した夫の求めに応じ、またがるシーンから始まる。戦争は蹂躙と殺戮でしかないという痛烈なメッセージを、一組の夫婦の絶望的な哀しみと怒りを通して描く。夫の下の世話をし、食べさせ、衰えない性欲に応える妻。やがて夫婦の関係は逆転していく。性愛シーンは作品の骨格を成す重要な要素なだけに繰り返し登場する。制作費も通常の劇映画の半分以下、出てはくれないだろうと半ば諦めていた。当たって砕けるつもりでマネジャーに脚本を渡すと、2日後には「ぜひやりたい」と返事が届いた。

■「見上げた女優だよ」

 CMに影響すると戸惑う周囲の声を、寺島さん自身はまったく意に介さず、現場には完全な演技プランを組み立て臨んだ。全シーンが簡単な段取りを決めただけの一発撮り。2週間の予定が12日間で撮り終えた。
「僕は演技指導も、脱いでくれとも言わなかった。ただ、夫役に合わせてくれと言っただけ。しのぶちゃんには共にいいものを創りたいという思いだけ。つまんない映画だと役者も監督も酷評され、いい作品だと褒められることを一番知っている。見上げた女優だよ」
 七代目尾上菊五郎を父に、スクリーンの花・富司純子を母に持ち、歌舞伎座を遊び場に育った。梨園に生まれながら、弟のように歌舞伎役者になれず、少女時代は役者一家の中で一人傍観者でいるしかなかった。だが、太地喜和子に誘われて文学座に入ってからは一気に才能が開花する。憧れ続けた演技の場所に立てるという歓びはひたむきな情熱となり、傍観者としての観察眼が確かな演技力を培った。名だたる演出家たちが彼女を起用し、山田五十鈴など超一級の演技者と共演しながら、演劇賞を次々ものにしていく。

■「脱いで何が悪い」

 しかし、母が活躍したスクリーンで評価されるようになったのは30歳間近になってから。荒戸源次郎監督作品「赤目四十八瀧心中未遂」の綾役は、「もし映画化されるときは、私に演じさせてください」と原作者の車谷長吉に読者カードを出して勝ち得た映画初主役。全裸シーンがあったため、母と大喧嘩したが、この役と廣木隆一監督作品「ヴァイブレータ」で、その年の主演女優賞を総なめにした。
 この後に演じた「愛の流刑地」の冬香も、裸と性愛シーンのために何人もの女優が断った役だ。以前、「人が断った役を受けることに躊躇はないか」と尋ねると、「私には脚本がすべてですから」と笑い飛ばされた。俳優はその役を生きるのが仕事、イメージなどに縛られるよりただただ演じたいのだろう。誰も手を出せない苛烈な役であればあるほど、彼女の役者魂は熱くなる。
 今回の受賞直後のインタビューもこの人らしい潔さと思った。
「生活する人間を撮っているんだから、脱いで何が悪い。裸だけで騒ぐって、意味わかんないですよ」
「キャタピラー」の上映中、誰一人席を立たなかったという。
「戦争がただの殺し合いでしかない現実と、生の根源であるセックスを重ねて見せつけられたのだろう。みんな息をのんでいた」
 と若松監督。世界が俳優・寺島しのぶに喝采を送った瞬間だ。
ジャーナリスト 島崎今日子
(3月8日号)
  • 最終更新:3月 1日(月) 12時10分
  • ソーシャルブックマークへ投稿
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • はてなブックマークに追加
  • newsingに投稿
  • Buzzurlにブックマーク
  • livedoorクリップに投稿
  • Choixにブックマーク
  • イザ!ブックマーク
ソーシャルブックマークとは

PR

carview愛車無料査定

PR

注目の情報

PR